異世界を駆ける
姉御
青の間*「ヤンデレ」
*カレスティージ視点
窓に映るは月。だが、室内を灯すのは行灯。
淡い光が布団に寝転がるボクと、四つん這いで跨がって喘ぐ裸体の女を照らす。
「はあぁぁん……カレスティージ様ぁ……もうっ……」
「どうしたの……早く言わないと気持ち良くイけないよ」
「そんなぁイジワ……ひゃあぁっ冷た……ぃん」
女の懐に潜り、大きく垂れた乳房を吸うと、腰を下ろした女の秘部に大きな“モノ”を挿し込んだ。涙を流しながら嬉しそうに乱れる女の汗を舐める。
「それで……トルリットに渡ったって……?」
「ん、はぁい……三日後のぉ……開門に来るって……それしか……あぁんもうっ」
「そう、じゃあ……“逝こう”か」
「ひぇ……あああああああぁぁぁーーーーっ!!!」
膣内に激しく“モノ”を挿れると、頭上で赤い血飛沫が舞う。次いでゴロリと、布団の上に女の──首が墜ちた。
静寂と血腥さが充満してくると、肌の温かさなど消えた女を退け、膣内に挿れていたモノを抜く。それはナイフの柄部分で、女の汁で溢れていた。反対の手で握ったナイフも血で染まり、一緒に拭き取る。
乱れた着物を直しながら視線を行灯に向けていると、灯りの影から黒茶色のミックスパーマのかかった男が現れた。
「リロアンジェ……後始末は任せたよ」
「はっ。それと、チェリミュ様から例の物と言付を預かりまして、帰宅後は三階の『鬱金の間』に寄ってくれとのことです」
「ん、わかった……」
満月にうさぎ模様が入った袋を受け取ると立ち上がり、返り血を魔法で流す。すると、女の片付けをしながらリロアンジェが口を挟んだ。
「ここ数日、灯りを点けて殺(や)っているのは意味があるんですか?」
「んー……まあ慣れようかなって……でもやっぱりダーメ……『水変化』」
「何がダメなんですか?」
生け花の水がボクを囲い、騎士団服へ姿を変えると黒ウサギを持つ。再度水を纏うと、重い溜め息を吐いた。
「ヒナさんの身体しか……ボクは見たくないってこと」
彼の見開いた目を横目に『水移歩(すいほ)』で水に溶ける。
『水移歩』は水の中を行き来する魔法で、一滴の水でもあれば他の水場へと移動出来る。ラズライトは海が近いせいか井戸を完備しているため、街中には水が溢れ『青の扉』にも行き易い。
水の中は青く透明な世界で、真上には水溜りから見える人々の姿と声が聞こえる。でも、その中にボクが求める姿と声はない──あの人と同じ双眸を持つ人。
***~~~***~~~***~~~***~~~
ボクは二歳の時に捨てられた。
食事をすれば魔力も少量ながら摂れる。けど、魔力もお金もなければ意味がない。置き去りにされたボクは虚ろな目に映る蟻の行列に手を伸ばし──殺した。
生き物も動いていれば魔力があり、殺すとその魔力を自身に取り込むことが出来る。他にも性交すれば摂取出来るが、法律で恋人以外とは禁止。唯一『宝遊閣』だけがソレを許されていた。
でも、元々魔力はあった方なのか、盗んだり生き物を殺したり、法律など無視して女と交われば生きていけた。なのに、十五の成人と共に徴収する魔力も増え、路地裏で倒れてしまった。
身体中から魔力という名の命が消えていくのを感じる。
こんな場所で死ぬんだ、なんてバカバカしいと瞼を閉じた時、大きな影に覆われた。必死に瞼を開いた先には太陽を遮る一人の男。その人は漆黒の双眸でボクを見つめると口元に弧を描き、ナイフとパンを地面に置いた。
「ナイフを取って俺と戦い魔力を奪うか、パンを取って生き延びるか。どっちにする?」
その人は大きな魔力を持っていた。
この人を殺せば長く生き延びることが出来る。けど、それ以上に強いと肌で感じた。はじめて感じる“何か”に躊躇すればするほど、蟻がパンに列を成す。身体を揺らしながら起き上がったボクは、虚ろな目でナイフを振り上げると──蟻を殺した。
荒い息を吐きながら小さな魔力で補充すると、男を睨む。
「こいつら殺して……パンも食べて……アンタを殺す……」
「…………生意気だが気に入った。よっし、お前俺を護れ」
「…………は?」
その人は──王様だった。
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『青の扉』に着き、見張りの騎士に目で挨拶を交わすと城へ入る。
静かな廊下からホールに場所を移すと、大の字で寝転がっている男に声をかけた。
「イズ様……仕事終わったよ」
「な~り……」
「やっぱり女中が他国に情報売ってた……」
「な~り……」
「……チョコも持ってきたよ」
「や~ん。それ早く言えって、カレス」
ヤル気のない声から一変。差し出された手に袋を渡した。
漆黒の髪を揺らしながら起き上がったのは、ボクの本業でもある『メラナイト騎士団』の団長イヴァレリズ様。
先日ヒナさんが持ってきたバツの書類は『女の裏を取り次第暗殺』と『『ナオ』でチョコ買ってきてなり』のメモだった。
イズ様はラズライトにある菓子屋『ナオ』のチョコが好きで、特注で作ってもらっている。でも自分では取りに行かない困った上司──けど、強い。
嬉しそうにチョコを食べるギャップに呆れるが、彼から微かに香る匂いにボクは眉を上げた。
「……イズ様……ヒナさんに会った……?」
「ん? おう、さっき階段下りてきたから胸ダイブ……や~ん、殺気を感じるなり~」
胸ダイブもしたのかと思うと無意識に殺気が出た。
ボクの大切な人に──。
***~~~***~~~***~~~***~~~
会議中に玉座に墜ちてきた女性はとても不思議な人。
首元にナイフを宛がっても動じないどころかボクを見ると目を輝かせた。それに怯んだのがダメだったのか、逃げられてしまった。彼女の目には覚えがある──女中の姐さん達に可愛がられる時の目。
ハッキリ言って苦手だった。
身長が低い分、暗殺はし易いけど男を可愛がる女性なんて……だからヒュー様に『鬼ごっこ』って言われた時は全力とはいわなくても必死に逃げた。『四聖宝』の中では一番速いから捕まるわけない。そう思ってた。
「つーかまえたーーーー!」
「う……わあああああーーーーっ!!!」
結果は惨敗。イズ様に見られたら絶対笑われる失態だ。
しかも夜型で、太陽を遮るため前髪を伸ばしてただけなのに、彼女に払われた瞬間不覚にも怯えてしまった……なのに。
「宵闇の瞳だな。夕日と入れ替わるように出てくるその色が私は好きだぞ」
王様と同じ漆黒の双眸で微笑む彼女。
その時、温かい気持ちがボクの中に生まれた。結局は“可愛い”と抱きつかれたけど、捕まえる時はボクを庇い、前髪もすぐ戻してくれた。匂いも姐さん達みたいな甘ったるいのじゃない、居心地が良い匂い……なんだろ。
最初は“お母さん”の感覚かと思ったが、ボクにとって父は王様で母はチェリミュ様。でもお姉さんはチェリミュ様とは違う。わからない渦が脳内で渦巻くが、裏の仕事もあり、二週間ほどお姉さんには会えなかった。
そんなある日『遊女らしき女性が街に入った』と昼間に起こされた。
『宝遊閣』の姐さん達は危険だと知っているから遊女の格好では外に出ない。他街の人が間違った話を聞いて着たか、城からの達しなのか不明の場合は団長が見極める事になっている。
目覚めない頭で嫌々向かったはずなのに──まさかお姉さんなんて。
それよりも彼女の服を乱し、ケガをさせた男共の首を刎ねたかった。
けど人殺しは“メラナイト騎士”だけで“ラズライト騎士”では出来ず、内心舌打ちする。その時、確かに“殺意”を持っていたことに気付いた。
以前ラガー様がお姉さんに忠誠を誓ったと聞いた時も、サスティスがお姉さんに暴言を吐いた時も芽生えた感情。そして大事な武器とマントを躊躇うことなく渡した……もしかしてボクは──。
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「どした、カレス」
かけられた声に閉じていた瞼を開ける。
前髪で隠れていてもわかるようで、黒ウサギを強く抱きしめた。
「いえ……それよりヒナさん下りてきたってことは、どこかへ出掛けたんですか?」
「向こうに行ったなりよ」
指した方向は──『青の扉(ラズライト)』。
瞬時に影へと潜り、イズ様の背後を取ると『解放』した刀を首に向けた。その時間、三秒。
「無駄な力を出すもんじゃないなりよ~」
「無駄じゃないです……身体が正直なだけです……ヒナさん限定ですけど……」
「や~ん、タチ悪ぃ。あ、お前絶対“ヤンデレ”だろ」
「? なんです……それ」
「お姉さん大好きすぎて近寄る男を抹っさっ!?」
不愉快になったため、イズ様の手にあったチョコを抹殺した。
『そーいうとこ』と言われてもわからない。というか構ってないで早く帰ろうと、あることを訊ねた。
「イズ様……ボク“忠誠”変えてもいいですか……?」
「あの女に誓うんなら無理だぜ」
互いに淡々とした口調だがボクは睨んでいる。
騎士は一人にしか忠誠は誓えないが、主は何人と誓ってもいい。そんな人は見たことないけど、ヒナさんはラガー様と……苛立っていると手を横に振られた。
「ちゃうちゃう。あの女、ベルッカとも誓ってねぇよ。仮だ」
「…………え?」
目を見開くと、ヒナさんが宝石嫌いというのを教えてもらった。
暗闇以外にも宝石……自分が持つ“宝石”を見つめていると、イズ様の声が耳に届く。
「メラナイトは確かに王に忠誠を誓う。けど、お前は誓ってねぇんだから、別あの女でもいいんじゃねぇの?」
顔だけ向けたイズ様は意地の悪い笑みを見せる。
でも、ボクにとっては充分で、小さく頷くとその場を後にした──。
* * *
急いでラズライトに戻り『水移歩』で『宝遊閣』五階にある自室へ移動する。
ヒナさんが用事で来るなら『宝遊閣』だ。明るい騎舎にボクは帰らないし、チェリミュ様への用事かもしれない。着物に『水変化』し、階段を下りると部屋を虱潰(しらみつぶ)しに開ける。
姐さん達や性交中の客に悲鳴を上げられるが無視し、ただ一人を捜した。この間のように。
先日、二重門で魔物退治している最中にサスティスが勢いよく飛ばされた。今までなら何も思わなかったのに『怒られる』と、はじめて恐怖を覚えた。ケガしたヒナさんが屋根を駆けているのを見た時なんてもっと。
すぐに『水移歩』で追ったが、静かな街中を捜しても見つからず、もし彼女がいなくなったらと考えるだけで怖かった。必死に誰かを捜すなんて自分自身驚きながら求めてしまう。お願いだから、あの時みたいに──。
「スティーーーー!」
一瞬過去と現実の区別がつかず立ち止まったが、確かに聞こえた声にゆっくりと顔を下げる。
「スティ! 何を騒いでるんだ!?」
一階下の部屋の戸を開け、向日葵色の着物のヒナさんがいた。急いで下りると彼女の手を取る男が見え、蹴り飛ばす。
「うおおおおーーーーいっ! 手洗い場を聞いてきた人に何やっとるんだ!?」
「そんな人は手なんて取りません」
小さく微笑むと奥の襖に吹っ飛んだ男など気にせずヒナさんの背を押し、部屋に入る。ここは三階の『鬱金の間』。そう言えば帰ったら寄ってくれとか……空回りしていた自分に恥ずかしくなっていると髪を撫でられた。
「さっきのお客さんにはちゃんと謝るよーに。しかし元気そうで良かった。今はいないと聞いて寂しかったぞ」
「ボクも……ヒナさんに会えなくて寂しかったです……今日は仕事ですか?」
「うむ、チェリーさんに帳簿を手伝ってくれと言われてな」
「帳簿……?」
確かに机には数字が書いてある紙が何枚も積み重なっている。真ん中には算盤が置いてあり、ヒナさんはその前に座った。
「元の世界では事務員をしていたから計算は得意なんだ。これなら字が読めずとも出来るからな」
微笑むヒナさんはなんだか楽しそうで、胸が痛くなったボクは後ろから抱きしめた。久し振りに感じる温かさと匂い。魔力を持っていないのにすぐ気持ち良くなり、首元に吸いついた。
「んっ……こら、スティ」
「あうっ!」
ハリセンで叩かれた。痛みはさほどなかったけど……酷い。
頬を膨らせているとヒナさんは苦笑しながらボクを優しく抱きしめる。また多分『癒される~』とか思ってそうだけど、顔を上げたボクに彼女は微笑みながら“あの言葉”を言った。
「おかえり、スティ」
「……ただいま」
温かくなる身体に、ボクは抱きしめる。
歳が離れててヒナさんは違う想いかもしれないけど、ボクはアナタが好きです。ウサギもマントも預けるぐらいアナタに心を許したボクは多分ではない──アナタを愛しています。