top of page
破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

番外編*満面蒼昊

 それはコロコロ変わる不思議な色。
 人々の前では白。私の前では桃。たまに黒。
 天気のように移り変わる色。

 

 けれど──。

 


* * *

 


 赤の楼閣が目立つ、ラズライト『宝遊郭』。
 向日葵生地に白帯の着物を纏い、藍色のネックレスを胸元で揺らしながら四階まで上がる。昼下がりでも泊まり客とのアハンな声と姿が複数の穴が開いた襖障子のせいで丸見えのせいか、急ぎ上の階へと足をかけた。
 すると『ぐえっ!』と男の声。次いで襖障子が大きく開かれた。

 

「はーは!」
「スズー!」

 

 無邪気な藍色の双眸を向ける我が子の登場に満面笑顔で両手を広げると、跳びついてきたスズナを抱き留める。紺青髪を撫でながらモチモチほっぺと頬ずりした。

 

「相変わらず大人しく出来ぬ子めー」
「あい! スズ、げんき!!」
「うむうむ。それは良き事だが、障子に穴を開けてはならんと言っただろ」
「ちーち、がんばってなおす!」
「ははは、また飛ばされるぞ」
「ちょ、待てこらっ!」

 

 廊下で笑い合っていると、開いた襖障子から上半身裸のガタイ男が苛立った様子で出てきた。胸元を隠した姐さんが慌てて止めるのを見るに、アハン中だった客のようだ。

 

「てめぇのガキか!?」
「言わずもがなだが、何か?」
「何かじゃねぇ! よくもイイとこで踏みやがって!! どうしてくれる!!?」
「また頑張ればいいんじゃないか?」
「ふざっけんな!」

 

 スズナと頷き合うと、襖障子を壊した男が大股で私の元へやってくる。頭二つ分はデカイ男は頭に血が上ってるようでヘアゴムに手を当てるが、その手を掴まれた。

 

「痛っ!」
「はーは!?」
「いいぜ、無礼を働いた子供の責任は母親の身体で「誰が誰の妻をどうするって……?」

 

 冷たい声と共に影が男の背後に集まる。
 黒い切っ先が顔を寄せる男のうなじに刺さり、血が垂れだした。顔面蒼白となった男に『解放』した切っ先を向けるのは、青髪に鋭い藍色の瞳。青の中羽織を肩に掛け、空色の着物が開けた胸元で漆黒の宝石が付いたペンダントを揺らす旦那。

 

「スティ!」
「ちーち!」
「カカカカレスティージ様っ!?」
「死ぬの? 死ぬよね? 死ぬしかないよね? 死ね」
「ぎいやああああーーーー!!!」 

 

 『死ぬの?』辺りでスズナに両手目隠しされるが、断末魔のような悲鳴に慌てて退ける。が、既に男の姿はなく、血も飛び散っていない。辺りを見渡す私から降りたスズナは、刀を手の平黒ウサギに戻したスティから青ウサギを受け取る。

 

「スズ……ずっと持っとけってボク言った……なんのために仕込み刀を入れてる」
「あい、ごめんしゃい」
「こらこら! 今なんて言った!? 青ウサギに何か仕掛けたのか!!?」
「あと障子……帰ったら覚えとけ」
「スルーするな! それにさっきのおと……っん」

 

 聞き捨てならない台詞を咎めるよりも先に、男に握られた手を掴まれ、手の甲を舐められる。冷たい舌に身体が揺れると、スズナと姐さんが階段を下りて行った。四階が静かになる。

 

「ん……スティ」
「汚い手が……ヒナさんに触れたから……消毒」

 

 先ほどとは違い、柔らかな笑みを向けるスティは手の甲を何度も舐め、衽を払って露になった太股を反対の手で撫でる。優しいはずなのに、舐める舌と指がショーツに当たる度に身体がひくつく。

 

「どうしたのヒナさん……もしかして他にも触られました?」
「さ、触られてなど……あっ」

 

 両手を廊下の手すりに置かれると、肩に顔を埋めたスティがいつものように首筋を舐める。昔と変わらない舐め方と舌使いで証を付け、終えると口付け。腰に腕を回し、深く何度も口付けるが、まだ上から落ちる口付けに慣れない。
 身長も私を越え、大きくなった身体に包まれるだけで頬が熱くなっていると、顔を覗かれた。

 

「ヒナさん……ボク……小さいままが良かった?」
「そ、そりゃ……ん、小さい方も……あ、良かったが……」

 

 唇が離れ、舌先が白い糸で繋がる姿はもう可愛いと言っていた“子供”ではなく“男性”の顔付き。動悸は速まるばかりで、笑みを向けられるといっそう頬が紅潮する。

 

「大丈夫……屈めば一緒だから」
「は……あっ、こらっ!」
「ダーメ……」

 

 帯を解くスティを怒るが、制止を掛けられ止まる。
 ここで暴れたら帯で両手を縛られるのが見えているからだ。

 ぐうの音も出ないでいると、くすくす笑う声と一緒にブラをしていない乳房とショーツが露になった。胸元のネックレスに口付けが落ち、谷間に舌を這わせながらショーツの中に指が入り、秘部を擦られる。

 

「ス……スティ……こんなとこ……で……あんっ」
「ここは遊郭ですよ……声も愛液も……我慢しなくて良い場所です」
「そ、そうでは……ああっ!」

 

 胸の先端に吸い付かれ、秘部を擦っていた指も膣内に挿入る。
 遊郭は遊郭でも廊下では意味が違うと声を我慢しようとするが、舐める舌と愛液を混ぜる指の動きに快楽が上ってきた。

 

「ああっ……あん……っん」
「可愛い声……もっと聞くには……こっち?」
「んっ……あぁあっ!」

 

 先端から口を離し、腰を屈めたスティの肩から中羽織が落ちる。同時にショーツを下ろされると両脚を開かされ、内股に垂れた愛液に舌が伸びた。

 

「ああぁ、あっ……」
「舐めても……また入り口から……どんどん出てくる」
「スティ……っとめ……て」
「舐め終わってからね……」
「ひゃ……ああああっーーー!!!」

 

 直に秘部を舐められる刺激に身体が大きく跳ねようとするが、両脚を掴まれていては敵わない。見下ろせば股に顔を埋め、零れる愛液すべてを舐めとっていく男。
 隠れていない藍色の瞳と目が合うだけで愛液は増し、羞恥と快楽で身体が弓形になると世界が真っ白になった。

 

「あ……イっちゃいました?」

 

 顔を離したスティは唇に付いた愛液を舐め取ると腰を上げ、片手で抱きしめる。息を荒げる私の頬と唇に口付けながら自身の帯を解き、胸板と乳房、蕩ける愛液も膨れ上がったモノと重なった。


「あっ……!」
「“とめて”──だよね?」
「あああぁぁっ!」


 抱きしめたまま片脚を持ち上げられ、即座に挿入される。
 時間も場所も関係なく響かせる声と癒着を繰り返す音。膣内を攻める肉棒も以前より大きくなり、コロコロ変わる表情のように違う彼を教え込ませる。けれど、薄れ行く意識の時だけ見える表情。

 

 それだけは昔と変わらず頬を赤らめ、満面蒼昊(あおぞら)のような微笑──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~


 

 雲もない満月が見える夜。
 『宝遊郭』の灯りがラズライトを照らすが、裏手に造った|離れ家《いえ》は木々に覆われ、灯りを入れることはない。けれど今日は提灯が寝室を照らしていた。夜に慣れたといっても完全ではないから。

 

 両脇にはクッションが積み重ねられ、中央には布団が一組。
 片肘を布団に付け、上半身裸で寝転がるボクの隣には裸体に青の中羽織を掛けて眠るヒナさん。

 遊郭で意識を飛ばしたが、ボクとスズが散らかした+ポテチを食べながらトランプするイズ様家(ファミリー)がいた我が家を見て覚醒。全員がハリセンで叩かれ掃除に買出しに走らされた。
 その後すぐ晩御飯の用意とかヒナさんパワフル。主婦スゴイ。

 

 だから、お風呂と布団の上で疲れを解してあげた。
 ずっとずっと一緒にいたいけど、自分と子供日以外で夜這いに行ったらハリセン刑+来週来ません刑が下るから、いっぱいいっぱい愛す。今日はボクのモノだから。
 頬や首筋に口付け証を付けていると、片脚に小さな輝石がへばりついてきた。

 

「ちーち、もーいっかきゃい!」

 

 勢いよく片脚を上げると、スズが宙を飛ぶ。そして片脚にガッチリと捕まり、また飛ばす。たまに着地を失敗して畳にぶつかるけど、何度も戻ってくる。

 

『うわっ、タフに育って──っ!?』

 

 宙に飛ばしたスズの背中を足の甲で勢いよく蹴り、寝室を、居間を越え、玄関まで一直線に飛ばす。慌てて影から現れた声の主=サスティスが受け留めた。

 

「ちょちょちょ! 心臓に悪いことしないでよ!! 虐待よ!!?」
「さってぃーん!」
「タフに育ってるだろ。あと、ヒナさんが起きるから静かにして……昼間のヤツみたいに殺されたいの?」
「そういえば瀕死の男が運ばれ……なんでもないわ」

 

 元気に両手を上げるスズと、身じろいだヒナさんに口付けるボクにサスティスは口元を押さる。けれどすぐ呆れた様子で溜め息をついた。

 

「ホント、ヒナっち一筋なアンタがパパなんて驚くわ。子供嫌いな上に絶対邪魔とか言って避妊してると思ったのに」
「してたよ」
「そうそう、やっぱして……え?」

 

 目を点にするサスティスのツインテを楽しそうにスズは引っ張る。
 構わずヒナさんに跨ると、首筋から胸元まで舌を這わせ、ビクビク動く身体を両脚で押さえた。両手で乳房を中央に寄せると両先端に吸い付き、口内でミルクを零させる。

 

 そう、他がどうかは知らないけど、ボクは避妊してた。
 サスティスが言うように子供は嫌いだし、ずっとヒナさんを独り占めしたかったから、中出ししても奥までいかないよう魔法かけてた。けど、イズ様を筆頭に子を生し続けてきたヒナさん。今までとは違う喜びを見せる彼女と皆を見て、ボクは知ってしまった。

 

 ボクは子供が嫌いなんじゃない。
 “生まれてくる”のが怖いと。

 

 二歳の時に捨てられたボクは愛なんて知らない。
 イズ様とチェリミュ様から受けたのは確かに愛情だったかもしれないけど、それをボクが誰かに注ぐことは出来ない。だって怖い。何かの拍子で簡単に手放し、死んでしまうイキモノだから。

 

「っあ……ん……スティ」
「あ……ヒナさん……起きちゃった?」
「ん……どうした……泣きそうな顔して」

 

 ボンヤリとしながらも暖かな手がボクの頬を撫でる。
 出会った時と変わらない手。ボクが心を許した女性。既に八人の子を生した彼女にボクは正直に話した。怒られるのを承知で子供が、生まれてくるのが怖いと。でもヒナさんはあっけらかんと言った。

 

『そんなもんだろ』
『え?』
『何をするにも恐怖はある。ましてや命が関わるのだからな』
『それは、そうですけど……』
『ふむ……なら、スティ。私が好きだと言うなら抱きしめてくれ』

 

 両手を広げる彼女に迷うことなくボクは抱きしめた。
 大きくなったボクの胸板に簡単に埋まったヒナさんは、いつものように優しい手で髪を撫でる。

 

『うむ、ありがとう……それだけで充分だ。別に子を作らなくても、それだけが夫婦ではない。私とスティはこれで良いではないか』
『でも……』
『スティが私を好きだと、こうして抱きしめてくれるだけで幸せだ。それ以上何を望む。幸せと思える瞬間(いま)が最高の時間だぞ』

 

 そう微笑む彼女の当たり前な言葉にボクは目を見開くと気付いた。
 今、抱きしめてる身体が、口付ける箇所が、すべての彼女が“愛”そのものだということに。“愛している”と何度も言った。充分彼女に注いでいたはずなのに……ああ、なんて滑稽なんだろう。

 

 その日、はじめてボクは避妊などせず、止めていた“愛”を、すべてを彼女にあげた。惜しまない愛を。そうして願い、生まれたのが──。


「ちーち、はーは!」
「ス、スズ! こんな場面を見るな!!」


 恥ずかしそうに顔を両手で覆うヒナさんと、跨るボクのところに小さな輝石が駆け寄ってくる。その輝石が生まれ、彼女の両手からボクの両手に納まった時、ボクは涙を流した。
 とても小さく、か弱い“命”が無邪気な笑顔を見せてくれたから。

 

「スズ……弟か妹……欲しい?」

 

 突然の問いに、ヒナさんもサスティスも目を丸くする。でも、数秒考える素振りを見せたスズは大きく頷いた。

 

「あい! スズも“おにいちゃん”なる!!」
「……だ、そうです。ヒナさん頑張りましょう」
「が、頑張りましょうって……ちょっ……ああっ!」
「ス、スズナ! 今夜は騎舎に泊まりにきなさい!! 父と母は忙しいみたいだから!!!」 

 

 ヒナさんの両脚を屈曲させ肉棒で秘部を擦ると、空気の読めているサスティスが慌ててスズを呼ぶ。キョトンとする息子にボクは青ウサギを持たせた。

 

「いっといで……明日の昼に迎え……行くから」
「……あい、いってきましゅ!」
「サスティス、ついでにゴミ出しといて」
「はあっ!? なんであたしがそんなこ……わかったわよ!! 明日の仕事置いとくからね!!!」

 

 視線に顔を真っ赤にさせたサスティスは持っていた書類を叩きつけるかのように置くと、スズを抱き上げ、ゴミ袋を持って出て行った。
 静かになった部屋はボクの溜め息だけが響くが、身体をヒクヒクさせるヒナさんに気付く。

 

「ス、スティ。今日はどうした……?」
「……いつもと変わりませんよ」

 

 着物をすべて脱ぐと前屈みになり、口付けを交わす。
 息が上がるほど何度も繰り返しながら肉棒も膣内へ、奥へ奥へと沈めた。

 

「んんっ……あ゛あ゛あぁっ……スティっ」

 

 提灯の光で淫らに映る姿に前髪を掻き上げると、一段しかない棚が目に入る。ボロボロになった大きな黒ウサギと小さな編みウサギ。そして立て掛けられた写真に頬が緩んだ。

 

「ヒナさん……」
「ンンッ……」

 

 答えてくれているのか、気持ち良さに負けているのかわからない声に笑うと、両手を握り締め、耳元で囁いた。

 


「大好き……愛してる……」
「ひゃああああぁぁぁっっ!」


 

 官能な声はボクのすべてと繋がった証拠。
 何も考えられなくなるほど真っ白な世界へと誘う中で、ボク自身も知らない表情で彼女を抱きしめているのだろう。

 

 ただ一人、愛する妻(アマーレ・モーリェ)にしか見せない笑みで────。

bottom of page