異世界を駆ける
姉御
61話*「違うけど同じ」
***~~~***~~~***~~~***~~~
少女達は男のために円柱の家を建てた。
だが男は少女達を精霊ではなく人間として扱い、四人にも部屋をと、四方に部屋を造り贈ったのだ。喜んだ少女達は共に過ごしている内に恋心と愛を結び──子を宿した。
最初は驚いた男だったが誕生を喜び、少女達と共に大切に愛しんだ。
しかし、彼の喜ぶ姿を見た少女達は力を使い、様々な年代の人間(ひと)を創り出したのだ。だが『生命は軽々と生まれるものじゃない』とはじめて男が激怒し、以降少女達は人間を創り出すことはしなかった。
日が経ち、彼女たちの力で生まれた数十人の中から結ばれる者達が現れ、子を成すことで外に街を作ることにした。アーポアク国、最初の一歩である。
しかし、国歴十一年。
少女達との間に生まれた子達も成長し、幸せに暮らしていたある日──漆黒の髪と瞳の女が現れた。
同じ世界から現れた女に驚き歓喜した男は故郷へ還る希望を持ち、女と日々を過ごす。
楽しむ二人に少女達は憎悪を抱いた。次第に灼熱の太陽、激しい嵐、渦を巻く海、唸る大地が世界を覆ったことで気付いた男は慌てて少女達の下へ向かうが、扉に錠を掛けられ、子と隠れてしまった。
男は少女達に問い掛けるが扉は硬く閉ざされたまま。
途方に暮れた男に、女は少女も子も男の大事な家族だと慰める。男は自身のことしか考えていなかったことに気付くと、自分の瞳の色と同じ宝石と恋文を各扉の前へと置いた。恋文には少女達にどれだけの感謝と子を与えてくれた愛が書かれ、女も少女達に話かける。
男と変わらない優しい声に、少女達もまた自身のことしか考えていなかったことに気付き、ゆっくりと扉を開くと男を抱きしめた。
男は大事な国を、家族を護るため故郷を胸に止めたまま世界に留まることを誓う。そんな彼を女も少女達と支えると同時に愛し、漆黒の髪と瞳を持つ子を成した。
女は少女達に謝るが、優しい彼と同じ女に微笑み、自分の子らを彼と彼女、次世代の王を護る竜へと約束を結んだ。
国歴二十年。
二代目アーポアク王の隣には四つの宝から生まれ、聖なる光を放つ『四聖宝』が立つ。四つの部屋は彼らの母が治める街への入口へと変わり、その扉は『四宝の扉』と呼ばれた。
一途に想い開く扉として──。
***~~~***~~~***~~~***~~~
今日も静かなホールに緊張感が漂う。
私の頭に顎を乗せ、抱きしめたまま語ったイズの話に私達は言葉を失いながら廊下の先にある扉を見つめた。
「『四宝の扉』ってのは四大つーか、女の我侭で出来たものだ。四大同士仲は悪くなかったけど、他の属性の扉に入らせるのは危険だからって入れる人間を制限した。その扉に入る方法は二つ」
「二つ?」
「ひとつは魔力をゼロにすること。でもこれは大切な王と同じ異世界人だけの特権。後に他街に入る用事が増えたから、魔力を抑える『通行宝』と役所が生まれた」
役所生まれのアウィンがそっぽを向くのが見えたが、残りに耳を傾ける。
「アズとスティ、それと以前ガキ共が出身とは違う扉に入れたのは一途な想いがあったからだ」
「想い……だと?」
眉を顰めたフィーラがイズを睨む。
彼が扉に入ったことは知っていたが、スティが入ったのは知らない。確認するように黒ウサギを持つ男を見ると頷かれた。顎を退かしたイズは笑みを浮かべると頬ずりする。
「ヒナが『速く走りたい』と強く想うと速くなれるように、この世界は『強い想い』に大きく左右される。だから二つ目の方法は強く『四宝の扉』に入りたいと願い想うことだ」
「ボクが……ラガー様殺すって……想うのも?」
「ありあり。だってお前、それ以外何も考えてなかっただろ?」
相変わらず不吉な言葉を発するスティが頷くと、ベルが口元に手を寄せる。
「男に想われるのは正直御免ですが……では、アズフィロラ君が過去入れなかったのは」
「昔のアズもお前らも国民も『扉は入れない』って刷り込みがあるからだよ。扉は一瞬でも疑ったら開きはしない。そればかりは人の気持ち次第だから『開けてくれ』って頼まれても、王(俺)でも出来ねぇよ」
「確かに幼少の頃から『他の扉には入れない』と習ったからな……」
「大人になると挑戦すらしねーしな。その点、純粋なガキ共は好奇心しかねーから開いのか」
「なんか~いざ~タネ明かし~されると~拍子抜け~だね~~」
苦笑気味ののほほん男に溜め息をつく。
単純に引っ掛けられただけか。この扉には鍵が掛かってて入れませんよーと言われて、実は開いてましたって感じなんだろ。好奇心に勝てるか勝てないか疑い深いか否か……人間の本質を試されている気分だ。
試しに他の扉を開けようと挑んだが、さすがに疑心暗鬼になっているせいか、フィーラすら開くことは出来なかった。けれど全員その表情はどこか晴々としている。いつか、国民誰もが疑うことなく扉を開くことが出来る気がした。
中央ホールに戻ると、アウィンが疑問を口にする。
「ところで“こいぶみ”ってなんだ?」
「ラブレターだろ? 私は貴方が好きですって紙に書いて送るやつ。貴様ら貰ったことないのか?」
「あるにはあるが……」
「興味……ない」
「わざわざ紙に書かなくても直で言うべきでしょう。ヒナタさん、好きですよ」
「や~ん、熱烈~」
「おいいいぃぃーーーーっ!!!」
恥ずかしい台詞に顔を赤めると、同じように頬を赤く染めたフィーラに『好き……だぞ』と言われ、よじ登ってきたスティに『好き……』と耳元で囁かれ、そっぽ向いたアウィンに『まあ……好きだぜ』と公開処刑が行われた。
真っ赤な顔を両手で覆う私に気にする風もないベルと、私を抱きしめるイズの会話が聞こえる。
「では、忠誠の証に贈る宝石とはそこからきていたんですね」
「そっそ。忠誠または愛の証として贈るのは裏切らないっていう契約なりからね」
「それじゃ“恋文”と言うのは誓いの言葉かっ!」
「っだ!!!」
話しながら両手で胸を揉むイズの足を蹴ると両手が離れる。
ピョンピョン跳ねながらポーチからペンと手の平サイズの紙を取り出したイズは、一枚ずつ『四聖宝』に渡した。
「“こんにちは”って書いて」
「「「「は?」」」」
素っ頓狂な声を上げる四人は文句を言うが言われるがまま書く。
“こんにちは”って、相変わらずわけのわからんヤツめと呆れていると、イズは回収した紙を私に渡した。
「ヒナ、読めるか?」
「読めるかって、そもそも四人に書かせる意味がある……ん?」
言葉は聞け喋れる私だが読むことは出来ない。そう、読めないはずだ。だが、目の前にある紙は同じ“こんにちは”のはずなのに全員違うスペル……というか。
「“Bonjour”“Gutentag”“Buongiorno”“Hello”……って」
「んだよこれ?」
「自分のしか……読めない」
「なぜ全員違う……ヒナタ?」
後ろからフィーラ、スティ、アウィンが顔を覗かせ目を丸くする。
どうやら本人達も知らなかったようだが……いや、というか挨拶ぐらいなら私もわかる……この文字は。
「ルベライトはフランス語~ベルデライトはドイツ語~ラズライトはイタリア語~ドラバイトは英語だよ~~」
動悸が激しくなる私より先に答えたのほほん男は続けて話す。
「言葉は~共通~だけど~文字は~四方事に~違うんだよ~僕~覚えるの~苦労~したもん~~」
「道理で本によって違う文字があると思いました。しかし、どういうことですか?」
「それが“恋文”だ」
ベルの問いに意地の悪い笑みを向けるイズが答える。
どうやら初代は同じ文字では特別感がないと世界を回っていた経験を生かし、別々の文字で四大達に恋文を贈ったそうだ。それが今では各街の“文字”となっているらしい。
思い返せばベルが婚姻届云々で名を書いた時、ドイツ語に似ていると思ったが、あれは本当にドイツ語だったのだ。そして私は英語は多少なり出来る。だがアウィンの所に書類を届けたことがなかったため気付かなかったのだ。
文字が別々でも言葉は共通したのを使っているのなら生活に困りは……言葉?
「この世界……国の共通語って……」
思えばイズ、というより、この世界には勘違いしてばかりだ。
疑い深くなるのもどうかと思うが聞かずにはいられない。私が今、みんなと話しているこの言葉は……ドクンドクンと鳴る心臓を抑えていると、閉じていた瞼をゆっくりと開いたイズは言った。
「日本語だよ。チートなんかじゃなく、俺らもヒナもいま話してる言葉は日本語だ。この国を創ったのはお前と同じ日本人なんだからな」
瞬間、心臓が飛び出すような音を鳴らし、震える手が握る紙を揺らす。溢れるのは──涙。
「ヒナタ!?」
「おいおい、黒王!」
「よくも大事な姫君を泣かせましたね」
「ヒナさん……」
ポツポツと流れる涙が頬を伝い四枚の紙を濡らすと『四聖宝』が慌てて私を囲う。下から心配そうに顔を覗かせるスティを抱きしめると床に両膝を折り、声にならない声を出しながら大粒の涙を流す。
化粧はしている。しているけど止まらないのは、ずっと彼らと私が発していたのが故郷の言葉だったからだ。似た空が、似た街並みが、似た食事があっても地球ではないと脳と身体が言っていた。けれどそれは違った。この世界は一人の男が故郷を忘れず想いながら創った、違うけど同じ地球(世界)。
流れる涙をスティの舌が舐め取り、フィーラに背中を撫でられる。ベルとアウィンがイズを睨むと、静かな声が落ちてきた。
「ヒナ……元の世界に還りたいか?」
「なに……を……」
顔をゆっくり上げると、そこには切ない表情をするイズ。胸が痛む私を他所に、『四聖宝』とのほほん男は目を見開いた。
「お前の世界とこの世界の大きな違いは重力だ」
「重力……?」
「ああ。この世界にくる時、お前どっか高い所から墜ちただろ」
「ま、まあ……マンホールも……高い……か?」
マンホールと聞いて、イズ以外は首を傾げた。あ、この国にマンホールはないんだな。そりゃ安全だと少し頭の回転が戻ってくるとイズは私の前で腰を屈める。
「歴代の王や親父や御袋はなぜ異世界人が空から墜ちてくるのか、身体能力が上がるのか長年研究してきた。結果、初代と同じように高い場所から墜ちてきたことに関係してるんじゃないかって云われている」
「高い……ところ」
「初代も崖から転落したし、他にも自殺しようとしたとか……ともかく高い場所から墜ち、死に近い者を四大達が無意識に助けようと呼んだ可能性がある」
マンホールって死亡率高いのか?
よくわからんがみんなは足元に気を付けるのだぞ、うむ。既に頭が混乱し涙が引っ込むが、イズは続ける。
「そして空気諸々を計測し異世界人の話を聞いたところ、この世界はお前の世界より重力が弱いことがわかった。それにより飛躍的に身体能力が上がったんだ」
あー……宇宙にいる感じなんだろうか。確かに走る時は足が軽いが……つまり高い所から墜ちてきたのなら、同じように高い所から墜ちれば戻れるってことだろうか。
そこでこの国で一番高い所を考える。結果。
「ままままままさか『天命の壁』から墜ちろって言いたいのか!?」
「そりゃビックリだ。そこの連中が許さねぇと思うけどな」
苦笑いするイズだが『四聖宝』とのほほん男が怒りにも近い表情で私を見つめていることに速攻謝った。が、必死に頭を整理しても慌ててしまう。
「待て待て! 今まで元の世界に還った人はいないんだろ!?」
「いない。滅びの選択で殺してたからな。けど、殺さずに済む方法があるならこっちとしても犠牲を増やさなくて良いし、お前達もありがたいだろ」
「そ、それはそうだが、そんな方法が「ある」
ハッキリと断言した男に一瞬何を言われたのかわからなくなった。硬直する私と目を合わせるのは同じ漆黒の髪と瞳。
「還る方法がある、といったらお前は──どうする?」
その表情はいつものふざけた顔ではない、真剣な眼差しを向ける────王。