異世界を駆ける
姉御
幕間2*「お給料日」
*番外編です(第三者視点)
ある日の午前。
アーポアク城の宰相室では真剣な顔をした宰相とヒナタが向かい合っていた。懐からゆっくりと袋を取り出す宰相の口角が上がる。
「は~い~お給料だよ~~」
「やったあーーーーっ!!!」
ニコニコ笑顔の宰相に、ヒナタはガッツポーズを取る。
アーポアク国に降り立って、一ヶ月。アクロアイトとして四方を駆け、宰相の手伝いをしていた彼女の最初の“お給料日”がきたのだ。
嬉しそうに給料袋を持つヒナタに宰相は笑みを向ける。
「何か~買いたいの~あるの~~?」
「うむ、服や小物をな! 貴様は何か買わないのか?」
「僕~? ん~最近~忙しいからね~でも~植物~増やしたい~かな~~」
「植物?」
奥の部屋を指した宰相は自室で育てていることを教えてくれた。
のんびりな宰相にはお似合いだと頷いたヒナタは何を欲しいのか訊ねる。が。
「モウセンゴケ~~」
「おい、それ食虫植物」
花畑が一瞬で地獄絵図に変わる。
だが、不思議と納得もしたヒナタは追求せず、絶対に覗かないことだけを誓った。
* * *
午前十時。ルベライトの石畳を歩きながら雑貨や洋服を楽しそうに見て回るヒナタ。隣には髪色と同じように顔を赤に染めた男がいた。
「よっし、フィーラ。今度はこっちだ!」
「もう……勘弁してくれ」
団長アズフィロラは溜め息をつきながら額に手を当てるが、もう片方の手を引っ張られる。
ヒナタに『街案内を頼む!』と言われ、以前断ったことを負い目に感じていた彼は付いてきた。が、彼女が選ぶ店はどこもファンシーで入るのに躊躇い、下着屋に入ると聞いた時は魔物以上の危機を感じたほどだ。
「ペンギンとアヒルのヌイグルミ、どっちが良いと思う?」
「いや……俺は」
「なんだ、他の動物か? フィーラは何が好きなんだ?」
「……スズメ」
「すず……ヌイグルミにいるだろうか……」
ないだろとセルフツッコミを入れたアズフィロラは素直な自分を呪った。そして本気で探す彼女を慌てて止めるが笑みを返される。
「まあ、ないなら作ればいいか。 裁縫なら魔力なくても出来るしな!」
「意外と家庭的なんだな……」
「“意外”は余計だ。貴様ではないが一人暮らしだったしな。特に編み物、レース、刺繍、ビーズと裁縫は得意だ!」
“その口調と態度からは想像も出来ない”とは決してアズフィロラは言わなかった。恐らく散々言われ続けてきただろうから。
だが、楽しそうに生地を選ぶ彼女に頬を赤らめながら訊ねた。
「作った物は……部屋に飾るのか?」
「ん? まあ……あ、でもスズメと言ったのはフィーラだから、出来たらプレゼントするぞ」
そう微笑んだ彼女にアズフィロラも笑みを浮かべると“スズメ代”として購入した生地を手渡した。
数週間後、手の平サイズのふわふわスズメ──と、なぜかヒヨコとニワトリがプレゼントされることとなる。
* * *
午後一時。雪が舞うベルデライトをファーコートを着たヒナタが駆ける。騎舎へとやってきた彼女は真っ先に副団長オーガットに抱きつき『買い物へ行こう!』と元気に頼んだ。が。
「あ、これとかヒナタさんにお似合いじゃないですか?」
「なぜ貴様と……しかもそれ下着だろ」
「必要な物じゃないですか」
年下との楽しい買い物をする予定だったのに、今日に限って書庫にいるハズの男が騎舎にいたのだ。ちなみにオーガットは突然の腹痛により辞退。
両手で顔を覆うヒナタに笑みを向ける団長ラガーベルッカの手にはピンクのレースとシースルー素材のベビードール。
団長がなんて物を持っているんだと思うヒナタだったが、ぶっちゃけ好みドストライクである。だが、頬を赤めるとそっぽを向いた。
「わ、私には似合わん……」
「私はこれが良いのでこれを買ってベッドにいてくだっ!」
彼の持つランジェリーを奪うと、店内にハリセンの音が響く。
店員が慌てて駆け寄るが、ラガーベルッカが変わらない笑みを見せたため、会釈すると去って行った。ヒナタの顔は真っ青。
「す、すまん……」
「それじゃ他にガーターベルトを「おおおーーーーいっ!!!」
要求を通すために叩かれているのではと思うヒナタだったが、黒のガーターを見せられると背中を叩いた。
最終的に別の下着を購入し、書庫へ戻る彼と共にホールへ向かう。別れ際に貰ったお土産袋の中には彼から取り上げた下着が入っていた。
再び大きな音が木霊したが、ヒナタはコッソリと使っている──らしい。
* * *
午後三時。騎舎にヒナタが入ると野太い声が響いた。
「ちーっす、姐さん!!!」
「ああ、お疲れ」
「なんでだよーーーーっ!!!」
なんでもない様子で返したヒナタに、団長エジェアウィンはツッコミする。が、彼女に引っ張られ、街へ出向くこととなった。
ヒナタの探し物はポンチョ。ドラバイトの住民がポンチョ系を着ているからだが、エジェアウィンは微妙な顔をしている。
「ポンチョなんて、ビラビラしてて動き難いじゃねーか」
「さては貴様、それが理由でマントをしていないな?」
他の三騎士は団長の証である色付きマントをしているが彼だけしていない。頷くエジェアウィンにヒナタは人指し指を立てた。
「マントは『ヒーロー』の証だぞ?」
「何っ!?」
まさかの指摘にエジェアウィンは固まる。
ヒナタはゆっくりと彼に顔を近付けると、ロジエットのハチマキを見てエジェアウィンが憧れたように、何か“目印”になるのを身に付けた方が良いと教えた。
「貴様のハチマキは知っている人からすればロジーさんの真似事だ」
「うっ!?」
「“アウィン”という男(ヒーロー)を植え付けるならば派手にアピールした方が良いと思うぞ」
「派手にか……」
そう呟き考え込んでいたエジェウェインは、ひとり騎舎へと戻って行った。それから十数分。急ぎ足で戻ってきた彼の手には、持っていたらしい金茶の正式マント。だが。
「これでどうだ!?」
「……………………すみませーん。このポンチョくださーい」
「なんで無視すんだよ!!!」
何しろ彼はマントの端と端を首下で硬結び──幼児のヒーローごっこのようで、さすがのヒナタも見ていられなかった。
その格好のまま駆けたおかげか、街中で“ヒーローごっこ”が流行りはじめるのをニ人はまだ知らない。
* * *
午後六時。行灯が点り、大人の時間になったラズライトの『宝遊閣』をヒナタが訪ねる。
だが、騎士団長のカレスティージは先ほど出て行ったと聞き、肩をガックシと落とした。そんな彼女に『四天貴族』チェリミュは水の入った丸水盤を持ってくると微笑む。
「コレに向かってカレ坊を呼んだってください」
「は?」
意味がわからないヒナタだったが、言われるがまま彼の名を呼んだ。一分で帰ってきたのは言うまでもない。
「き、着物はやはりピンキリだな……」
「ぴん……きり……?」
呉服店で鮮やかな着物を見ながら値段と睨めっこしているヒナタの隣には、騎士団服を着たカレスティージ。団長が誰かといるのが珍しいのか、住民どころか団員達も遠巻きで見ていた。なぜ遠巻きかと問われれば怖いからである。
「ヒナさん……裁縫得意って言ってましたけど……着物は作れないんですか?」
「うーん……着物自体あまり着なかったから作ったことないな」
膝を折っていたヒナタは顎に手を当て考える。
すると、屈んだカレスティージが彼女の手を握り、微笑んだ。
「じゃあ……作ってみたらどうですか?」
「は?」
「姐さん達の中に着物作ってる人……いるので……時間かかりますけど……ヒナさんだけの作れますよ」
「私だけの……」
自分好みの着物が着れる。それに、作り方を覚えてドラバイトの子供達などに作れば……と、妄想が広がった彼女はカレスティージの両手を取ると、キラキラな目で大きく頷いた。
彼は苦笑いながらも満足そうに頷くと、手を繋いだまま呉服屋を後にした。
それからしばらくヒナタはラズライトに通い続け、カレスティージと長い時間共に過ごす。
それが彼の作戦だったかどうかはわからないが、昼夜ご機嫌な団長を、副団長サスティスをはじめ、誰もが不気味がっていた。
* * *
午後九時。城の自室に戻ったヒナタを待つ男がいた。
開いた窓に腰を掛けたイヴァレリズだ。呆れながら用件を聞くと袋を渡される。
「なんか着るの探してるって聞いたから」
「探すも何も普通の買い物だというのに。ま、ありがたく受け取……」
苦笑いしながら袋を開けると──スクール水着。
ラガーベルッカ以上の音が響き渡り、不審に思った宰相がバルコニーから下を窺う。
そこには必死に窓の外縁に掴まるイヴァレリズと、彼を落とそうとしているヒナタがいた。が、見なかったことにした。
これにて最初の給料日が終了する。
その後、ヒナタの部屋には見事なレース編みやヌイグルミなど可愛い物が部屋を飾り、ドン引きしたイヴァレリズはしばらく現れなかった────。