異世界を駆ける
姉御
番外編*拍手小話~生誕+父の日編~
*過去の拍手お礼SS集
*生誕は春嵐*(第三者視点)
とある日のアーポアク国。
小会議室には珍しく六人の男達が揃い、アズフィロラから順に口を開いた。
「さて、いよいよ明日なわけだが、場所は既に確保してある」
「仕事も問題ありません」
「好きなの……用意した」
「飯もメインも完璧!」
「花見~って~言って~おいたよ~~」
「ガキ共にも秘密って言ってるなり」
その報告に全員が頷くが、表情はどこか緩んでいた。
明日は彼らにとってとても大切な日であり、何より彼女に喜んでもらいたい日である。そんな彼女を浮かべて男達は解散した。
しかし翌日。一階ホール『赤の扉』を開いた先は──雨。
黒い雲と降りしきる雨粒に、ナズナを抱えるヒナタは眉を落とした。
「うむ……これでは花見は無理だな。仕方ないが……どうした?」
残念そうに振り向いた彼女の目に飛び込んできたのは、両膝と手を付いた旦那達。周りを囲む子供達も肩を落とし、年少組には泣き出している子もいる。だが、本当に泣きたいのは父親達のようにも見えた。
「これは~ちょっと~予想外だね~あ~他の街で~するって~言うのは~~?」
「ベルデライトに何を求めてらっしゃるんですか」
「ラズライト……洪水警報」
「くっそー! なんで滅多に降らねードラバイトにも降ってんだよ!! 」
「イヴァレリズ! こういう時こそお前の出番だ!! 今すぐ晴れにしろ!!!」
「や~ん、俺は『世界の皇帝』であって『神様』じゃないなりっだだだだだ!」
「ちょちょちょ! 貴様ら何をやっているんだ!!」
袋叩きにされているイヴァレリズがさすがに理不尽に思えたのか、ヒナタが止めに入る。それを良いことにイヴァレリズはナズナを抱き上げると胸の谷間に顔を埋め、嬉しそうに頬擦りした。しかし、珍しくハリセンが落ちない。
片眉を上げたアズフィロラの疑問に、彼女は頬を赤めながら答えた。
「そりゃ……一応今日はイズの誕生日だからな。特別だ」
「「母さん覚えてたの!?」」
全員の代弁をしたのは瓜二つの双子、ナツキとイヅキ姉弟。
その様子にヒナタは眉を顰めた。
「あのなー、家族の誕生日は覚えるものだろ。まさか貴様達覚えてなかったのか?」
ジロリと、主に旦那達を睨むヒナタに一同は困惑する。一人、ニヤニヤ顔の男を除いて。そこにラガーベルッカが手を挙げた。
「もちろん愚王の誕生日も致し方なく覚えてはいますが、それより優先すべきことがあるんですよ」
「や~ん、辛辣~」
「花見が優先だったのか?」
睨んでいた漆黒の瞳は瞬きに変わり、一同は察した。あ、やっぱり覚えてない、と。
ホワイトデー事件再来の旦那達に代わるかのように、ウズウズ堪えていた子供達が限界の声を上げた。
「なぜ母様は私達の誕生日は覚えられて、自分のは覚えられないんですか!」
「母ちゃん、自分をもう少し大事にしなよ!」
「ルール、はやくいいたかったのに~!」
「はーは、おっめでとー!」
「もうグダグダですね……」
溜め息をつくヒュウガに構わず、子供達は母に詰め寄る。狼狽するヒナタの目が旦那達に向くと、一息吐いた彼らと抱きついていた男が声を揃えた。
『お誕生日おめでとう』
呆れていた彼らの表情は笑みに、続くように子供達も『おめでとう』を述べた。愛すべき妻が母が生まれてきてくれた今日に感謝するように。
そんな日を当人は覚えていなかったのか、目を大きく見開いた彼女の顔は段々赤くなり、身体は小刻みに震えはじめた。その目尻からは薄っすらと涙も見え、抱きしめるナズナの小さな小さな手が涙を拭き取るように当たる。
濡れた柔らかい手を握りしめたまま、一度目を伏せた彼女は笑みを浮かべ、同じように伝えた。
「ありがとう……」
* * *
雨天中止となってしまったが、本城の二十階と三十階の間に創られた子供部屋に移動すると、床に広げられるのは手製の弁当。料理上手なエジェアウィンと子供達が作ったもので、ケーキも用意されていた。その横からイヴァレリズが桃まんを差し出す。
「二個くっつけて、おっぱっだ!!!」
「生まれた日を命日にしてやろうか?」
「フィーラ、そのぐらいの遊びはスルーしろ。桃まんはお祝いに良いんだぞ」
「はい、ヒナタさんどうぞ」
笑いながら料理を食べる彼女のグラスに、ラガーベルッカが飲み物を注ぎ足す。が、カレスティージが阻止するように奪った。藍色の瞳は鋭い。
「お酒……許さない」
「無礼講という言葉を知らないんですか?」
「別に~いいじゃんね~~」
「そうだぞ、祝いの席ぐらい良いではないか!」
「おめー……もう酔ってるとか言わなっわ!」
ヒューゲバロンから受け取ったグラス=酒をヒナタは一気飲みすると、エジェアウィンとカレスティージの首に腕を回した。頬擦りする口から連呼される言葉は『可愛い』だが、徐々に二人の顔は険しくなる。慌ててエジェアウィンがアズフィロラに訊ねた。
「おいっ、酒の度数幾つだ!?」
「度数? 五のはずだが……」
「いえ、パパがついだのは五十です」
「バロンパパのは六十六ですです」
「「「なっ!?」」」
セツ、キョウカ兄妹の報告にアズフィロラ、カレスティージ、エジェアウィンは顔を青褪める。カレスティージとエジェアインはヒナタを抱きしめた。
「ぜってー、これ以上は飲ませねーぞ!」
「あれれ~何を~危惧~してるのかな~~?」
「ヒナさんの前に現れるモノは──殺す!」
「お祝いの席に不吉な発言をするとは……相変わらずマナーがなっていないガキですね」
微笑を浮かべたまま酒を手に持つ年長組に年少組は殺気を向けるが、当のヒナタは『年下サンドイッチ、うふふ』と嬉しそうだ。だがそれは酔いが回りはじめている証拠でもある。
「来るならきやがれ!こっちにはヘタレでも最強の閃光をブッ放せる赤騎士がいんだ!!」
「エジェアウィン、後で話をしようか」
「そんな~チキン~ウチの~俺様誰様胸フェチ様ワッショイ王の敵じゃないよ~~」
「持ち上げても俺、興味ないなりよ」
「おや、いいんですか? 年齢詐称中の貴方では、アレになったヒナタさんに『ママのおっぱいでも吸ってろガキ』とか言われ兼ねませんよ」
「『宝輝解放』」
「「うわわわわっ!!!」」
七色の光が放たれると、アズフィロラ、カレスティージから『宝輝』が抜かれる。その力を自身に取り込むかのようにイヴァレリズは漆黒の髪と瞳を持つアーポアク王へと姿を変えた。溢れ出す自身の魔力に倒れ込んだ赤騎士と影騎士の隙に、ラガーベルッカとヒューゲバロンが姫君を抱えるヒーローに襲いかかる。
そんな彼らが必死に攻防する理由はひとつ──酒に酔ったヒナタの年下好き反転だ!
しかし、攻防慣れした子供達はスルーしたままケーキを頬張っていた。椅子に腰を掛ける人物は手に持つ酒瓶を口に運ぶと呟きを零す。
『生誕の日であろうと、さわがしいれんちゅうにかわりはせぬな』
漆黒の跳ねた髪と赤の瞳、褐色の肌を持つ魔王の溜め息混じりな声は外の雨音と交戦で消えた。果たして明日の天気と愛すべき妻の機嫌は……ご想像にお任せしよう────。
※ヒナタとイズは同じ誕生日ですが、時間差でイズの方が年上になります
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*父の日*
今日は父の日。
私もパスケースに入れた写真の父に手を合わせると、子供達にも感謝の意を自身の父親に伝えるよう言った。全員『はい』と素直に頷いてくれたのに不安が襲うのはなぜだろうか。
ふむ、親バカかもしれぬが様子を見に行くか。
*アズフィロラ編*
「失礼します!」
「? どうした、アサヒ」
ルベライト騎舎にある団長室。
変わらず窓から差し込む光を背に受けながら書類を片付けるフィーラの前で、アサヒは騎士の礼を取った。
「お忙しいのは重々承知でお願いがあります。どうか私に剣の稽古をつけてください」
「? ああ、昼時だから構わんが……」
「ありがとうございます!」
ちゃんと時間を考えているところがアサヒの美点だな。
刃がない剣を持った二人は騎舎内にある練習場に入ると、打ち合いをはじめる。それをコソコソと物陰から覗いていると、副団長から茶と菓子を貰った。お、すまんな。
しばらくするとアサヒの剣が飛び、床に落ちる音と一緒に尻餅を着く可愛い音が聞こえた。そんな息子に手が差し伸べられる。
「まだ大振りな部分と隙はあるが、威力は日々強くなっている。成長したな」
「は、はい! ありがとうございます! きっといつかルベライトも国も護れる立派な騎士になります!!!」
フィーラの手を借りて立ち上がるアサヒは力強く宣言し、私と副団長はくすくす笑う。そんな息子の頭を父の手が撫でる。
「ああ、楽しみにしている。その時は俺も母様だけの騎士になれるな」
そう微笑みながらチロリとこちらに視線を向けた旦那に私の頬は赤くなった。
それはそう遠くない未来かもしれない────。
*ラガーベルッカ編*
「パ~パ!」
「ルル、それじゃ気付いてくれない。キョウカ」
「了解ですです!」
キョウカの元気な風玉が読書中の父親にブッ放される。
とんでもない光景が日常茶飯事になっているのはなんとも言えないが、いつものように結界に阻まれた。数秒後、翡翠の目を向けるベルが子供達に微笑む。
「どうされました?」
「いえ、今日は父の日だとママに言われて」
「お礼を言いなさいと言われたですです」
「ありがと~」
セツは照れた様子だが、娘達は笑顔で『ありがとうございます』と頭を下げる。
ただ座って本を読んでいるだけなのにな……ホロリと涙が出そうだ。指先で涙を拭っていると、本を閉じたベルが子供達の頭を一人ずつ撫でる。
「私の方こそ、生まれてきてくれてありがとうございます。ヒナタさんという素敵で可愛らしい奥さんと一緒に、これからも大切に育てていきますね」
変わらない微笑の台詞に転倒した。私が。
それがバレてしまい、旦那と子供達に笑われながら私はまた囁かれるのだった────。
*カレスティージ編*
「ちーち!」
「っ!!!」
勢いよくジャンプしたスズナは寝ていたスティを踏み潰した。
声にならない悲鳴が聞こえた&避けられなかったということは爆睡していたのだろう。しばらくしてゆらりと上体を起こした旦那の着物は開け、上半身は裸、前髪を上げる姿は色っぽい。だが藍色の双眸は鋭く、ナズナを抱きしめる私は戸口でハラハラしてしまう。
そして予想通りの低い声が聞こえてきた。
「何……?」
「えっとねーえっとねー……なんだっけ?」
「っ!!!」
振り回していた青ウサギを止めたスズナは笑顔で首を傾げる。
それは超絶に可愛いが、寝起きのスティには逆効果で、スズナの片脚を握ると逆さまに持ち上げた。
「きゃー!」
「寝てるボクを起こすのはヒナさんのピンチだけって言ってるよね……それを何? 何もなくて起こすの? 落ちたいの? 落ちるの?」
「あいっ、落ちるー!」
「へー……」
不敵な笑みを浮かべたスティは立ち上がる。
『天命の壁』からでも本気で落とす気だと慌てて出ようとするが、スズナは笑顔を向けた。
「スーズ、ちーちとあそぶのすきー!」
その声にピタリと手を止めたスティは眉を顰める。
だが、変わらない笑顔で青ウサギを握る息子に溜め息をつくと、布団の上に軽く放り投げた。『きゃー』とスズナは楽しそうにコロコロ転がっていたが、着物を着直した父に抱き上げられる。
「遊ぶなら……遊郭に行くよ」
「あい!」
元気な声にスティはまた溜め息をついたが、戸口で私と会うと頬を赤くした。
その姿に笑うと娘と四人、遊郭に向けて足を進める────。
*エジェアウィン編*
「父ちゃーん!」
「あん?」
「あのっだ!!!」
元気に父の元へと駆け寄ったアンナだったが、頭上からチョップが落ちる。
言わずもがな、犯人は手羽先。役所だからな。
「何すんだよ、手羽兄!」
「館内の規則を守らないヤツを罰するのは当然のことだ。身内なら尚のことな」
「もう閉館時間なんだからいいじゃねーか」
溜め息をつきながら娘の頭を撫でるアウィンは心が広いな。私はハリセンを準備していたのに。腰を屈めたアウィンはアンナと目線を合わせる。
「で、どうした? 迎えにきたのか?」
「それもあるけど早く言いたくて。父ちゃん、いつもお仕事おつかれ。あと、ありがとう!」
笑顔を向けるアンナは摘んできたのか、菜の花をアウィンに差し出す。それに父は目を丸くするが、すぐ照れた様子で同じ笑みを返すと娘を肩車した。
「おうっ、サンキュー」
「えへへ~」
そんな父娘にさすがの手羽先も何も言わず、私は物陰で号泣。
当然のように見つかり、アウィンと顔を真っ赤にして家路につくことになった────。
*ヒューゲバロン編*
「父上」
「ん~っ!?」
バロンが振り向いた瞬間、けたたましい音が響いた。
どうやらクラッカーだったようで、さすがのバロンも顔を青褪め、両耳を塞いでいる。金色の双眸を向ける男に、同じ金色を向ける息子は微笑んだ。
「いつもお疲れさまです。身体には気を付けて、これからも頑張ってください」
「今ので逝くとこだったんだけど……」
「刺激ある日を過ごさないと人生楽しくないですからね」
そう微笑みながら片された書類を持ったヒュウガは部屋を出て行った。入れ替わりにやってきた私は苦笑する。
「手痛いお祝いだったな」
「まったく、ああいう素直じゃないところはヒナタちゃんソックリだよね」
「おい」
「褒めてるんだよ。仕返ししたくてしょうがないからね」
不敵な笑みを浮かべる旦那に一息つくと、頭に被った紙吹雪等を掃ってやる。
「掃除、自分でしろよ」
「あ……」
散らばったクラッカーのゴミに、珍しくバロンの顔が引き攣った。
今のところ息子が一歩リードしているようだが、その分、私に回ってくるのが痛い────。
*イヴァレリズ編*
一階ホールで、円を描くようにチ○ルチョコを置く双子。
ぼけーと見つめていると背中を押され、わけがわからず円の真ん中に立たされる。するとナツキに上ボタンを外され、白のブラジャーが露になった。真下、影から出てきたのは両手。
「おっぱーーーーい!!!!」
「ぎいやあああああーーーーーっっ!!!!」
「「父さん、いつもありがとー!!!」」
ハリセン音と共に双子の礼が述べられた。
私の扱いについて、ちょっと話し合おうか双子よ────。
*魔王編*
ラズライトで黒いヘビと会った。
いつも魔王と一緒にいるヘビだとわかった私は辺りを見渡すと腰を屈める。
「一人とは珍しいな。しかし危険だから早く帰……なんだ?」
腕に絡み付いてきたヘビは困った様子で真横を頭で指す。
見ると、イズ御用達の菓子店『ナオ』。父の日フェアをやっているのもあり、甘い匂いが漂う。そんな店ののれんをヘビは見つめている。
「もしかして魔王に渡したいのか?」
ふと浮かんだことにヘビは大きく頷いた。
考えれば魔物を、ヘビを生み出したのは魔王。確かに親にあたるかもしれない。
だが、お金を払って品物を受け取っている客を見たヘビは“しゅん”と頭を下げた。その様子に立ち上がった私は顔見知りの定員から非売品のチ○ルチョコを数個購入。持っていた小さな巾着袋に入れるとヘビに差し出した。
「ほら、持ってけ」
『シャッ!?』
「いつも子供達と遊んでくれる礼だ。魔王にもよろしくな」
微笑む私にヘビは考え込んだが、数度頭を下げると尻尾に巾着を絡ませ、影の中へと帰って行った。
後日やってきたヘビに巾着袋を返される。
中にはアーポアクにはない良い香りの花が入っていて、笑いながら顎を撫でた────。