異世界を駆ける
姉御
23話*「怒られる」
満月の光で輝く黒い刀──元・黒ウサギ。
魔物だけを捉えているスティとは違い、私は場の空気も読まず叫んだ。
「はああぁっ!? え、ちょっ!!?」
黒ウサギ=刀を指しながら女性を見るが、笑われるだけ。
そんな彼女は私の前で膝を折ると、先ほどとは違うガラス小瓶を取り出した。
「あれは『解放(リリース)』よ」
「? スティは違う名を呼んでいたが……」
確かリベラ……なんとか、うむ。
女性はまた笑うと、口で小瓶の蓋を開ける。甘い匂いに包まれる中、簡単な説明を受けた。
総称して『解放(リリース)』というが、騎士団によって呼び方が異なるらしい。
その力は団長と副団長に与えられ、魔力の半分を費やし、自剣の力を増幅させるもの。当然魔力が命であるこの世界では消費が激しく、滅多に見られるものではない。それだけあの魔物が強いのか。
「怒ってるのよ」
「……え?」
『ギアアアアアーーーッッ!!!』
瞬きした瞬間、魔物の悲鳴と青い液体が上空で飛び散る。
だが、彼女に遮られてしまい状況がわからない。焦って身体をずらそうとしたが、甘く柔らかい匂いに身体も頭も動か……──ゆっくりと倒れる間際、重みのある声が聞こえた。
「大切な貴女を傷つけられてね。けれど、見るものではないわ」
それはいつの日か、イズに貰ったチョコのような眠り──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
倒れ込んだ彼女を支え、呼吸音を確認する。
規則正しい音に安堵の息をつき、サっちゃんの横に寝かせると髪を撫でた。暗闇にいた彼女の呼吸はとても荒く危険だった。それこそ大きなトラウマを抱えているようで──それに。
治療用の匂いを巻きながら振り向くと、指が五本とも切断された魔物が映る。
その真下で、噴水のように噴出している青い血をなんでもない様子で浴びる男。深く綺麗な青髪も肌も服も白いウサギも瞳と同じ常闇の藍に染まっている。軽い足取りで跳ぶと、右手に持つ刀で目玉を斬った。
『ギアアアアアーーーッッアアアアアッッ!!!』
さらに青い血が噴出した手は暴れ狂うが、蹴り飛ばされ、ブロック塀に激突する。
普段なら一瞬で終わらせる彼が『解放』までして浅く斬る、蹴るなどの“苦痛”を与えていることに本気度が伺え、私は恐怖を覚えた。いつも大人しい彼が一度“裏”のスイッチが入ると、ここまで惨忍な人間になるなど、いったい何人の人が知っているのかしら。
こんな姿を彼女に見せるわけにはいかないし、手も恐怖を感じたのか、影に潜るも自殺行為だ。
「『水影歩(すえいほ)』」
『ギアアアアアアアーーーッッッ!!!』
同時に彼も影へと潜り、下から突き上げた。
『水影歩』はメラナイト騎士団の技。彼は水の中を行き来できる移動魔法も持っているけど、影には影をなのか。それとも『影騎士』の名の通りなのか……ともかく逃がす気は更々ない様子。
地面に倒れた手は起き上がることも出来ず、小刻みに動き、僅かに生きているという状態。そんな手の目玉に容赦なく跳び乗った彼は、身じろぐ魔物を片足で勢いよく踏みつける。動きが小さくなると膝を折り、両手で柄を握ると目玉に切っ先を向けた。
「ねえ……君って喋れる……?」
その声はいつも以上に低く、静寂に包まれた路地裏にはよく響いた。
『喋れる』とは先日宰相から連絡があった件かしら。確かにあの魔物は上級だけど、彼が気にするとは思えない。
手は目玉から青い血を垂らすだけで何も言わない。
すると彼は私……否、後ろで眠る彼女に目を移すと、小さな溜め息と共に両腕を高く上げた。
「ラガー様の聞いた『言葉』の真意が知りたかったけど……どっちでもいいや……ヒナさんの前に現れるモノは──殺す」
鋭い眼光と共に刀が目玉を貫通し、断末魔の声が響き渡った。
辺りに再び静寂が戻ると、青のマントを翻しながら息絶えた魔物から下りてくる。液で濡れた長い前髪が掬い上げられ、細い藍色の双眸が覗いた。その姿は妖艶で末恐ろしく感じる。
それでも刀を黒ウサギへと戻し、ゆっくりとこちらに来る彼に私は平静を装った声で話しかけた。
「お疲れ様、カレちゃん。気分はどう?」
「……微妙です。あれだけヒナさんを苦しめておいて……割りに合わない……」
「あらあら、あれだけ材料を滅茶苦茶にしといてよく言うわ」
魔力消費ではなく彼女を基準にしている彼に苦笑いすると、彼女……ヒナちゃんだけを抱え、振り向いた。
「サスティスの治療は任せます……魔物を地下に運ぶ時は団員に」
「一緒に来てくれないの?」
「嫌です……ボクは『研究医療班(あなたがた)』が好きじゃない……」
小さく笑う私を睨んだ彼はすぐ背を向け歩き出すが、構わず疑問を投げかけた。
それは止めを刺す時、普段“片手”で握っている刀を“両手”で握っていたこと。立ち止まった彼は振り向く。
「だって……両手で握れって言われたんです──取り逃がさないように」
その“微笑み”に背筋に悪寒が走ったが、彼は水のように溶けて消えた。同時に緊張が解けた私は大きな息をつき、後ろの“影”に声をかける。
「それじゃ“私達”も材料持って戻りましょうか」
『……よろしかったのですか、班長』
「ん? ああ、ヒナちゃんね。大丈夫よ、会おうと思えばいつでも会えるから」
“影”が消える気配がすると桜色のローブを取る。
青藍の髪は膝下までひとつの三つ編みにし、黒ロングのホルターネックドレスとヒールに白衣。そして──漆黒の瞳。
“同じだけど違う”彼女に喜びを感じながら城へと足を向けた──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
また同じ深く暗い闇の底に私は佇み、嫌な汗が流れる。
けれど、夕日と入れ替わるように青く光るものが上空を照らしていた。ああ……この色は知っている。この色は──。
「ス……ティ……!?」
「ヒナさん!」
「のわあぁっ!!!」
目覚めると布団の中だったが、藍色の瞳の美少年(スティ)ドアップに驚くと抱きしめられる。嬉しいが恥ずかしくもありジタバタするが、制止をかけられた。
「ケガしてますから……あんまり動かさないでくださいね」
「え? あ……っ!」
身体に痛みが走る。見ると、菖蒲色の着物の隙間から、右足の他に左肩や膝にも包帯が巻いてあった。辺りを見回すと和室に満月が映る丸窓。さらに行灯やクッションの山が隅に置いてある。ここは『宝遊閣』だ。
首元に顔を埋めるスティも、昼と同じ着崩れした空色の着物に紺青色の帯。髪を後ろ下で結って前髪を左に流している。何も変わってないことに夢かと錯覚するが、脳内に浮かんだ目玉に声を上げた。
「ス、スティ! 魔物はどうした!?」
「? ちゃんと始末しましたよ……死者も出なかったし……」
“始末”とはエラく物騒な単語を出したが、死者が出てないことに安堵し、力が抜ける。すると、スティは掛け布団を退け、私の上に覆い被さった。慌てるが、表情が冴えない気がして理由を訊ねる。
「だって……ヒナさんとサスティスがケガしたから……ボク……怒られる?」
「は? えと……ああ!」
何を言っているのかわからなかったが『死傷者出したら怒るぞ!』と口走ったのを思い出す。私なんかの言葉を気にしていたとは……しょぼくれているのがちょっと可愛い。でも手を伸ばすと頬を撫でた。
「私のケガは自業自得だし、ツインテちゃんも私を庇ってのことだ。死者を出さなかっただけ充分スティは護ってくれたぞ。怒るどころか感謝しかない」
「本当……?」
笑顔で頷く私に、心配顔だったスティも笑顔に変わると抱きついた。ああ~可愛いな~!!!
だが、身体を預けた彼の胸板と自分の胸の先端が擦れ合い、首元に冷たい舌が這うと思考が戻る。
「ひゃ! こ、こら!!」
「動いちゃダーメ……それに……ただの癖です」
身じろぐとケガした部分が痛み、動きを止める。
その隙にスティの舌は首元から鎖骨へと下りていく。確かに癖とは言っていたがツインテちゃんは違うと……そこでまた思い出す。
「ツ、ツインテちゃんは……?」
「一日安静なだけです……ジェビィ様に頼んだので問題ないと思います……暴れなければ」
「そ、そうか……あんっ……ところでそのジェビィと言う女性……はぁあん……っ」
いつの間にか舌が胸の谷間に辿り着き、両襟を捲られるとブラも何も付けていない乳房が露になった。そのまま優しく手で掬い上げられ、片方を口に含み、片方の先端を指で弄られる。徐々に快感が駆け上ってきた。
「ん、ヒナさんの乳首……綺麗なピンクで……可愛いですね」
「こらあぁ……変な言葉を……んあ」
「本当なのに……んっ、ジェビィ様は研究医療班の人です……開門を知ってきたんでしょう」
「それって地下の……ひゃあ……開門……って」
口に含んだ先端を口内で舐め回し、甘噛みしながらスティは説明する。
ラズライトの壁の外は海らしいのだが、当然アーポアク国以外にも国は存在する。その各国との交易のため名産となる宝石を週に一度、青の二重門を開門し、河口港へと運んでは輸出輸入を騎士団が行っているらしい。
当然魔物に狙われる率は高いが、魔物を研究している女性にとっては好都合。採取目的のためきていたとのことだ。危険を顧みずとはすごい人だな。
「それはわかったが……なぜ舐めて……んんっ」
「ケガしたとこ舐めるの癖で……綺麗にしますね」
微笑みながら足元にきたスティは右足にキスを落とす。
舐めるのも癖って何か違うだろ! それに包帯を巻いてあるってことは“治療済み”のハズだろ!!
必死に止めようとするが痛い身体は動いてくれない。それどころかスティの両手でゆっくりと股が開かれた。
「こらこら、見るな!」
「綺麗な脚なのに……」
「ケガしてるのにどこが綺麗だ!」
「はい。だから……舐めますね」
「ちょっ! あぁ……っ」
股の間にスティの顔が埋まる。冷たい舌に身体が跳ね、膝裏に太腿に這っていく。小さな刺激に喘いでいるとショーツを指で擦られた。
「ス、スティ……!」
「ヒナさんのココ……濡れてる……ココもケガしたんですか?」
羞恥で顔が赤くなる。伸ばした両手で彼の頭を押さえるが、顔を上げた彼の舌に手の平を舐められ、手が引っ込む。
「きゃんっ!」
「動いちゃダーメ……ですよ」
小さく笑いながらショーツを脱がされ、口が近付く──と、勢いよく襖が開いた。
「カレっちー! アンタなに事後処理怠っ!?」
「ヒナ嬢、目覚めはったん……で…………」
身体中に包帯や手当ての痕がありながら元気なツインテちゃんと心配顔のチェリーさんが顔を覗かせた。が、私達の姿を見て固まる。スティは起き上がると、ゆっくりと襖を閉めた。
「「こらーーーーーーっっ!!!」」
私とツインテちゃんの大声が響く。さらに『カレ坊、これはアカンね』と微笑むチェリーさんに、スティは私の名を叫びながら連れていかれた。
すまん。が、反省もしてくれ……いや、私も悪いんだが……ああ、年下にこんな翻弄されるとは……どうすんだ私。
その後、ニ日『宝遊閣』に世話になったが、スティは締め出され、会えずに終わった────。