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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​30話*「なかよし」

「つーかまえたー!」

「わああっ!」

 

 渡り廊下から出てきたパレッドを抱きしめる。

 まだまだ小さい彼は抱き抱えられジタバタ。周りも『パレッドをはなせ~』と言いながら私の足や尻などをペチペチ叩くが、頭をタッチした。

 

「はい、キミらも捕まえたからな~」

「あああ~~!」

「おねえちゃ~ん、ラガーさまがお空とぶ~」

「何ぃ!?」

 

 報告を聞き、パレッドを抱えたまま見上げる。宙には呑気に本を読んでいる大人気ないヤツがいた。

 

「こら、ベル! 飛ぶのは禁止だ!!」

「ルールを聞いていません」

「俺も鬼が複数人いるとは聞いていない……」

 

 微笑むベルとは反対に女の子達に手を繋がれ、溜め息をつくフィーラ。

 三十人近くいるのに鬼が一人なわけないだろ。それに『私は鬼だ』と言ったが『私が』とは言ってない。そう笑顔で言うと、フィーラはガックシと肩を落としたので抱きついた。

 

「そうかそうか! そんなに私に捕まえてもらいたかったのか!!」

「だ、誰もそんなことは言って……っ!」

「ね、ねえちゃ~ん! おれを忘れないで~!! おっぱいやわいけど~!!!」

 

 谷間にパレッドの顔が埋まり、抱いたままだったことを思い出す。

 すると上空で静かに本が閉じる音が聞こえた。見上げると、微笑んでいるベル。嫌な予感しかしない私はパレッドをフィーラに預けると、取り出したハリセンでバッターの構えを取った。

 

「よっし、来いベル! 貴様を受け止め(ぶっとばし)てやろう!!」

「素敵な心意気ですね。そのまま押し倒して今日のキスを差し上げますよ」

「あれって“おにごっこ”なの?」

「どちらかと言えば野球だが、決して真似をしてはいけない」

「つーかアレ、もぐら叩きじゃね?」

 

 フィーラとパレッド、そして捕まったらしいアウィンがちょこまか逃げるベルを叩く私の行く末を見守る。ことはせず、パレッドの不満声が響いた。

 

「あーあ! 『赤の扉』にさえ入ってたらにげきれたのに!!」

「あん? 南方のオレらじゃ入れねーだろ」

「入れたんだよ! なんか木がいっぱいあってレンガの家だった!! なのに黒い男がジャマして」

「なんだと!?」

 

 遮るフィーラの叫びに、ベルに制止をかける。

 彼にも聞こえていたのか、着地すると一緒にパレッドの元へ駆けた。

 

「パレッド、本当に入った……と言うより扉を開けたのか?」

 

 眉間に皺を寄せる私達にパレッドは頬を膨らませると『赤の扉』へと走る。子供達に『休憩』と告げた私達も後を追った。

 廊下を走りながら考える。『四宝の扉』は“魔力なし”にしか開かないはずだ。だがパレッドが『水晶』を使っているところを見た事がある。つまり彼は“魔力あり”。いったいどういう事だ?

 

 疑問を浮かべながら『赤の扉』に辿り着くと、パレッドが扉に手をつく──が、開かない。

 

 また頬を膨らませるパレッドにアウィンとベルも押すが開かず、フィーラと私が押すと木々が溢れ、小鳥達が飛び回っている街が現れた。残りの三人は目を見開くが、後ろからついてきた子供達が街を指す。

 

「そう~こんな街だった~」

「なのにバッターンって閉じたんだよね」

 

 ルベライトではない子達が口々に“見た”と言っているのを私達はどうしたらいいのかわからない。子供は純粋が故、嘘をつくとは思えない。だが、本当だとも思えないのが、この扉だ。

 すると、扉を閉めたフィーラが顔を顰めた。

 

「……先ほど“黒い男”と言ったな?」

「その方の瞳の色を覚えていらっしゃいますか?」

 

 手を顎に当てていたベルも細めた目でパレッドを見る。

 パレッドは身体をビクつかせたが、私に抱っこをねだり、抱えると指された。

 

「ねえちゃんと同じ『黒』だった」

「っ!?」

 

 心臓がドクリと大きく動くと動悸も激しくなる。

 黒髪だけならイズだ。だが黒の髪と瞳ならば──“王”。

 三騎士を見ると、私を見つめたまま頷く。

 

「王だな……僅かだが扉から気配がする」

「あの方だけは四方どこでも入れますからね」

「なんでパレッドが開けたかは知らねーけど、オレら通り過ぎて行くとか相変わらずな人だぜ」

 

 揃って妙な顔をしているのを見るに、あまり信頼されていないようだ。大丈夫か、王?

 驚きを越えて呆れているとパレッドが頬を膨らませ、私の胸を揺らしはじめた。横から見ていた三騎士は目を見開く。

 

「もう! 信じてくんねーならいいよ!!」

「だ、誰も信じねーとは言ってねーだろ! つーか止めろパレッド!! てめーも嫌がれ!!!」

「ん? いや、子供だしな。別に痛くもないし」

 

 するとパレッドは下から掬おうとするも『重い』と眉間に皺を寄せる。うむ、胸が大きい=重い、だからな! おかげで体重がな!!

 持つのを諦めたのか勢いよく落とすと谷間に頬擦りされ、私は頭を撫でる。ああ~!癒されるな~!!

 

「ヒナタさん、それはちょっと違うと思いますよ」

「そのまま大人になるとイヴァレリズになる。それはここで食い止めねばならん」

 

 低い声を発する二人はなぜか剣の柄を握った。おい、何やってんだ?

 アウィンが必死に私から引き離そうとするがパレッドは離れない。それどころか後ろを向くとニヤリ。イズに似た意地の悪い笑みを“大人”に向けた。

 

「エジェ兄ちゃん達、うらやまし~んだろ!」

「てめー、いい加減にしろよ!」

「ふん! おれはいっしょにおふろ入った“なか”だからな!! 兄ちゃんらよりは“なかよし”だぞ!!!」

 

 高らかな自慢に、三騎士の空気が凍りついた……気がする。

 確かに教会に泊まった時に何度もお風呂に入ったな。身体を洗いあったりとか。あ、一緒に寝たりもし……急に寒くなったのは気のせいか?

 パレッドもくしゃみをしはじめ、暑がりな私すらブルリと震える。そこでフィーラに頼んだ。

 

「『火』……出してくれないか?」

「ん? いや、俺は熱いぐらいだな」

 

 フィ、フィーラが爽やか笑顔を向けた!?

 見たことないイケメン微笑に頬が熱くなるが、彼の背景はなぜか吹雪。あれ?

 

「うわあああぁぁっ! なになにっ!?」

 

 戸惑うも、パレッドの悲鳴で我に返る。

 見ると、影の中から手が現れ、彼を引き摺り下ろしていた。慌てて下りたパレッドがアウィンの元へ向かうと、手の主、見知った人物が現れる。青髪に空色の着物と青の中羽織を羽織り、下駄。そして前髪の間から鋭い藍色を覗かせた──スティ。

 

「うわあああぁぁっ! おばけええぇ!!」

「ん、まあ、近いっちゃ近ぇかもな」

「実際機嫌悪そうですしね」

「まだ二時……しかも“影”から現れたからな」

 

 呆れている三人の通り、スティは寝起きなのか機嫌が悪そうだ。

 団服ではなく着物。いつもはストレートの髪も寝癖か横に跳ね、結ってもいない。

 

「ス、スティ……?」

 

 恐る恐る呼び掛けると、ゆっくりと振り向く。

 ビクリと肩が跳ねるが、変わらず抱きつかれた。いつも通りだと苦笑すると、伸ばされた両手に屈む。と、首元に吸い付かれた。

 

「あ……んっ」

 

 背後で稲妻が走った気がするが、小さなリップ音と痛みに声を出してしまった。羞恥で頬が熱くなる私に、藍色の瞳を覗かせる彼は微笑む。

 

「おはよう……ございます……ヒナさん」

「も、もう昼だがな……まだ寝てなくて良かったのか?」

「だって……ヒナさんに……会いたかった」

「呑気に会話してんじゃねーよ! なんだよ、砂糖水みたいに甘いぞ!? 年下だからって許される範囲か!!?」

 

 怒るアウィンだが、手でパレッドの目を隠している。

 見れば、私以上に彼とフィーラの顔は真っ赤で、ベルは笑っているが冷たい。笑みを消したスティは淡々とした口調で答えた。

 

「吸い付くのは……ボクの癖です」

「うむ。まあ、ベルが出会い頭にキスするような感じだ」

「おや? 今日はしてませんよ」

「してない……ですか?」

 

 ベルの言葉に反応したのはスティで、私をジと目で見る。

 頷くと、しばし考える様子を見せ、両手を伸ばしたため近付くと口付けられた。また稲妻が走った気がするが、口付けによって思考が混ざる。

 

「んっ、ス……テぃ」

「ヒナ……さ……んっ」

 

 変わらず冷たい唇と舌だが、舌同士を絡め、混ぜる激しさに全身が火照る。足の支えが不安定になると唇が離れ、耳元で甘い声が囁いた。

 

「落ちて……いいよ」

「ふゃあ……」

 

 瞬間膝を折り、後ろに倒れそうになるが支えられる。

 それはスティ。ではなく大きな腕、ベルだった。片膝を折る彼に支えられたまま虚ろな目で見ると、スティはフィーラに手を取られ、睨み合っている。すると大きな手に顎を持ち上げられ、翡翠の瞳と目が合うと、額にキスが落ちた。

 

「あれだけで倒れるなんて……キスはアズフィロラ君のが良かったと言ってませんでしたか?」

「んなっ!?」

「アズ様……」

 

 フィーラは顔を赤め、スティの睨みが増す。

 一瞬でスティの甘さに負けたことに恥ずかしくなる私に、ベルの片眉が上がった。

 

「そうやって他の人を考えるのはいけませんね」

「す、すまん……ベ、んあっ!」

 

 謝罪は大きな唇に塞がれ、長い舌が口内の奥底を突く。

 スティ以上に動き回る舌に翻弄され、荒い息と下唇から唾液が垂れる。翡翠の瞳は楽しそうで、液を舐め取った。

 

「ひゃっ!」

「可愛いですね……お二人もそう思いません?」

「それには同意しましょう……」

「でも……ラガー様がやるのは許さない……」

 

 いつの間にかフィーラとスティがベルの腕を掴んでいた。

 その睨みは魔物を相手にしているように怖く、早く立ち上がろうとするもニ人の甘さで乱された気持ち良さにまだ動けない。気付いたように溜め息をついたフィーラは端正な顔を近付けた。

 

「俺とも……するか?」

「なっ!?」

 

 どもると、フィーラに口付けられる。

 その唇は優しく心地良く、ベルの膝に寄り掛かっていた私は無意識に上体を浮かせ、フィーラの首に腕を回す。舌が上、下唇をなぞり、口内に入ると、小さい動きだが充分な快感に意識が飛びそうだ。

 

「ふ……俺の……好きなのか……んっ」

「あ……ん、フィー……ラ」

 

 そんな光景にベルとスティも目を見開いたが、プチンと何かが切れる音もした。

 

 

「揃ってやめろーーーーーーっ!!!」

 

 

 アウィンが──キレた。

 羞恥で私とフィーラの顔は真っ赤。その後、私達四人はこっ酷く叱られた。

 

 主に私は『隙を見せすぎだ!』『年下でも容易にキスするな!』で、三騎士は『ガキの前でするな!』『仕事怠ってんじゃねー!』と至極真っ当な説教に全員何も言い返せなかった。

 本当、私は淫乱女だったのかと両手で顔を覆うしかない。

 

 ホールに戻ると、アウィンの提案で団長も交ぜた各街対抗の遊びになる。

 大縄の回数を競ったり、リレーしたり、小さな運動会気分だ。私は一競技事に街を替え、一緒に一位を目指す。

 

 さすがアウィンと駆け回っている南方の子供達は運動神経が良く、東方は得意不得意もない感じで勝ったり負けたり。北方は雪国であまり運動しないのか苦手。西方はスティがまだ眠いのか、鈍すぎて役に立たず終了。

 

 結果、第一回『こども会』はドラバイトが優勝した────。

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