異世界を駆ける
姉御
番外編*異世界からの訪問者
正午前、アーポアク城。
異様に眠い頭で階段を下りていると、ポールで下りて来たイズに捕獲された。コアラ抱っこのまま『四聖宝』が揃う一階ホールへ向かうが、当然怒号が落ちる。
「そのまんまくんじゃねーよ! 重くねーのか!?」
「『風』で体重を軽くされているんですね。さすがウサギの父親代理。やることなすことソックリです」
「……殺しますよ」
「イヴァレリズ、とっとと離れろ!!!」
「や~ん、柔らかいおっぱい堪能するな……」
「? どうした、イズ」
胸に顔を埋めていたイズは途中で言葉を切ると天井を見上げた。
赤の瞳でも細められた双眸に“王”を感じていると、同じように全員が天井を見上げる。イズは静かに呟いた。
「……来るな」
「来る?」
地面に足を着けた男は両手をズボンポケットに入れると笑みを零す。
同時に『四聖宝』も柄を握ると、天井がグニャグニャと歪み、空中に穴が開いた。穴の中の“暗闇”に恐怖する私の前をフィーラとベルが遮る。が。
『っああああーーーー!!!』
聞こえてくるのは明らかに人の、しかも経験者は語るが“墜ちた”時に発する声。まさかと目を見開いた瞬間、勢いよく穴から人間が墜ちてきた。ベルが『風』で包み、静かなホールに尻餅を着く音が木霊する。
長身二人に遮られよく見えないが、男の声が聞こえてきた。
「ってぇ……さすがに三十階から墜ちるのは心臓に悪いな」
まさかの自殺者!?
慌ててツッコミと説教を食らわそうと前の二人を退かすと、漆黒の短髪に、Vネックの上にパーカー。下は黒のスキニーパンツブーツを履いた年下の男。目視的に私よりちょい身長があるな。
そして日本語だったから間違いなく同郷の者だろう。だが、覚えのある面影と漆黒の瞳に足が止まると、男も私を見て目を見開く。すると慌てて立ち上がり、私に向かって駆け出すと――抱きしめられた。
「ちょ……えっ!?」
「や~ん、熱烈~」
仰天する『四聖宝』を他所に、イズが口笛を吹く。
さすがの私も困惑し、肩に顔を埋める男を見るが、今にも泣きそうな声で彼は呼んだ。
「陽菜多さん……良かった……」
それは“この世界”で呼ばれるのとは少し違うイントネーション。知らない。けど、抱きしめたことのある感触と匂い……彼は。
「洋一……か?」
大きく目を見開いたまま呟いた私に、顔を上げた男は照れくさそうに微笑んだ。
「久し振り、陽菜多さん」
* * *
「友達~~?」
書類が積み重なった宰相室で判子を押していたバロンの手が止まると顔が上がる。私は隣に立つ男を紹介した。
「うむ、浅月 洋一と言って、地域のマラソン大会で知り合ってから四年の付き合いになる」
「それ、陽菜多さんがいなくなった時の年だろ? あれから八年経ったから十二年だぜ」
「な、なんだと!? では貴様、いま二十四か!!?」
時間の流れに驚くと、洋一は苦笑しながら私の頭を撫でる。
まさか彼に撫でられる日が来るとは思わなかったが、その手は大きい。恥ずかしさから頬を赤くしていると、バロンがなんとも言えない顔をしているのに気付いた。なんだ?
「いや~多分~後ろの~連中と~~……同じ気持ちかな」
「後ろ? ああ、そう言えば貴様らもどうした」
語尾を解いたバロンの声に振り向くと、数メートル先の書類壁から『四聖宝』が彼と同じ目で覗いていた。溜め息をつきながらも洋一に向き直す。
「しかし、会えたのは嬉しいが三十階から堕ちるとは何があった?」
「何も」
「な、何もって……あのな、こっちに来れたから良かったものを、運が悪ければ死んでたぞ!! 愛ちゃんと両親を悲しませる気か!!?」
「ランドセル背負った愛の写メ見る?」
「見る!!!」
迷うこと無く手を差し出す私に、洋一は笑いながらポケットから携帯を取り出す。
見せられたのは赤いランドセルを背負い、大きくなった愛ちゃんの写メ。ああ~! 可愛い~!! 癒される~~!!!
脳内も背景も花を飛ばす私を『四聖宝』とバロンは冷たい目で見ているが、洋一が笑みを向けると稲妻のような火花のようなものが散った。気がしたが、気にすること無く他の写メを見る。すると近付く足音と前後から紹介の声。
「お初にお目にかかる。アーポアク『四聖宝』東方ルベライト騎士団団長兼ヒナタの騎士を務めているアズフィロラだ」
「同じく北方ベルデライト騎士団団長兼ヒネタさんの旦那のラガーベルッカです」
「西方……ラズライト騎士団団長兼ヒナさんはボクのもの……カレスティージ」
「南方ドラバイト騎士団団長兼ヒナタのヒーロー、エジェアウィン」
「宰相兼~ヒナタちゃん調教師~ヒューゲバロンで~~す」
「俺様誰様王様巨乳ヒナ大好きイヴァレリズなり☆」
「ツッコミどこ万歳だけど、ロクな連中じゃないのはわかった」
「すまんな」
ブッ飛んだ台詞も出たが、それは後で叩いておこう。いや、しかし可愛い。現像したいな。
そんな写メにきゅんきゅんする私に一息ついたフィーラは、影から出てきたイズにいつもより低い声で言った。
「仕事だ、イヴァレリズ。早々に彼を還してやれ」
「や~ん。そうしてやりてぇのは山々だけど、前回来た女のでまだ本調子じゃねぇんだよ。ニ、三日はかかる」
「「「「役立たず」」」」
他連中のツッコミに目を上げると、菓子を摘みながらソファに寝転がるイズはダルそうだ。
原因は数ヶ月前。私以降初の異世界人女子が現れ、王の力を使って還したから。さすがに初めてのことで内心不安だったが、無事に還れたのが鳩鴉でわかり安堵した。が、その反動か調子がまだ戻っていないらしい。私としても還してやりたいがこればかりは仕方ない。
すると、ツッコミをしなかったフィーラが細めた目で洋一を見る。
「貴殿は以前ヒナタがイヴァレリズに伝言を頼んだ者のようだが、鳥は届かなかったのか?」
「届きましたよ。『残る』って陽菜多さんの伝言。だから来たんだ」
まだあどけなさが残る顔立ちだが、墜ちた時よりも大人びた声と背筋。そして、フィーラのように漆黒の双眸を細める彼に私は首を傾げた。
「どういうことだ? 」
何もなく三十階から墜ちたなど、まるでワザと異世界(アーポアク)に来たような言い方だ。洋一はフィーラに向けていた目を私に移すと顔を伏せた。
「俺……陽菜多さんに会うために来たんだ」
「は? な、なんでま……」
まさかの言葉に何度も瞬きする。
だが、顔を上げた彼の真剣な眼差しに言葉は途中で切れた。しばしの間を置いた洋一は静かに、でもハッキリとした口調で言った。
「陽菜多さんが――好きだから」
時間がそうさせたのか、久し振りに見る姿は過去とは違う。ただ純粋に――“男”として、私の目に映った。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
漆黒の男女が出て行くと、宰相室に残る男達は一斉に溜め息を吐いた。それは困惑と苛立ちが混じり、赤いハチマキを取ったエジェアウィンは髪を掻く。
「っだー! なんだよあの男!! つーか公開告白!!!」
「確かにオーガットに似てますね……あと、アズフィロラ君にも。天然タラシなところとか」
「異議申し立てをしたいところですが今は彼だ……まさか危険を冒してまでヒナタに会いに来るとは」
「あの男……殺していいですか……?」
「ん~極刑書~書くから~待って~~」
不吉な書類を引き出しからヒューゲバロンが出すが、誰も止めようとはしない。そんな男達に、一人ニヤニヤしながらソファに背を預けるイヴァレリズは菓子を摘まんだ。
「ヨウイチを還す時に、ヒナも一緒に還るって言ったらどうする?」
「まさか……」
「絶対って言えんの? 俺ならチャンスがあるなら掴めって感じだけどな」
全員が押し黙る。
忠誠の宝石を受け取り、この世界に残ってくれた彼女 。だが、先ほどの男は両親を失った彼女が唯一心残りにしていた人物だ。そんな彼が彼女を連れ戻しに来たのだと考えると男達の空気は暗く、重くなる。
イヴァレリズは楽しそうに笑いながらソファから立ち上がった。
「ま、結果はすぐにわかる。それまで精々ヒナを繋ぎ止める方法でも考えるんだな」
「お前は……いいのか?」
「や~ん、俺を誰だと思ってんだ? 悠々閑々と悩むお前らを愉しく見てるぜ」
「じゃあ……王(イズ)様を殺します」
躊躇うことなく黒ウサギを『解放』したカレスティージに、他の四人も柄を握る。今、目の前の王を殺せば異世界人が還る方法はない。彼も残ることとなるが、彼女がいなくなるよりは遥かにマシ。
そんな殺気と目に、イヴァレリズは両手を上げたが、変わらぬ表情で扉を指す。
「王殺しよりも大事なお姫様を気にかけようぜ。告白した男と二人っきりって、実はヒナも気があった……なり?」
気付けば『四聖宝』は去っていた。扉を開けたまま。
書類の紙がひらりと舞うのを横目に、残ったヒューゲバロンは極刑書を引き出しに仕舞った。イヴァレリズに向けられる金色の双眸は鋭いが、口元には笑みがあり、イヴァレリズの片眉が上がる。
「……なんだよ」
「いや~……多分アズフィロラも気付いてると思うけど『四聖宝(彼ら)』から『宝輝』を抜けば、還す魔力あると思うんだよね」
「念には念をだよ。さすがの俺も魔力消失死なんてしたくねぇしな」
「あれ~意外と~生に~執着~するんだね~~」
「当然なりよ~」
緩やかな会話をしているようにも見えるが互いの目は笑っていない。
指を鳴らし、黒い闇を纏ったイヴァレリズは赤の瞳をヒューゲバロンに向けた。
「死んだらヒナにも国にも何も出来ねぇ……“王”になった意味がねぇからな」
呟きのように小さい。だが、ヒューゲバロンは咎めることなく去る男を見送った。
室内が静寂を取り戻すと、一息ついた男は窓を見る。雲もない空は晴れやかだが、男達の心まではわからない――。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
宰相室を後にした私達は螺旋階段を上り、黒竜の旗が揺れる屋上へと出た。
東西南北の景色に洋一は目を見開き見渡す。四方ごとに家々が違うのも不思議だろうが、どこか地球に似た街並みに驚いているようにも見えた。
「異世界って言われてもピンとはこんだろ?」
「うん……髪色が違う以外は何も変わらねぇと思う」
「それがどっこい。魔法があったり魔物がいたりするんだ」
「マジで!? 陽菜多さんも戦ったりしてんの!!?」
「うむ、武器はハリセンだ」
目を点にする洋一に冗談だと笑いながら地面に座ると、この世界のことを話す。まるで胸の動悸を隠すように。
こ、告白なんぞ受けてしまったせいで正直どうすればいいのかわからないんだ。『四聖宝』の時とは違い、よく知る男だから。
「ふーん、じゃあ俺も街に入れっかな?」
「私と同じなら入れるさ。還る前に案内するぞ」
「陽菜多さんは?」
別のことを考えていたせいか、反応に遅れた私は瞬きする。
そんな私の手に苦笑する洋一の手が乗った。十六の頃とは明らかに違う大きさと指の太さに頬が赤くなると、彼の眉が落ちる。
「陽菜多さんは……もう還らないのか?」
「私……?」
「うん……時間かければ魔力ってのは元に戻るんだろ? あの王様なら二人とか還れそうな気がすんだよな。嘘つきっぽいし」
少ししか話していないイズを『嘘つき』とは中々勘が良いと苦笑する。実際ヤツの魔力状況はわからぬから嘘をついている部分もあるだろう。だが……元の世界に還らないのか、か。
「しかし、いま還っても八年が経っているのだろ? いまさら還っても困ることばかりだ」
「まあ……前回来たって女性もマスコミ関係で色々騒がれてたからな」
首を傾げる私に洋一は半年前に還した女性について話す。
どうやら彼女が元の世界に戻ったのは堕ちた日から一ヶ月が経っていたらしい。こちらの世界にいたのはほんの一週間もなかったのだが、時間の流れがえらく違うようだ。当然彼女はマスコミに騒がれたようだが私達との約束を守り、アーポアクについては黙秘してくれたとのこと。
「ぶっちゃけ、その女性が還ってきてから六年が経ってる」
「ろ、六年!? 彼女がこっちに来たのは三月だぞ!!?」
「じゃあ多分、こっちでの一ヶ月が向こうでは一年とかじゃないかな? 陽菜多さんがいなくなったの十二月の下旬だったけど、鳩鴉が来たのは二年後の三月頭だったし」
ま、まさかの年単位に眩暈がした。
これは本気で還っても私の居場所がない気がする。家はともかく両親と祖母の墓は大丈夫だろうか。頭を抱える私を横目に、洋一は続けた。
「しばらくはマスコミがうるさくて無理だったけど、去年その人に会えたんだ」
「あ、会ったのか!?」
「うん。最初は戸惑った様子だったけど、陽菜多さんから貰った写真を見せたら話してくれたよ」
驚く私に洋一は乗せている手とは反対の手をポケットに入れ、紙を差し出す。それは数ヶ月前チェリーさんから借りたカメラで撮った写真。少々黄ばんでいて年月を感じさせるが、確かに彼に届いた証拠だった。
写真を受け取ると、呟きを漏らす。
「そうか……もう少し向こうのことを考えてやらねばならんな」
「でも、死亡率の高いところから堕ちれば来ることが出来るってわかった」
「それを実行するって、貴様結構バカだろ」
「ははは、かもね。でも絶対会いたいって想ってたから……会えた」
乗せられた手に力が込められる。
簡単に包まれた手の熱さはどちらの体温かはわからない。でも震えているのは――彼の手。
青からオレンジへと変わる空を見上げると、ゆっくりと視線を彼に移す。
切ないような哀しいような表情に、本当に心配してくれていたのだとわかる。『還らない』と無情なことを言ったにも関わらず八年も……いや、それより前から好いてくれていたからこそ、四大が応えてくれたのかもしれない。
それは“彼ら”に愛されていると知った時のように嬉しい……でも。
「………ごめんな」
呟きのように、けれどハッキリと彼に聞こえるように言うと、大きくなった肩に寄り掛かる。冷たい風が頬を撫でるが、繋がった手と肩の温かさに寒さは感じない。閉じていた瞼を開くと洋一の双眸と合い、苦笑された。
「それは……なんの『ごめん』? いなくなったこと? 残ったこと? 俺の……好きって言葉の返事?」
静かな声は手のように震えている。でも、私は濁すことはなく告げた。
「…………全部」
大きな風が黒竜の旗を揺らすと、ピクリと彼の手も揺れた。
私は彼を見なかった。見られたくないだろうと思ったから……見てしまったら、言った言葉を崩すことになりそうだから。また瞼を閉じる私の頭に彼の頬が乗ると、繰り返すように洋一は呟いた。
「……全部?」
「ああ……目の前で消えたこと、勝手に残ってしまったこと……洋一の想いに応えられないこと……全部」
「……愛もいる世界に……還らない?」
「……還れない。二年前届けたように……気持ちは変わらないんだ」
彼が来てくれてからいっそう想う気持ち。
『好き』の言葉が彼と彼らでは違うと、乗せられていた手から手を抜くと、彼の背を撫でた。ゆっくりゆっくりと。
その背は徐々に小刻みに揺れ、耳元で声なき声と鼻を啜るのが聞こえた。
顔を上げると涙を零すのが見えたが、すぐ抱きしめられ見えなくなる。けれど、抑えきれなくなった想いが耳元から伝わる。
「陽菜多さんっ……陽菜多さ……んっ」
「うん」
「好き……だよっ……」
「うん……」
「ずっと……会った時から」
「うん……気付かなくてごめんな」
「大好き……だ……よ……陽菜多さ……っ」
「うん……私も洋一が大好きだ。違う世界でもずっと……ずっと」
強く抱きしめられる両腕に応えるように私も抱きしめる。目尻に涙を浮かぶ姿を見られないよう胸板に顔を埋めて。
ずっとずっと私も大好きだ。年下ではない、純粋に私を好いてくれた人。私のために来てくれた人。忘れないでくれた人。どうかどうか、いつまでもそのまま、輝く輝石のままいてくれ――ありがとう。
* * *
一人になった屋上で結っていた髪を下ろすと、風で後ろに流れる。
沈む夕日と替わるように星が瞬く夜の世界。灯りもない屋上では不安になるが、怖くはない。すぐそこにいるから。
「まったく……盗み聞きが好きな連中だな」
苦笑しながら四方を見渡すと東西南北。
各々が護る細い楕円に佇むのは――『四聖宝』。
マントを揺らす男達を現れた月光が鮮やかに照らすが、その表情は冴えない。溜め息をついた私は四人の忠誠の品を外すと握り締めた。
「今すぐ私の元へ来なければ屋上(ここ)から宝石(証)を捨てるぞー」
「「「「ストーーーーッップ!!!!」」」」
腕を振り上げた数秒で後ろからベル、前からスティに抱きしめられ、左手をアウィン、右手をフィーラに握られ、大きな息をつく。
聞いていたのは知っていた。
何しろ見知ったスズメと鳩がぴょんぴょん跳ね、旗の揺れとは違う影、赤いハチマキも風に乗って見えていた。それに苦しそうな表情を見れば一目瞭然。
「なんだ、私が還ると思ってたのか?」
「だって……ヒナさん……嬉しそうだった」
「頬も可愛い赤になってましたし」
「満更でもなかったじゃねーか」
「イヴァレリズに惑わされた俺達も悪いとは思うが……」
不満そうに告げる男達に笑うと、苦虫顔をしたフィーラ、アウィン、スティ、ベルへと口付ける。四人は大きく目を瞠ったが、私は微笑む。
「忠誠の証を受け取ったのに還るわけないだろ。私が心も身体も許したのは貴様らだけだからな」
いつもは恥ずかしいのに本当の想いだったせいか、すんなりと言葉に出すことが出来た。忠誠を誓う騎士ではなく、ただの愛する男として。
すると、右手の甲にフィーラの口付けが落ち、頬を赤くすると意地の悪い笑みを向けられる。それは他の三人も一緒。
「まったく、堂々とした浮気発言だな」
「そろそろ一人に絞ってもらうため戦闘準備しますかね」
「お、マジで殺るか?」
「…………殺す」
不吉すぎる発言に赤かった頬が冷え、無心になる。
いや……一人に絞るのに越したことはないと思うが、なぜかくっついたら戦争が起きそうだ。殺気も渦巻く中、嫌な想像にポツリと呟く。
「やっぱ……還って洋一と付き合おうかな」
「「「「『『ダメ」だ」ですよ」です」だかんな」だよ~』なり』
別の声もしたが、口付けが何度も落ちる。
その口付けは真上で光る星々以上ではないかと思うと、闇も手に握る宝石も怖くはない。
それだけ彼らに溺れた証拠だ――。
* * *
二日後の正午。
洋一を見送るため私達は一階ホールに集まっていた。イズも久々に王となり、バロンもいる。だが『四聖宝』の顔は不気味なほど笑顔。
「どー見ても、俺が還るの喜んでるよな」
「昨日一昨日と私が貴様ばかり構ってたからな」
「心狭っ……陽菜多さん、本当にあんなヤツらがいいの?」
指摘に苦笑するしかないが、素直に頷くと洋一は溜め息をつく。すると直径三十センチほどの鉄の箱を差し出した。
「昨日、地下の鍛冶専のとこで造ったんだ。『魔力保管装置』」
「なんだそれ?」
「この世界って魔力が源になってるから異世界人には不便だろ? だから魔力を先に溜めておいて、後からも使える装置」
「そんなの造れるのか!?」
驚く私の後ろで他の連中も目を見開くとイズが口笛を吹く。
どうやら洋一は今、物を造る会社に勤めているらしく、長期休暇を取って来たらしい。魔力云々は研究者達の力添えだというが、これがあれば水晶に当てるだけで私一人でも料理や洗濯が出来るし、魔力の少ない家庭にも配布すれば消失死が減るだろ。
まあ、使う前に誰かに注いでもらわねばならないが画期的発明に違いない。と、嬉しさで洋一に抱きついた。
「ちょちょちょ、陽菜多さん!」
「すごいなすごいな! 貴様は幸福の異世界人だ!!」
「嬉しいけど後ろが怖いから! 刃を向けてる人がいるから!!」
「はいはい、そこまでなりよ~」
慌てる洋一の声を聞いていると、いつもより低い声の男に胸を鷲掴みされる。王になっているせいか太い指でむぎゅむぎゅ揉まれると痛い。
「お、今日はやけに張ってんな」
「やかましい。変態発言する前に道を開けろ」
「へいへい。え~お忘れもんないかね、少年」
「アンタ詐欺すぎるだろ……忘れもんつーなら陽菜多さんだけど」
瞬間、イズを蹴り退かした『四聖宝』に抱きしめられる。それはもう力いっぱい抱きしめながら洋一を睨んで。
「貴殿はやはり敵だ。斬る」
「異世界人殺せんのは王様だけでしょ」
「不慮の事故にしておきましょう」
「宣言してる時点で確信犯」
「死ね」
「濁す気もねぇのか!!!」
「迷子になんなよ」
「ホント、まともな人っすね」
「彼女~出来ると~いいね~~」
「一言余計なんすけど」
「開けーゴマー!!!」
「そういう開け方!?」
素晴らしいツッコミを繰り返す洋一に内心拍手を送ると、両手を広げたイズに応えるかのように床から黒い両扉が現れる。鳩鴉が洋一の肩に乗り、四人を剥がした私は手を差し出した。
「それじゃ、気を付けてな。愛ちゃんにもよろしく」
「うん。陽菜多さんの写メ見たら喜ぶと思う」
互いに笑いながら握手を交わすと、引っ張られ抱きしめられる。そして、頬に口付けが落ちた。
「「「「なっ!!!?」」」」
「や~ん、熱烈~」
「若いね~~」
来た時と同じ衝撃に『四聖宝』は剣を抜く。だが、洋一はさっさと扉へ入り、大きく手を振った。笑顔で。
「陽菜多さん“またな”!」
「……ああ“またな”」
目を見開いていた私も同じ笑みを浮かべると大きく手を振る。
会えない、なんてことはない。ここは強い想いで繋がる世界。その気持ちがあれば高いところなど関係なく扉は開かれる。今は無理でもきっと、また――会える。
漆黒の扉が閉じ消えると、ホールは静寂を取り戻す。
一息ついて振り向けば、不機嫌顔の『四聖宝』、意味深な笑みを浮かべるバロン、変わらずニヤニヤ顔のイズ。この世界に留まらす男達に苦笑すると、背伸びをしながら螺旋階段に向かって歩き出した。
「眠いから屋上で昼寝してくるな」
「眠れなかったのか?」
「ここ最近妙に眠いし気だるくてな。昼夜問わず襲う狼共のせいだとは思うんだが」
「おや、まさかの責任転嫁ですか」
「昼寝なら……ボク……添い寝します」
「ダーメだ。貴様らは仕事があるだろ」
「団長は好きにしていいんだぜ」
「副団長達が最近腑抜けてるとボヤいていたぞ」
「僕~関係ないもんね~~」
「つーか、胸の張りといい、妊娠の吉兆じゃないなり?」
イズの声に足が止まると全員が私を見る。
口元に手を寄せ考え込むこと数分。ふと呟いた。
「そう言えば……生理がきてないようわわわわわ!!!」
呟き終える前に四人の男達に捕まると、バロンが鳥を地下に飛ばし、イズが手を床に付ける。黒ではない白い両扉が現れ、六人は迷うことなく飛び込んだ。私は慌てるが、扉の中は暗闇とは程遠い虹色の輝きを放ちながら私達を下へと導く。
暖かい光に包まれた世界に瞼を閉じると、くすくす笑う竜が飛び立つのが浮かんだ。
瞼を開いた先には私を運ぶ大切な人たち。そして辺りを舞う『宝輝』達。いつもより喜んでいる彼女達に笑みを浮かべると幸福を感じながらまた瞼を閉じた。
さて、先ほどの竜は何色だったかな――――。