異世界を駆ける
姉御
31話*「愛の証」
時刻は夕方の五時。
運動したせいかお腹が空き、調理場から食材や網を借りて、バーベキューをはじめた。
本当は野外が一番なのだが出られないため、アウィンの『地』で土台を作り、その上にフィーラが『火』を出し、網をベルの『風』で浮かし、煙をスティの『水』で分解。『四聖宝』揃うと凄いな!!!
お肉や野菜を焼きながら子供達のお皿に乗せていくと、クタクタだった顔が笑顔になり、美味しそうに食べている。私も嬉しくなり、ドンドン焼くと『四聖宝』の皿にも乗せて行く。特にアウィンには山盛り。
「んだよ」
「優勝祝いのようなものだ。賞品など用意していなかったからな」
「ヒナタさんが賞品なら張り切ったんですけどね」
「? 私をお持ち帰りしても面白くないぞ」
全員が押し黙った。なんだ?
家事全般は出来るが、それは元の世界の話で“魔力なし”のここでは役に立たない。ちなみにと、持ち帰れたらどうするのか聞いてみた。
「よ、邪(よこしま)な考えなど……」
「結婚しましょう」
「団長辞めます……」
「突きまくる」
殴っていいだろうか。
そのためにも腹ごしらえだと返答はせず、肉を焼き続けた──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
ヒナさんは黙々と肉を焼き続けている。
てっきりハリセンで叩かれると全員が構えてたのにスルー。ヒナさんの代わりにボクが殺そうかと懐の黒ウサギを握るが、魔力が半分以下だったのを思い出した。腹ごしらえが先だと肉を食べるが、ダルい……まだイズ様の圧力が乗ってるのか。
月一会議後に、アズ様とラガー様から聞いた信じられない話。
急いでメラナイト副団長の権限を使い、過去抹殺した人間の記録を読んだが、そこに異世界人の“い”の字もなかった。けれど、もうひとつの存在を思い出す。
それは副団長(ボク)でも見れない、団長(イズ様)が直に手を下す“極刑書”。
“王”ではなく“国”に害をなす者を殺す書で、イズ様しか執行出来ない。それは滅多に出ないけど可能性は捨て切れず、すぐイズ様を問い詰めた。けど『“王”の意志』だけしか答えず、重い圧力に屈してしまった。
「「カレスお兄さん……」」
イヤな失態を思い出していると、薄い菫色の髪と瑠璃の瞳をした双子が寄ってきた。『四天貴族』チェリミュ様の子で、十歳の兄のフォンテと妹のフォンターナ。
チェリミュ様が既婚者で子供もいる事実はラズライトでも殆ど知られていないし、旦那さんは亡くなったと聞いてる。うるさい子供は苦手だけど、二人は大人しいからマシだと皿を置くと目を合わせた。
「……何?」
「お母さんの……ことで」
“魔力低下”は二人のせいじゃないけど、つい目を細めてしまう。二人は肩をビクリと揺らしたが、顔を見合わせ頷き合うと、真剣な眼差しを向けた。
「異世界のお姉さんが……はじめてラズライトにきた日」
「お母さんが……泣いてたの」
「……え?」
二人の言いたいことがわからない。それになぜチェリミュ様がヒナさんで泣くんだろ?
ボクやサスティスの時も心配はするけど泣くまではない。悩んでいると二人は切なそうに、でもハッキリと言った。
「「わたし達のお父さんが……異世界人だったから」」
周りのうるさい声が掻き消されるほど、二人の言葉が大きく耳に届いた──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
山盛りに焼いたお肉と野菜を皿に乗せると、スティと双子ちゃんが一緒にいるのを見つけた。可愛い三人が!、と跳びつきたくなったが、何やら深刻そうに話しているのでストップ。
すると横から手が伸び、アウィンに皿を奪われる。
「食っていいんだろ?」
「構わんが、貴様もう賞品を食い終えたのか?」
二十枚ぐらい野菜と一緒に乗せたハズなのにアウィンは『当然』といった様子でまた食べる。まあ野菜も食べるなら良いかと思っていると、隅にニンジンを寄せているのに気付き、ハリセンで叩いた。
「別にいいだろ!」
「見えんとこでしろ!」
「じゃあ見んな!!!」
そんなことを言い合っていると『低レベルな争いはやめろ!』と、フィーラに怒られた。おい、私も同罪なのか?
渋々と壁に背を預け、アウィンの皿からお肉を貰いながら周りを見渡す。バーベキューの火は殆ど消え、子供達は欠伸をしている。
「食べ終わったら帰って良いぞ。片付けはしておく」
「あん? 別そんぐらい手伝うって。ガキ共は団員に頼むっから」
「しかし……」
「つーかさせろ。じゃねーと、ジジイとミレンジェに怒られんだよ」
そこかと苦笑いしながら眉間に皺を寄せたアウィンの頭を撫でるが、やはり怒られた。
しばらくするとベルは子供達を送りに、フィーラも団員に呼ばれ、意外なことにスティも用事が出来たと言って子供達をまだ来ないチェリーさんに任せ、影に潜ってしまった。バッチリ首元に吸い付いて。
「というかスティは水属性ではなかったか?」
「アイツは特別。それより早速隙みせてんじゃねーよ」
静かになったホールをアウィンと二人でモップ掛け。
残っているラズライトの子供達も皿やゴミ処理を手伝ってくれる。うむ、可愛いな。すると頭を掴まれ、怒り顔のアウィンと目が合う。
「無視すんじゃねー!」
「むむ無視じゃない! さっきも聞いた通りスティの癖と言うか……他の二人だって挨拶のキスみたいなものだろ!!」
「あっても手の甲だ! 唇のはマジの愛情表現!!」
衝撃発言にモップを落とすと沈黙する。
アウィンは頭をかくと恥ずかしそうに説明した。
貴族社会だと手の甲、又は頬へのキスは挨拶程度。
しかし夫婦や恋人など愛し合っている場合は口付け。特に口付けは魔力の譲渡が出来るため“愛の証”とされているらしい。顔が……火照ってきた。
「もちろん、魔力欲しさで唇奪うとかバカな連中いっから、法律で一定の場所以外は禁止されてる」
「一定の場所?」
「娼婦のやっだ!!!」
また不健全な発言が出たためハリセンで叩く。
アウィンは反論しているが出たものは仕方あるまい、うむ。しかしそうなると三人揃って法律違反に……するとアウィンは呆れた様子で私を指した。
「てめーは魔力持ってねーだろ」
「あ」
再び沈黙が訪れる。だが、全身から煙が出そうなぐらい熱い。
ちょーーーーと待て。落ち着こう。落ち着こう。口付けが愛情表現……て、結構してたよな。特にベルやスティとか会う度に……いや、でもそれじゃとアウィンに目を合わせると疑問を投げかけた。
「私は……あいつらに……好かれているのか?」
「いや、好かれてるっつーか、愛されてんじゃね?」
「好きと……愛すの違いって……なんだ?」
「好き度の違いじゃ……って、何を聞いてんだ!!!」
普通に答えていたアウィンも顔を真っ赤にして叫ぶ。
いや、すまん。自分でも意味がわからなくなってな。日本語って難しいなと遠い目をしていると、また呆れた眼差しを向けられる。
「つーか、今までなんだと思ってたんだよ」
「コミュニケーション」
「……それ、ぜってーアイツらに言うんじゃねーぞ。マジ喰われっからな」
肩をガックシ落とされ、また沈黙。
するとエレベーターが開き、チェリーさんが出てきた。駆け寄ってきた双子ちゃんの頭を撫でながら私達を見ると笑う。
「なんや、初々しいカップルどすな~」
「カップル!?」
「んなわけねーだろ! てめーも、コイツになんか言ってやってくれよ!!」
「どないしたとです?」
キョトンとした表情が可愛いチェリーさんだが、アウィンが頬を赤めながら説明すると同じように呆れた。
「ヒナ嬢、お付き合い経験なかどすか?」
「い、いえ……三、四人ぐらいとなら」
「上から性格と少女趣味に逃げられたんだろ」
否定出来ない。告られて付き合ったが、大半がそのせいと身体目当てだったため投げ飛ばしたと話すと、当然のように溜め息をつかれた。うっ……すみません。
「ほなら、誰かと付き合うてみるのもええかもな。『四聖宝』なら顔も頭もお給料も良しで、何よりヒナ嬢の性格をわかっとりますし。なあ、アン坊?」
「オ、オレ!?」
「あ、いえ……アウィンとは何もしてませんし、頭の部分が……」
「おいこらっ!!!」
アウィンの大声にラズライトの子供達が怯え、チェリーさんは苦笑いしながら『青の扉』へと足を向けた。もう夜の七時を回ったのもあるが、仕事があるのだろう。
見送りの際、旦那さんとのことを聞いたら『会った瞬間この人やと思ったとです』と、なぜか切ない表情をされた。扉が閉まっても頭に残るほど。
広いホールはいつものように静寂に包まれる。楽しい時間はあっという間だ。
今度はアウィンが帰ると言うので『茶の扉』に入ると、松明が道を辿るドラバイトの街が広がる。『駆空走』のボードに乗った男に礼を言った。
「今日は忙しい中すまなかったな。また良かったら一緒に来てくれ」
「ま、ガキ共も他んとこと仲良くしてたしな」
「うむ、貴様も夜道には気をつけろよ。なんなら一緒に行こうか?」
「おい、年下扱いすんの止めろ。だからカレスティージにキスマーク付けられんだぞ」
「キッス!!?」
アウィンは手を伸ばし、私の首元をなぞる。
チクリと痛みが走ったのは、スティに吸い付かれたところ。恥ずかしくて顔を伏せていると臍を突かれた。
「ひゃあっ!」
「ほれほれほれ」
「ちょっ! あっ!! おいいぃ~~っ!!!」
悪戯っ子のように臍どころか腰のくびれ、背中、耳には息を吹きかけられる。その度に私は小さな悲鳴を上げ、コンニャローとハリセンで叩くが避けられた。くそっ!!!
荒い息を吐きながら睨むが、アウィンは笑う。
「いやマジ、おめー隙だらけだわ」
「う、うるさい! 考え事してたんだ!! 次は許さん!!!」
「あっそ。じゃ、オレ帰るわ」
「あ、ああ……」
あっけらかんと言ったアウィンに脱力してしまうが、突然振り向いたため身体が強張った。しかし苦笑いしながら『忘れもん』と言って扉に手を付けただけで、また全身の力が抜ける。と、腕を引っ張られ──口付けられた。
「んっ……!?」
それは一瞬で、フィーラともベルともスティとも違う味。
呆然とする私の手をアウィンは苦笑いしながら握る。
「おめー……ホント、バカだわ」
「なななななななっ!!!」
「あーまあ……隙見せた方が悪ぃんだよ」
そう言うと手を解き、赤いハチマキを揺らしながらドラバイトを見た。
彼の顔はハチマキ以上に赤い気がするが、私も同じのため何も言えない。沈黙が続くとボードが浮上をはじめ、紫の瞳と目が合った。
「ま、また隙あれば突いてやっからな!」
「ま、負けんぞ!!」
変な会話に沈黙が訪れるが、互いに笑うとアウィンは敬礼を取りながら宙を飛ぶ。私も頬を赤めたまま手を振って見送ると、隙を見せない方法を考えながら城へと踵を返した。
冷たい風が吹き通る──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
夜のドラバイトを『駆空走』で駆ける。
中級魔法なんざ使いたくねーが、全身熱くてしょーがね。口にはまだあの女の感触が残り、手で覆う。
「あんにゃろー……」
隙以前にただのバカだろ! つーか、超が付く鈍感かよ! あんだけ他の連中がキスしまくっててありえねーだろ!!!
ツッコミ入れておきながら連中とキスしている時の女はヤバかったと思い出す。表情と声だけなのに普段のガサツさがなくて色気出すし、自分から口付け求めるとか『愛してます』って言ってるもんだ……まあ、本人知らなかったみてーだけど。
それがなんか腹立って口付けっぽいのしたけど、なんか柔くて甘かった。女経験ほぼねーからわかんねーけど、嫌いじゃない……また突いたらわかるか?
自分でも珍しい笑みを浮かべるが、教会の明かりが見えたことで降下をはじめる。
──刹那、黒い影が空を覆った。
「なっ!?」
メラナイトかと思ったが、上空に“影”はない。
『駆空走』のスピードを上げて抜け出しても影はさらに広まり、オレを覆った。低い“声”が耳に届く。
『まズ──カラ』
「てっめ……まさ──がはっ!!?」
“言葉”に気を取られたせいか、気付けば口からは血が零れ、腹には細い剣が貫通────地に墜ちた。