異世界を駆ける
姉御
60話*「四宝の扉」
昼下がりのアーポアク城。
自然現象が治まった国は穏やかな景色を取り戻し、人々も変わらない今日を過ごしていた。それは書類が散らばった宰相室も、向かいのソファに座る男も同じ。変わらずの笑みに私は頭を下げた。
「私事で『四聖宝』が国を離れ、宰相達には多大な迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない。土下座をしたいのだが、その……」
「膝に~カーくんが~いるから~……それとも全身筋肉痛だから?」
語尾を伸ばさず、眼鏡の奥にある金色の双眸を細めたのほほん男に寒気が走る。咄嗟に膝に座り、寝息を立てるスティを抱きしめるが、ちょっと動いただけでも全身が悲鳴を上げた。仰る通り見事なまでの筋肉痛だ。
冷や汗をかきながら両頬を赤く染めていると苦笑いされる。
「いや~それだけ~痕~付けられて~たらね~~」
「うぐっ」
「というか~『四聖宝(キミら)』~騎舎(家)に~帰りなよ~~」
私はAラインの白に金糸で花の刺繍がされた膝上までのドレスを着ているが、開いた肩や首や脚には無数の赤い花弁がある。その犯人であるフィーラは背後で瞼を閉じ待機中、スティは膝の上に乗って熟睡中、ベルは壁に寄りかかって読書中、アウィンは宰相の机の整理中。
どう見ても聞いてない、というか静かすぎるだろ。今朝まで恥ずかしい台詞を耳元で囁きまくってたくせに。
ほぼ一日中私を抱き啼かしたのにも関わらず、彼らの性欲は今朝になっても治まらなかった。が、イズ=王様命令を喘ぎながら伝えると、過去ロクな目に遭っていないのか渋々了承。
その後『地』で形を作り『水』を入れ『火』を点け『風』で扇ぎ風呂を造るという見事な連携プレイを見せた。当然一緒に入って洗われたがな! 羞恥だとわかっているが身体がまったく動かなかったんだ!! 終いには城まで誰が私を運ぶかジャンケンしたんだぞ!!!
「うっわ~それは~愛されて~るね~~」
「い、言わないでくれ!!!」
あまりの羞恥に両手で顔を覆うが、のほほん男は笑いながら用意されていた飲み物に口を付ける。しばらくして、カップをソーサーに置くと、静かな声を発した。
「……ヒナタちゃんが謝る必要はないよ。全部僕とイヴァレリズ……王のせいだから」
突然口調が変わった男に両手を離す。
フィーラも瞼を開け、三人も視線だけ向けた。のほほん男は背をソファに預け、天井を見上げる。
「実際僕は“異世界の輝石”の顛末を知っていた上に、六人の異世界人に死の決定を下した……一人の命と世界の滅びを天秤に掛けて世界を取ったんだ。そんな僕と国にヒナタちゃんが謝っちゃいけない。むしろ僕らが謝らないといけないんだよ」
そう言った彼は苦笑する。
彼が宰相になったのは八年前。王になったイズと同じだが、彼の方が数ヶ月先に就任していたらしい。その数ヶ月の間に一人も殺していないイズと六人に死の判を押した宰相の差は天と地ほど違う……けれど。
「……貴様も謝るな」
「え?」
「国を考えるのが宰相の仕事であり、謝るのは王(イズ)の仕事だ」
「や~ん、なんで王様が謝んの」
「元凶が説明及び謝罪すべきだろ……てわけで『四聖宝(おまえら)』、そこの我儘王を取っ捕まえろ!!!」
コッソリ居た黒男(イズ)を指しながら叫ぶと、了承の意を唱えた四人は一斉に剣を抜く。さすがにイズもマズいと思ったのか、色々と鬱憤が溜まっている四人共に宰相室を出て行った。
書類が舞う中、元気だなあいつら……と、静かになったところで呟く。
「のほほん男……私はどうすればいい」
「何が?」
「…………座れない」
つい立ち上がり、仁王立ちしていた私だが、腰を下ろそうとすると全身筋肉痛の身体が悲鳴を上げ、座ることが出来ない。しばらくして立ち上がったのほほん男は背中や腰をツンツン突きだした。当然悲鳴を上げる。
「ごらーーーーっ!」
「あははは! だってヒーちゃん、あんだけカッコ付けといて動けないってカッコ悪っ!! あー涙出てるけど大丈夫~?」
「誰のせいだと思っている!!!」
あまりの痛みに涙が出るが、のほほん男は笑い泣き。
アウィンに似た突きをする男を睨むと笑いを治め、後ろからゆっくりと抱きしめられた。日の光で輝くミントグリーンの髪が頬に当たり、大きな手に頭を撫でられると筋肉痛とは別、動悸の激しさで動けなくなる。
「うん……僕のせい。謝るのを許してもらえないなら怒っていいから……騙して助けにも行かなかった僕を」
「……それが宰相(貴様)の仕事なら間違ってはないだろ。宰相まで国を放って助けにきた方が私は怒るぞ」
頬を赤めながらそっぽを向くと、くすくす笑う声にくすぐったくなる。
たとえアクロアイトと宰相(彼)が異世界人を見張る存在だとしても、仕事も部屋も四方を駆け回る自由をくれた。本来なら滅びの種となる私を外に出そうなど思わないだろうに……それに。
「貴様が私を殺すのに反対してくれたおかげで、いま一緒にいる。助けてくれて──ありがとう」
そう微笑むと、金色の瞳が見たこと無いほどに見開かれ、私も驚く。
そんな男と見つめ合って数秒、黒い鳥が飛んできた。ベルの『伝風鳩』に似ているが、鳩というより鴉が私の頭に乗る。
『お~い、ヒナ。『四聖宝』止めに、一階こ~い』
「イーちゃん……だね」
「言わずもがなだ」
『止めてくれたら扉のこと教えてやるよ~ん──以上、十三時五分にお届けしましたポッカアー!』
「鳩と鴉どっちだーーーーっ!!!」
ツッコミと同時に鳩鴉もどきは消えた。紛らわしいモノを創りよって! しかも交換条件を付けるとは!!
両手に握り拳を作り、沸々と怒りが沸いていると突然身体が浮く。のほほん男に横抱きされた。
「えっ!? ちょっ……痛っ!!!」
「筋肉痛~なんだから~動かない~方が~いいよ~一緒~一階~行こうね~~」
「う、うむ……よろしく」
いつもの癖で暴れてしまったが、身体の痛みには勝てず素直にのほほん男の首に両手を回した。宰相室を出るとエレベーターに乗り込むが、彼は私を下ろそうとはせず両頬は赤いまま。
「お、おい。もう下ろしていいぞ」
「ん~僕が~したいだけ~~」
「なんだそれ! というか口調が変わるのはなんだ!?」
「ああ~こっちは~仕事用~向こうは~気~抜きたい用~~」
「なんだそひゃっ!」
睨んでいると耳朶を舐められた。
ゾクリとした刺激に身体が跳ね、顔を彼の肩に乗せると、耳朶を舐められながら囁かれる。
「元はね……こっちが素なんだけど」
「あぁぁっ……」
「騎士団と違って宰相はストレス発散出来ない仕事だから……苛々を減らすために分けてるんだよ」
「それ、効果あるの……かあぁ」
「うん~冷静に~なれるしね~でも~……ヒナタちゃん相手は素の方が良さそうだ」
舐められた耳朶がヒヤリと冷気に晒され、囁かれるだけで痛いはずの身体が疼く。首元に顔を埋めた宰相は所々に付いている赤い花弁に被らないように吸い付いた。
「ひゃぁっ……ちょっ、あぁ」
「ん、こんなにされてるのに……マークひとつでも感じるんだね」
新しい花弁を付けた男は楽しそうに笑いながら額にキスを落とすと、エレベーターが一階に着く。荒くなった息を整える私にまた耳元で小さく、けれど官能的な声で囁いた。
「今度は僕と内緒でヤろうね」
「は……?」
「ドSなのは知ってると思うから楽しみにしてて──愛する姫君(ビーラブド・プリンセス)」
「はっ!? ちょっん!」
微笑んだ男は一瞬で奪うように口付けた。
その唇はドアが開くと同時に離れ、私は硬直する。そこに、アウィンの大声が響く。
「やーめーろーーーーっ!!!」
「イ、イヴァレリズ……それ以上は……」
「もう…………無理」
「や~ん、はっや「墜ちろ」
無数の風矢が宙に浮くイズに向かうが、黒い影で防御される。
同じく上空にいるベルを見上げたあと、地上の三騎士を見下ろすが、膝を折り、武器で身体を支えていた。怪我をしているようには見えない……が、顔が赤い。風邪か?
のほほん男は先ほどと一変『うわっ~混沌(カオス)~~』と言いながら私を下ろすと、イズの楽しそうな声が上空から聞こえた。
「んじゃ、次。ヒナのスリーサイズは上から94「ちょおーーっと待てーーーーっっ!!!」
大声で遮ったが、ベル以外は武器の支えも意味なく床に倒れ込んだ。いったいなんなんだと睨む私に、イズは意地の悪い笑みを向ける。
「お前が遅いから色々教えてやっただけなりよ」
「教えたって何を?」
「え? 普段は可愛いキャミやベビードール着てるけど、翌日仕事が休みの日や暑い日はノーブラノーパンで寝てることとか、ショーツもレース以外に縞模様や水玉を持っ「うわああああっ!!!」
まさかの暴露に顔が真っ赤になり両手を動かすと三騎士が震えだす。
のほほん男の『あー……悶えてるだけね』の台詞は聞こえず、私は怒りの形相で叫んだ。
「ベルっ! そいつを落とせ!! 全力で!!!」
「承知。しかし、これだけで三人が役に立たないとは。ヒナタさんのスリーサイズなんて既に知ってま「貴様も墜ちろーーーーっ!!!」
どこまでも私の声がホールに木霊した。
* * *
「んじゃま、揃ったことだしはじめるか」
そう言うイズと微笑むベルの頭には大きなタンコブがある。身体が痛いの関係なく思いっ切りハリセンで叩いたからだ。三騎士も落ち着いたようだが、私と顔を合わせると真っ赤になり下を向く。スティなんて黒ウサギで顔を隠すって……おいおい、今朝までの勢いはどこ行った?
その間にイズが初代王が異世界人であったことや『四天貴族』が四大の化身の先祖だと、私に話したことを彼らにも話す。当然全員目を丸くし、フィーラは頭を抱えた。
「まさか……イヴァレリズと親戚……だと?」
「言われてみりゃ、アズフィロラとラガーベルッカって黒王と似てんよな」
「悪い笑み……とか」
「「失礼な」」
ハモッた二人に苦笑いすると、溜め息をついたフィーラが口を開く。
「だが、疑問が残る」
「疑問?」
「今、王が話したのは我々『四天貴族』の成立ちであって彼の一族の話ではありません」
「俺とラガーベルッカ様の祖先が初代と四大の子であるのはわかった。なら、二代目の母親は誰だ?」
「四大の誰かじゃねーの? 赤の瞳になれるなら緋とか」
「漆黒同士……じゃないと……生まれないと思います」
「じゃなきゃ~アーちゃんが王様だしね~緋との繋がりが~強かった可能性は~あるけど~~」
のほほん男も成立ちは知らなかったのか口を挟むが、言われてみれば遺伝的におかしい。全員の目がイズに向くと、両手を広げたイズが私に抱きつく。
「うわっ! なんだ!?」
「あ~、おっぱい気持ち良い」
顔を胸の谷間に埋め、頬ずりする男を必死に退かそうとするが、身体が痛くて力が出ない。それを良いことに揉みながら指で乳首辺りを擦られ、喘ぎを漏らしてしまう。
「あぁっ……!」
だが、黒~~~~い背景を背負う男達が鋭い目で柄を握っているのが見えたため慌てて口を塞ぐ。さらにイズの頭を叩くと、顔を出した男は後ろの男達に笑みを向けた。
「それだよ」
「は?」
「例えば『四聖宝』が四大の化身でヒナが王だとする。ヒナは四人と愛を育んでいましたが、俺という別の男が現れヒナは俺と結婚しました。さて、そこの四人はどんな気持ちだったでしょう?」
「そんなの、あとからきた貴様に取られて今みたいに険悪……ちょっと待て」
他も気付いたのか、殺気を抑えるとイズを見る。
その話を初代王と四大の化身に替えたとして、そこに他の女性……例えば私と同じ。
「そう、同郷である異世界人の女が初代王の前に現れ、王はその女と結婚。その二人の間に生まれた子こそ二代目だ」
淡々と話すイズに、動悸の激しさが増す。
その間に彼は私の後ろへと回り、息を呑む男達を捉えた。
「そして悲しみと嫉妬に狂った四大達は王を拒絶するかのように自室と言う名の各街に引き篭り、扉に錠をかけた。その扉こそが──『四宝の扉』だ」
笑みを向けるイズの大きな両腕がゆっくりと私を抱きしめる────。