異世界を駆ける
姉御
番外編*孤独なウサギと寂しがり屋の竜
*カレスティージとイヴァレリズの出逢い(第三者視点)
雲もない晴れた日のアーポアク城。
屋上には大量の衣服やシーツが物干し竿に干され、吹き上がる風に揺れていた。円縁の傍に座る二人の身体もまたゆらゆら揺れている。
「…………眠い」
「や~ん、まだダメなり~」
紺色の団服に身を包んだラズライト騎士団団長カレスティージは既に瞼を閉じているが、漆黒の髪と赤の瞳を持つアーポアク国王イヴァレリズに両頬を引っ張られる。
睨み返すカレスティージに構わず、イヴァレリズはたーてたてよーこよこと遊びながら話を続けた。
「だからさ、リーミンとこ行こうぜ。久々に会いたいだろ?」
「ひゃだ……ボク、あいつ嫌い」
「や~ん、元は同僚でも今じゃ一国の王だぜ? 可哀想なっと」
両手を跳ね除けられ、イヴァレリズは笑う。
二人の会話の的になっているのは、数年前イヴァレリズが建国した東南大国パイライトを治める第一代国王リーミン・ジャズウ・パイライト。
イヴァレイズによって選出された国王は元メラナイトの団員で、カレスティージの後輩にもあたる。だが、彼の顔はずっと不機嫌なままで、イヴァレリズは肩を落とした。
「何、まだ俺があいつを拾ったこと根に持ってんの?」
「別に……優秀な捨て子を拾うのがイズ様の趣味でしょ……サスティスとリロアンジェだって……」
「何々、焼きもっお!」
ニヤニヤ顔に『解放』された黒刀が振り下ろされる。
だが『影』に潜ったイヴァレリズはカレスティージの背後に回ると抱きしめた。両手を押さえたせいか、刀が落ちる音が響き、足元に小さな黒ウサギが転がる。そのまま座り直したイヴァレリズはカレスティージの頭を撫でた。
「お~よしよし。心配しなくともパパはお前のもんなりよ~」
「き、気色悪いこと言わないでくださいっ……そもそも口約束の親子でしょ!」
「いやいや、俺キメ顔で『家族になろうぜ』とか言ったのお前だ「気色悪いっっ!!!」
キリっとしたイケメン顔イヴァレリズに、カレスティージは心底嫌がるように暴れる。だが、腕力では敵わないと諦めたのか、脱力したように大人しくなった。楽しそうに笑うイヴァレリズは彼の頭に顎を置くと懐かしそうに呟く。
「もうお前と逢って十年以上か……あんなちっこかったのが昨日のように思えるのは俺も歳を取ったせいかね」
“王”ではない今、二人の体格に差はない。
それでも背に感じる胸板に寄りかかったカレスティージは瞼を閉じるとすぐ寝息を漏らす。イヴァレリズは苦笑するが、近くで吹き上がる洗濯物の音にふと顔を上げる。その目に映るのは黒竜の旗。
揺れる先には二人の出逢いの地、西方が広がる――――。
***~~~***~~~***~~~***~~~
今から十四年前の夏。
まだ『宝輝』に魔力を封じず、常に漆黒の瞳を持っていたイヴァレリズ、二十四歳のこと。
開いた窓からは僅かな風しか入らず、蝉らしき声と風鈴の音が耳元をくすぐる。畳に寝転がったイヴァレリズは汗を落としながら詰襟を引っ張った。
「あっぢ~……ラズライトなら涼しいと思ったのにな~」
「ほならベルデライトに行くしかありまへんな」
ぐったりと夏にやられている彼の傍に冷えた麦茶と大福が置かれる。
数歩ほど先で腰を下ろしたのは真っ直ぐな艶やかな菫の髪と、海のような瑠璃の瞳。ラズライトの『四天貴族』でもあり『宝遊郭』の太夫チェリミュだ。袿を着ているだけの彼女に構わず、起き上がったイヴァレリズは麦茶を一気飲みした。
「ふー、生き返る。で、最近調子どうよ?」
「ボチボチどすな。イズ坊に抱かれとう妓女もおりますけど、どないです?」
「や~ん、俺様誰様王様。抱かなくとも生きていけるな~り」
放り投げた大福を一口で食べたイヴァレリズにチェリミュはくすくす笑う。そこでふと思い出したように口を開いた。
「そういえば最近、巷でなんや女人狩が続いてましてな」
「にょひんぎゃり?」
「なんでも裸体のまま殺された挙句、魔力まで奪われた娘(こ)が十数人にも上って、騎士団でも星が掴めん言うんよ」
「物騒ね~」
能天気に言いながらもごもごと口を動かすイヴァレリズは一瞬窓の外に目を向ける。ごっくんと呑み込むと立ち上がり、網戸も開けた窓に足をかけた。
向かい風に菫と漆黒の髪が揺れ、背を向けたままイヴァレリズは静かに言う。
「お前は妓女達に外出は控えろとだけ言え……後はこっちでしとく」
「……なんや、珍しいどすな。引っ掛かったんで?」
風で流れる髪を手で抑えたチェリミュは笑みを浮かべるが、振り向いた男の方が妖美に映る。一息ついた彼女は立ち上がると頭を下げた。
「黒竜のままに……やけど、イズ坊。髭は拭いてった方がええですよ」
「なり?」
口回りに大福の粉がついたイヴァレリズにハンカチが渡された。
* * *
遊郭を後にしたイヴァレリズは大通りの真ん中を堂々と歩く。
和服じゃないせいか簡単に余所者だとゴロツキが目をつけるが、不思議な黒壁によって近付くことさえ叶わない。口笛を吹きながらチェリミュから拝借した紙を見ていると、突然どこからか悲鳴が上がった。
「きゃあああーーっ! また死体よ!!」
「早く騎士団を呼べ!」
白昼から上がる悲鳴と混乱に空気がざわつく。
遠目から人だかりを見ていたイヴァレリズは『影』を使い現場を覗き見た。路地裏には血だらけの女が全裸で横たわり、生気も魔力も感じられない。だが、股からは血とは違う蜜が零れていた。
(やっぱ、性交での魔力狙いか。てことは犯人は男で…………腹減ったな)
予測を立てている途中、腹の音が鳴る。
大福では足りなかったようで、踵を返したイヴァレリズは『影』を纏いはじめた。アズフィロラの昼食を盗む気満々で、メニューはなんだろうと顔がニヤけている。
そこでふと細い路地が目に入る。と、纏っていた『影』を払ったイヴァレリズは近くにあった店でパンを買った。そのまま細い路地に足を入れると指を鳴らす。彼の背からは黒い靄らしきものが広がり、人も音も掻き消された静寂が訪れた。
立ち止まった漆黒の目に映るのは――行き倒れた幼い人間。
その身体は痩せ衰え、一枚しかない衣も土に汚れ破けている。
腰まである無造作に跳ねた髪は照らす太陽によって鮮やかな蒼昊(あお)を魅せるが、小柄なせいで男か女かさえ判断がつかない。歳も十代前後に見えるが、目を細めたイヴァレリズには見えていた。
『空気の壁』に徴収されている魔力が“大人”の分だと。
ゆっくりと足を進め、日陰のように立ち止まると、ピクリと骨にも見える手が動く。ゆっくりと上げられた顔は長い前髪で隠れているが、覗く瞳は深い夜、藍色だ。
(男だな……しかし、こいつか……)
瞬時に性別を暴くと口元に弧を描き、腰からナイフとパンを地面に置いた。当然男は目を見開いたが、構わずイヴァレリズは言う。
「ナイフを取って俺と戦い魔力を奪うか、パンを取って生き延びるか。どっちにする?」
息を呑む気配がした。
遅かれ早かれ男は『空気の壁』にすべての魔力を奪われ死ぬ。命と魔力、どちらかを失った時点で未来はないこの世界で抗うことは出来ない死。逃れるためには食を摂るか、他者を殺し奪うか。
当然後者の方が満たす力は強い。
これがただ飢えた者なら何も考えずイヴァレリズを襲い、殺り返されるだろう。だが男は躊躇うように、窺うようにイヴァレリズを見ていた。
その様子にイヴァレリズの笑みが深くなると抑えていない魔力が溢れる。
引き寄せられるように列を成した蟻が途中置かれたパンを囲いはじめた。小さな生き物にも魔力はあり、それらもまた摂取しなければ死ぬ。言うなれば、今の蟻と倒れた男は同じ立場にあった。
すると、男は覚束ない手で、虚ろな瞳でナイフを振り上げると――蟻を殺した。
一寸の狂いもなく真っ二つにされた蟻からは魔力が零れ、殺した男を包む。荒い息を吐きながら上体を起こした男は乾いた唇を必死に動かした。
「こいつら殺して……パンも食べて……アンタを殺す……」
鋭い藍の瞳がイヴァレリズを刺す。
死に抗うその瞳に迷いも嘘もなく、口角を上げたイヴァレリズは腰を落とすと男の頭に手を乗せた。
「生意気だが気に入った。よっし、お前俺を護れ」
「は…………わっ!」
細められていた藍色が真ん丸に変わると、俵担ぎされる。
暴れる男からナイフを奪い返したイヴァレリズは拾い上げたパンを男の口に突っ込んだ。
「むぐっ!」
「ひとまず風呂入れて、髪もなんとかしねぇとな」
無理やりパンを押し込みながら『影』が二人を覆うと、男のなんとも言えない悲鳴だけが響いた。
* * *
「急に戻ってきた思うたらボロボロん子連れて……いったい誰どすの?」
「巷で騒がしてる殺人鬼」
「ええっ!?」
夕闇に染まりだす空に提灯が灯る『宝遊郭』。
五階にある大広間には瑞々しいフルーツが並べられ、黒のローソファに寝転がるイヴァレリズは葡萄を頬張っている。反対に傍に座るチェリミュは太夫としての絢爛たる装いとは違い、驚いたように目を瞠っていた。『本当に?』と躊躇いながら問う彼女に、イヴァレリズは大きく頷く。
「ほぼ間違いねぇ。騎士団の情報じゃ女達は心臓を一突きって話だからな」
「どういうことどすの?」
片眉を上げたまま小首を傾げるチェリミュに、落ちた葡萄をナイフで刺したイヴァレリズは口元に持ってくる。果汁が刃先を伝う。
「ただ殺害するより、気持ちが高まる性交の方が多く魔力摂取出来るだろ?」
「感情の起伏に左右されるんが魔力どすもんな」
「そ、だから快楽じゃなく魔力強奪が目的なら路上プレイが手っ取り早い……で、情事中に」
考え込むように顔を上げていたチェリミュの頬をイヴァレリズが撫でる。見下ろした先にある艶然とした微笑みに目を奪われている隙に、心臓に刃が突きつけられていた。果実で塞がれた刃が。
目を見開いたチェリミュは一呼吸置くとイヴァレリズの頭を突っ撥ねた。
「や~ん」
「つまり犯人は男でも、情事中に下方から殺せるほど身丈が低い男……ついでに言えば」
口元に手を寄せた彼女はソファに倒れ込んだイヴァレリズをチラ見する。
「あんさんみたいに綺麗で誑かしが巧い男や言うことやね」
溜め息交じりの声に、笑みを浮かべたイヴァレリズは果汁を零す葡萄に口付けた。
* * *
何枚も連なった薄いカーテンの先にある襖が開かれる。
十畳ほどの和室に灯りはなく、丸窓から覗く月光だけが中央に座る男を照らしていた。無造作に伸びていた青髪は肩で切り揃えられ、衣も上等なものに変わっているが、その両手と両足は縛られている。
「カレスティージ・ストラウス」
男の肩がピクリと動くが、襖を閉めたイヴァレリズは続けた。
「カルロス・ストラウスとアイディン・ストラウスの間に生まれたが、生活と魔力、両困窮を理由に二歳で捨てられ、以降盗みと女を引っ掛け今日成人を迎えた。が、増えた徴収に耐えられず息絶える、一歩出前だったってとこかね」
淡々と、どこか楽しそうな声に男の顔が上がる。
僅かに幼さが残る顔立ちは甘く、妓女よりも艶めかしいほど整っている。だが、切られた前髪から覗く藍色は呑み込まれそうなほど強い。
「アンタ……誰?」
低い声は冷水を浴びせるように冷たい。
訝しい目で見る男カレスティージに、イヴァレリズは笑みを浮かべた。
「俺の名前はイヴァレリズ。イヴァレリズ・アンモライト・アーポアク。この国の王様なり☆」
「バカな夢を視るぐらいなら死ねっだだだだ!」
間も空けずツッコミを入れたカレスティージの両頬をイヴァレリズは引っ張る。更にたーてたてよーこよこと遊びながら溜め息をついた。
「口のなってねぇガキだな。『世界の皇帝』って呼ばれる世界最強の王様だぜ? 滅多に拝めねぇ国宝級もんだぜ?」
「しゅがたをみしぇにゃいむにょうのおうにゃりゃしっちぇる!」
「や~ん、言うね。よしよし、そんなお前に素敵なプレゼントをやるな~り」
両手を離したイヴァレリズがニヤリと不気味に笑った時、カレスティージの顔が真っ青になる。嫌な予感とは当たるものだ。
「やだ~イズちゃん、その子どうしたの~?」
「可愛がってなり☆」
「ま、やめっ――!」
数十人の妓女達に可愛いがられ。
「ドロボー! ケーキ返せー!!」
「こいつが犯人なり~」
「ち、違っ――!」
罪をなすりつけられ。
「魔物(さかな)釣り~」
「うわああぁあぁぁっ――!」
はじめて間近で見る魔物の餌にされ……etc。
両手両足を縛られているせいで身動きが取れないカレスティージは、暴走するイヴァレリズにされるがまま半日を過ごした。
深夜近くになった頃には菓子屋『ナオ』の縁台に力なくカレスティージは横たわり、朧気な目で店に飾られた白ウサギを見つめていた。既に閉店時間だというのに、王権限なのか抹茶と甘栗を注文したイヴァレリズは小型ナイフで殻を剥き、うまうまと頬張っている。苦々しくカレスティージは呟いた。
「目には目を……歯には歯をって言いたいの?」
さっきまで好きにされていたことはすべてカレスティージ自身がやってきたこと。
女の抵抗を奪って殺し、盗みを働き、魔物からも魔力を奪い取った。その苦しみを思い知らされたのかと思ったのか歯軋りする。
「ボクは謝らない……生きるために必要なんだから……殺すことぐらい」
「お前さ、なんで生きてんの?」
問いに、カレスティージの瞳が丸くなる。
頬袋を作るイヴァレリズは人がまばらになった本道に目を向けた。
「親もいない、助けてくれるヤツもいない、魔物にいつ殺されるか分からない……そんな不安な毎日を送るより魔力消失死の方が楽じゃね? なんで生きてんの?」
国王とは思えない言葉に息を呑む気配がする。
カレスティージにとってイヴァレリズが本当に国王かは分からない。それでも結んでいた口を開いた。
「何……アンタ死にたいの?」
「んー……死後に興味はあっけど、これがまた死ねねぇんだわ」
「王様……だから?」
「それもあるけど、俺が死ぬと世界滅ぶんだよ」
戯れ言にしか聞こえないカレスティージは不愉快そうに睨む。だが、抹茶を飲む横顔に嘘は見えない。茶器から唇を離した彼は独り言のように言った。
「俺はお前と違って親はいるし、親友だと思えるヤツもいる。頼りになる宰相も『四聖宝』もいるから国にいなくても任せられる。恵まれてると思う……」
コトリと緑台に置く音は街中に響き渡る警報音によって遮られた。
第ニ戦闘配備に住民は慌てて家々や『宝遊郭』に逃げ込み、身を起こしたカレスティージも冷や汗を流しながらイヴァレリズを見る。立ち上がった男は揺るぎもない漆黒の瞳を空に向けていた。瞬間、その姿が消えると頭上で奇声が上がる。
見上げれば『空気の壁』に体を当てていた巨体魔物が真っ二つに斬られ、青い飛沫が散る。裂け目から姿を現した男は異形と同じ黒のはずなのに、月光の中で揺らす髪と軽やかな動きは美しく、舞っているようにも見えた。
ものの数分で数十体を蹴散らしたイヴァレリズはまた一瞬で地上へと降り立ち、大きな息を吐く。前髪を掻き上げながら振り向いた。
「お前さ、生きてる理由ないんだろ? 特に親が死んだ今」
「っ!」
指摘に、呆然としていたカレスティージは息を呑む。
また地面から現れる魔物に、細長のナイフを二本取り出したイヴァレリズは斬りながら続けた。
「ここ数年の事件簿をチェリミュから貰ったら、役所に入った盗人の中で二年前戸籍と死亡録を荒らしたヤツがいてな。確認したらお前の親のだけすっげぇくしゃくしゃになってた……犯人、お前だろ? 復讐でも考えてたか?」
斬り倒したイヴァレリズは細めた目を向けるが、背後から迫る魔物に舌打ちすると回転。する前に、別のナイフが横切り、魔物の頭部を貫いた。青の飛沫と、頬を掠った自身の赤い血が零れる。拭いもせず振り向いた先には緑台に座り、自由になった手を伸ばすカレスティージ。
地面に刺さるナイフはイヴァレリズが甘栗を剥くために使っていた物。だが、息絶えるように倒れた魔物に口笛を吹くと呟きが耳に届いた。
「復讐なんて……考えてない」
漆黒の瞳が魔物から彼に移る。
小刻みに肩を震わせる彼の顔は苦痛に歪み、声を震わせながらも続けた。
「ただ……どんなヤツらだったんだろうって……でもボクを捨ててすぐ死んだなんて……なんのために生きてきたのか馬鹿馬鹿しくて……でも……それで自分が死ぬのもおかしくて……」
「…………メラナイトっていう王の存在を知ったヤツを殺す部隊があってよ、今までは王一人部隊だったんだけど俺は団員を集めようと思ってる」
突然の話題にカレスティージの顔が上がる。
『影方柱陣』を使い、すべての魔物を黒い正方形に閉じ込めたイヴァレリズはナイフの切っ先を彼に向けた。
「てなわけでお前、記念すべき団員一号で副団長な」
「…………は?」
「口堅いし、エロいし、魔力高いし、人殺せるし、何よりぼっち☆ 性格に難あるけどそこは個性ってことで!」
高らかに指名されたカレスティージの目は点になるが、徐々に禍々しいオーラが背中から放出される。
だが、気にもせずナイフを仕舞ったイヴァレリズは横切り、閉じられた『ナオ』の戸を叩いた。そろりと顔を出す女将に何かを指すと、それを受け取り、カレスティージの前に立つ。
「『世界の皇帝』と呼ばれる俺でさえ、一歩間違えれば簡単に死ぬ普通の人間で……普通に死ぬのが怖い」
突然の告白にカレスティージは耳を疑った。
黒い正方形の消滅と同時に甲高い悲鳴が響いたが、静寂の訪れと同時に風が吹き通り、月が雲に隠れる。肌寒さを覚えながらも互いを見る目は離れず、静かにイヴァレリズは続けた。
「でも俺は生き続けなきゃならない。国のために、世界のために……恐怖を隠した見栄を親の前でも親友の前でも張り続ける。けど……メラナイトじゃそういうのなしにしたくてな」
「…………ただの寂しがり屋じゃん」
「お前もな」
ポツリと呟いたカレスティージの頭をイヴァレリズは掻き回す。
それを必死に払おうとする細い両手を今度は掴まれ、何かを手渡された。動きを止めたカレスティージが両手を広げると頭上から柔らかな声が落ちてくる。
「宝石名でもあるメラナイトってのは死と再生を意味する。今まで苦しんででも生きてきたんだ。残りの人生を幸せに生きたって誰も文句は言わないし、俺が言わせない。犯した罪も働いて返してもらう……だからさ、俺と家族になろうぜ。カレスティージ」
「家族……?」
震えながら呟き返すカレスティージの両手には月とウサギが描かれた台形の包みと、手の平サイズの白ウサギのヌイグルミ。
また彼の頭に手が乗るが、とても優しく撫でられる。
「そ。孤独も寂しさも共に分かち合い、互いに護る家族。上司と部下って立場も考えると、兄弟って言うよりは父子だな」
くすくすと笑う声は楽しそうで、カレスティージの意見など聞きもしない。
それでもゆっくりと顔を上げた彼の目には雲間から顔を出した月よりも艶やかな笑みを浮かべた男が映る。
「ともかく、十五歳の誕生日おめでとさん――“スティ”」
「…………殺す……っ!」
記憶の片隅に残る愛称に、カレスティージは毒を吐く。
けれどその頬は薄っすら赤く、目尻には涙。差し出された手を取った時には泣き伏し、大きな身体に抱きしめられていた。小さな背を撫でるイヴァレリズは一人空を見上げ、瞼を閉じる。
この日、誰も知らない場所で歪な“親子”が生まれた。
それは偽りの縁。だが、二人にとっては特別で、決して切ることの出来ない縁――。
***~~~***~~~***~~~***~~~
日が沈むに連れて冷たくなる風。
空もオレンジ色と藍色を鮮やかに描き、薄っすらと月と星が顔を覗かせていた。屋根もない屋上には肌寒さが伝うが、寝転がる二人にとっては心地良いのか寝息を立てている。すると突然、頭を叩かれた。
「「っだ!」」
気配も足音もなかったせいか、慌てて二人は起き上がる。
そこには仁王立ちで眉を顰めた漆黒の女性。二人にとっては愛すべき妻であるヒナタだった。
「こらっスティ、イズ。こんなところで寝てたら風邪引くだろ!」
「や~ん、気持ち良く寝「ヒナさん!」
勢いよくイヴァレリズを押し倒したカレスティージは、満面の笑みでヒナタに抱きつく。あまりの勢いに数歩下がった彼女だったが、後頭部と腰に手が回ると唇が重ねられた。
「んっ……スティん」
「偽者父子って言っても、同じ女を娶るとは人生わかんねぇな……」
溜め息混じりに呟いたイヴァレリズは立ち上がると二人に近付く。
前から抱きしめるカレスティージとは反対に後ろから抱きしめると、両手で乳房を揉みはじめた。その刺激にヒナタは唇を離す。
「ちょ、こら……」
「ダーメ……ん、ヒナさんもっと……」
「や~ん、ヒナ乳首ツンツンしてるぜ。感じるのは早くねぇか?」
くすくすと耳元で囁きながら上着の中に両手を潜らせたイヴァレリズは、ブラジャーから零れた柔らかな乳房を揉み込む。彼が言うように先端は尖り、クリクリと指先で転がされる度にヒナタの腰が動く。喘ぎはカレスティージの唇に塞がれ、冷たい舌が口内に侵入すると、彼女の熱い舌に絡みついた。
「あ、ふっ……ん、スティ……イズ……ん」
「イい声になってきたな……スティ、座るぞ」
「ん、はーい……」
愛称で呼ばれたせいか、素直に頷いたカレスティージはイヴァレリズと共にヒナタの腰を支え座り込む。息を荒げる彼女の唇をカレスティージはまた塞ぎ、イヴァレリズは上着をたくし上げる。たわわに実った乳房は冷気に触れたせいか先端は赤く実り、ちょっとでも指先で捏ねるとヒナタの腰が浮いた。
「ひゃあっ!」
「ん、ヒナさんダーメだって……」
「や~ん、ふるふる震えて可愛い~」
「ああっ!」
不機嫌そうに唇を離したカレスティージが首筋に噛みつくと、イヴァレリズは胸の先端に吸いつく。違う刺激にヒナタはいっそう隠微な声を上げた。
反応するように噛んだ痕を舐めるカレスティージも、イヴァレリズが吸いついているのとは反対の乳房を優しく揉む。
「本当……ツンツンしてる……どうしたのヒナさん……」
「そ、それは貴様達……だろ……あん」
潤んだ目で見下ろす彼女にカレスティージの頬は赤くなり、口付ける。
ぴちゃぴちゃと尖った先端を舐めていたイヴァレリズはくすくす笑い、ヒナタの腰を浮かせると手をショーツの中へと入れた。
「あ、イズ……!」
「たまにはおっぱい意外も触ってやんねぇとな」
「それ、ボクの仕事……」
片眉を上げたカレスティージの手もショーツの中に入り、茂みを擦られる。くすぐったいのかじれったいのか左右に身体を揺らす彼女に、二人は指を秘部へと伸ばした。ぐちゅりと湿ったモノが指先につくと口角が上がる。
「ヒナさん濡れてる……」
「今日も奥様は淫乱なりね~」
「う、うるさ……っひゃ!」
ヒナタが顔を真っ赤にした途端、違う指が一本ずつ膣内へと挿し込まれた。
上下に動かす指は長さも太さも速度も違う。だが、何度も自身のモノを呑み込んできた彼女のナカは広く、二人は更に指を増やした。
「ひゃ! やめ……っああ!!」
「ヒーナ、どっちの指が好き?」
「ボクのですよね?」
「あ、ああぁ……っ!」
左右の耳から囁かれた甘美な声と速める指にヒナタは甲高い声を上げた。
同時に力が抜けたように腰を落とし、びくびくと痙攣している様子にイったのだとわかる。そんな彼女をカレスティージが支え胸の先端を舐めていると、立ち上がったイヴァレリズが干されていたシーツを手に取った。
充分に乾いたそれを床に敷くと、息を荒げるヒナタを寝転がせる。
気付いた彼女は慌てて制止をかけた。
「ちょ、こんなとこでしたら本当に風邪を……」
「淫乱なヒナが悪いなり~」
「止められないって分わかってるくせに……ヒナさん酷い」
くすりと笑う表情と台詞は合っていない。
それでも二人が取り出したモノを見ればヒナタは何も言えなくなってしまった。膨張したモノは彼女に向けられ、ひとつは口元に、ひとつは蜜口へと宛がわれる。
愛液を絡めるカレスティージに、ヒナタの頭を撫でるイヴァレリズは不満そうに言った。
「ここは普通パパに譲らねぇか?」
「今は平等でしょ……早い者勝ちです」
「日に増して可愛くねぇ息子に……っあ、ヒナ……」
口を尖らせている間にヒナタがイヴァレリズの肉棒に食いつく。
慣れたように先端を舌先で舐めては吸いつき、手で根元を扱く。その間にヒナタの両脚を上げたカレスティージが蜜口に肉棒を挿し込み、腰を動かしながら進めはじめた。
「あっ、ああン……スティん……」
「ヒナ、口、止めんな……」
身体を揺らすヒナタの後頭部を支えたイヴァレリズは彼女の喉元まで肉棒を挿し込む。
外なのも忘れ、口でも股でも水音を響かせる妻の姿に、二人は高揚感に包まれる。気付けば速度を速め、愛液と白液がシーツに零れるほど無我夢中で攻め立てた。
「んんんっ、んん……ンンっ――!!!」
「「っっ――!!!」
すべてを呑み込む勢いに、男達の世界も真っ白になる。
動きを止めた彼女の口内と膣内には熱いモノが迸しり、肉棒が抜かれた。涙目で咳き込むヒナタは二人を交互に見合う。
「なん……だ……今日はやけに……楽しそうだな……」
指摘に二人も互いを見合うと口元が笑っていた。
それがおかしいのか笑いながらヒナタと口付けると、場所を変わるように動く。蜜口から零れる愛液をイヴァレリズは舌先で舐め取り、乳房を中央に寄せたカレスティージは胸の先端を舐める。
熱くなった身体を冷やすように風が吹き通ると、肉棒を宛がったイヴァレリズがふと呟いた。
「スティ……苦しかった分の幸せはやってきたか?」
問いに瞬きするヒナタはカレスティージを見上げる。顔を伏せた彼もポツリと呟き返した。
「予想外の数の男や……まさかの“お父さん”がいますけど……幸せです」
はにかんだように頬を赤めた彼にイヴァレリズの頬が緩む。
だが『なんの話だ?』と訊ねるヒナタに、目だけを合わせた二人はすぐ意地悪な笑みを浮かべた。
「別に……ただボク達はヒナさんのために生きて……」
「幸せのまま死ねるってこった――っ!」
示し合わせたかのようにまた膣内に、口内に肉棒が挿し込まれる。
それはさっきのとは違うモノ。けれど、脈を打つ速さも熱さも同じで、ヒナタは大きくするように愛しはじめた。それが彼女に出来る精一杯の愛。彼女にしか出来ない愛。
それだけでも幸せを感じる男達は単純かもしれない。
でも、孤独だったウサギと寂しがり屋だった竜の姿は今、これ以上ないほどの喜びに変わり、一人だけの愛すべき妻に尽くしていた。本物の“家族”となった男と共に。
そして、完全に冷え切った洗濯物を洗濯し直すのもまた愛である――――。