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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

番外編*ヒーローとダークヒーロー

*エジェアウィンとヒューゲバロンの出逢い(第三者視点)

「む? バロンではないか」
「あん?」

 

 雲もなく、ジリジリとした太陽に照らされる南方ドラバイト。
 聞き慣れた声に、建物から出てきたヒューゲバロンが振り向く。妻であるヒナタ。そして、彼女と同じ赤いハチマキを手首に巻いたエジェアウィンが紙袋を抱えていた。

 

「やあ~今日は~エーちゃん家~だっけ~~」
「うむ、買い物を終えたところだ。貴様は……ああ、通院か」
「おめー、ちゃんと通ってたのかよ」
「うっわ、ひっど」

 

 意外そうに見上げた二人の目には診療所『あおぞら』の看板。
 苦笑するヒューゲバロンに、エジェアウィンの視線が移る。

 

「で、経過は?」
「ん~度~少し~下げて~もらえた~~」

 

 のんびりと、ヒューゲバロンは自身の目を指した。
 薄く開かれた金色の目は魔法で創られた眼鏡で視えているだけで、実際は殆んどの視力を失っている。経緯を結婚時に教えられたヒナタは表情を曇らせるが、ヒューゲバロンはニッコリと微笑んだ。

 

「縛られたい~顔して~どうしたの~~?」
「どんな顔だ!」
「え~じゃあ~エーちゃん~縛ろうか~~?」
「ふざっけんな! あんなもん二度と……あ」

 

 慌てて拒否るエジェアウィンだったが、ドン引きしたヒナタに気付く。

 

「そうか……貴様らそんな関係……お楽しみを奪ってすまんな、アウィン」
「ち、違(ちげ)ぇよ! 誤解だ!!」
「うん~僕も~ヒーちゃん縛る方が~愉しい~~……ごめんね、アウィン」
「マジトーンで謝んな! しかもオレがフラれたようになってるし!! つーか、ヒューゲは遊んでんだろっ!!!」

 羞恥と怒りで顔を真っ赤にしたエジェアウィンに、ヒューゲバロンはお腹を抱えて笑う。ヒナタは瞬きした。

 

「冗談なのか?」
「あのなっ、コイツの言うことは黒王の次にあてになんねーぞ! そもそも縛り癖は昔からなんだ!! 暇だとか気分の問題とかでしょっちゅう団員を縛っては逆さ吊りにしやがって!!!」
「だから~騎士団(ウチ)~ドMが~多「黙れえええぇぇーーーーっ!!!」

 

 ついに胸倉を掴んだエジェアウィンだったが、その顔はさっき以上に赤い。
 対してヒナタは数メートル先まで下がり、カタカタと震えていた。あのマッチョ軍団がドMなのかと。ブルりと寒気を覚えるが、言い合う二人はどこか楽しそうだ。

 

 元ドラバイト騎士団で、一年ほど上司と部下だった二人。
 ロジエットという共通点を考えても他の団員より親密な間柄だろう。つまるところ師弟みたいなものかと訊ねるヒナタだったが、エジェアウィンは顔を顰め、ヒューゲバロンは微笑んだ。

 

「オモチャ~かな~~」
「だよなっ! お前が人間扱いすんの、ジジイとミライラ副団長ぐらいだもんなっ!!」
「ミライ……まあ、いいか。じゃあ、アウィンはどう思っているんだ? 」

 

 覚えのない名があったが、宰相、ドS、サボリ魔、そんな予想をヒナタは立てる。が、なぜかエジェアウィンは口篭った。恥ずかしそうに。
 暫くして瞬きするヒナタの元にやってくると、内緒話をするように耳打ちした。

 

「ダーク……ヒーロー」
「……は?」

 

 予想外の返答に素っ頓狂な声が出るも、エジェアウィンは至極真面目な顔で頷いた。その頬は冷たい風が吹き通っても赤く、ヒナタはそっとヒューゲバロンを覗き見る。
 広がる髪を手で押さえる彼は空を見上げていた。

 

 陽射しよりも強い金色の双眸で、何か企んでいるような笑みで──。

 


***~~~***~~~***~~~***~~~

 


 今からニ十年前、ドラバイト騎士団にエジェアウィンが入団した。
 額には赤いハチマキが巻かれ、新品の団服に白いマント。その顔は今日という日を待ち焦がれていたかのように喜びに満ち溢れている。が、あまり歓迎されたものではなかった。

 

 彼はドラバイトでも数家しかない上流貴族、コルッテオ家の生まれ。
 次男とはいえ、やっかみに思う者が多く、親の反対を押し切って入学した騎士学校と同じ眼差しを向けられていた。

 

(ったく……オレは見世物じゃねーぞ)

 

 何度目かわからない台詞を内心呟くが、立ち塞がる者達に足を止めた。
 団服は大柄なサイズに合わないのか、袖は破られ、見たくもない胸筋が飛び出している。何より厳つい顔は騎士というより借金の取り立てで、エジェアウィンは必死に転職しろよの言葉を飲み込んだ。
 そんな彼を三人の騎士(で、あろう)が囲む。

 

「おう、新人。名前は?」
「……エジェアウィン・コルッテオ」
「はあ、コルッテオねー。お気楽坊っちゃんなんかにゃ騎士は勤まんねーぞ」

 

 耳にタコが出来るほど聞き飽きた嫌味に、エジェアウィンは舌打ちした。それが堪に触ったのか、眉間に皺を寄せた男達は声を荒げる。

 

「てっめー、それが先輩に対する態度か!?」
「うっせーな! そっちこそ三人で囲むとか女々しいことすんじゃねーよ!! 度胸もねーおっさんは畑でも耕しやがれ!!! ……あ」

 

 我に返った時には既に遅し。
 堪忍袋の緒が切れたか、眉間に皺どころか血管を浮き出した男達にエジェアウィンは後退りする。だが、背後にいたもう一人にぶつかり、気付いた時には太い腕が振り上げられていた。
 避けきれないと判断したエジェアウィンは咄嗟に両腕をクロスさせる。

 

「「「ぎいゃあああぁぁーーーーっっ!!!」」」

 

 突如目の前にいた男どころか、残りの二人も悲鳴と共に消えた。
 否、片足に縄らしき物が括りつけられ、頭上で吊るされている。ジタバタと逆さ吊りで動く彼らを誰もが唖然と見上げた。

 

「こらこら~ダメだよ~~」
「クロッバス団長!?」

 

 割り込んできた声は脱力するほど緩い。
 だが、悲鳴交じりのマッチョ達が出した名にエジェアウィンは我に返った。

 

 クロッバズといえば現ドラバイト騎士団団長。
 入団から僅か四年で団長に昇りつめ、数々の屍と血を撒く残虐さから付けられた“通り名”は騎士学校でも恐れられるほど有名だ。なのに、近付いてくる男は予想と大きくかけ離れていた。

 

 歩く度に揺れるひとつ結びの髪はドラバイトでも珍しいミントグリーン。
 マッチョ達とは大違いなほど細身で、着崩されていない団服も身体に合っている。その右肩には金茶色のマント──騎士団長の証が留められていた。

 

(こいつが……死神騎士?)

 

 通り名にかすりもしない温厚そうな男。
 何より端正な顔立ちはマッチョ達とは別の意味で騎士ではない。水商売のヤツかと混乱するエジェアウィンの前に、目を瞑っているようにも見える男が立ち止まった。

 

「ごめんね~ウチ~バカばっかでさ~すぐ~ケンカ腰~なるんだよ~~」
「い、いや、こっちこそ……っ!?」

 

 差し出された手を躊躇いながら握った瞬間、勢いよくエジェアウィンの身体が引き上げられた。

 

「なんぎゃあああぁぁーーーーっ!!!」

 

 気付けばマッチョ軍団同様、真っ逆さま。逆バンジー。
 いつの間にか片足に括られていた縄に驚くエジェアウィンの耳に、大きな笑い声が届く。

 

「あっははは! やっぱ今年も単純(バカ)な子が多いな~~」
「て、てっめえ!」

 先ほどとは違う口調で笑う団長ヒューゲバロンに、向かっ腹を立てたエジェアウィンは必死に上体を起こす。縄を掴もうとしている様子に、ヒューゲバロンは口元に手を寄せた。

 

「へぇ~機転力は~ある~~……ん?」
「あっ、おいっ!?」

 

 やっとのことで縄を掴むと、垂れ流しにされていたハチマキを掴まれる。暴れるエジェアウィンを他所に、繁々とハチマキを見つめていたヒューゲバロンは呟いた。

 

「これ……もしかしてロジエットの?」
「っ、ジジイを知ってんのわわわっ!」

 

 今までとは違う喋りより、一人の名にエジェアウィンは反応する。
 だが、再び手を離してしまい逆バンジー。振り子のように揺れる彼をしばらく見ていたヒューゲバロンは口角を上げると、勢いよくハチマキを引っ張った。

 

「ぐへっ!」
「な~る~キミが~ヒ~ロ~か~~」
「っのばばばば!」

 

 くすくす笑いながら投げては引き寄せる様は釣り人かカウボーイ。見事な手さばきだが、先端が人間である以上誰も笑えやしない。宙吊りのマッチョ達さえ二の舞にならぬよう静かな装飾(オブジェ)と化し、ただただエジェアウィンの断末魔だけが響き渡る。

「団長、バカの相手より入団式してください」
「ぐほへっ!」

 

 淡々と、どこか面倒くさそうな声が割って入ってくるとエジェアウィンの縄が切れた。当然床に顔面衝突し、瞬きを繰り返すヒューゲバロンは振り向く。
 背後に立つのは、エジェアウィンと同じ年頃に見えるショートボブの金茶の髪に、鋭い赤茶の瞳を眼鏡の奥で光らせる女。その手にはダガーがある。

 

「何しやがんだ、ミレンジェ!」

 

 声を荒げたのはエジェアウィンだった。
 頭を押さえたまま起き上がる彼の睨みに、顔見知りの先輩騎士ミレンジェは澄まし顔で答える。

 

「邪魔な存在が消えない限り式が滞るので、失せろ」
「その式に出席するヤツが失せるわけねーだろっ!」
「ミレちゃん~三きょうだい~だっけ~~」
「「ああ゛っ!?」」

 

 鬼の形相を向ける二人に、ヒューゲバロンはお腹を抱えて笑う。
 そのまま手を振り下ろすと、宙吊りにマッチョ達が勢いよく墜ちてきた。一瞬の出来事にエジェアウィンは目を瞠るが、何も持っていない両手を広げた男は艶やかな髪とマントを翻す。

 

「今年も~つまんないと~思ったけど~仕事~しようかな~~……ほら、お前ら。僕の機嫌が良い内にとっとと入団式するよ」

 

 氷のように冷ややかな笑みと命令。
 何より薄く開かれた金色の瞳に誰もが戦き、息を呑む。だが、一呼吸も置かず起き上がったマッチョやミレンジェ、周りにいた騎士達も一斉に敬礼を取った。
 反対に新人達は腰を抜かす者がいるほど怖じ気ついているが、エジェアウィンだけは唇を噛みしめている。恐れではない、苛立ちで。

 

(なんでコイツが……ジジイと同じなんだ)

 

 それは、幼い自分を助けてくれた背中と同じだった。
 有無を言わせない力も脅しとは違う、人を惹きつけてやまない天性の力。尊敬と憧れを抱いた“ヒーロー”にしかないものだと思っていたエジェアウィンは、ハチマキを握りしめた。

 

 すると、ヒューゲバロンが振り向く。

 その口元には笑みがあった。睨みつけるエジェアウィンと目を合わせるも、対抗する気などない余裕の笑みが。『大っ嫌い』認定するには充分だったが、場所をわきまえ、エジェアウィンは声を上げなかった。その判断は褒めるべきだろう。よく我慢した。
 式帰りに寄った教会で、自身のヒーローであるロジエットとヒューゲバロンが仲良く酒盛りしているのを見るまでは。

 

「おお、アウィン。入団おめでとう!」
「お帰り~やっぱ~ロジじいちゃんが~話してたの~キミか~~」
「貴方……バカですよね」

 

 唖然とする横で、シスター見習いもしているミレンジェは大きな溜め息をついた。
 そこで、ヒューゲバロンが過去教会に身を寄せていたこと。つまるところロジエットが親代わりなのを知ったエジェアウィンは、堪えていた怒りを爆発させた。

 

「オレはお前なんか、ぜってー認めねーからなっ!!!」
「そう~頑張ってね~あ~アウィン~お酒~お代わり~~」
「なんでだよっ! つーか、愛称で呼ぶなっ!!」

 

 高らかな宣言を軽く流された挙句、パシリ扱い。
 当然拒否るも、あまりのしつこさに観念したエジェアウィンは空になった瓶を持って台所に向かった。笑うヒューゲバロンに、合掌するロジエットとミレンジェなど知らず。

 以降、ヒューゲバロンは何かとエジェアウィンに構うようになった。

「アウィン~この書類~持ってって~~」
「誰が……って、ハンコねーのがあんぞ!?」
「アウィン~甲羅縛りの~練習~するから~動かないでね~~」
「動くわっ!!!」
「アウィン~……弱い」
「まだまだーーーーっ!!!」

 

 殆どはパシリや遊び相手(オモチャ)だが、時間があれば稽古をつけてくれる。
 不思議に思いながらも負かすチャンスだと今日も稽古場で剣を振るエジェアウィンだが、入団して半年。一太刀も入れることが出来ないでいた。それでも挑み続ける姿に、邪険に扱っていたマッチョや他の団員もいつしか世話を焼くようになった。

「アウィン、踏み込みがあめーぞ!」
「あっひゃひゃ、もう負けを認めたらどうだー?」
「誰が先輩らと同じ末路(ドM)をたどるかよ!」
「言いやがったな、てっめー!」

 余計な一言に血の気の多い外野までもが乱入し、ヒューゲバロンは一目散に逃げた。構わずはじまるのは殴り合いという騎士らしからぬ大乱闘。なのに全員笑顔で、呆気に取られているエジェアウィンの髪を掻き混ぜてはアドバイスする者もいる。
 今まで遠巻きにされ続けていたエジェアウィンは戸惑うが、嫌だとは思わなかった。むしろ嬉しくてくすぐったくて、自然と笑みが零れる。

 

「アウィン」

 

 ヒューゲバロンとは違う冷淡な声に、顔を強張らせたエジェアウィンが振り向く。
 同様に全員が乱闘の手を止め、稽古場は静まり返った。現れたのはミレンジェ。隣には黄茶の前髪を上げ、黒のポンチョを着た眼鏡の男。

 

「なんの用だよ……テット兄」

 

 嫌々に訊ねるエジェアウィンに、実兄テヴァメットスは辺りを見渡すと眼鏡のブリッジを上げる。

 

「騎士団に入ったと思っていたが……荒くれ者共の住処と間違えたか」

 

 大きな溜め息にエジェアウィンも周りも顔を顰める。だが、気にした様子もなくテヴァメットスは続けた。

 

「まったく、街を護ると飛び出したくせに結局遊んでいるだけか」
「遊んでねーよ、稽古だ」
「ほう、青痣を楽しそうに作るのがか? 教会ジジイといい、バカな連中ばか「ぎいゃあああぁぁーーーーっっ!!!」

 

 割って入ってきたのは悲鳴。
 拳を握っていたエジェアウィンもミレンジェも振り向くと、逆さ吊りにされていく団員達の真下をヒューゲバロンがゆっくりとした足取りで通ってくる。エジェアウィンの隣に並んだ彼は微笑んだ。

 

「やあ~テツロ~久し振り~~」
「テヴァメットスだ……ドラバイトはじまって以来の天才も騎士になってからはお気楽バカか」
「うっわ~相変わらず~キツい~後輩~~……ま、確かに騎士は気楽で良いよ。戦えない住民《キミら》の命も握ってると思うと余計愉しくなる」

 

 テヴァメットスの眉がピクリと動く。
 エジェアウィンも団員達も騒然とするが、口元に手を寄せた男は金色の双眸を妖し気に見せるだけ。そこにガンッガンッと、魔物の襲来を報せる警報が響き渡った。

 

 その音に誰もが顔を青褪め、テヴァメットスさえ悪い予感を覚えた。
 魔物にではない。本気で今日は住民を見捨てる気ではないかと全員が団長を見上げる。慌ただしくなる団内に反して彼は微笑んだまま何も言わない。緊張だけが包む中、ハチマキを握ったエジェアウィンは駆け出した。

 

「オレは見捨てねーぞ! ヒーローの仮面を被った悪役なんて滅んじまえ!!」
「ちょっとちょっと、悪役って僕~?」

 

 自身を指すヒューゲバロンに構わず、エジャアウィンは稽古場を後にする。次いで何人かの団員も頷くと彼に続いた。どよめきが起こる中、ヒューゲバロンは頬をかく。

 

「本気じゃ~なかったのに~~」
「「ウソをつけ」」

 

 綺麗にミレンジェとテヴァメットスがハモる。
 苦笑するしかないヒューゲバロンだが、手を振り下ろすと逆さ吊りの団員達が一斉に墜ち、両手を叩いた。

 

「ほらほら、新人に負けてないで第一戦闘配備につきな。上の命令を待つだけのバカに調教した覚えはないよ」
「へ、へいっ!」
「ミレちゃんも、お兄ちゃん起こしてきな」
「揃って消してやる」

 

 殺意を込めたボヤきを残し、他の団員と共に稽古場を後にする。
 歩きながら髪を結い直すヒューゲバロンの背に、テヴァメットスは溜め息を落とした。

 

「前言撤回だ。貴様は昔と変わらず他人を玩具としか思っていない」
「あっははは~見事(それ)に~捕まった~弟~心配して~見にきたのか~~ ……前しか見てないバカは良いよね」

 言い返そうとするテヴァメットスだったが、振り向いたヒューゲバロンに目を瞠った。彼は口元にある笑みを薄っすらと開く。

 

「夢現を追う自分がバカバカしく思えるよ……そろそろ潮時かな」

 

 その表情は、どこか切ない──。


 

* * *

 


 西日に伸びる影と影が重なった時、異形の魔物が現れる。
 荒地での戦闘とはいえ、自身の影からも出てくる厄介な敵は戦闘経験の浅い新人達の前にも立ちはだかった。

 

「う、うわあああぁぁーーーーっ!!!」

 

 恐れから腰を抜かした新人に魔物が襲いかかる。
 直後、横からエジェアウィンが斬りかかり、残骸を蹴っ飛ばした。頬や団服が青に染まるのも構わず、同僚に怒号を落とす。

 

「おいっ、生きたきゃ死ぬ気で立って下がれ! 」
「エジェアウィン、お前も前に出すぎ……こらっ!」

 

 先輩騎士の制止も聞かず、エジェアウィンは次の魔物に斬りかかる。
 恐怖がないといえば嘘だ。剣を握る手は震え、人間とは明らかに違う動きをする魔物に足がすくむこともある。それでも動けるのは護るという使命感と失望からくる苛立ちだ。

 

 半年が経ち、いけすかないから少しは好感を持てるようになった団長。
 最初は構い続けられることに周りの反感をかったが、一斉に縛られて以来、結束のようなものが生まれた。ドSに屈しないと。今も戦えるのは容赦ない稽古をつけられたからで、団長と認めようと思いはじめていた……なのに。

 

(やっぱ、あんなヤツに任せられるか! オレがヒーローになってやる!!)

 

 両手で柄を握ると、魔物に斬りかかる。が、さっきまでのとは違い体が堅く、剣と一緒に自分も弾かれてしまった。

 

「っだ!」

 

 カンッと、地面に落ちる剣のように尻餅をつく。
 見計らったように跳びついてくる魔物に、咄嗟に目を瞑った。

 

「目だけは~絶対~閉じない~~!」

 

 脱力する声に目を見開けば、鮮やかな夕焼けをバックに頭上を跨ぐ影。
 金茶のマントを翻しながら笑みを浮かべるヒューゲバロンが鞘から抜いた剣で目先の魔物を裂いた。自分とは違う、断片すら綺麗な斬り方だ。さらに間を置かず、魔法で辺りを一掃する光景は一種の芸術のようで目を奪われる。が、ハチマキを引っ張られた。

 

「ぐへっ!」
「呆けてないで立ちなさい、バカッ!」
「ミレも止まるなー」

 

 息を切らしながらハチマキを握るミレンジェの影から魔物が現れるが、瞬時に細切れになる。次いで、二人の腰に腕が回ると『駆空走』で宙に飛んだ。慣れない空に慌てるエジェアウィンとは違い、ミレンジェは睨み上げる。

 

「どういうつもりですか、ミラ兄さん」
「戦闘中は目を閉じなーい、止まらなーい」
「いや、説得力ねーぜ……ミライラ副団長」

 

 躊躇いがちのエジェアウィンに、身長一七十後半の男は小首を傾げる。
 毛先の跳ねた肩まである金茶の髪と、白のインバネスコートを風に靡かせるのは、ミレンジェの実兄であり、ドラバイト騎士団副団長ミライラ・ランアード。その目はアイマスクで隠され、背中に抱きついたミレンジェは溜め息をついた。

 

「もう、夜なんですけど」
「ミレ、嘘つかないでくれー。夕日が一番眩しくて嫌いなんだ……それに、バロンの『解放』なんて見たくないよ」

 

 はっと視線を落としたエジェアウィンの目には、団員達から離れた荒地に一人佇むヒューゲバロン。ぐるりと囲む魔物は数百に上り、エジェアウィンは慌てた。

 

「ア、アイツ一人とか無理だって! オレらも助けに」
「あははー。アウィン君、さっきバロンをヒーローの仮面被った悪役とか言ったんだろ? じゃあ、見とくといい……仮面を外し現れる死神を」

 

 アイマスクを上げたミライラは、深緑の瞳を細める。
 その口元に笑みがあるように、ヒューゲバロンも微笑んだままゆっくりと剣を上げた。沈む夕日と切っ先が重なると、静かな声が響き渡る。


 

「地歌舞 静静と 土を踏み経て結わえ――――解放(リベレーション)」


 

 金色の光が影も闇もすべてを吹き飛ばす。
 鞭のように伸びた切っ先は線を描きながらも不規則な動きで相手を惑わし、気付いた時には宙に放り投げられ無残に散る。青い雨が降りしきっても、太陽が姿を消しても、朧気な月夜の下で舞い魅せる光緑は何よりも美しく強かった。

 

 決してヒーローではない残忍さと笑み。
 なのに高揚する気持ちを押さえ切れないエジェアウィンは確信した。ヒューゲバロンは死神騎士ではない──ダークヒーローだと。いつか越えるべき男だと。

 

 たとえ目を負傷した今でも、その気持ちは変わらない──。

 


***~~~***~~~***~~~***~~~


 

 真夏の暑さだったドラバイトも深夜は冷える。
 城の近くにあるヒナタとエジェアウィンの家も暖炉の火が部屋を暖めるが、晩酌中のヒューゲバロンにとってはローブを脱いでも暑かった。むしろ暑苦しいのがいるせいだろう。

 

「だからさー、えっぐ、なんでお前、えっぐ、辞めちまったんだよー」
「だ~か~ら~目~怪我したの~~」
「そりゃーさー、ダークヒーローは負けるもんかもしんねーけど……けどさ……うぅっ」
「おお、よしよし、アウィン。これはダークヒーローじゃなくて、ただのドSっだだだ!」

 

 ソファの真ん中に座るヒナタは左隣のアウィンを抱きしめるが、右隣のバロンにくびれを摘まれる。
 今夜はエジェアウィンの日で、ヒューゲバロンは晩御飯をご馳走になっただけ。なのに途中から合流した息子が寝てしまい、お泊りすることになったのだ。他の男達とは違い、泊めることに抵抗のないエジェアウィンは酒を飲み過ぎ、顔は真っ赤。しかも泣いている。
 一口も飲ませてもらえなかったヒナタは彼を抱きしめたまま、そっとヒューゲバロンに訊ねた。

 

「アウィンって、泣き上戸か?」
「なんか~気が~緩む~みたいだね~~」
「というか貴様、怪我のこと話してないのか?」
「ああー……ヒナタちゃん以外だとロジエットとミラ君だけかな」

 

 覚えのない名前にヒナタは小首を傾げるが、ヒューゲバロンはグラスの中の氷を回す。暫く考え込むように黙っていたが、グラスを置くと小声でヒナタに囁いた。

 

「ほら~さすがに~王に~斬られたとか~言えないからさ~~」
「まあ、そうな……しっかし、貴様がダークヒーローとは笑えっひゃ!」

 

 からかい半分で笑うヒナタだったが、突然エジェアウィンが両手で胸を掴む。その力は強く、咎めようとしたが、顔を寄せた彼は怒っているように見えた。

 

「ア、アウィ……ン?」
「ヒューゲはな、いい加減そうに見えて頭は切れるし強いし放置に見せかけて世話焼きだし束縛好きだし、とにかくすげーんだ! 笑うとか許さねーぞ!!」
「うん、今なら笑って許してあげるから黙ろうか、アウィン」

 

 四十を超え、さすがに恥ずかしいのか、ヒューゲバロンの顔は引き攣っている。だが、頬を膨らませたエジェアウィンはソファに掛けてあったヒューゲバロンのローブから縄を取り出すと、ヒナタの上着をたくし上げ、下着を外した。
 普段ではありえない行動に呆気に取られている間に、エジェアウィンはヒナタを後ろ手に縛り、胸の谷間に通した。

「よっし!」
「何がだ!? なんで出来るっ!!?」
「ああ~……昔、そういう講座をした記憶が……」
「貴様か!」

 

 鬼の形相を向けるヒナタに、さすがのヒューゲバロンも目を逸らす。
 反対にエジェアウィンは誇らし気に、それでいて目を爛々に輝かせていた。まるで『オレ、よくやっただろ!?』と褒められるのを待っているように。

 そんな彼に沈黙が続いていると、一息吐いたヒューゲバロンが後ろからヒナタを抱きしめる。さらに両手で胸の先端を引っ張った。

 

「あっ……!」
「ん~ちょっと~緩いけど~合格かな~~」
「うっし!」
「じゃあ~喜んでもらえるよう~しゃぶろうか~~」
「ちょ、待っ……っあ!」

 

 お墨付きに、エジェアウィンがガッツポーズを取ると、ヒューゲバロンの両手が乳房を寄せ上げる。谷間を通る縄すら隠すたわわな胸のひとつをヒューゲバロンが、反対をエジェアウィンが舐めた。

 

「あっ、あぁん……」
「んっ、ミルクも出して……気持ち良いんだね」

 

 ぎゅっと搾るように乳房を握れば、白い線をいくつも描く母乳が溢れた。
 しゃぶりついたエジェアウィンは口内で吸い上げては飲み、ヒューゲバロンは舌先で先端を嬲る。動きの違う刺激に身体を揺らすヒナタは、素直な気持ちを吐いた。

 

「あ、はあぁ……あ、気持ち良い……」
「良い子……ほら、アウィン。下も縛ってあげな」
「おう」

 

 いったい何本持っているのか。またヒューゲバロンのローブから縄を取り出したエジェアウィンはヒナタの下半身を丸裸にしていく。恥ずかしがる様子もない彼に、ヒナタは涙目だ。

 

「アウィンが~アウィンじゃな~い!」
「違う彼もたまにはいいだろ……そもそも酔ったキミほどじゃない」
「は……んっ」

 

 くすくす笑う声に顔を上げたヒナタの唇に唇が重なる。
 舌先でチロチロと唇を舐められていると、ショーツも剥がされた両脚をM字開脚で縛られた。また満足そうな笑顔を見せるエジェアウィンだったが、何かに気付いたように手を伸ばす。躊躇いもない指がヌプリと秘部に挿し込まれた。

 

「ああっ!」
「結構溜まってんな……」
「じゃあ、イかせてあげて……そしたら褒めてあげる」

 

 微笑むヒューゲバロンに目を輝かせたエジェアウィンは大きく頷くと、太い指をニ本挿し込んだ。容赦ない抜き挿しに、卑猥な水音と嬌声が響く。

 

「あふっ、んっあ……は、激し……!」
「はいはい、ヒナタちゃんはこっちを出させたら褒めてあげる」

 

 いつもとは違うエジェアウィンの攻めに、留まることを知らない蜜が溢れる。
 そんな彼女の頬を優しく撫でていたヒューゲバロンは、充分勃起した肉棒を取り出した。頭上の微笑に、顔を赤めたヒナタは大きく口を開ける。が、下腹部を揺らされているせいで中々口に入れることが出来ない。

 

「ああ、アウィン……ちょっと大人しくしろ」
「あん? 譲るわけねーだろ」

 

 褒めてもらおうと牽制し合う二人に、ヒューゲバロンはくすくす笑う。すると、一瞬の隙をついてヒナタがヒューゲバロンの肉棒に食いついた。

 

「あっ、てっめー!」
「んふっ、ん、んん……っ」

 

 一度食いつけば、お手の物。
 喉元まで咥え込んだヒナタは舌先で彼の好きなところを攻めていく。徐々に肉棒は堅さを増し、亀頭から零れた先走りを飲み込んだ。吐息と汗を落とすヒューゲバロンに、エジェアウィンは慌ててヒナタの腰を持つと、取り出した肉棒を挿入した。

 

「んんんん゛ん゛っっ!!!」

 

 突然の刺激に大きくのけ反るヒナタだったが、決して肉棒を離そうとはしない。同様に、エジェアウィンも苦しそうだ。

 

「っああ……なんだこのナカ……気持ち良い」
「そりゃ、自分の奥さんのナカだからね」
「奥……ああ、ダメだ。なんも考えられね……っ!」

 

 酔っていても本能からか、頭を振ったエジェアウィンは激しく腰を動かした。

 

「んっあ、あああ゛あ゛あぁ……っ!」

 

 あまりの激しさと大きさに、官能的な声を上げたヒナタは肉棒を口から離してしまう。
 彼女の上体をヒューゲバロンが起こすと、いっそう繋がりが深くなり、二人の呻きと嬌声が上がった。ほどなくしてヒナタはエジェアウィンの胸板に倒れ込み、互いに汗と息を乱しながら目を合わせると唇を寄せる。

 

「それは~ダメ~だね~~」
「あっ……!」

 

 甘い空気を遮るように、ヒューゲバロンがヒナタの腰を掴む。
 まだエジェアウィンと繋がったままだというのにお尻を突き出させると、もうひとつの秘部に挿入した。

 

「あ、あぁぁ……!」

 

 自分で大きくさせたモノが慣れていない場所に侵入し、自分を支配していく。
 それはエジェアウィンのモノも呑み込むほど激しく、彼も負けないよう突き動かした。当然ヒナタを襲う快楽は何十倍にも増える。

 

「あ、あああぁぁっっ……くる……きちゃ……!」

 

 唾液を落としながら天を仰いだ彼女は、搾り取るようにニ本の肉棒を締めつけた。

 

「っああ……ヒナ……タっ!」
「さすがヒナタちゃ……っ出、る……」
「ああああああぁぁぁん!!!」

 

 甲高い声と共に熱い飛沫がナカで勢いよく放出され、結合部からも白濁が噴き出す。だが、流出が止まるよりも先にヒューゲバロンはまた腰を動かした。

 

「っあ、あん!」
「ちょ……ヒューゲっ!」

 

 既に力尽きている二人は息を荒げながら振り向く。が、その場で固まる。
 汗ばんでいるのに輝いて見える光緑の髪をひとつにまとめるのは、眼鏡を上げたヒューゲバロン。金色の双眸を見せる彼は挿入したまま両手を伸ばすと、二人の頭を撫でた。笑顔で。

 

「はい~二人共~よく~出来ました~でもね~僕~まだ~元気~なんだよね~~」

 

 この上なく優しい手と明るい声だが、頭が覚めた今、ちっとも嬉しくないし嫌な予感しかしない。ダラダラと冷や汗を流す二人に、ヒューゲバロンは不敵に微笑んだ。


「じゃあ、もう一回イって……吊り責めとかしようか?」
「「い……嫌だああああぁぁーーーーーーっっ!!!」」


 とんでもない緊縛プレイを知っている二人も恐ろしいが、自分らよりも年上とは思えない性欲と美顔にかつてないほどの恐れを抱いた。同時に再認識する。
 彼は死神騎士でもダークヒーローでもない──ただのドSだと。

 そんなヒーローも嫁も敵わない男は今日も気楽で愉しい日を過ごすのだ────。

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