異世界を駆ける
姉御
幕間1*「副団長会議」
*番外編です(第三者視点)
ある日のアーポアク城。
三十階にある『小会議室』では楕円のテーブルがあり、四人が座っていた。両手に持った紙束を揃えた男は微笑む。
「以上で副団長会議を終了します」
静かだが、心地良い声が会議室を包む。
声の主、ルベライト騎士団副団長ウリュグスは書類を片付け、向かいに座るラズライト騎士団副団長サスティスは背伸びをした。
「ん~、終わったあ! ていうか眠いわ~……」
「永眠しろ」
「なんですって!」
「ミ、ミレンジェさん……それはキツイっスよ」
黒縁眼鏡を上げたドラバイト騎士団副団長ミレンジェに、ベルデライト騎士団副団長オーガットは肩をすぼめる。ウリュグスは変わらない笑みでサスティスに訊ねた。
「昨夜“裏”の仕事でも?」
「違うわよ。カレっちに頼まれてチェリミュ様の部屋を漁ってたの」
「そ、それって問題じゃ……」
オーガットの顔が青くなるが、サスティスは意地の悪い笑みを向けた。
「アンタが家でコソコソしてたヤツと同じのよ」
「うえっ!?」
「まさか内部に賊が……ダメダメですね」
「アズフィロラ様も似たようなことをされてましたね」
ウリュグスの台詞に三人は息を呑む。“あの”アズフィロラが……?
即三人は椅子を持ち寄り、顔を寄せると小声で話しはじめた。
(ちょっとちょっと! あの堅物が賊のマネ!?)
(いやいや、アズフィロラさんに限ってそんな……)
(ウチのバカ団長が菓子の摘み食いする感覚でしょうか)
「そんなコソコソとしたものじゃないですよ」
「堂々としてたの!?」
さらなる発言に三人は顔を青褪めるが、ウリュグスは『屋敷に一人暮らしですし』と苦笑した。しばし考え込んだ三人は両手を叩く。そりゃ、誰にも見られず出来るわ、と。
「いやいや! それはそれで違うっスよ!!」
「うっさいわね。出だしのアンタがごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ」
「で、出だしって……ベル兄に怒られるよりは……」
「『四天貴族』当主とは思えない発言ですね。即行辞めた方が貴方のためですよ」
ミレンジェの辛辣な言葉に、オーガットの胸には大きな槍が刺さった。残りのニ人は気にせず互いを見る。
「それで、お捜し物は見つかったんですが?」
「それが重要金庫にあるみたいでさ、あたしじゃ無理だったのよ」
「あ、ウチもでした……けどベル兄が暗証番号知ってたんで……」
「完全に犯罪じゃないですか。ウリュグス様、このニ人捕らえましょう」
柄を握ったミレンジェに、慌ててオーガットは両手を左右に振る。その隣でサスティスがボソリと呟いた。
「ウチなんて、カレっちが真っ二つにしたわよ」
「「「……え?」」」
「さすがにチェリミュ様に見つかって、こっ酷く怒られてたけど目的は果たしたみたい」
三人は一斉にサスティスを見る。同時に浮かぶのは青髪に黒ウサギを持った静かな団長。サスティスは眉を顰めると手を横に振った。
「揃いに揃ってアイツが“裏”って知っておきながら騙されるんじゃないわよ」
「いや……でも俺、カレスティージさんがそんなことするの浮かばないんスけど……」
「可愛い顔して恐ろしいとはこのことですね。バカ団長にも見習ってほしいものです」
「カレス君も過激になりましたね。もしや、ヒナタ様のためですか?」
顎に手を当てるウリュグスの問いにサスティスは頷く。
だが、副団長とはいえ殆ど他団長に会う機会がない三人は、カレスティージが彼女のために動くのが想像出来ないでいた。ミレンジェは溜め息をつきながら眼鏡を上げる。
「『四天貴族』相手になぜそんなバカを……まさかカレスティージ様がヒナタ様に恋心でも抱いて、金庫の中に彼女の何かがあったからとか言いませんよね?」
冗談半分で聞いただけだったが、サスティスは至極真面目な表情で頷いた。沈黙が訪れる中、先に声を発したのはウリュグス。
「……まあ“恋は盲目”と言いますしね」
「ええっ!? そ、それ困るっスよ!!!」
「はあ? なんでアンタが困んのよ」
「だだだだだって、ベル兄なんて『お嫁さんにする』とか言ってんスよ!」
さらに沈黙が広がる。
全員の頭に浮かぶのは一ヶ月ほど前、玉座に墜ちてきた茶髪に黒の瞳に胸が大きくて速くて上から目線で年下と可愛いのが大好きで年上には冷たくてハリセンを振り回す女。
サスティスはテーブルに顎を乗せた。
「あの変態……いったいなんなのかしら」
「好き嫌いがハッキリされているというか、バカですよね」
「年上と年下の差なんて酷いっスよ……俺、同い歳なのに誕生日が後だからって……おかげでベル兄にいつ殺されるか……」
顔色が悪くなるオーガットに全員合掌すると、サスティスが思い出したように呟く。
「ん? もしかしてカレっちが読んでた本ってランランのこと?」
「ベル兄が載ってる本なんてあるんスか?」
「それは気になりますね。タイトルは?」
「『これで勝てる! トラの殺し方』」
「「「……え?」」」
これっぽっちも結びつかないタイトルな上に、そんな本があるのかも三人は疑問に思う。だが、事実“裏”の本として存在し、現在熟読中らしい。
沈黙が続く中、ふと思い出したようにオーガットも口を挟んだ。
「そう言えばベル兄も真剣に読んでるのが……」
「タイトル……何?」
「『ウサギの食い方』」
全員の頭にトラVSウサギの図が浮かんだが、体格を考えればトラが勝ちそうだ。しかしサスティスは顔を青褪めながら囁いた。
「わかんないわよ……ウサギを根っこから真っ黒にさせて両手にナイフを持たせたら……」
「それ完全オカルトどころか事件ですから。第一ウサギよりイノシシの方が美味しいですよ」
「いやいや、ミレンジェさん! 食い物の話じゃないっスから!!」
「しかもレンレン、明らかに野生じゃなくて身近な男のこと言ったでしょ……」
ドヤ顔ミレンジェに慌てるオーガット達だったが、ウリュグスが顎に手を当て考えている様子に息を呑んだ。
「ウ、ウリュリュん……?」
「ま、まさか……じゃないっスよね?」
「アズフィロラ様まで何か……」
「それが……最近思い詰めた様子で──ニワトリを飼おうか悩んでらっしゃいました」
早朝から『コケコッコー!』と鳴く声が脳内に響く。
アズフィロラとニワトリが一緒に歩いている姿はシュール……考えられるのは。
「ニワトリこそ食用よね!?」
「ウ、ウサギやイノシシよりは人気あるっスよね……鶏肉」
「そ、空に飛ばしてあげたいんじゃないですか……あの方あり……そう?」
「だといいんですが……」
長い沈黙が会議室を包むと、視線がミレンジェに移る。
トラ、ウサギ、ニワトリときて次は……と、冷や汗をかく三人を見ながらミレンジェも考えると『そういえば』と両手を叩いた。三人の肩が大きく跳ねる。
「団長が三年振りぐらいに実家に帰りましたね。お兄さんと喧嘩したらしく、すぐ帰ってきましたけど」
その報告に三人は安堵の表情を見せ、一気に場が和んだ。
それを見たミレンジェは『あの団長、全然バカじゃないのかもしれない』と、はじめてエジェアウィンを讃え、副団長達の会議は幕を閉じる。
そして『バカでも上司ならしゃーない』と騎舎へと帰って行くのであった────。