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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

番外編*最期の誓い

*魔王視点(微エロ&蛇姦有)

 なぜ、空は青いのか。

 それと似た疑問が我にもある。
 

 人の形を成し、漆黒の髪に褐色の肌。だが、人とは違う尖った耳と力を持つ我は人でもなければ黒き同胞とも違う。では我はなんだ。なぜこの世界に生まれ、この地にいる。我になにをさせたい。
 

 そんな自問自答を繰りかえすことさえ長き年月によって消え去ってしまった──。

 


* * *

 


 黒き竜の旗がゆれる。
 今日もかわらぬ青き空を城の屋上にすわり見上げていると、肩にのる四十センチほどに成長した黒ヘビが他所をむいた。我はふりむくことも影に潜ることもない。どうせアヤツだ。

「おーい、魔王っ!」

 

 案の定、よくしった女の声が階段からひびく。
 『魔王』とは魔物を統べる我の名らしい。一応をつけたいが我も魔物、世界の敵だ。もっとも、アヤツにいったところで意味もないかとふりむく。

 

 階段から現れたのは漆黒の髪と瞳をもつ“異世界の輝石”。
 かわらず満面の笑みをうかべる輝石は白のカットソーにネイビーのジャンバースカートとパンプス。だが、すこし大きい腹と宿る光に、目を見開いた。

 

『……なんだ、またできたのか』
「うむ、十人目だ! 安定期に入ったから運動がてら魔王にも報せようと思ってな」
『それは……おめでとう』

 

 どうりでここ数ヶ月は慌しく走る音がしなかったわけか。しかし、その腹で階段をのぼってくるとは、だてに九人もなしてはおらぬな。
 腹をなでながら隣にすわる輝石に呆れながらも訊ねた。

 

『で、こんどは誰の子だ?』
「なんか棘がある言い方だな」
『きのせいであろう』

 

 ヘビとともに首を横にふる。
 皮肉がこもっておるのも確かであろう。何しろコヤツには旦那という名の男が六人もいる。しかも人とはおもえぬ破壊力をもち、魔物以上にねちっこい性格をした面倒な輩。その一人がアーポアク王であるのが驚きだ。
 逆はーれむなんぞつくってなんの意味があると問いたいが、どいつもこいつも嫁であるコヤツの尻に敷かれておるようだから無意味な問いなのだろ。そんな我のため息などきこえず、輝石は笑顔で答えた。

 

「スティだ!」

 

 すぐさま距離をとった。
 『騎兵(エクェス)』や『死神(モルス)』ならまだしも『影騎士(ウンブラ)』とは最悪だな。『赤騎士(ルベル)』と『空騎士(カエルム)』も遠慮したいが、嫉妬深い『影騎士』の方が厄介。くわばらくわばらと呪文を唱える我に輝石は笑う。

「ははは、安心しろ。今日は月一会議の日で、ベルとアウィンも街の代表で出席してるから当分出てこん」

 屈託のない笑みに胸の奥からざわつくものが溢れ、気付けば輝石との距離をつめていた。身をかがめ、鼻と鼻をくっつけた目先には大きく黒の瞳を見開く輝石。その瞳に鋭い赤の瞳をむける我がうつる。

 

「魔……王?」

 

 戸惑ったようによぶ輝石に応えるように口をひらいた。

 

『……あまり情報を漏らさぬことだ。『四大の騎士(エクイタートゥス)』がおらぬとわかれば、我らにとっては好都合。今すぐ街の者も主も喰い千切ってやるぞ?』
「っ!」

 小さくひらかれた唇に細く長い舌をさしこみ、我とは違う幅のひろい舌を舐める。
 ちろりちろりと舐めるたびにゆれる身体に唇もつけようとするが、背をたたかれてしまい舌を引っこ抜いた。だが、真っ赤になった輝石の顔に口元が弧をえがく。

 

『まあ、今かんたんに主を喰えても『赤騎士』と『影騎士』から四大の輝きを奪いとるほうが難しいがな』
「ま、まだ……滅びたがっていたのか」

 

 顔を赤くさせたまま口元に手をよせる輝石に返答せず空を見上げる。
 この地の創造主でもある初代王とおなじ異界から招かれた輝石は魔力をもたない。糧とする我らにとってはなんの足しにもならぬ生き物。だが、強大な力をもつ四大の輝きと共に滅せれば世界を無へと返すことができる。我が望む世界に。

「その、世界を滅ぼす方法というのは魔物界では常識なのか? 」
『王の瞳と四大の輝きを滅せれば世界ははじまりにもどる、なら、生まれた時に染みついておった。だが、輝石については我のように当時をみていた今の上級ぐらいしかしらぬだろ』
「当時?」
『しらぬか? 過去数度、世界が滅ぼされる寸前まで陥ったことがあるのを』
「!?」

 おもいあたる節があるのか、目を見開き息を呑む輝石に我はヘビの顎をなでる。
 五百年以上の時を生き、自身の魔力で同胞を生む我はつまり、アーポアクが生まれたころから存在していた。遠目ではあるが初代王もみたことがある。我らと似て非なる漆黒の髪に深い黒曜石のような瞳。四大の加護に包まれた大らかな男。

 もっとも当時は自身の魔力を満たすのがさきで、きにとめることもなかったがな。

 

 それから百年程が経った日、我をふくめた数百の魔物が国へと侵入を試みた。

 巨大な壁と門があったとはいえ、まだ上空の結界もなければ騎士団も乏しく、恐怖から逃げる人から魔力を奪いながら城へたどりつくのは容易かった。だが、さすがに団長共の力に押しまけ、やむを得ずひこうとした時、一人の漆黒の髪と瞳をした女が目にうつった。魔力をもっておらぬくせに、強大な力を放つ四大の輝きを手にもった女。

「は? 『宝輝』は団長達の身体に宿るんじゃ……」
『それは十代目の王からだ。それまでは結界のはられた部屋におかれておったが、たまたま“異世界の輝石”が手にもっておってな。恐れをなした女は輝きをなげよった』
「とっさに身体が動くとは、たくましい女性だな」
『主にはまけるがなっだ!』

 

 事実をのべたはずなのに背中をハリセンでたたかれた。
 さすりながら過去をおもいだすが、ほぼすべての“異世界の輝石”をみてきた我にとってはコヤツが一番おかしい。たいていの者は怯え泣き叫ぶだけのやかましい存在。

 

 コヤツも掌の分身を通しみた時は震え、おなじ類かと判断したが『影騎士』を襲った日、臆することなく分身にハリセンをくらわすとんでもない女だとしった。あれはひさしぶりに戦(おのの)いたな。

 

「貴様……なに思い出し笑いをしている」

 

 訝しい目の輝石に自分が笑っていたことに気付くが、なんでもないと装うように話しをもどした。

 

『なげられたことで四大の輝きは魔物に喰われたが、すぐ女も喰われよってな』
「え!?」
『世界の均衡が崩れはじめたのだ』

 

 脳裏にやきついている。
 大きな地鳴りをはじまりに吹き荒れる風、燃えるような熱さ、巻き上がる水柱。何かのスイッチをおしたように変化した気象に我らも団長共も目をみはった。そのすきに現れた王によって四大の輝きを喰った魔物どもは滅っ去られたがな。

 

「よ、よく滅ばなかったな。『宝輝』の後に異世界人だろ」
『幸い四大の輝きは欠けた程度。その後も王が女の容も髪一本も遺さず消しよって免れたのだ』

 

 だが、当時の王もしらなかったのだろう。
 焦った様子でひとつの可能性をみつけたように滅した女で崩壊がとまると、膝から崩れおった。息を荒げながら両手をにぎりしめ、汗を……いや、涙をこぼしておったな。

 

 その感情が当時の我には理解できなかった。
 滅ぶことはなかった、他にも滅びの可能性をしることができたと喜ぶものではないのかと我はおもう。だが、今おもえば隣で両手をあわせる輝石のように悔やんでおったのかもしれぬ。

 

 漆黒の瞳がゆっくりと開かれ、ふりむいた瞳が我をうつす。
 すると両手で力づよく肩をつかまれ、真剣な眼差しをむけられた。驚くように大きく目を見開いた我に輝石も口をひらく。

 

「魔王、ウチで家庭教師しないか?」
『……なぜ、そういう話になる』

 

 声と表情が不機嫌なのが自分でもわかる。対して、真剣な輝石は話を続けた。

 

「いや、子供達に国の成り立ちとか色々と教えておるのだが、国書に載ってるのは堅っ苦しくて脱走者が多いんだ。かく言う私もそんな詳しいわけでもないし、旦那達も偏った知識しか持ってなくな」
『主の旦那には歴代を悟る黒王がいなかったか?』
「あの法螺吹きから学べることはサプライズと逃走方法だけだ。それに当事者から聞く方が重みが増すし、貴様もヘビも子供達に人気あるぞ」

 

 真剣な表情からいつもの笑みにかわった輝石は我とヘビの頭をなでる。
 考えれば我は子らに魔物との戦闘方法をれくちゃーし、ヘビもおいかけっこの相手をしておったきが……自分から関わっておったことに頭を抱えた。そんな我に構わず輝石は楽しそうに自身の腹をなでる。

 

「ナズナも魔王と遊びたいよなー」
『……もう、名付けたのか』

 

 ききなれない名にヘビと輝石の腹をみ、目をあわせる。笑みをむけられた。

 

「うむ、男女どちらでも大丈夫なようにスティがな」
『七草粥をたべていたからとかではなく?』
「あっははは、スズの時はそうだったな。でも地面で育つものから名付けた方が私みたいに根強く生きそうとか言ってたぞ」

 笑いながら輝石がポケットからとり出したのは、押し花にされた菜の花のしおり。
 たしか『影騎士』を襲った時にヤツも手に持っておったな。戦闘中に手放し、酷く焦っていたところを刺した覚えがする。過去に胸がまたざわつくと無意識に『ヘビ』と呟いた。

 低い命に、ニメートルほどに伸びたヘビがとびだし、輝石にとぐろを巻く。だが、身籠った身体をしめつけることはせず、ゆっくりと床にたおすだけ。輝石は瞬きする。

 

「どうした、やっぱりダメか?」
『普通に考えればな。長きつきあいがあるといっても我らは魔物。主は我らを信用しすぎだ』

 

 そう、コヤツは信用しすぎなのだ。
 十年前の件があっても頻繁によんではなにかと世話をやき、よからぬ事態に巻きこむ。それが酷く不愉快にかんじることもあれば安堵することもある。それがいっそう“我”とは“なにか”を見失うのだ。

 

「貴様が魔物だとこだわるように、私も人間だと思っていることに変わりはない……少し長生きな人間だとな」
『……』
「それに、呼べば応えてくれて、体調を気遣う優しさも持っていることは十年の歳月で貴様自身が見せてくれて知ったことだ。だから安心できる。ナズナが生まれても私がいなくなっても、魔王とヘビは国と子供達と一緒にいてくれるとな」

 

 我を見上げる微笑こそかわらない。コヤツはまるで気象だ。
 喜怒哀楽が激しいというのか、晴れ、曇り、雨、雪、朝日、夕日、夜と、違う顔をみせる。そして最後は結局曇もない晴れ晴れとした笑みをむけるのだ。いつか訪れる最期に抗うことがないよう、人という短い生を楽しむために。小さな息をつくと輝石の鼻と鼻をくっつけた。

 

『……よき評価をもらえるのは素直に嬉しくはあるが、いなくなるなど不吉な発言はするものではないぞ』
「あいつらには内緒だ。本気で血相を変えて怒るからな」
『どうせ主が死ぬというならアヤツらの愛が重すぎてだろ』
「うむ、『愛重死』とか『イきすぎ死』とか最悪……んっ」

 

 くすくす笑っていた唇に唇を重ねた。
 突然のことに戸惑うような声が漏れたが、顎を手で固定すると舌を伸ばし、口内を掻きまわす。思考がヘビにも通じておるのか、輝石の両手と両脚だけをきつく縛ると、スカートのなかに潜りこんだ。

「ちょっ、ちょっと待とうかヘビ君っああ!」

 

 悲鳴にスカートを捲くると、ヘビはショーツ越しに頭から秘部をつついていた。コヤツの素足をみるのも久しいな、などおもいながら肩紐をはずし、カットソーを捲る。大きな乳房が零れると輝石の顔が真っ赤になった。

「ま、魔王までなんだ!?」
『せっかく家庭教師とやらをやってやろうとおもったのに主が不吉な発言をするからだ。今のうちに手付金代わりに主の身体をいただくことにする』
「ちゃ、ちゃんとした……あ、お金か……イズの菓子ああっ」
『貰えるのなら楽しいものがいいにきまっておろう。我とヘビのぶんな』

 

 小さく笑いながら柔らかな乳房を中央によせ、両方の先端をちろりと舐める。びくりと身体を輝石がゆらすと先端もすぐに尖った。それをまた数度舐めながら、片方の手でショーツに隙間をつくり、ヘビが頭を突っこむ。

 

「ああっ……だから……ヘビっん!」

 二又の舌で愛液を舐める音に、ヘビもえらく輝石をきにいっておるのがわかる。
 口元に弧を描きながら片方の胸の先端を吸い、片方の先端は爪で擦ると、輝石は喘ぎをあげた。下腹部からは蜜を零し、真っ黒なヘビに艶やかな光ができる。

 

『えらく感度がよいな……ああ、安定期にはいるまでアヤツらはおとなしいから、ヤるのはひさしぶりか』

 

 胸を揉みしだきながら耳元で囁くと輝石は顔を真っ赤にさせる。
 さすが毎日のように抱かれておっては妊娠中はたまるか。それは旦那共にもいえそうだが、コヤツも相当だな。
 くすくす笑っていると真っ赤にさせた顔で輝石が睨むため、濡れた秘部に指をさしこんでやった。横からヘビの舌つきで。

「ああっ!」
『激しいのがのぞみならやってやるぞ。乳房をヘビで縛り白き乳を噴出させてもいいし、秘芽を咬んでやってもいいし、長い我の舌で最奥までついて蜜を飲み干してやってもいい』
「あっああンン……」

 

 膣内で指を動かし耳元で囁いておるだけで輝石は身体をひくつかせ、蜜を我の手とヘビのうえに零す。かなりの“どM”に調教されておることに、囁いた行為をすればコヤツはどうなるのか。また、旦那たちとは違うモノをさしこめばどんな顔するのか……考えるだけでも愉しくなる。
 本当十年前からおもしろいヤツだ……そんな愉快な女が。

『なぜ……魔力をもっておらぬのだろうな』
「はぁっ……んん!」

 

 耳元で呟いたせいできこえてしまったらしく視線をむけられるが、耳孔に舌を這わせる。
 自分が魔でなければ、コヤツが人でなければと唯一おもう。いや、せめてこの世界の人であれば身体が死しても魔力が世界を漂う。それを捕らえ我の下に縛ることができたであろうに、コヤツは“異世界の輝石”。ただの人で、我のなかに“おもいで”など、くだらぬものだけを遺して逝くのだ。

 

『笑止……やはり我は魔であるな』
「魔王……っん」

 

 我をうつす漆黒の瞳に小さな笑みをうかべると、膣内からぬいた指を輝石の口元につけた。反対の手はカットソーとスカートをもどし、大きな腹をなでる。その腕にヘビが巻きつくと赤の双眸を細めた。

 

『──煉獄の鎖(プールガートーリウム・カテーナ)』

 黒い炎でできた鎖が地面から現れると、上空でおなじ数百の矢とぶつかりあい爆発がおこる。
 その音に生じて真後ろからの黒い切っ先と穂先は影の壁で塞ぎ、真上から落ちてきた斬撃は魔物を身代わりに避けた。ものの数秒のできごとに輝石は戸惑うが、黒き竜がゆれる旗へと着地した我とヘビは口元に弧を描く。

『嫁を放置してのバカバカしい会議は終わったのか──『四大の騎士』』

 

 我の声に輝石の前に立つ赤、青、茶、そして上空で弓を構える緑は眉を顰める。ああ、間違えた。二名ほど騎士ではなく街の長老であったな。

「てっめー、今なに考えやがった!?」
『ほう、我の思考をよむとはなかなかできた男ではないか『騎兵』。しかし主ら、嫁を巻きこむき満々の攻撃をしおって、実は愛しておらぬのか?』
「もちろん、可愛いヒナタさんを護る壁ぐらい張っていますよ。本当はアナタを捕らえたかったのですが……」

 

 『空騎士』の細められた翡翠の瞳は我ではなく床をみている。それだけで理解すると『赤騎士』と『影騎士』に切っ先をむけられた。

 

「ヤツは後で斬るとして今はお前だ。ヒナタに手を出したことを後悔させてやる」
『誤解しておるようだが、主らの嫁が淫乱なのがわるいぞ』
「なに言ってんの……ヒナさんに触れただけで死なのに、淫乱にさせるボクの役まで奪ったなら生き地獄を味合わせて影世界を崩壊させて他の五人まとめて抹殺して骨を砕いて城壁の一部になるしかないよね?」

 

 いや、何が『ね?』だ。コヤツの頭はいったいどうなっておる。
 そんなため息をつきながら手についた愛液を舐めていると、上体をおこした輝石の顔が真っ赤になった。それを見逃さぬ旦那たちは察したらしい。一斉に剣をむけられるが、微笑を浮かべた我の背後にも数千の魔物が現れる。

 

『主らがヤりたいというならば好きなだけ無駄なだけコヤツらに相手をさせよう。我は逢引を終えたことだし、さっさと帰るがな』
「あ、逢引きだと!?」

 

 『赤騎士』の焦った声に全員が輝石をみるが、必死に首を左右にふっている。

 

「ち、違う違う! ちょっと頼みごとをな!! なあ、魔王!!?」
『ああ、愛人(アミークラ)になろうという頼みを受けて襲っ……おっと、秘密であったか』
「ちょ、魔王「「「「愛人……?」」」」

 

 面白がるように手を口元によせるが『四大の騎士』から溢れる殺気が我と輝石にむけられる。冷や汗をながす輝石のように、さっさと我も逃げようと影を纏うが、おもいだしたことをいった。

 

『そうだ輝石。手付金不足はまたあとで貰いにいくぞ』
「あ、あれで終わりではないのか!?」
『当然だ。我をなんだとおもっている』

 

 我の笑みに陽の光さえも塞ぐ黒い闇が空を覆った。
 似た光景をみたことがある輝石と『四大の騎士』が息を呑むなか、我は暗闇と同化するように姿を消していく。そう、我は──。

 


『人より強欲な魔の王だ』

 


 一度では終わらない。欲がつづく限りやめはしない。
 人とおなじように欲にまみれた魔。その最たる王なのだから──。


 

* * *

 


 灯りもなにもない暗闇の世界。
 影の世界とは違い完全なる“闇”。生まれた時から共にあった世界は居心地よく、玉座に背を預けたままヘビの顎をなでていると、深い眠りにつけそうだ。

 

「や~ん、御臨終するには早いなりよ~」
『……主のイヤミを聞けば誰もが黄泉から帰還できそうだがな』

 ヘビが威嚇の音をならすように我もひらいた目を細める。
 なんの苛めか、眩しい七色を放つ光の影から現れたのは漆黒の髪と十字の鎖をゆらし、赤の瞳をもつ男、第十四代アーポアク王である黒王。
 輝石とは違う笑みしか浮かべない男はポーチから紙とペンをとりだすと我にさし出した。履歴書を。

 

「えっとね、住所は知ってっから来れる時間帯と得意科目とか書いて……あ、給料だけど、ヒナの等身大チョコとかどうよ。おっぱいまでリアルに再現『ヘビ』

 

 ニメートルに伸びたヘビが黒王にとぐろを巻き容赦なくしめつけると『や~ん』と悲鳴があがる。だが、その顔はニヤニヤと、きいていないのが明白だ。構わず我も用件だけを話す。

 

『今のところ東(オリエンス)の南十字(クルクス)、南(メリーディエース)の白詰草(トリフォリウム)は機能しておるようで問題はない。だが、西(オッキデンス)と北(ノルテ)は予想外だ』

 

 それは同胞たちの動き。
 すべての魔物は我の魔力から生まれるせいか、どこにおるかなど捕捉するのは容易い。どうじに減り具合によって各国の情勢もわかるのは一種の裏切りにちかいであろう。だが、魔物を……野放しになった魔力を減らすとコヤツと手を組んだからには目を瞑るしかない。
 そんな報告にヘビを退かした黒王は、ぽーちから台形のちょこをとり出すと口に放りこんだ。

 

「西の虹薔薇は放っておいていい。北の歯車も内戦で忙しいみてぇだから、理性のある魔物は引かせとけ。巻き込まれて死ぬとか最悪だかんな」
『……了解した』

 

 淡々と語る男は『世界の皇帝(ムンドゥス・インペラートル)』であるはずなのに魔物を庇護する発言が多い。さきほども『空騎士』から我を救ったりと輝石以上に読めぬ男。だからこそ訊ねた。

 

『……主にとって我はなんだ? 魔物か? 協力者か?』
「ん~……アーポアク王としていうなら敵なりね。滅ぼすべき敵」

 

 もごもごと口を動かしながらむけた赤の瞳は細く、一国の王としては充分すぎる威圧感。背筋に寒気がはしるが、続きを促すと指についたちょこを舐めた男は舌をだしたまま笑みをむけた。

 


「世界王としていわせてもらうんなら──“民(ウルグス)”」


 大きく目を見開いた。
 それは疑うべき言葉だったかもしれぬが、黒王はぽーちからまたちょこをとり出すと我にむけて投げる。膝に落ちたのは月と白うさぎの模様が描かれた台形のちょこが二つ。凝視する我らに黒王は十字架をにぎった。

「この世界の頂点に立つのは俺で、その下で生活する魔物(おまえ)達も護る義務がある。そして民であるお前も俺を助ける義務がある。だからこそ協力する。OK?」
『……世界を護るのに必死なら妻を奪取するのは楽そうだな』

 小さく笑いながら包みからちょこをとり出すと、ヘビの口に、自分の口に放り投げる。瞬きする黒王を余所にペンを持つと大きな声が暗闇の世界にひびきわたった。

 

『魔王ーっ! ちょっとこーーい!!』

 

 悲鳴にもきこえる輝石の声に黒王は顔をあげるが、我はくすくす笑いながら立ちあがり、肩にヘビを乗せる。頬ずりしながら影を纏いはじめると黒王はかわらない笑みをむけた。

 

「なに、七人目に立候補すんの?」
『そんなの愉しいはずなかろう。我は主らのしらぬところで逢瀬を愉しむだけだ』
「や~ん、やっぱ今すぐ滅ぼ『断る』

 

 遮りに黒王は驚いているのか目を少し大きく開けている。珍しい顔に口元に弧を描いた我は消え去るまえにいった。

『手付金の半分を受けとった今、滅ぶわけにはいかぬ……仕方ないがな』
「……ウソつけ」

 

 互いに意地の悪い笑みをむけると我は姿を消した。玉座に、必要事項を明記した履歴書だけを残して。

 


 とびだした先は青からおれんじにかわった空。
 なぜ空は青いのか。いや、ただ暗闇を生きてきた我らにとって明るすぎるだけなのだ。今もまた暗闇で覆いたくなるが、真下におる者の不貞腐れた顔がみえなくなるからするわけにはいかぬ。

 

 人の形をなし、漆黒の髪に褐色の肌。だが人とは違う尖った耳と力を持つ我は人でもなければ黒き同胞とも違う。それでも漆黒の瞳で真っ直ぐ我だけをみる者がいる。他でもない我だけの名を呼ぶ者がいる。この地にいることを許してくれた者がいる。

 

 魔である我に喜びを与えた主の願いならば、我の最期がくるまで国と子らと共にあることを誓おう。その最期はきっと今の主のように晴れ晴れとした笑みを浮かべ、この地に、世界に生まれてきてよかったのだと大きな奇跡に包まれておるだろ……だがそれはまだ先の話。

 それまでは内緒の姫君(レーギス)になっておけ────。

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