異世界を駆ける
姉御
29話*「こども会」
深く暗い闇の底──ではなかった。
行灯が長い路を照らしている。
スティのおかげだろうかと安堵しながらも変わらず足が前へ進むと、背を向けた男が佇んでいた。フィーラと同じぐらいの身長に肩幅があり、大剣を握っている。その髪は後ろでひとつに結われているが、腰下まである長い漆黒。そして黒いマントには白い線で描かれた一匹の竜。
近付くと、男の前にドラバイトで見た大きな影が現れる。
咄嗟に手を伸ばすと、静かな声が響いた。
「手を伸ばしてはダメだ──突き放せ」
横顔で見えた瞳は──漆黒。
目覚めると、天井に手を伸ばしていた。
ゆっくりと拳を握りながら下ろすと瞼を閉じる。思い出すのはロジーさんの言葉。先ほどの男はもしかして──。
* * *
「ああ~それ~陛下だね~~」
今朝の夢を話すと、アッサリのほほん男に断言されてしまった。
いや、確かにそうかな~とは思ったが……えぇっ!?
「まさか、最初の対面が夢とは……」
「いや~夢に陛下って~凄いね~~」
呑気な声に脱力しながら書類整理を終えると背伸びし、ひとまとめにしていた髪を下ろす。気付けば一ヵ月半が過ぎたせいか髪は肩下まで伸び、黒いゴムにはアクロアイト部隊のブローチ。ラズライトに行く際、イズに付けられてそのままだ。
結い直していると、のほほん男が不思議そうに見ているのに気付く。
「ヒーちゃん~髪~黒~だよね~~?」
「ん? ああ、染めてたんだが、伸びたから根元だけ黒くてプリンだろ?」
「プリン~?」
間抜けな声が返されたため説明すると大笑いされた。ハリセンで沈める。
聞けば過去の異世界人は漆黒だったらしく、茶髪の私が不思議だったそうだ。確かに“フミ江さん”も黒だとロジーさんが……そこで思い出す。
「そう言えば貴様、ドラバイト出身だったんだな」
「ん~僕~言ったっけ~あ~ロジじいちゃんか~~」
「無鉄砲で団長もしていたと聞いた」
「あっちゃ~~」
天井を仰ぐという珍しい反応に私の顔はニヤニヤ。のほほん男は嫌そうな目を向けるが、相変わらず細い。
「若気の至り~って~事で~~」
「まあ、別に過去何してようと私は気にせんぞ。今の貴様がいるおかげで私は助かっているのだから感謝するだけだ」
実際のほほん男がいなければ今頃玉座を出た廊下でフィーラに斬られていただろう。今のヤツならそんな事しないとは思うが。
そこでまた思い出し、慌てて時計を見ると十二時を回ろうとしていた。
「いかん、遅れる!」
「ああ~みんなと~遊ぶん~だっけ~~」
「うむ! 貴様も暇なら来いよ!!」
返答も聞かず宰相室を飛び出したせいか、静かな声は聞こえなかった。
「感謝ね……嘘つきな僕らには……重いな……」
* * *
後ろポケットに突っ込んでいた手袋を嵌めるとポールを使い、一階へと向かう。
最初は恐怖ポールだったが、手袋も買ってもらえて慣れれば楽しい。一度勢いあまって地下二階まで行ったが、暗くてさっさと階段を上がった。いかにも『研究してます』な空気だったな! 私は絶対行かないぞ!! うむ!!!
出っ張り板に足を掛け停まると、目に入った赤いハチマキ目掛けて跳びつく。
「のわあああーーーーっ!」
「ああ~!癒されるな~!!」
「お、女! てっめ~は~な~れ~ろ~!!」
既にお決まりになった行動。
しかし変らずアウィンは頬を赤め、必死に逃れようとする。可愛いヤツめと腕を解くと、今度は私が大きな腕に捕らわれた。テンションが下がる。
「……こら、ベル」
「温度差が激しいですね。顔も上げないとは、さすがヒナタさん」
「うむ、上を向いたらキスするのが貴様のやり方だか……おいっ!」
見えたパターンを誇らしげに言ったが、顎を持ち上げられ、翡翠の瞳と目が合う。口元の笑みはまるで『上げれば問題ないです』と言っているように思えた。慌てる私に赤髪を揺らすフィーラが制止をかける。
「ラガーベルッカ様、子供も大勢いますので止めてください」
「お、私が最後か?」
「いや、ラズライトがまだだ」
「おねえちゃ~ん~こんにちは~」
フィーラの背後から、ルベライトの子供達が顔を見せる。
ベルの腕を解いた私も膝を折ると笑顔で挨拶をした。すると以前、ベルデライトで助けた女の子やドラバイトのパレッドなど他の子供達も集まりはじめる。
今日は子供達と遊ぶ日。
以前子供達に他街の子供達を知らないと聞き、私が考えた案。それは『四宝の扉』で他街には行けないが一階ホールには入れる。ならば、一階ここでみんなと遊ぶ『こども会』を開けばいいではないか!!!、と。
私だけでは保護者の方が不安がると思い、宰相に許しと、先日給料が入った時に団長達に話をし、一緒にきてもらう事で叶ったのだ。ただ、昼開催なせいかスティが酷く悩み込んでしまった。サティに頼んでもいいとは伝えたがどうだろう。
「つーか、アイツが来るとかありえんのか?」
「確かに子供嫌いな気がするな」
「そうなのか?」
「お姉さん方を侍(はべ)らすのは得意なようですが」
「おいおい、なんてこと「ほならウチは男を侍らすのが得意どすなぁ」
四人で集まっていると、心地良いが色気のある声に身体が跳ねる。
振り向くと『青の扉』の渡り廊下から着物の子供達。そして、瑠璃の瞳と菫の髪を下ろし、藍色に白の水仙がある着物を纏ったチェリーさんが現れた。
いつもより薄化粧だが充分色気があり、さすがに他の三人も目を見開く。子供達の『きれ~』と褒める声に、慌てて駆け寄った。
「チェ、チェリーさんが代わりですか!?」
「そですよ。丁度ヒュー坊んとこにも用あったし、こん子らも一緒に思うてな」
そう言って振り向いた彼女の後ろには、控えめな子供が二人。
瑠璃の瞳に、菫よりは薄い髪色で肩上までのおかっぱの男の子と、胸下までのストレートの女の子。雰囲気や顔立ちからして双子のようだ……可愛い。
頭上で花畑が広がっていると、チェリーさんが楽しそうに言った。
「ウチの子どす」
「あ~道理で似てらっしゃると……え?」
「ウチ、既婚者なんどすよ」
「うえぇぇぇえーーーーっっ!!?」
まさかの発言に大声を上げると子供達は肩を揺らし、チェリーさんの服を握った。あわわ、すまん! て言うか既婚者!?
頭が追いつかないでいると三騎士が集まり、礼を取る。
「お久し振りです、チェリミュ様」
「相変わらずお綺麗ですね」
「……妖怪ババっだ!!!」
アウィンの囁きが聞こえたのか、懐から出た煙管音が響いた。当然だな。
チェリーさんは変わらない笑みで三人を見る。
「アー坊もラー坊も変わらんようで安心したわ。アン坊は口の利き方が全然やけど。あ、ヒナ嬢。一応カレ坊に声掛けたら動きはしたんで、ギリギリやもどすなあ」
「そうですか、ありがとうございます」
礼を言うとチェリーさんはお子さんと話しだす。
その姿は『宝遊閣』の“太夫”ではなく“お母さん”。天井を見上げ、亡き母を思い出していると、話し終えた双子ちゃんが私の下へ歩み寄り、小さな声で『よろしくお願いします』と頭を下げた。
可愛くて抱きしめたかったが、過度なスキンシップは嫌われると、挨拶だけを返す。だが手を繋いでくれたため、大量の花を背景に飛ばしながら他の子達の所へと足を進めた──。
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ヒナタは嬉しそうに子供達と手を繋ぎ、俺達から離れて行く。
そんな三人を微笑ましく見ているのは同じ『四天貴族』のチェリミュ様。俺の両親の代から既に西方の『四天貴族』を勤め、その美貌と艶やかさはルベライトでも有名だ。たまに彼女に会いたいがために『通行宝』を申請する者もいるぐらい。
けしからんと悪態を付いていると、ラガーベルッカ様が口を開いた。
「なぜ、カレスティージ君を起こしてきたんですか」
「起こさなウチが殺されてまうやん」
「いっその事、刺し終えてからきてくだされば嬉しかったですね」
「物騒な話すんなよ」
エジェアウィンに同意だ。先日から何やらラガーベルッカ様とティージの仲が悪い気がする。以前は特に何もなかったはずだが、チェリミュ様は笑う。
「今のカレ坊やったら出来るかもしれへんな。丁度魔力が半分以下になっとりますし」
「半分以下!? アイツなんかあったのかよ」
「ちょっと“おいた”しでかしたんで、仕置きに半分以下になる魔法を使っとうのです」
唖然とするしかない。
確かに『四天貴族』にはそんな魔法がある。俺も使えるが、さすがに重罪人などにしか使った事がない。何をしでかしたんだと三人考えているのがわかったのか、彼女は瑠璃の瞳を細めた。
「アー坊とラー坊が調べとる事どすよ」
予想外の返しに、ラガーベルッカ様と二人息を呑むと嫌な汗が背中を伝う。
はしゃぐ周りの声とは反対に沈黙が漂い、空気が読めているエジェアウィンも何も言わず俺達を見ている。すると、チェリミュ様の口が動いた。
「十八人」
「……え」
「その数がラズライトに住んどった異世界人の数どす。それから何が出来るかは知りまへんが一応な」
笑みを見せた彼女は、開いたエレベーターへと姿を消した。
傍から見れば“美しい”と言われる笑みだろうが、今の俺には“恐怖”しか映らず、剣の柄も握っている。さすが、ひとつの街を治めるだけはある……女性は怖いな。
一息ついているとエジェアウィンに説明を求められたため軽く説明すると平然と頷かれた。
「んなら、ドラバイトは十三人だな」
「なんだと?」
「ジジイは金庫なんて持ってねーし、オレが整理することもあっから見たことあるぜ。ご丁寧に“異世界人用”って書いてあるしな」
「それ、防犯した方がいいと思いますよ」
ラガーベルッカ様の苦笑いに合わせるしかない。
するとエジェアウィンは過去異世界人がロジエット様と逢っていたこと、それをヒナタが知ったことを教えてくれた。
「あの女が帰ってから書類あんの思い出して見たら“フミ江”以外は全員バツが付いてやがった。ジジイに聞いても何も言わねーし、何かはあんじゃねーか?」
「エジェアウィン君って結構まともですよね」
「おい“まとも”は余計のわあああーーーーっ!」
同じ意見を持ったが、背後からエジェアウィン抱きしめるヒナタに遮られる。ジタバタ動く彼を押さえながら、漆黒の双眸は楽しそうに俺達を見ると微笑んだ。
「貴様らいつまで喋っとるんだ! 今から鬼ごっこするぞ!! ちなみに私は鬼だ!!!」
「てっめ! これでオレを捕まえたとかセコイ事を言うんじゃ……て、おいっ、アズフィロラ!! ラガーベルッカ!!!」
彼女の最後の言葉を聞いて俺とラガーベルッカ様は一目散に逃げた。
恐らく俺の場合はエジェアウィンと一緒だろうが、ラガーベルッカ様は確実にハリセンで叩かれて捕まるだろう。
頭の整理がつかないが、今は子供達と楽しもうと一時を忘れた──。
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鬼ごっこがはじまり、パレッドと数人の子供達が『赤の扉』まで走る。
彼らの何倍もある大きな扉が迎えた。
「ここまでくればだいじょうぶだ!」
「でも、あのおねえちゃん速いから……」
「じゃあ、この中に入ろーぜ!」
パレッドの声にみんなは扉を見上げるが、ルベライトの子はいない。『四宝の扉』の事を教えられているせいかみんなは首を振るが、パレッドは笑いながらドアに手をつけた。
「やってみなきゃわかんねーだろ。おれ、ずっとほかのとこ入ってみたかったからさ……いっくぞー!」
その声と同時にドアを押す──と、ゆっくりと扉が開きだす。
目を見開いた子供達の瞳には光の向こう、木漏れ日が映る。だが勢いよく扉が閉じてしまった。
「あ、あれ「ダメだ」
静かな声にパレッド達の肩が揺れる。振り向けば見知らぬ男が佇んでいた。
「まだ……入ってはダメだ」
「ご、ごめんなさい!」
一目散に逃げる子供達を見送った男は漆黒の双眸を細めると『赤の扉』を開く。
「だが……その心を忘れてもダメだ」
小さな笑みを見せながら中へ入ると、扉がゆっくりと閉ざされた────。