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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​24話*「一番予想外」

 アーポアク国に降り立って一ヶ月。
 寒さなど感じなかったターコイズ月が終わり、新年であるガーネット月を迎えた。まあ、特にクリスマスも新年挨拶もなくて寂しいがな。

「当然でしょ! 騎士団は年中無休なんだから遊んでる暇ないのよ!!」
「だが休息は大事だぞ。よっし、サティ。反対の手を頼む」

 

 ツインテちゃん=サティは文句を言いながら手を差し出すが、もう片方の指を嬉しそうに見ている。私達は城一階ホールの隅に座り、ネイルを塗っているのだ。

 今日は月一会議。つまり私が墜ちてきた場所で重役が揃い、話し合う日。
 一ヶ月前に墜ちてきた私も混ざるのだろうかと内心焦ったが、特に何も言われなかった。そして開始十五分前。のほほん男とご老人達に続き、フィーラ、ベル、ハチマキ男が現れ、最後に現れたのがスティ──サティに首根っこ掴まれて。

「昼過ぎからの会議は夜型のスティにはキツいからな」
「ホントよ! あたしが毎回どんだけ不機嫌なアイツを連れてくるか!! なのにアンタに会った途端態度変わるし!!!」
「ん? あれが普通だろ」

 

 視線を上げると、サティは脱力した。
 一時間ほど前、遅い彼を玄関で待っていると、やってきたスティは笑顔で抱きつき首元に吸いついた。突然のことに慌てたが、チェリーさんから化粧品を受け取ってきたと袋を差し出された時は抱き返してやったとも、うむ。

 先日ラズライトに出向いた時にヘアカラーがないと聞き、気を落としていたのを気にかけてくれたのだろう。化粧品もなくなっていた私にはこの上なく嬉しい。中にはネイルもあって、横目で見ていたサティを巻き込んだのだ。変わらず大声で叫ばれたが会話も増え、私はニコニコ。サティは呆れ顔。

「あんなカレっち気持ち悪いわよ……イズ様だって『誰に斬られたの』とか言ってたし」
「なんだ、サティもイズを知っているのか?」
「そりゃ、あたしらの上──誰かきたわね」

 

 声のトーンを変えた彼女に顔を上げると、同じ方向に目を移す。
 僅かに聞こえる駆け足が徐々に大きくなり、立ち上がったサティは腰に掛けているダガーの柄を握った。が、とあるレーダーが反応した私は手で遮る。

 

「何よ!」
「子供だ」
「はあっ!?」

 

 サティの呆れ声と同時に南の廊下から黒のポンチョに、ツンツンの黄茶の髪に緑の瞳。五、六歳ぐらいの男の子が現れた。
 荒い息を吐く彼は私達を見ると一瞬怯えたが、すぐ真剣な瞳を向ける。

 

「あ、あのっ! エジェ兄ちゃんどこにいますか!?」

 

 少年の声に私達は顔を見合わせた。


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


「以上をもって閉会とする!」

 

 議長の大声と共に扉が開かれると、身体に魔力が戻りはじめる。
 扉のせいで命となる魔力が半分以下になるというのは何度体験しても生きた心地がしないね。溜め息をついていると、ご老人達が会議室を後にし、扉が閉まる。
 残ったのは宰相である自分と『四聖宝』。ワザとらしく笑ってみた。

 

「あっれ~みんなは~帰らないの~~?」
「バカか! てめーが『残れ』って視線送ってたんだろ!!」
「結界は張りましたので、お好きに早めにどうぞ」
「……十分たつごとに……針十本……」

 

 あれれ~なんか急かされ脅されてる~~?
 だが、今日も空席である玉座の下階段に座り込んだ僕は集まった『四聖宝』に目を移した。

 

「ん~それじゃ~研究医療班から~上級魔物の~解剖したところ~特に~今までと~変わりは~ないって~~」
「その割には数及び、上級の多さが目立ちます」

 

 アズフィロラの指摘に全員が頷く。
 そう、先月から今日にかけて魔物がアーポアクを狙う回数が増えたのだ。今までも数が多いという報告はあったが、中級どころか上級すら増え、騎士団にも被害が出ている。何かしらの狙いがあるとすれば……。

「つーか、『黒の瞳』とかホントに言ったのかよ」
「まあ、私も消滅間際に聞いたので確信はないのですが……」
「ラガーベルッカ様以外は誰も聞いてませんからね」
「そこ大事だろ!」

 

 うるさい言い合いに片耳を塞ぐ。
 だが、黒ウサギを持つカレスティージが何かを考えているのに気付き、声をかけた。全員の視線が集まる中、沈黙を破るように小さいがハッキリとした声が届く。

「ヒナさんが……狙われてる気が……します」
「はあ? なんであの女なんだよ」

 

 反論の声はひとつだけで、他のニ人は静かにカレスティージを見つめる。
 元々ヒナタちゃんには懐いていたけど“ヒナさん”と呼んでいるからして何か進展があったみたいだね。それを面白がりながら理由を訊ねると、藍の瞳が細められた。

「……執拗に見つめてたから」
「あんなー……確かにあの女の瞳は黒いけどよー……」

 

 エジェアウィンの呆れ声だけが響く。
 なんか前も似たようなことあったなーと苦笑いしていると、ラガーベルッカが微笑んだ。

 

「ついに可愛さが広まって、ストーカー化したんでしょうか」
「けしからんな。イヴァレリズ共々斬ろう」
「なんで真面目に考えてんだよ! しかも違うヤツ入れてんぞ!? むしろお前らの脳内を斬れよ!!!」
「え?……エジェ様……ヒナさんに手を出したら……殺しますよ」
「いつオレがそんなことを言った! つーかキャラ違うだろおめぇ!! なんなんだよこの予想外の反応!!!」
「ん~ホントなんか~面白くなって──!?」

 

 エジェアウィンの疲れた大声が響くと、閉じられていた扉が勢いよく開かれる。全員が柄を握ったが、光の中から現れた姿に抜刀は出来なかった。

 

「おーい! ハチマキ男ーーっ!!」
「てっめーが一番予想外なんだよーーーーっ!!!」
「? よくわからんが一緒にこい!」

 

 駆け込んできたヒナタちゃんはエジェアウィンの腕を引っ張ると、さっさと出て行った。もちろん彼の大声も聞こえたが割愛。と言うより結界あったようなとラガーベルッカを見ると、指を三本立てた。あー……『三段階結界』じゃダメだねー。
 そんなことを考えていると、カレスティージが不穏な空気を連れて寄ってきた。

 

「エジェ様……殺していいですか……?」
「ん~まだ使えるから~ダメ~それより~ヒーちゃんって理由~他にもあるの~~?」

 

 僕の声に残りのニ人も再度彼を見下ろす。
 執拗に見てただけじゃなんの意味もない。何か根拠がないと……それこそ『メラナイト騎士団』としての目で。すると、横目から覗く藍の瞳がまた細くなった。

 

「あの魔物……ジェビィ様には見向きもしなかった……ローブ着てましたけど……上級なら夜目が効くのに……」
「ふーん~……なーるね」

 

 息を呑むアズフィロラとラガーベルッカを余所に笑う。
 同じ場所に彼女が居たことは報告で聞いている。『研究医療班』のトップでもあり、大きな魔力と“漆黒の瞳”を持つ数少ない存在……そんな彼女を見向きもせずとは。

 

 ゆっくり立ち上がると、空席の玉座に目を移す。口元に描かれるのは弧。

 これは久々──陛下に報告が必要かな。


 

 ~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 会議室を出た私達はエレベーターに乗る。
 当然私では動かすことが出来ないため、ハチマキ男の手を『水晶』に置いて降下。案の定、怒られた。

「急になんなんだよ! まだ扉閉まってただろーが!!」
「会議は終わったとご老人達に聞いた。鍵もかけてない方が悪い」
「ラガーベルッカのヤローーーーっ!」

 

 なぜそこでベルの名が出るかはわからんが、ハチマキ男は頭を抱えながら私を睨んだ。

 

「で、オレになんの用だよ」
「玄関に貴様のとこのパレッドという男の子がきたんだ」
「あん!? どういうこった!!」
「ちょっ!?」

 

 勢いよく両手を壁に付けた彼に包囲され、距離が近くなる。
 他の三人とは違い、濃茶のタンクトップに、袖なしの白のウエストコート。背中には竜と槍のマーク。白のズボンに茶のブーツと手袋と、一番騎士っぽくない男。

 

 だが鍛えているのか胸板は硬く、袖から出た腕も筋肉が付いている。そんなハチマキ男の紫の瞳を見つめていると口が開かれた。

 

「パレッドがきたって、なんかあったのか?」
「あ、ああ……ロジじいちゃんって人が倒れたとかで」
「あんのクソジジイ……」

 

 目は細められ、眉も上がる。
 怒りのマークが見えると一階に着き、エレベーターのドアが開かれた。サティと先ほどの男の子=パレッドが待っていたが、私達の体勢にサティは呆れた様子。

 

「ちょっと、カレっちに言っちゃうわよ」
「エジェ兄ちゃん! ロジじいちゃんが!!」

 

 ニ人の声にハチマキ男は私から離れると駆け寄ってきたパレッドを肩車した。その表情は優しく、最初の頃のフィーラを思い出す。すると手招きされ、誘われるがままハチマキ男に近付くと横抱きされた。貴様もか!

「なんだなんだ!?」
「うっせーな! ジジイがてめーに会いたいとか言ってたの思い出したんだよ!!」
「倒れた人がいるなら私より優先させろ!」
「どうせ飲みすぎたに決まってらー!」

 

 まさかの発言に動きを止めると、パレッドも『そーいえば、おさけ飲んでたおれた』って。おいおい。
 いや、でもアル中も危ないからやはり私は後で……と考えている間に『茶の扉』前に着いてしまった。慌てて止めようとしたが、ガッチリ腰と足を支えられ冷や汗をかく。

「シッカリ掴まっとかねーと墜ちんぞ──『滑地走(かじっそう)』!」
「ちょお~~~~っ!!!」
「しゅっぱ~~つ!!!」

 両扉を勢いよく開くと同時にハチマキ男の足元には白の薄いボード状のものが生まれる。次いで、肩車されたままのパレッドの声で勢いよく発射。サティが呆然と手を振って見送るのが見えた。

 扉を出ると当然下り階段だが、金属で出来た手すりにボードを乗せると駆け下りる。ハチマキ男の『滑地走』というのはスケボーのようなものだ。私は両腕でパレッドの身体を支えるように抱くと前を向くが、土埃が酷く視界が悪い。
 なんとか目を擦ると、石作りに屋根の低い街並みが見えた。


 ただひとつ目立つのは、大きな十字架がある────教会。

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