異世界を駆ける
姉御
番外編*未来の輝石
*時が流れて――(第三者視点)
快晴の空と太陽の下、円を描くように聳(そび)え立つは巨大な壁『天命の壁』。
外側からは決して覗き見ることは叶わない『世界の始祖』の国、アーポアク。そんな国で唯一自由に飛べる五羽の黒い鳥が、四方と円柱城へと向かう。
それは大切な輝石からの伝言。
静かに舞い降りた黒鳥を受け取った小さな両手達は、急いで伝えようと一斉に駆け出した。
「父様ーっ!」
大きな声が鮮やかな花と香り漂う庭園に響くと、樹木の手入れをしていた男が木から下りてくる。太陽よりも明るい赤髪についた緑の葉を掃うと、夕暮れのような茜色髪を持つ一三十センチほどの少年が駆け寄ってきた。
髪は肩までだが、左房だけが少し長い。
白の長袖シャツに紅色のベストはキッチリとボタンで留められ、襟元には赤色の細リボン、黒のハーフズボンを履いた少年。息を切らす彼の頭に大きな手が乗る。
「落ち着け、アサヒ。母様みたいに奇怪なことでもしたのか?」
「わ、私はあんな珍妙なことは……じゃなくて、その母様が今日帰ってくるそうです。フィーラ父様」
笑顔と一緒に赤の瞳を向ける息子アサヒに、腕捲くりしていたシャツを直した父アズフィロラも笑みを浮かべた。
「そうか……また騒々しくなるな」
「それ、母様に言ったら確実にハリセンが飛びますよ」
「内緒にしておけ。だが、そうなるとヤツらも一緒だな?」
首元で光る緋色の輝きと漆黒のチョーカー。
それらを赤のスカーフで隠すと赤の双眸が細められた。アサヒも眉を上げると嫌々に頷き、溜め息を付いたアズフィロラはテーブルに置いていたマントを手に取る。
「では、先にヤツらと他を斬ってから母様を攫おうか……そのためにも、アサヒ。ちゃんと付いて来るんだぞ」
口元に弧を描いたアズフィロラは大きく振り上げたマントを羽織る。
巻き起こる風に花弁と葉が舞うが、アサヒの目は紅色のマント、翼を持った竜と剣を捉えていた。誇り高き東方ルベライト騎士団団長の象徴を纏う父は、彼が生まれた九年以上も前から街と国、母を護る騎士だ。偉大な父の周りに炎が舞うとアサヒも意を決したように頷く。
「はいっ!」
心強い返事に合わせ、アサヒの足元には小さな炎が円を描く。そして、宙を飛ぶ父の元へ、帰ってくる母の元へと飛んだ――。
暖かなルベライトとは一変、猛吹雪が舞う北方ベルデライト。
ニつの足音が地下へと続く階段に木霊し、小さな両手でドアを押した。薄暗い階段とは違い、明るい光に覆われているのは縦にも横にも本棚で埋まった地下書庫。本城よりも小さいが、充分すぎる大きさと量だ。
積み重なった本の隙間を慣れた足取りで進む二人は、中央付近の床に座り込み、黙々と本を読む大と小の影を見つける。オレンジのファー付きコートを着た銀髪のショートボブに深緑の瞳。一十五センチほどの少女は大きく息を吸うと叫んだ。
「パパーっ! セツ兄ーっ!! 読書ストップですーーっ!!!」
大きな声が木霊するが、胡坐をかいた大きな身体も股に座る小さな身体も反応はない。ピシッと苛立つような音が聞こえると、肩下までのウェーブが掛かった銀髪を揺らしながら、ピンクのファー付きコートを着た百センチほどの少女が二人に体当たりした。
「おっと! なんだよ、ルル……」
「かえってくりゅの~!」
小さな弾丸に持っていた本を落とされた灰銀ショートのセツは銀縁眼鏡を上げる。次いで妹のルルを抱きしめるが、二人と同じ翡翠の双眸を持つ男はペラペラと本を捲る手を止めない。若芽色のファー付きコートを着たセツが手を左右に振るが効果はないようで、苛立った様子でいるもう一人の妹に言った。
「キョウカ、構わない。やってくれ」
「了解です――!」
眉を上げたキョウカは兄妹が退くと同時に大きな『風玉』を男にぶつけた。
それは目前で掻き消されたが、右耳に光る漆黒のイヤリングを揺らしながら顔が上がる。三人の子供に優しい笑みが向けられた。
「どうされました?」
「ベルパパ……ママが帰ってくるって」
「屋上でむかえ頼む、だそうですです」
「おみやげ~」
呆れ、怒り、笑顔と違う顔に、父ラガーベルッカはまた笑みを向ける。
読んでいた本を閉じ立ち上がると辺りを見回した。肩下まで伸びた白銀の髪が小さく揺れるが、何かを探しているようにも見える。すると、一ニ六センチほどのセツが白のフード付きコートを手渡した。
「ありがとうございます。つい白緑を探してしまいますね」
「団長辞めて八年はたつのに、まだ慣れないんですか」
「せっちゅに~と、おないどし!」
「パパ、本当にオー兄より強かったですです?」
六歳と四歳の娘達は母と本ばかりの父が団長をやっていたことを疑っているようだ。そんな娘二人にフードを被せたラガーベルッカは自身もコートを着ると二人を抱き上げる。背中には同じようにフードを被ったセツが張り付いた。
「では、ママとのお楽しみ後に現団長を落としましょうかね」
微笑んだ父に、セツとキョウカは妙な寒気を覚えた。
だが、ルルの『ゴーゴー!』の声に浮いた身体が地下を、家を飛び出し、吹雪の止んだ快晴の空を飛んだ――。
せせらぎの音が聞こえる西方ラズライト。
赤の楼閣が目立つ『宝遊郭』の裏手にある数寄屋造りの離れも、まだはじまっていない遊郭のように静まり返っていた。が、突然大きく戸が開く音と声が響く。
「カレっちー! げっ、またえらく散らかしたわね……」
呆れた表情で玄関に入ったのは亜麻色のツインテールを揺らすラズライト騎士団副団長サスティス。
彼女の目には服やクッションが散乱し、空き巣が入ったかのような状態。だが、ヒールも合わせれば一六八にはなる彼女は背伸びをすると、奥の開いた襖の寝室に、掛け布団を被る物体を見つけた。
抱っこしていた水色の着物に群青の帯を巻いた九十六センチほどの子を下ろすと、身長の半分はある青ウサギを手渡す。
「よっし、行ってきなさい!」
「あい!」
襖の奥を指したサスティスに、肩下までの真っ直ぐな紺青色の髪の少年は笑顔で頷いた。
そのままクッション、テーブル、座椅子の上を容赦なく跳び回る。いっそう部屋が散らかるが、寝室へ辿り着くと青ウサギの両耳を握り、物体に向けて――叩いた。
「っ!!!」
声にならない悲鳴に拝むサスティスに構わず、バシバシと容赦ない音が続く。すると、大きな片手がウサギを掴んだ。
同時に掛け布団が落ちると、前髪は目に掛かるかどうか。後ろも肩に付くかどうかの青髪を揺らす男が上体を起こした。紺青色の帯も空色の着物も解け、細くも逞しい筋肉をつけた上半身が露になる。が、その藍色の瞳は鋭い。なのに同じ双眸の少年は笑顔を返した。
「ちーちーおきてー! はーはーきたくーおくじょー」
「ボク……聞いてない」
「本当よー。だって、スズナがカレっちのとこに向かおうとした鴉を潰し――っ!?」
瞬間、息子スズナの頭を掴んだ父カレスティージは勢いよく玄関に向かって投げ飛ばし、慌ててサスティスが受け止める。
「ちょっと、まだ三歳の子になんてことすんの! 立派なイジメよ!! デカくなった自分の腕力考えなさいよね!!!」
「うるさい……第一そんぐらいで泣くガキは育ててない――『水変化』」
「ちーちー、もういっかーい!」
元気に両手を上げるスズナにサスティスが脱力していると、青の中羽織を着て立ち上がったカレスティージを水が囲う。水飛沫の中で着物が紺色のコートに、中羽織が竜と満月――ラズライト騎士団団長を象徴する青のマントへと変化した。
一七三センチに伸びたカレスティージの胸元には漆黒のペンダントが光る。
手の平サイズの黒ウサギを腰ベルトに掛けていると、青ウサギを持ったスズナが駆け寄ってきた。溜め息をつきながら息子を抱き上げたカレスティージは静かに水を纏う。
「スズ……落ちてもしらないからね」
「あい!」
元気な返事と共に二人は水の中へと消える。
見送ったサスティスは散らかった部屋を見渡し、一瞬片付けようかと思ったが、妻に怒ってもらおうと離れを後にした――。
石造りの家々と露店が賑わう南方ドラバイト。
跳ねた茶髪のポニーテールを赤のリボンで結い、パープルチェックのポンチョを着た少女が『ドラバイト役所』に駆け込む。立ち止まると大きな声を出した。
「父ちゃっだ!!!」
が、最後まで言う前に分厚い本で頭を叩かれた。
一0八センチほどの少女は頭を押さえると、叩いた男を深紫の双眸で睨む。黄茶髪の前髪を上げ、眼鏡の奥にある紫の瞳を細めた男に。
「何すんだよ、手羽兄!」
「たいがいに親子共々誤変換をなんとかしろ。バカなのか? バカなんだな?」
「五歳のアンナにまでマジになんなよ、テット兄」
「アウィン父ちゃん! 母ちゃんが帰ってくるって!!」
伯父のテヴァメットスに向けたのとは反対の笑顔で、娘アンナは父エジェアウィンに抱きつく。
娘と同じように跳ねた茶髪は耳下辺りでカット、白のシャツはボタンが数個開けられ、濃茶のベストにズボンと靴。左手首には赤いハチマキと漆黒が輝くブレスレットが巻かれていた。エジェアウィンは片腕でアンナを抱き上げるとテヴァメットスに笑みを向ける。
「んじゃ、テット兄。いってくる」
「おいこら待て。仕事中だぞ」
「悪いけど、テット兄より嫁のハリセンが怖いんだよ」
「それ以前にクビにするぞ!」
「あんまカッカすんなよ手羽兄」
「お前らなーーーー!!!」
「「逃げろーーーーっっ!!!」」
完全に堪忍袋の緒が切れた所長に親子は楽しそうに飛び出した。
その姿に所員も客も笑い、地面に足を付けたエジェアウィンは『駆空走』で城を目指す――。
四つの細い楕円に、ひとつの大きな楕円が繋がるアーポアク城。
三十階にある宰相室では変わらず判子を押す音が響いていたが、周りに書類の束はない。すると、窓の外をスケボーで駆け上る男が目に入った男は判子の手を止めた。胸元まであるミントグリーンの髪を漆黒の宝石が光るバレッタで留めた男は窓を見上げる。
「なんか~今日は~上るヤツが多いね~さっきも~アーちゃん家~見たし~~」
「それはそうですよ。もうすぐ母上がお帰りになられますから」
淡々と告げられた話に、男はガクッと肩を落とした。
ズリ落ちた眼鏡を直しながら目先にいる一ニ十センチほどの少年を見る。
「ヒュウガくん……それ、早く言おうか」
「ダメですよ。バロン父上はまだ仕事が残ってますからね」
グリーンオパールの髪をおかっぱにし、父ヒューゲバロンと同じ白のローブと金色の双眸を持つ息子ヒュウガは、机に置かれた書類をペシペシ叩きながら微笑む。ヒューゲバロンはまた肩を落とした。
「ええ~僕~頑張って~五千枚は~片付けたよ~~」
「四十五にもなった大人がみっともない台詞を吐かないでください」
「七歳児に指摘される僕って……はいはい、片付けようか。一ヶ月も彼女と会えなかったんだからね」
「……はい」
互いに同じ笑みを浮かべた親子は窓を見る。
そこには彼らが待ち望んでいた女性を迎えるように晴れ渡った空があった――。
* * *
黒竜の旗が揺れる屋上には五人の大人と七人の子供達が揃っていた。
子供達は賑やかに話しているが、大人達は牽制し合っているようにも見える。そんな大人達にルルとスズナが笑顔で訊ねた。
「「なんで~おこってもが」」
だが、セツとキョウカに口を押さえられ退場。
子供組の元へ戻ってきた四人に、溜め息をついたアサヒは大人組を窺う。
「どう見ても母様の取り合いですよね」
「父ちゃんが勝つに決まってるじゃん!」
「父上も最高スピードで上げましたから、歳の割には頑張るかもしれませんね」
「ちーちーがんばー」
「あ、パパの笑顔が怖くなったですです」
「ベルパパとスティパパが一番こわいな……」
「にゃんで、ママひちょりなのにパパがろくにん?」
ルルの笑顔疑問に全員沈黙する。
チロリと子供組は大人組を見るが誰も何も言わない。だが、アズフィロラの手が腰の剣に置かれると、アサヒも眉を吊り上げた。
「ルル様、その答えは母様に。それと一番“やっかい”な親子がきますよ」
「アサヒ殿が一番危ないと思いますよ」
微笑むヒュウガにアサヒが嫌な顔をすると、地面に国旗と同じ黒竜の模様が描かれる。
同時に七色の光を放つと黒い両扉が地面から現れ、勢いよく開いた扉から三つの影が飛び出してきた。
「「「たっだいま~」」なーごふっ!!!」
小さな影二つはスルーされたが、大きな影は大人組全員の剣と拳を食らい、また扉の中へと逆戻り。大人気ない行動に子供組は唖然とするが、すぐアサヒの首、足に、二つの腕が巻き付いた。
「「アッサヒーーーー!!!」」
「ぎぃやああああーーーーっ!」
「あ、ズボンまで下ろされたですです」
「哀れな……」
「くろパンだ~!」
「ちょっと、イヅキ、ナツキ。十歳にもなって、それはやめとけって!」
「アンナ殿、あまり言うと我々に向かいますよ」
「ぎせーしゃーやあっ!」
はしゃいでいたスズナだったが、漆黒の髪をショートにし、黒のハイネックに白のジャンバー。黒のズボンと編み上げブーツを履き、白のストールを揺らす一四十センチほどの少年に青ウサギを奪われた。
「ほーれほーれ」
「スズのー! スズのー!!」
「イヅキ! お前っだ!!」
「自分の心配しなって、アサヒ。いつまでパンツ見せてんのさ」
「お前のせいだろ! ナツキ!!」
地面に俯けで倒れたアサヒの背に乗った少女はくすくす笑う。
漆黒の髪は胸元まで、頭には白と赤のリボンが付いたキャスケットを被り、シャツに膝までのオーバーオール。肩に掛けたパーカーを手に立ち上がったナツキはブーツ音を響かせながら同じ身長、顔、漆黒の瞳を持つイヅキから青ウサギを奪った。
「あ! 何すんだよ、ナツ姉!!」
「楽しむ前に母さんの手伝いしないとハリセン飛ぶよ。ほら、スズ」
「ありがとーナツー……ナツー!!!」
「この双子は……」
笑顔で青ウサギに両手を伸ばしたスズナだったが、ナツキがウサギを上げては下げる。その光景に起き上がったアサヒと子供組が呆れていると、開いた扉の奥から大きな声が響き渡った。
『ナツキー! イヅキー!! 土産運ぶの手伝えと言っただろうが!!!』
「「はーーい!」」
その声に双子は慌てて扉の中へと戻る。
一ヶ月振りに聞く第一声はやはり怒声で、剣を収めた大人組も子供組も苦笑する。しばらくして扉から現れた人物。
セミショートのハーフアップにされた漆黒の髪はアクロアイト石と金色の蝶のゴムで留められ、右耳には翡翠のイヤリング、ボタンが数個開いた白のブラウスの首元には赤のチョーカー、胸元には藍のネックレス、左手首には赤いハチマキと紫のブレスレット、左手薬指には黒の指輪が光る。
そして、黒のショートパンツにロングブーツを履いた女性は笑顔で両手を広げた。
「たっだいまーー子供達ーーーーっっ!!!」
第二声に固まった大人組を横切った女性は子供達に抱きつく。
きゃっきゃっと子供達の声が聞こえるが、大人組は無言。すると、大きな袋を抱えたナツキとイヅキが出てくると同時に、左手の薬指に光る漆黒の指輪を嵌めた男が楽しそうに現れた。
「あーらら、早速取られてやんの。さすがに一年は長かったからな」
「お前が勝手に連れて行ったんだろ、イヴァレリズ!」
「や~ん、俺は遅めの新婚旅行って行っただけで、それに付いて来たのはヒナなり。地球旅行とは言わなかったけど」
変わらない漆黒の髪と瞳の容姿を持つアーポアク王イヴァレリズに、アズフィロラは剣を構えるが、エジェアウィンに止められる。そんなヒナタがスズナを抱き上げていると、後ろから抱きしめられた。
「ヒーナーさーん」
「おお、スティ! スズ共に元気にしてたかんっ」
「はーはーぎゅー」
振り向いた瞬間、カレスティージに口付けられる。
冷たい舌が口内を巡り、青ウサギを持つスズナも胸元で頬ずりした。が、カレスティージの襟をラガーベルッカが引っ張った。
「こらこら、ウサギ。そこ私のポジションですから、退きなさい」
「ボクがヒナさんより大きくなったから……ラガー様、もう居場所ないですね」
身長差が十になった二人は火花を散らすが、ヒナタは構わずスズナと頬ずりする。すると左手首に同じハチマキを巻いたエジェアウィンと、ポニーテールをハチマキで結ったアンナが手を上げた。
「よう、女。おひさ」
「母ちゃん!」
「おお、アウィン、アンナもただいま。少し髪が伸びたなっん」
手を取られると引っ張られ、エジェアウィンに口付けられる。
その間にスズナが下りるとアンナが脚にくっつくが、後ろ足にルルとキョウカがくっつく。
「ママ~」
「おかえりですです!」
「んっあ……ああ、ルル、キョウカ。セツもただいま」
「おかえりなさい、ヒナタママ」
溜め息をつきながらも眼鏡を上げるセツも嬉しそうで、エジェアウィンとの口付けを終えたヒナタは屈み、三人を抱きしめる。そんな彼女の後ろからはラガーベルッカが抱きしめるが、その腕は強い。
「ちょちょちょベル! 苦しい!!」
「「「わわわわわ!」」」
「一ヶ月もいらっしゃらなかったのですから当然です。向こうでは一年……どれだけ王とシました?」
「…………」
「おや、回答がないのはいけませんね、ヒナタさん」
「んっ!!!」
決して後ろを向こうとはしなかったヒナタだったが、大きな手に無理やり向かされ口付けられる。それは貪るように激しく、手を離されたセツとキョウカはルルの目と耳を塞いだ。直後、大きなハリセン音。
「母上、向こうで一年過ごしても何も変わってませんね」
「変わってしまっては私ではなかろう。ヒュウガ、ちゃんとバロンは仕事してたか?」
「してたよ~だからキスね~~」
「本当だろうな……」
疑いの眼差しを向けるヒナタだったが、抱きしめるヒュウガが頷いたため頬を赤くしながらも口付けを交わす。その後ろでナツキとイヅキがアサヒを追い駆けているが、アズフィロラが止めに入った。
「まったく、父親共に成長しない二人だな」
「フィーラが弱いからじゃねぇか?」
「逃げ方がソックリだって父さんがニヤニヤで言ってたよ」
瞬間、双子の首根っこを掴んだアズフィロラは父親(イヴァレリズ)に向かって投げ飛ばす。三人の悲鳴が上がったが、気にせずアズフィロラはヒナタを抱きしめた。そんな彼の背を小さく叩くヒナタは苦笑する。
「フィーラ。子供には優しくな」
「すまないが、あの二人だけは無理だ。生写しかのようで腹が立つ」
「他の連中も似たようなものだろうに……んっ」
苦笑するヒナタの顎を持ち上げると優しい口付けが落ちる。だが、その口内と舌は熱く、すぐヒナタの息は上がっていた。それでも求めるアズフィロラと数度交わすと、目の端に映ったアサヒにヒナタは唇を離す。それから屈むと両手を広げた。
「ほら、アサヒ。おいで」
「いえ……どうぞ父様と……」
「遠慮してはダメだと言っているだろ。ほら、ただいま」
微笑む母ヒナタと父アズフィロラに躊躇っていたアサヒだったが、同じように笑みを浮かべると大好きな母の元へ駆け出し、腕の中へと収まった。
「おかえりなさい!」
それはこの場の全員が待っていた、会いたかった女性へ贈る言葉――。
* * *
「さて、ヒナタとの再会も済んだことだし」
「やりましょうかね」
「本気で……殺す」
「マジでやんねーと、オレはもう団長じゃねーからな!」
「僕も歳を考えるけど、引くわけにはいかないね~」
「んじゃ、やるなりか――今夜のヒナ争奪戦!!!」
イヴァレリズの大声と共に大人組は一斉に剣を抜き、上空でぶつかり合う。のなんざ気にせず、真下ではヒナタが笑顔で子供達にお土産を配っていた。
「まったく、十年経ってもヤツらこそ変わらんな。今夜は子供達と寝ると言うのに」
「ママ~、にゃんでルルたちのママはママなのに、パパはちがうの~」
「うむ、それを言われると辛いな。よーし、では集合」
ルルの言葉に子供達が同じ視線を向けたので号令をかけると、子供達は円を描くように座った。ナツキとイヅキも何も言わず座ると、ヒナタは子供達を見渡しながら座る。
「ちゃんと……と、決める前にナツキとイヅキを妊娠してな。診断で旦那がイズだとわかったからイズと結婚。のはずが、戦争がはじまってしまったんだ」
「せんしょ~って~まお~ちゃんと~?」
膝に頭を乗せるルルの言葉にヒナタは苦笑すると首を横に振り、真上を指す。見上げた先には上空で戦う六人の男達、もとい父達。ヒナタは両腕を擦る。
「魔王戦がどれだけマシと思ったことか……あれは地獄絵図だ。何しろ容赦なく『宝輝解放』はするし、山は斬るし、雪山も海も嵐を起こすし、地鳴りは鳴るし、血は流すし……でも、断トツにイズが強かった」
「父様……負けたんですか?」
眉を落とすアサヒにヒナタは黒竜の旗を見上げた。今日も堂々と揺れる一匹の竜に向かう五匹の戦いを思い出しながら。
「それが一週間ぐらい続いたせいか、さすがの私も大泣きしながら止めたんだ」
「止まったですです?」
「いや、止めてくれたのはジェビィさんだ」
「ジェビーはーは?」
青ウサギを握ったままヒナタの腕に寄り掛かるスズナに、子供達は地下の『研究医療班』班長の女性を浮かべる。母とは違う漆黒の瞳を持つ女性。
「うむ。爽やか笑顔で『戦うのは精子だけにしなさい』とな」
「しぇ~し?」
「パパの分身のことだ」
セツの説明にルルは頷く。まだ幼い子供達が既に知っているのもどうかと思うヒナタだったが簡単にと説明する。普通妊娠すると他の精子を受付ず消滅するが、体内に魔力を持つ、そして強い想いが運命を決めるこの世界では気合の入った精子もヒナタの胎内に居座り続け、次の機会を虎視眈々と狙っていたらしい。
「父上達の執念というヤツでしょうか……」
「父ちゃん達ならありえるわ……」
「んじゃ、戦争意味なかったじゃん」
「ジェビィ母さんの性格考えるとワザとっぽいけどさ」
顔を青褪めるアサヒ、セツ、キョウカ、アンナ、ヒュウガとは違い、ナツキとイヅキはニヤニヤ。そんな双子の額にデコピンが落とされ、双子は頬を膨らませるが、食らわしたヒナタはくすくす笑った。
「おかげか何かはわからぬが、出産後、繋がってないのに身篭ることが出来て、今では九人の宝物を貰った。それがお前達だ」
話しながら腰を上げたヒナタは一人ずつ抱きしめた。
悲しい顔をしていたアサヒも、頬を膨らませていたナツキとイヅキも、優しい腕と暖かさに笑顔へと変わる。そんな子供達にヒナタも微笑むと空を見上げた。
「父親は別々かもしれぬが、ずっと私の胎内に他の五人も居続けてくれた。だから、お前達にとって他の五人も父親に違いはなく、私にとっても大切な旦那だ」
「どの父様が一番とか……ないんですか?」
「んー……そうだな」
アサヒの声に立ち上がったヒナタがしばし考え込むと子供達の視線が刺さる。苦笑した彼女は口元に指を一本当てるとまた屈み、内緒話をするように言った。
「お父さん達には――秘密だぞ?」
微笑む母に子供達は互いを見合うと笑みを浮かべ、大きく頷いた。それは父達に言ってはいけない、母と子だけの秘密のお話――。
* * *
夜も更け、月がアーポアク城の一室にあるカーテンを照らす。
九人の小さな輝石達は何組も敷かれた布団の上ですやすやと寝息を立て熟睡。帰ってきた大切な母を囲って――いたはずなのに、大人一人分の穴が空いていた。
そんな輝石達には内緒の別室で手を伸ばす者。
その手はすぐに掴まり、手の平に口付けが落ちると全身に刺激が伝わる。
「ひゃああぁあーーーーっっ!!!」
「っ、ヒナタ……何回イヴァレリズのを……挿入た」
「や~ん……教えねぇよな、ヒーナ……ん、母乳もーらい」
「黒王っ……散々して来ただろ……んっ、こっちも出てきやがった」
全裸となり、俯けで汗と愛液を零すヒナタの意識は当に薄れていた。だが、後ろからアズフィロラに挿入され、白いミルクを垂らす乳房はイヴァレリズとエジェアウィンに吸われる。
「ほら、ヒナタさん……もっと舌を出して……」
「ヒナさん……そっち向いちゃダーメ……んっ」
「あっれ~……まだ狭いよ、ヒナタちゃん」
ラガーベルッカの肉棒に食いついていたヒナタだったが、後ろから抱きしめるカレスティージに抜かれると口付けを受け、首筋に吸い付かれる。さらにアズフィロラと代わったヒューゲバロンの肉棒が挿入され、喘ぎと刺激が増した。
両手にラガーベルッカとアズフィロラの肉棒を掴み、口にはカレスティージのを咥えさせられる。
子供達と寝ると言った彼女に戦いが無駄となってしまったが、子供達が眠ればこちらのものと言うように男達は愛しい妻を抱く。一人を除いて、一ヶ月も一緒にいられなかった旦那達の愛情は尽きることがない。そんな愛を必死に受け止めるヒナタの姿に男達は笑みを浮かべると囁いた。
「「「「「「愛してる」」」」」」
「っあああ゛あ゛ぁぁーーーー!!!!」
頬も全身も真っ赤にさせたヒナタの声に男達は愛を噴き出す。
十年前、自分達の元へと墜ちて来た愛しい女性に、忠誠を受け取った姫君に、そして世界でただ一人の妻に。
長い夜が今夜もアーポアクを幸福へと包む――――。
*十年後(補足)*
*ヒナタ(38)…変わらずアクロアイトに所属。曜日事に家が変わる。
*フィーラ(38)…変わらずルベライト騎士団団長。庭の手入れが趣味。
*ベル(40)…三年後、団長を辞め、本城の結界に専念。ヒナタがいない時は書庫が住まいになることもある。
*スティ(29)…変わらずラズライト騎士団団長兼メラナイト騎士団副団長。身長が伸びた。
*アウィン(34)…五年後に団長を辞め、実家の役所を手伝っている。ハチマキは娘にも渡したため短くなり、手首に巻いている。
*バロン(45)…変わらず宰相。息子のおかげで書類片すのは早くなったがストレスが溜まりやすくなった。
*イズ(38)…変わらず俺様誰様世界王様なり。のんびりくらり過ごし、新しい家といって無理やり本城に部屋を創った。
*輝石(子供)たち*
長女…ナツキ(菜月)・アンモライト・アーポアク(10) 父=イズ
面白いことが好き。イヅキとは双子で姉。
長男…イヅキ(伊月)・アンモライト・アーポアク(10) 父=イズ
悪戯っ子。ナツキとは双子で弟。
次男…アサヒ(朝陽)・セレンティヤ(9) 父=フィーラ
真面目。よく双子にからかわれる。
三男…セツ(雪)・ヴェレンバスハ(8) 父=ベル
クール眼鏡っ子。本が好き。
四男…ヒュウガ(日向)・クロッバズ(7) 父=バロン
しっかりもの。若干腹黒い。
次女…キョウカ(鏡華)・ヴェレンバスハ(6) 父=ベル
ちょっと過激。『です』が口癖。
三女…アンナ(杏菜)・コルッテオ(5) 父=アウィン
男勝り。ケンカは一番強い。
四女…ルル(流瑠)・ヴェレンバスハ(4) 父=ベル
笑顔満点。興味があることばかり。
五男…スズナ(鈴菜)・ストラウス(3) 父=スティ
怖いもの知らず。青ウサギはヒナタの手作り。