異世界を駆ける
姉御
黒の間*「寄越せ」
*イヴァレリズ視点
深く暗い闇の底で両脇に灯る行灯と玉座。
長い漆黒の髪を揺らしながら片肘を付き、足を組んでいると喘ぎが響いた。閉じていた漆黒の瞳をゆっくりと開く。
「あーあ……ヒナのヤツ、啼かされてやんの」
そう笑いながらまた瞼を閉じた──。
***~~~***~~~***~~~***~~~
俺の名はイヴァレリズ・アンモライト・アーポアク。
第十三代アーポアク国王の息子として生まれた。
生まれつき四大魔法を持ち、自由奔放な家系のせいか、歩けるようになってからは殆ど一人で過ごしていた。六歳ながらも魔力は千を超してたし、上級魔物も倒せるほど敵なしなり☆
そんな俺の楽しみが……。
「よっ、アズ」
「帰れ」
不機嫌顔で素振りしているのは、ルベライトの『四天貴族』セレンティヤ家の嫡男アズフィロラ。同い歳だと御袋に聞いて、ちょっかいをかけに行ったらすんげー面白いヤツで、よく遊びにきている。ついでに美味い菓子もあるから一石二鳥なり。
「イヴァレリズ! それは今日来る大事な客人用の菓子だ!!」
「ふが? 王の息子より大事な客っていんの?」
「斬るぞ!!!」
最初は『王の息子』と知って何も言わなかったアズだが、数年も立てば性格がわかったのか、容赦なく頭を叩いた。
「まーまー、チョコバームやるから」
「いらん!!!」
俺のオススメチョコを大量に口に入れられて以降、アズは甘い物嫌いになった。もったいないよなーとチョコバームを天気の良い中庭で食べる。
元々甘い物はこの世界になかったが、国歴三二五年に異世界から来たナオミチって男が“ぱてぃしえ”で広めたと国書にあった。数年に何人か空から墜ちてくると云う“異世界の輝石”。
初代王がそうだったように幸福を俺達に与える一方、災厄を招く者は王が殺すらしいが、よくわからない。突然食べる手を止めた俺にアズは片眉を上げた。
「どうした、今頃反省したか?」
「ああ…………ミルクチョコバームにすれば良かっや~ん!」
鋭い切っ先が振り下ろされ避けるが、追撃はやまない。
や~ん、怖いよ~お父さ~……ん、それだけはねぇな。あの親父マジで国が滅びようとも御袋しか助けねぇと思う。俺も将来あんな嫁バカになるのかね。国を考えると結婚は絶対とは思うけど、どーかなー。
そんなことを思いながら、アズの剣が掠りそうで掠らない具合で避ける。
「なー俺にー見合うー女ってーどんなーヤツだとー思うー?」
「即お前を叩ける者だ! もっともこの国にそんな野蛮な婦女子はいないと思うがな!!」
叩くっつーか、斬ってんじゃん。なんだよ、俺に結婚するなってか? それとも政略結婚?
アーポアク国はこの世界最初の国。
そして年月を重ね今では海を渡り、アーポアクを含め五つの大国と数十万の町や村が生まれた。さすがに町村全部は行ったことないが、他国の王族には会ったことがある。が、タイプの女はいなかった……出来れば。
「こう胸がデカく柔い女が「イヴァレリズ!!!」
腰に掛けていたスティレットを抜き、頬が赤いアズの剣を受け止める。会話だけで赤くなって将来大丈夫かよ……俺的には。
「上から目線な我が道系な女がアズには似合「そんな奇怪なの、お前だけで充分だ!!!」
圧し掛かる剣が突如重くなり体勢を崩すが、片手を地面に付けると腰を上げ、両靴で切っ先を受け止める。俺はニヤリとするが、苦虫顔のままアズが何か呟くと回りに炎──だが、慣れない上級魔法に失敗し、ニ人真っ黒になったのは良い思い出だ。
* * *
そんなアズが騎士になった。
両親が十二の時に病死し『四天貴族』も両立すると言った前代未聞の男。上級貴族から散々反対され団内でも揉めたが、元より努力家で住民からも慕われているせいか、二十で団長に昇格。
対して俺は──何も変わっていない。
国書は読んでたけど現実味がないし、親父に聞こうにも数年会っていない。ホント、王の意味ないよな……王ってなんだ?
「国を護る人じゃないの?」
「親父のどこを見てそれが言えんだよ」
鉢植えに水をやる御袋の私室で胡坐をかく。
御袋は実家が薬屋で、親父と結婚後『研究医療班』に入り、新薬を開発。魔物を眠らせる薬など被害を最小に抑えた功績が認められ、今では班長だ。
白衣と青藍の髪を揺らしながらジョウロを置いた御袋は首を傾げた。
「私も小さい頃は王が国を護ってると思ってたけど『空気の壁』とか私達の魔力だし……レウって普段何してるの?」
「いや、俺が聞いてんだけど……」
こりゃダメだと大きな溜め息をつくと、水やりを再開した御袋が思い出したように口を開く。
「そういえば、アズちゃんが『四宝の扉』に喧嘩を売ってるらしいわよ」
「は?」
「なんか『四宝の扉を国民が行き来できるようにしてください』ってレウに進言したら断られたらしくて、扉に攻撃してるらしいの。今日も……イズ?」
最後まで聞かず部屋を出ると『風』を纏い、ポールを昇る。
なんでか冷や汗が流れ、心臓の音がうるさい。確かにアズはガキの頃から『四宝の扉』を開けたいと言っていた。ルベライトではない、アーポアクを護れる騎士に。
一階に着くと南の扉から激しい音が聞こえた。
渡り廊下を駆け『茶の扉』が見えてくると、白い煙が舞う中、一人の影が見える。見慣れた形に大きく口を開いた。
「おいっ、アズ! 何バカやってんだ!?」
だが、俺の声など無視するかのように、団長の証である竜と剣を背負う赤髪の男は剣を振り下ろす。激しい斬撃音と爆風に後ろへ吹き飛ばれそうになるが、踏み止まるとアズの肩を掴んだ。
「アズフィロ「うるさいっ!!!」
呼び声は遮られた。
振り向いた男の顔は今まで見たこと無いほどの憤怒を表し、掴んでいた手が無意識に離れる。アズは何度も何度も剣を振り、扉を破壊しようとするが、変化はない。だが、息を切らしても手から血が出ようとも止めようとはしなかった。
そんな男を呆然と見ている俺の後ろから慌しく駆けてくる足音と声。
「アズフィロラ様っ!!!」
副団長のウリュグスだ。
いつもは温厚な男も顔を青褪め、俺を通り過ぎると必死にアズを止める。体格差もあるせいかしばらく暴れていたアズも力尽き、地面に膝を折ると静かになったホールに小さな呟きを漏らした。
「なぜ……応えない……なぜ……俺達は……通ってはいけない……」
アズの言う“俺達”に“俺”が入っていないことに気付く。
俺は生まれながら漆黒の髪と瞳を持ち『四宝の扉』を通ることが出来た。アズに試してもらうまで“通れない”なんて思いもせず……俺のせいか? 俺が四方を通るのを見せたから、あいつに他の街への想いを持たせたのか?
ウリュグスがアズを支えながら立たせると俺に一礼し、通り過ぎる。
俺とアズは互いに顔を伏せ、何も言わなかった。ニ人の足音が遠退き『赤の扉』が閉まる音が木霊するとホールは再び静寂を取り戻す。
「……出てこいよ……親父……」
握り拳を作った両手から零れた血が床を赤く染める。
身体は小刻みに震え、切った口からも血が零れるが、構わず振り向いた。
「出てきて説明しやがれ! クソッたれ親父(王)!!」
今まで出したこともない大声と殺気を出すと黒い影が辺りを包む。
それは徐々に人の形を取り、同じ漆黒の髪と瞳に黒のマフラーとマントをした──現王、レウッドットーが現れた。
変わらず冷たい目を向ける父親を睨んでいると、低く重い声が耳に届く。
「……私に扉を開くことは出来ない……すべては人々と『宝輝』の意志だ」
「どういう意味だよ……」
「一般人のお前に話すことではない……セレンティヤ共に諦めろ」
「っ!」
俺も人のことは言えないが、親父も充分癇に障る言い方をしやがる。
一般人ってなんだよ。自分が王なら他が言うこと聞くって思ってんのか? 思ってんだろうな……良い度胸してんじゃねぇか……なら。
「俺が……王になれば話してくれんのか……?」
「…………話すではなく“悟る”。だが、確かにお前が継承し「なら寄越せ」
遮った俺に親父は眉を顰めたが、気にせず意地の悪い笑みを向けると右手を前に出す。
「王になれば意味がわかるんだろ? なら、今すぐ王の座を俺に渡せ」
「………………本気で言っているのか?」
「親父にしては歯切れ悪いな。俺はあんたと一緒だぜ。好きなように生きて行動し、現実に出来なければ──屈服させてでも手に入れる」
右手を強く握りしめる。
親父は四大を組み合わせた合成魔法など強い力を持つが負ける気なんてない。自信と誇りと我侭を掛け合わせ、すべてを巻き込むのがこの家系だ。絶対勝ってやる。
目を逸らさずいると、瞼を閉じた親父は溜め息をついた。
「………………勝手にしろ」
「は……──!?」
てっきり『アホか』とか剣を向けられるかと思ったが──デコピンを食らった。
それだけで勢いよく吹き飛び『茶の扉』に激突すると、頭の中にいくつもの映像と言う名の記憶が流れてくる。初代王、四大の精霊、四宝の扉、宝輝、異世界人……国書の字と重なるように流れる量に脳も身体も悲鳴を上げ、崩れるように倒れ込んだ。
意識を失う間際、親父の声がハッキリと耳に届く。
「出来るものならしてみろ。今からお前が──この世界の王だ」
目覚めた俺は、歴史の真実を知ると同時に──第十四代アーポアク国王を継承した。
***~~~***~~~***~~~***~~~
ゆっくり近付いてくる足音に瞼を開ける。
薄暗い中から現れたのは騎士服の男。行灯以上の明るい髪と瞳を持つ腐れ縁でもあり国竜の護り手の一人『四聖宝』──アズフィロラ。
「やっと“王(おまえ)”との謁見が叶ったか」
鋭い目に、くすりと笑う。
アズとスティは本来の姿に戻った俺じゃないと“王”とは認めない。もっとも、アズはどちらであろうと苦虫顔は変わらず、俺も意地悪く答えた。
「お前との謁見って王就任以来だっけ?」
「ああ、俺が騒動を起こした翌日だ。今と変わらない笑みで『王になったよ』と、ふざけたことを抜かして以降一度もない」
「そう言うなって。結構王様って忙しいんだぜ」
玉座に深く背を埋める。
国王の仕事。そのメインは国外に出て世界の全貌を知り、新しい国や町を作る他、アーポアク国……もとい国王(俺)自身の情報が外部に漏れないようメラナイトを動かし口封じをすること。『宝輝』と俺で世界が滅ぶとかおっそろしい情報流したくねぇしな。あとは上級魔物を狩ったり……本当アーポアクっていうより世界の王様だ。溜め息をついていると、アズが片眉を上げる。
「お前が溜め息とは珍しいな」
「や~、ヒナが俺に対しては素直じゃないのに、お前とキスするとすっげー悦んでるのはなんでかなーって」
「なっ!?」
予想外だったのか、昔と変わらず頬を赤くしたアズに俺はニヤニヤしたまま話を続ける。
「だってお前さ、一回しか経験ないくせして、なんであんな巧く啼かせれんの? 実は屋敷に女(これ)連れ込んでたか? や~ん、厭らし~」
「厭らしいのはお前の脳ミソだ! だいたいお前、ヒナタに手を出したな!? ここで斬る!!!」
「や~ん、ヒナのヤツ白状したな~ニ人っきりの秘密だったのに~」
「秘密……だと?」
徐々にアズの肩が震えはじめ、柄も握っているが、俺は表情を変えぬまま自分の膝を指す。そこには先ほどまで座っていた……。
「ヒナが出した気持ち良い蜜が残ってるけど見る?」
「燃え死せっ「はーい、お帰りくださいなーり」
勢いよく剣を抜いたアズだったが俺の声と同時に消える。
なんのために来たのかわからないが俺の方は収穫があり、再び瞼を閉じた。
開くと、眩しいオレンジ色の夕日を遮っては魅せる漆黒の竜の旗。
本来いた場所、アーポアク城の屋上へと変わる。心地良い風に寝転がると、ヒナ──初代王と同じ世界から来た、ウオズミ・ヒナタを思い出す。
***~~~***~~~***~~~***~~~
あの日、俺は久々に国に戻り、屋上で昼寝をしていた。
だが、白い塊が空から墜ちてくるのが見えたと同時にはじめて会う異世界人だと頭を抱えた。帰ってきて早々面倒だと思ったが、月一会議中に現れたら『四聖宝(あいつら)』どうするだろと魔が差し『風』と『影』を使ってそいつを会議室に飛ばすと『伝風鳩』でバロンに報せた。
夕刻、久し振りに会うバロンから『面白い女の子だったよ~』と『四聖宝』から逃げた報告を受け、あてられた部屋の窓上から覗き見。ドアの前にしゃがみ込んでいたのは中々の巨乳……じゃない、同じはずなのに違う茶髪の女。
『影』で室内に入った俺は真正面で見た女に目を見開いた──漆黒の瞳から流れる涙に。
俺は漆黒の髪も瞳も嫌いだった。
アズの件があったせいもあるが、幸福にも災厄にもなる“異世界の輝石”を知ってからは俺自身が試されているのではないかと錯覚していたからだ。親父も早々漆黒にはならない今、この世界で漆黒は俺一人……一人?
顔を上げた女と同じ漆黒が重なるが、流れ落ちる雫は綺麗で──見惚れた。
「何……お前泣いてんの……?」
胸の動悸が激しくなる中、なんとか出た言葉。
驚いたように女は目を見開いたが、すぐ涙を拭くと文句を言うどころか『貴様“王”か?』と鋭い槍を刺す。が、純粋なのかなんなのか簡単に逸らせ、叩く女に笑いながら俺は可能性を見つけた。
こいつなら『四聖宝(あいつら)』を、国を変える存在になれるかもしれない。王(俺)では出来ないことを。そう、最初はただ利用しただけだった。
***~~~***~~~***~~~***~~~
それが本当に『四聖宝』を、扉を変える存在になると同時に、俺の中で大きく育つものになるとは思わなかった。起き上がると、喘ぎを響かせた女を思い出しながら口元に孤を描く。
「さてと『四聖宝(あいつら)』とした分、俺とも楽しくしようぜ──ヒナ」
俺は王でも屈服でもなく、俺自身に────溺らしたい存在(女)を見つけた。