異世界を駆ける
姉御
番外編*十一月二十二日の嫉妬
昼の三時を過ぎた頃。
さっきまで時間を気にしていた私はとてもご機嫌だった。
「ふふ~ん、ふふ~ん、間に合った~」
鼻歌混じりに城の螺旋階段を下りる私の両腕には大中小、様々な袋が六つ綺麗に包装され、色の違うリボンで封をされている。
「まずはベル行ってフィーラ。バロンは会議中だから最後に回して、役所が終わるのが五時だから……」
各々の仕事を呟きながら地下一階に着くと、本棚に覆われた書庫に入る。
今日も粛然としているが、僅かに聞こえる笑い声に学校帰りの子供達がいるのだろうと足を進めた。積み重なったダンボール山の中央に、抜きん出た長身と白銀の男を見つける。
「ベ……!」
喜ぶように上げた声が止まる。
気付けば本棚と本棚の間に身を隠し、確認するように顔を覗かせていた。数メートル先にはベルがいる。が、もう一人。白ローブ情報部隊の年下女性と話していた。
徐々に激しくなる動悸をなんとか抑え、そっと耳を澄ませる。
「なるほど、さすがラガーベルッカ様の観点は違いますね。御見逸れしました」
「いえいえ、貴女こそ面白い見方をされていて楽しいですよ」
どうやら本の内容について語っているようだ。
普段滅多に人はこないし、街ごとに文字が違うから私も他の旦那達も読書感想の相手にならないせいか、ベルの声はとても楽しそうに聞こえる。
弾んでいた心が落ちてくると、バタバタと走る音が書庫内に響き渡った。
「あ~ママ~!」
「何してるですです?」
ファーフードを外したキョウカとルルが嬉しそうに駆けてくる。その頬は寒いベルデライトから来たせいか真っ赤に染まり、袋を床に置いた私は暖めるように抱きしめた。
後ろから歩いてきたセツは私を見るとベルに目を移す。
「ああ、他国の本を運んできてくれる方ですね……ママははじめてでしたっけ?」
「うむ……道理で仲が良いはずだ」
苦笑混じりに言うと、セツの目が私に戻る。だが、その眉は片方上がり、胸元に埋まっていたキョウカが顔を出した。
「まだパパに声かけてないですです?」
「うむ、話し途中にかけるのはな……」
小首を傾げる娘の口に内緒の人差し指をつけるが『パーパ!』と元気に呼ぶ声。ルルだけでなくセツもハモったせいかいっそう響き渡り、身体が跳ねる。すると、ダンボールの先にいたベルと目が合い、女性の時とは違う優しい笑みが返された。
それだけで頬が熱くなる。
女性も気付いたように笑みを浮かべ会釈すると、エレベーターへ向かうように背を向けた。反対に私達の元へと足を進めるベルは柔らかな声で話す。
「いらしていたなら声をかけてくだされば良かったのに」
「じゃ、邪魔しちゃ悪いと思って……」
「邪魔……とは?」
目先で立ち止まったベルは瞬きをする。
対して私は顔を逸らすと、置いていた袋のひとつ、緑色のリボンを巻いた両手より少し大きい袋を差し出した。
「これ……やる」
「え? 私の誕生日、来年ですよ」
「いいから! じゃあな!!」
「え、あ、ヒナタさん!?」
背中を向けた私の腕に戸惑いの手が触れる。たが今は『逃げたい』気持ちが強く、捕らわれることなく階段へと走った。
子供達の呼び止める声すら聞かずに。
* * *
一階ホールに着くと東の廊下を駆ける。
『赤の扉』が見えた頃には息を切らし、足も失速。そして子供達が呼び止めていたことを思い出した。
「ああ、いかん! これでは不仲のように見えるではないか!! 私のバカバカ!!!」
身を屈め、大声と一緒に頭を振る。
普段からベルに怒ることは多いが、いつも冗談のように笑って終わるものだ。しかし、さっきの私は冗談すら通じないほど不機嫌な顔をしていたのが思い返してもわかる。その理由はとても単純すぎるし、いまさら戻ってもなんて言えばいいのかわからない。
「はあ、後で謝りに行くか……」
一息つき『赤の扉』を開くと、温かな日差しがルベライトを包む。
階段に設置されたプランターも色とりどりの花が咲き、もやもやしていた気持ちも緩和された。階段を降り、大勢の人で賑わう大通りを歩くと『花屋のハナコ』が見えてくる。
すると、人だかりが出来ていた。
見るに殆どは女性で、頬は化粧とは違う可愛らしい朱色に染まり、黄色い声を上げている。覚えのある光景に、そっと彼女達の間から顔を覗かせた。案の定、婦女子達の視線と吐息を集めていたのは赤の髪と瞳。
そしてこの国には一人しかいない、紅色に竜と剣を背のマントに描いた騎士団長フィーラ。
「アズフィロラ様~っ!」
「今日もなんて素敵なお姿……本当、騎士というより王子様だわ」
見回りの時間なのか、数人の団員を引き連れた団長に女性達は両手で口元を隠す。そんな彼女達が言う“王子様”は気さくに声をかけ、子供とは目線を合わせるように腰を落とし笑みを浮かべている。街の人達が同じ笑みを返すのはこの街を、国を護る騎士として信頼されている証拠だ。
「なんか……遠いな」
数メートルの距離なのに、大勢の人達に囲まれた“旦那”を遠くに感じる。
落ち着いていた胸のざわつきに足が不意に下がると、背中をポンと叩かれ、驚くように振り向いた。が、誰もいない。いや、視線を落とせば父親と同じ容姿と笑みがあった。
「どうしたんですか、母様」
「アサヒ……」
同じだと錯覚してしまったが、その色は太陽ではなく鮮やかな夕日。
間違えてしまったことに瞼を閉じると頭を横に振り、学校帰りに見える息子と目線を合わせるように身を屈める。私を映す瞳に苦笑すると、赤いリボンが巻かれた大きな袋を差し出した。
「フィーラに用があったんだが忙しいみたいでな。すまんがこれを渡しておいてくれないか?」
「それは構いませんが……」
鞄を肩掛けから背負う方に替えたアサヒは両手で袋を抱える。
その目はどこか躊躇うように父親に向けられ、立ち上がった私も旦那へと目を移した。女性達からプレゼントらしき物を受け取っているフィーラは断っているように見えるが、動悸は激しさを増す。
すると、ベルの時のように目が合った……気がした。
けれど彼を呼ぶ声は幾つもあり、周りにいる女性達も『目が合った』と嬉しそうに語っている。なんだか勘違いをしてる気分になって、一息つくとアサヒの頭を撫でた。
「じゃあな、アサヒ。また夜に」
「父様がこちらを見てますよ?」
撫でられながら父親がいる方を目で指摘され、振り向く。と、真っ直ぐこちらを見ている赤の瞳と合わさった。そして閉ざされていた口元が柔らかな弧を描く。それはもう女性達の歓喜の声が素晴らしいほどの微笑。
失神する者に慌てて駆け寄る彼に、顔を真っ赤にさせた私はその場を慌てて後にした。
* * *
『赤の扉』を閉めると扉に背を預け、大きな溜め息。
まだ動悸は落ち着かず、頬も熱い。だが、囲まれたフィーラを思い出すとベル同様、喉元がムカムカしてきた。
「なんなんだ今日は……」
前髪を上げながらまた溜め息を吐くと廊下を進む。
騎士団長としても男としても人気があるフィーラ。彼に限ったことではないが、それは出会った時、十年の歳月で何度も見て知っていることだ。ムカムカすることなんてなかったはずなのに……なぜ。
「こんにちは、母上」
かけられた声に、ホールに入っていたことに気付く。
開いたエレベーターからは白のローブとおかっぱの髪を揺らすヒュウガが現れ、その手には判がない書類。片眉を上げる。
「逃げたのか?」
「はい」
問いに微笑が返されるが、細められた金色の瞳の奥には怒りのようなものが見えた。会議は終わってるようなので議題がストレスになったのだろうと推測される。アラフィーが何をしとるんだと溜め息をつくとヒュウガの頭を撫でた。
「手間かけさせてすまんな。ドラバイトに行ってくるから戻ってていいぞ」
「いえ、それですと母上を外で抱いて時間を潰すという卑怯な手を使われそうなので一緒に行きます」
具体的すぎる説明に言葉を失うが、何も聞かなかったことにした。
他愛ない話をしながら南の廊下を進むと『茶の扉』を開く。ルベライトに居た時はまだ太陽だった光と空は夕焼けに変わっていた。上がってきた風に土埃が舞うが、ヒュウガが地結界を張ってくれたおかげで目には入らなかった。
礼を言いながら階段を降りると、空き地で子供達が縄跳びしているのが目に入る。その中の一人、茶髪のポニーテールを赤のハチマキで結った我が子が気付いたように声を張り上げた。
「あ、母ちゃん! ヒュー兄!」
笑顔で駆けてくるアンナを抱き留めると頬擦りする。
活発な娘はずっと外にいたのか、ポンチョの裾が土で汚れていて、ヒュウガが溜め息をついた。
「アンナ殿、洗濯を増やすのはどうかと思いますよ」
「ヒュー兄と違って自分で洗えるからいいもん!」
「……言ったな?」
ふふんと澄ました顔を見せたアンナだったが、口調を変えた不器用ヒュウガの笑顔に慌てて私の背中に隠れた。互いの父親関係と同じなことに苦笑を漏らすと、顔を出したアンナは私が持つ袋を見て察したのか、ある方向を指す。
「父ちゃん達なら、さっき飲み屋に向かったよ」
「今……“達”とか言いました?」
飲み屋を指す指に、笑顔を崩したヒュウガのように私の頭も痛くなる。
友達と別れたアンナも連れ、大通りから飲み屋が並ぶ路地裏に入ると仕事帰りの男達が和気藹々と語り合っていた。既に出来上がっている者も多い中、ひときわ賑やかな声が耳に届く。
私も何度か邪魔したことがある店には見知った二人とマッチョ軍団が占拠していた。
「ほらほら兄貴達、飲んでくだせぇよ!」
「だーかーら、オレはアンナに『すぐ戻る』って言ってんだって!」
「じゃあ~なんで~きたのさ~~」
「てっめーが『仕事疲れは飲むぞ~!』って拉致ったんだろうが! つーか、仕事サボってきやがっただろ!?」
怒るアウィンに、ローブも脱ぎ、髪をひとつ結びにしたバロンがジョッキを団員から受け取る。どうやらアウィンはバロンに連れてこられたようだが、無理やり団員達に座らされた。女性団員がジョッキを手渡す。
「まあま、一杯ぐらいいいじゃないですか。久し振りにコルッテオ団長の武勇伝聞きたいです」
「あのなー、そういうのはヒューゲに聞け。むっちゃあるから」
「ひっど~じゃあ~昔~エーちゃんが~入団した頃~どんて「やめろーーーーーっっ!!!」
何かを暴露しようとしていたバロンの口を慌ててアウィンが塞ぐ。
それだけで笑いが響き、既に酔っている団員達に二人は抱きしめられた。男女関係なく。大きな溜め息をついた私は背中を向ける。
「母ちゃん?」
「叩かないんですか?」
驚いた様子の二人に頷くと、茶色のリボンが巻かれた細長い袋をアンナに。手の平に収まる黄色のリボンを巻いた袋をヒュウガに手渡す。互いを見合った二人の目が私に向くと膝を折り、二人の頭を撫でた。
「すまんが、父達にそれを渡してくれ」
「母ちゃん、自分で渡さないの? 気にしないで入りなよ」
「いや、たまには飲ませておいてもいいだろ。ヒュウガ、書類と一緒に渡したら、ちゃんとアンナと一緒に帰ってくるんだぞ」
「……承りました」
少し考え込んだ様子のヒュウガだったが、一礼するとアンナを連れて笑い声がある店へと背を向けた。子供だけで飲み屋に入らせるなんて最低だとは思うが、今はどうしても会いたくない。
痛む胸を堪え、駆け足で城へと戻った。
* * *
とぼとぼとホールに戻った私は西に足を進める。
アンナが言うようにいつもなら気にせず飲み屋に入って二人を叩くだろう。だが、ベル、フィーラと同じ光景を見た時、やはり胸の奥がざわついた。
今日何度目かの溜め息をつくと『青の扉』を開き、沈みかける光に片目を瞑る。それでも構わず呼んだ。
「スティーーーーっ!」
苛立ちのような声がいけなかったのか、いつも呼んですぐ来てくれる男は現れず、腰を屈めた。
「ああ゛~……今日の私はとことんバカだ……」
『はーはっ!』
沈んだように唸っていると、聞き鳴れた声。
その姿を探すが冷たい風が吹き通るだけで、階段にもどこにも見当たらない。だが、どこからかやってきた水が傍で渦を巻き払われると現れた。それは蒼昊……ではなく、茶髪のツインテール。ラズライト騎士団副団長のサティと、深い海のような紺青色。
「はーはっ!」
「おっとと!?」
勢いよくサティから飛び移ってきたスズナを慌てて抱き留める。
父親と同じ藍色の瞳を爛々に輝かせる息子に笑みを零すが、サティの顔は冴えない。
「ヒナっち、ごめん……今カレっち仕事中で来れないの。なんか重役みたいでさ」
「仕事? 珍し……あ、もしや」
「あい、うらちごと!」
元気に手を挙げるスズナに眉を顰めると『暗殺じゃないから!』と慌ててサティが補足する。
いや、裏に関しては最近情報収集しかしないと本人から聞いていたから疑いはしない。しかし今日の私は別のことに敏感だった。
「……女か?」
「え?」
呟きにサティが瞬きを繰り返す。
この時間に活動をはじめるスティが仕事というのは裏以外ないが、情報収集で彼が得意とする相手は……。
「女なのか? 女なんだな? 女と一緒なんだな? 女か」
「あい!」
「ちょちょちょちょ、バラさないでよスズナ! ていうかヒナっちもカレっちみたいな言い方しないで!! 怖いから!!!」
低い声だったせいか、顔を青褪めたサティは両腕を擦る。
視線を『宝遊郭』に移すと、赤の楼閣は沈む光の影によって真っ黒にも見えた。その色が私の中でも渦巻いている気がして、スズナを下ろす。そして、青のリボンが巻かれた細長い袋をサティに手渡した。
「すまんがこれをスティに渡してくれ。あと仕事も頑張れって」
「ムリムリ! 渡せてもそれは言えないわ!!」
「スズ、頼んだぞ」
「あい!」
「いやあああああ~~~~~!!!」
元気に返事したスズナの頭を撫でると、サティの虚しさを感じる叫びが響き渡った。
* * *
意気消沈のサティとスズナを見送ると扉に入る。
もっとも私もサティと同じ気分だろう。今日はついてないというか、心が狭いというか、魔物さえ呼べそうなほど重い。
『かもかもカモ~ん、かもかもかも~ん♪』
今の状況に不釣合いな歌声が響き渡るホールで足を止める。
どうやら魔物よりも面倒なヤツを召喚してしまったようだが、今となってはタイミングが良いのかもしれない。そんな私の影が伸び浮き上がると、人の形を取りはじめる。漆黒の髪に赤の……瞳を真っ黒のハート型サングラスで隠したイズが現れた。
「ただいまな~り!」
悩みなんてなさそうな男は元気に手を挙げる。
反対の手には紙袋があり、ごそごそと中身を探りはじめた。自由奔放な王であり旦那に溜め息をつく。
「貴様、今度はどこに行ってたんだ」
「ん~、城に室内プール創ろうかと思ってさ、その視察なりよ」
「室内プール?」
「そ。それでいつでもヒナにアッハン水着を着てもらって、豊満なおっぱいをぷるる~んもにゅカプって……どしたの?」
怒声もハリセンも出さなかったせいか、サングラスを上げたイズは瞬きする。
アーポアクにプールはない。いや、子供用のビニールプールはあるが、市民プールみたいな大型施設はなく、真夏に暑い暑いとボヤいていたのを考えてくれたのなら嬉しい。だが、視察ということは実物を見てきたということ……つまり。
「水着の婦女子が見れて良かったな」
「は?」
視線を逸らしながら言った私に珍しくイズは目を丸くする。
また嫌なことを言った気がして、彼の手にあった焼き鳥が入ったパックと最後の一袋。黒のリボンが巻かれた袋を交換すると階段へと走った。
喉の奥が、胸の奥がとても痛い。
* * *
屋上に出ると、夕焼けと星が合わさった空に迎えられた。
足を止めることなく駆け上ったせいか息も荒く、汗も流れる。だが、寒さで白い息を吐くと、ブルりと一瞬で身体が冷えた。ゆっくりと身を屈めた私は、ほんのり暖かい焼き鳥のパックを握り締めると顔を伏せる。
「何……やってるんだ」
自問自答は何度も繰り返した。
そしてその中で答えが出ない問いが『なぜ“今日”なのか』。
今まで感じたことがないといえば嘘になるが、今日ほど強く思ったことはない。
よく彼らが言ってること、感じてること。改めて自分が体験するととても落ちつかない。ヤツらはこの気持ちをどうしているのだろうとパックを開くと焼き鳥をパクリ。
「「母さーん」」
「んぐっ!」
突然かけられた声に慌てて串を引っこ抜く。
咽ながら涙目で振り向くと、漆黒の髪に瞳と瓜二つの顔。キャスケットを被ったナツキと白のストールを揺らすイヅキがいた。ニコニコ双子に立ち上がった私は持っていた焼き鳥で思い出す。
「しまった、晩御飯の準備をせねば!」
「それはいいんだけどね、母さん」
「ちょっとこっちきてほしいんだよ」
時間を忘れていた私は言われるまでもなく手招きする二人の元へ向かう。が、突然片手を地面に付けた二人は叫んだ。
「「『墜影落!!!』」
「へ……ぎいやああああーーーーーっっ!!!」
見事に私の足元に穴が開き、真っ逆さまに墜ちる。
この歳になって経験したくない落下に焼き鳥も飛んでいくと、泣き叫んだ。
「もう、今日は最悪だ~~~~!!!」
声を響かせながら墜ちて行った私──ボッスン!、と、柔らかい何かにぶつかり弾む。しかし、両脚、手、腰、胸、首に何かが絡みつき、宙に浮かんでもすぐ柔らかい何か……ベッドに沈んだ。グルグルと回す目をなんとか開くと、見知った六つの顔に覗き込まれる。
それは悩みの種になっていた──。
「フィーラ……ベル……スティ……アウィン……バロン……イズ」
一人ずつ名を呟くと、私服の六人は安堵に似た息をつく。すると顔面蒼白、涙目のスティが勢いよく抱きついてきた。
「ヒナさんヒナさん、呼んでくれたのに行けなくてごめんなさい! もう全世界の女を殺してきます!! ついでにこの五人も!!!」
「ウサギが言うと冗談に聞こえませんね」
「本気で~出来そうなのが~怖いよね~~」
「や~ん、俺に勝てるわけねぇだろ」
「当然、負けるつもりはない」
「いや、止めろよ」
ツッコミを入れるアウィンに私は辺りを見渡す。
ここは元自室、今では旦那達との『秘密部屋』。まだ完全に日が沈んでないせいか、窓から差し込む光がある。だが、そんな僅かな光は囲う彼らによって遮られていた。
暗闇に関係なく、スティを抱き返す私は彼の髪に顔を埋める。が、耳に一息かけられ反射で上げてしまった。気のせいではない、私だけを捉える赤の瞳と目が合う。
「さて、ヒナタ。なぜ俺達を避けているのか聞かせてもらおうか」
「さ、避けてなど……」
「てめーが声かけないってのは避けてるも同じなんだよ」
「自分だけかと思いましたが、どうやら全員だったようですね」
不満そうに屈曲させた私の膝上にアウィンが顎を置くと、ベルに頬を撫でられる。会わないようにしていたことを気付かれ、また顔を逸らそうとするが、バロンに鼻を摘まれた。
「にゅ~!」
「あのね~こっちは~子供達に~散々~『何したんですか』って~責められて~……まったく、なんなのさ」
「俺もヒナと『いい夫婦の日』ごっごで遊ぼうって思って帰ってきたのに酷いなり~」
「え……?」
人差し指で胸を突きながら頬を膨らませるイズに目を見開く。そんな私に全員が瞬きするとフィーラから順に口を開いた。
「今日はトパーズ月二十二日だろ?」
「ヒナタさんの世界で言うと、十一月二十二日ですね」
「ポ○キーの日じゃ……ないけど」
「語呂合わせでなんかあったろ? いい……」
「いい~夫婦の日~~」
「んで、十周年かは知らねぇけど、奥様はプレゼント用意してくれたってわけだろ。手作りで」
楽しそうに笑うイズは白のネックウォーマをスッポンと被る。
続くようにフィーラは深紅のケープ、ベルは白緑の手袋、スティは影から黒ウサギの模様が入った抱き枕、アウィンは紫のネクタイ、バロンは金色の蝶の細工があるヘアゴム。そして、袋に巻いていたリボンを取り出した。
それらは今日のため──良き夫婦である日のために作った物。
喉元がさっきまでとは違う意味で痛くなると、なんとか声を振り絞った。
「よく……わかった……な」
「ヒナタが毎年言ってることじゃないか。『今日は良い夫婦の日なんだぞー』って」
「十年も言われ続ければ、月名が違えど覚えますよ」
くすくす笑うフィーラとベルは両頬に零れる涙に口付ける。
すると、スティが冷たい舌先で首筋を舐めるとカプリと噛みついた。いつもより痛かったせいか文句を言おうとするが、細められた藍色の瞳と口元に描かれた笑みに口を結ぶ。
「それで……なんで直接プレゼントくれなかったんですか?」
艶やかな声で言いながら、細長い指先が唇をなぞる。
言葉に詰まるが、見つめる視線の数々に勝てるはずはなく、観念して白状した。
「……嫉妬……したんだ」
言葉に出来なかった名前を出すと全員の目が丸くなる。
それだけで恥ずかしくなってしまい両手で顔を隠すが、動悸は激しくなるばかりだ。それでも各々に感じたことが口から漏れる。
普段本ばかりのベルと楽しそうに話すには彼と同じ本を読めないと出来ない。
騎士団長のフィーラや元団長のバロンとアウィンは住民から慕われているからこそ“みんな”の団長で“私の”ではない。メラナイトであろうと、惹きつけ魅了する力があるスティには誰もが寄っていくし、イズに至ってはただ胸が大きければ良いと思えてしまう。
それだけなら今までも感じたことがある。
だが、今日は『夫婦の日』という特別な日だったせいか、自分ではない“女性”と一緒にいるのを見るのが嫌だった。六人と結婚して、一日ごとに旦那を替えておきながら我侭だとわかっている。それでも自分だけの旦那だと言いたい……嫉妬だ。
「だから貴様らと……話してるのがなんで私じゃないんだと……考えたら……って、聞いてるのか?」
羞恥を堪え告白したのに、なぜか全員私のように手で顔を隠している。おかげで涙も引っ込んでいると、溜め息と呟きが落ちてきた。
「団長を……辞めたい」
「自分で本……運びましょう」
「メラナイト……辞める」
「禁酒……する」
「仕事……ちゃんとしようかな」
「おっぱい……限らず、ヒナしか好きじゃない」
口々に告げられたのは願望のようなもの。イズだけ告白に思えたが、それを皮切りにプレゼントを置いた男達は自身の、そして私の服を脱がしはじめた。
「ちょちょちょ、まだ早い……!」
夜といえる時間になってまもないせいか抵抗するように両脚を閉じ、腕をクロスさせる。が、六人分の手を相手にそれは無意味で、閉ざした四肢は簡単に広げられた。上体を起こされると左右からフィーラとベルが頬に口付け舐める。
「今日は『夫婦の日』なのだろ?」
「でしたら、愛くるしい妻の傍に夫はいるもの……そして乱すもの」
耳元で囁かれる甘い声に、全身が小刻みに震える。歓喜で。
締め付けていたブラジャーから解放された胸の先端はぷっくりと尖り、持ち上げたスティとイズは舌先で乳輪をなぞる。
「ぁあっ……」
「俺達はプレゼントなんて“物”は用意してねぇけど」
「与えることは出来ます……快楽ってモノで」
揉みしだきながら胸の形を変えていたスティは指先で摘み、冷たい舌で先端を舐める。反対にイズは根元までしゃぶりつき、吸引するかのように引っ張っては離す。違う刺激に身体は大きく跳ねるが、両脚を持つアウィンにすぐ落ちた。
「ガキ共からは『母の機嫌直してこい』って言われてるからな」
「心置きなく虐めて、ヒクつかせてるココと一緒に嫉妬も全部噴き出させてあげるよ」
くすくす笑いながら幾つもの刺激によって蜜を零す秘部にアウィンとバロンの指が押し入る。ゆっくり動かすアウィンとは違い、バロンは不規則に速度を変えては攻め立てた。
「ああぁん……ああ……ダメんん」
「なんだ、ヒナタは気持ちよくないのか?」
「それとも姫君の望みは別にあるんですか?」
からかうような声で顎を持ち上げたフィーラの口付けが落ちると、間も置かずベルと口付ける。それが離れると、息を乱しながら揺れる瞳で彼らを見つめた。同じように愛撫していたはずの男達の瞳が欲情を宿したまま上げられる。
ゴクリと唾を呑み込むと、逞しい胸板で背中を支えるフィーラとベルの股に手を、両足の指先でアウィンとバロンの股を突く。気付いたように意地の悪い笑みを浮かべたスティとイズは私の唇に指先を寄せ、舌を伸ばした私はそれらを舐めた。
冷えていた身体は当に熱く、小さな灯りが部屋を点すと震える口を開いた。
「激しく……抱いて……満たして」
我侭にも取れる願い。
それでも返された微笑が合図かのように、伸ばされる手を取った。肌を重ね伝えるために。
「んっ……あん」
「何をしてしまったのかと本も読まず悩み続けたではないですか」
「あああ゛っんん!」
「ん……俺がヒナタを見逃すはずないだろ」
数時間前の気持ちを言いながら、四つん這いになった私の後ろからベルが焦らすことなく挿入する。その大きさと刺激に声を上げるが、フィーラの唇に塞がれた。ベルに腰を打ちつけられる振動で離されても、フィーラの優しい両手が戻してくれる。
「ケープ……ありがとう」
「暖かかったですよ……っ!」
「んっ、はふ……んああっ!」
告げられる優しさに気を緩めていたせいか、最奥まで貫かれると白液を噴き出された。弓形になる身体のように、ベルに顎を持ち上げられると口付けられる。肉棒が抜かれ仰向けになるが、すぐフィーラに両脚を開かされると挿入された。
「ああっ……あああ!」
「ったく、ヒューゲのせいで誤解されちまったじゃないか」
「繊細~だよね~……お詫びに、くれたプレゼントで早速縛ってあげるよ」
左右に座ったアウィンとバロン。
フィーラに攻め立てられている私の両手を捕まえたバロンは、くすくす笑いながらプレゼントしたヘアゴムで両手を結ぶ。揺れる乳房を揉みしだくアウィンは呆れた様子だ。
「てめー……ホント縛んの好きだよな」
「エーちゃんも~貰ったネクタイで~すれば~~?」
「しねーよ!」
「ひゃあああっ!」
ツッコミながら乳首を引っ張ったアウィンと、膣内で噴き出したフィーラは同時だった。痙攣した身体に目を開いたまま下唇から唾液を落とすが、構うことなく抱き寄せたアウィンに口付けられる。
「んっ……は、酒の味……する」
「そんな飲んでねーよ……いや、控えるけどよ」
「ふふ、たまにはいいさ……ああっ!」
「それ、僕も許してもらいたいかな~」
アウィンの肉棒に挿し込まれると、結ばれた両手を覆うように後ろからバロンに抱きしめられる。
乳房を揉みながらうなじに舌を這わせるバロンもまた後ろの秘部に肉棒を挿し込んだ。同時に攻め立てられ何も考えられなくなる。
「まだダーメ……」
意識を遠ざけることは許さないと言うような艶やかな声。
揺すられながら朧気な瞳を開くと、微笑むスティが膝を折っていた。腰を止めたアウィンとバロンが膣内で噴き出すのを待っていたかのように両手で頭を抱え込められると口付けられる。熱くなる膣内とは違い、口内は舌先で冷やされるかのようだ。
「ん……行けなかったこと……まだ怒ってる?」
「ん……ちょっと……あ」
手の平で片方の乳首を転ばされると首筋に吸いつかれる。
反対の手は肉棒が抜かれた秘部に触れ、零れた愛液を指先で混ぜた。喘ぐ私にスティは耳元で囁く。
「じゃあ……ウサギ貰って嬉しかったように……ヒナさんも悦ばせてあげる」
「ん……ああ!」
「俺もするなり~」
影を利用し、俯けに倒れた私の胸に顔を埋めたイズ。
後ろでは両脚を持ったスティが秘部に肉棒を宛がうが、座り直したイズは肉棒の先端を私の口元に寄せた。
「はい、あ~ん」
「き、貴様はこっち……ああっ!」
持ち上げた乳房でイズの肉棒を包んだ直後、スティに肉棒を挿し込まれ、快楽が駆け上ってきた。その振動を利用するように挟んだイズの肉棒も動くと、呻きが落ちてくる。
「っあ、や~ん……ヒナ、わかってんな」
「ヒナさん……そんな男の……噛んでいいですよ……っ!」
速度を速めながら背中に口付けを落とすスティ。
彼に言われてではないが、胸元から飛び出た肉棒を咥え込んだ。吸いついてもすぐずり落ちる。それでも舌を伸ばしていると動きを止めたスティが呻きながら白液を噴き出した。間を置かず、イズの先端からも白液が飛び出す。
「ひゃあ……ああぁっ!」
「や~ん……ヒナにイかされた……」
「珍しいこともあるものだな、イヴァレリズ」
どこか意地悪な顔になっているフィーラが割り込んでくるが、持ち上げた肉棒を私に向けると白液をかける。同じようにベル、アウィン、バロンにもかけられ、ベタベタになってしまった。くすくす笑うイズに抱き上げられるが、白液を舐めることなく口付けられる。
「んっあ……」
「ん……十年、変わらず六人とヤってるヒナは凄いね」
「それは……貴様らも……ああっ」
「おう、ヒナが好きで愛してるからね」
同じ漆黒ではない、赤の瞳で見つめるイズは柔らかな笑みを浮かべる。見惚れている隙に脚を開かされ、白液で濡れた肉棒を挿し込んだ。腰を動かされながら結ばれていた両手が解放されると、イズのとは違う手達に抱きしめられる。
「ああ、今も昔も変わらず愛している」
「何より今は“妻”ですからね」
「他いて……嫉妬する時もあるけど」
「お前が平等に愛してくれっから」
「大事件にならず済んでるのかもね」
「つーわけで……!」
「ひゃあああぁぁーーーーーっっ!!!」
ぎゅっと腰を強く抱きしめたイズにいっそう深く挿し込まれ嬌声を上げる。
世界が真っ白に染まり、意識が遠退く。けれど、揃えるように囁かれた言葉はハッキリと耳に届いた。
『これからもよろしく、愛する妻』
それだけで不安も嫉妬心も消える。
抱きしめてくれる手に、囁いてくれる声に救われる。愛される。私だけの──旦那達だ。
ちなみに、以降は他の女性と一緒にいるところを見ても特に嫉妬しなかった。しかし、彼らの方に何かを植えつけてしまったのか『何もない!』と釈明される。内心笑ってしまうが、偽りない愛を知っていると、ほっこりと暖かい気持ちになったのは秘密だ。
そんなわけで、ヤツらの願望も叶うことはない────。