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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

62話*「証拠」

 動悸の激しさと汗が止まらない。
 震える手をスティが強く握るが、彼も他の四人も、同じように困惑しているのが伝わってくる。ただ一人、目の前の王だけが真っ直ぐな漆黒の瞳で私を捉えていた。必死に声を……確認するように問うた。

「かえ……れ……る?」
「ああ」

 

 躊躇うことも目を逸らすこともなく断言したイズに呆然とする一方、脳裏に元の世界の情景が浮かぶ。
 立ち並ぶ高層ビル、行き交う多くの人々、暗闇から救ってくれる電気、気の良い会社の同僚とうるさい上司、笑顔を向けてくれる愛ちゃんと洋一。同じだけど違う世界にないもの。

「一時的に重力をお前の世界と同じにし、空間に歪ひずみを作って道を繋げれば可能だ」
「そんな……こと……出来るのか?」
「出来る。お前の世界と同じ血が通っている分、捕捉しやすかった」
「しやすかった……って、イヴァレリズ! お前、ヒナタの世界に行ったことがあるのか!?」

 フィーラが慌てて口を挟むとイズは首を横に振る。
 するとポーチに手を伸ばし、いつも食べているチョコを取り出した。包みだけを。それはどこか古さもある正方形に、牛柄。そして、milkと書かれた……。

「チ……ル……チョコ……?」
「これ、お前の世界のだろ? 王になってすぐ試しに空間を繋げて、こいつに行かせたら持ってきたんだ。いや~美味かったなり」

 袋を私に渡したイズは立ち上がると左手を出す。
 その手には先ほどの鳩鴉もどきが生まれ、顎を撫でながら再びポーチからチョコを取りだした。それは違うパッケージで、気付いたのはスティ。

「満月にうさぎ……『ナオ』の……ですよね」
「おう。俺が似せて作らせた。だから非売品」
「うっわ~権力だ~~」

 ドヤ顔でチョコを食べるイズにのほほん男は呆れるが、私は牛柄のパッケージから目を離すことが出来ない。この世界にはなく、自分の世界の物であるとわかる証拠から。
 何も発さない代わりに、ベルとアウィンが口を挟んだ。

「可能性はわかりました……しかし、デメリットはないのですか?」
「鴉は魔法だから良いけど、人間とかいけんのかよ? 途中で迷子になるかもしんねーだろ」
「鴉を案内に付ける。何度か行かしたことあるし覚えてるだろ」

 鳥に『なあ?』と聞くイズに『ポッカアー!』と元気な返事。主に似て自信満々だ。そしてそれは鴉でいいのかと別を考えないと頭が付いていかない私にイズは補足するように言った。

 

「ただ、確かに魔力は大幅に使う。試した時だって数日寝込んだし、人間一人ったら……まあ半年は動けなくなるだろうな。けど、今さら俺がいなくても一緒だろ?」

 

 全員が黙る。
 こんなヤツが王だと考えると本当に泣きたくなるな。フィーラと一緒に溜め息をつくと、鳩鴉もどきを戻したイズは平然と言った。

 

「還るなら明後日にはすんぞ」
「明後日!?」
「魔力全快の今じゃねぇと出来ねぇよ。そろそろ『宝輝』も『四聖宝』に戻して俺の魔力抑えねぇと、魔物の大群や他国が『宝輝』狙ってきちまうしな」

 

 頭をかきながら話すイズの周りに『宝輝』が舞う。
 考えれば魔力が第二の心臓なのは他国も一緒で、大きな力を持つ『宝輝』を狙うはずだ。同じ王族なら知っているだろうし、魔物も魔王がいなくても下級には関係ない。
 そんなことを考えていると、不安そうなスティに抱きしめられる。

 

「ヒナさん……還る……の?」
「王も誰の姫君に言っているのかわかってらっしゃるんですか」
「勝手にオレら無視して、ふざけたこと言ってんじゃねーよ!」
「『宝輝』に関しては何も言いはしない。が、忠誠を誓う主については口を挟ませてもらう」

 

 フィーラ、ベル、アウィンが前を遮るように立つと、イズを睨む。抱きしめるスティも黒ウサギを握るが、イズは小さな息をつくと眉を上げた。

 

「『四聖宝(おまえら)』に止める権利はない。そもそもヒナに贈ったのは誓いの言葉だけで、足りないもんがあるだろ?」

 全員が押し黙るのがわかると、イズは畳み掛けるように続けた。

 

「それじゃ“仮契約”だ。契約済ってなら正式にヒナをアーポアクの人間として扱うことも出来るが、今はただの異世界人で王(俺)の管轄内。そして決める権利はヒナにある。お前らこそ──ふざけんなよ」

 鋭く細められた漆黒の男からは殺気が放たれる。
 私でもわかる殺気に『四聖宝』も息を呑み、目の前の絶対なる王に身動きが取れない。唯一動くことが出来たのは宰相。

「まあま~そんな~脅かさないで~みんな~まだ~混乱~してるしさ~~」
「さすがにバロンは怖気つかねぇな」
「うん~イーちゃんより~レウくんの方が~怖かった~からね~~」

 

 イズは嫌々な顔をすると殺気を消す。
 だが私の両手は震え、汗が出ていた。まるで蛇に睨まれた蛙……が、五匹と言ったところか。苦虫顔ながらも、両手に握り拳を作るフィーラさえ逆らえないのがわかる。これが“王”。
 そんなイズは背中を向けると手を振った。

「んじゃま、明後日の昼過ぎに『会議室』集合な。『四聖宝(おまえら)』もきていいけど、今日はヒナに近付くのは王様命令で禁止。ちゃんと騎舎に帰れよ」

 楽しそうに笑いながら影を纏った男は颯爽と消えた。
 緊張の糸が解けたように一息つくと、スティが肩に顔を埋める。その口からは小さな呟き。

 

「還っちゃ……ヤダ……」
「まさかここで還る方法を出してくるとは思いませんでした」
「マジで黒王ブッ飛ばしてー!」
「頑張れ~~」

 

 呑気な宰相の声にアウィンが怒るが、二人もベルも表情は暗い。スティも顔を上げようとはせず、青髪を撫でていると、片膝を折ったフィーラと目が合う。赤の瞳は揺れていた。

 

「ヒナタ……どうするんだ……?」

 

 五人の目が一斉に向く中、私は何も答えなかった。


 

* * *

 


 眩しく照らす太陽。
 白のカーテンの隙間から鮮やかな光が見え、国に帰ってきたと実感する。

 

 筋肉痛も和らいだ身体を起こし洗面を済ますと、所々に残っている赤い花弁を指でなぞる。その痛みとは違う痛みが胸を刺すが、首を横に振ると制服に着替え、左手首に赤のハチマキを巻く。最後に漆黒に戻った髪をアクロアイト石の付いたヘアゴムでポニーテールに結うと部屋を後にした。

 元々考えるのが苦手でジッと出来ない私だ。
 こういう時は走るに限ると、ポールで一階に降りると一人の男とバッタリ出会す。ベリーショートの金茶の髪に赤紫の瞳をしたルベライト騎士団副団長だ。互いに驚いたが、彼はすぐ柔らかな笑みを向けた。

「おはようございます、ヒナタ様」
「おはよう。こんな早くにどうした?」
「団長の代わりに所要で参り、今から戻るところです」
「フィーラの代わりとは珍しいな……あ」

 

 そこで彼らにも迷惑をかけたことを詫びると、副団長は表情を変えないまま頭を下げた。

 

「今件は我々にとっても良い教訓になりましたし謝る必要はありません。むしろアズフィロラ様の願いを叶えていただきありがとうございました」
「うわわわ、頭を上げろ上げろ!」

 逆に困ってしまう私に副団長は笑うと、東へと足を進める。
 付いて行った先には『赤の扉』。軽く触れただけで開かれる扉からは心地良い風と暖かい日の光。そして、大輪の花々に迎えられる。最初の頃に植えたものとは違う花達に。

「子供達が毎日世話をしているんですよ。たまにアズフィロラ様も一緒に」
「へー……あいつがな」

 

 空を見上げるとオレンジ色の炎を纏ったフィーラを思い出す。
 最初は無口無愛想で殺気を放ってばかりだった男は今では柔らかい表情を見せるようになった。口付けも優……別のことまで思い出してしまい顔が赤くなる。その様子に瞬きしていた副団長だったが、すぐ笑みを浮かべた。

 

「アズフィロラ様なら今朝から出掛けていますよ」
「そ、そうなのか」
「はい。捜し物があると言って門外に」

 

 その言葉に遠くに見える『天命の壁』に目を向けた。
 門外など国に戻る時に南の樹海を通った以外ないし、自分でも歩いていない。今度歩いて……今度などあるだろうか。
 わからない未来に顔を伏せていると目の端にオレンジ色の光が映る。それはフィーラと同じように見えて違う炎を纏った副団長。赤紫の瞳と目が合った。

「アズフィロラ様は当然還ってもらいたくないと思っています。けれど、大切な故郷がある方をお止めすることはしないでしょうね」
「あいつ……らしいな……」
「ですが……」

 

 宙に浮きはじめた副団長につられるように顔を上げる。いつもの微笑とは違う、フィーラが意地悪になる時に似た笑みを向けられた。

 

「もし全力でヒナタ様を止めると仰るのなら当然私もお手伝いします」
「おいおい」
「何しろ扉の件などで、あの方もだいぶん曲がった性格になりましたからね」
「貴様……楽しそうだな……」

 

 苦笑いしながら言うと、炎を纏う男はゆっくりと騎士の礼を取る。

 

「それもすべてヒナタ様のおかげ。アーポアク国とルベライト、そして我が緋き王の下に参られたことに深く感謝します。貴女様の道に炎帝の導きがあらんことを」
「カッコイイことを言っているが、フィーラと一緒にいてくださいとしか聞こえんぞ」

 両頬を赤く染めながら眉を上げると副団長は楽しそうに笑う。
 こいつもまた食えんと思うのは年上のせいだろうかと溜め息をつくが、すぐ互いに笑った。多色の花弁と風が吹き抜けると、その風に乗るように『浮炎歩』で駆けて行く男を見送る。

 『四宝の扉』をはじめて通って見たルベライト。
 赤の髪と瞳の男が治めるように、暖かい太陽と緑と信頼された人々に包まれた街。


 

* * *

 


 『赤の扉』を閉じ、ホールに戻る。と、螺旋階段から出てきた男に満面笑顔で跳びついた。

「弟~~~~っ!!!」
「うわわわ! ヒナタさん!?」

 

 珍しくロシア帽を外した白銀の束感ショートに、深緑の瞳をしたベルデライト騎士団副団長の弟。顔を赤め慌てる姿が可愛いが叫ばれたため仕方なく放す。ケチ。

 

「ケチじゃないっスよ! ベル兄に見られたら俺マジで殺されまスって!! 今いないからいいっスけど!!! あ……」
 

「ほう、今、ベルいないのか~」

 

 また満面の笑みを向けた私に顔を青褪めた弟は風を纏い、猛スピードで『緑の扉』に向かう。それを追うように私も猛ダッシュ。弟のことしか考えていないせいかスピードは上がり、扉前で捕まえてやった。

 

「ああ~! 癒されるな~~!!」
「そ、それ、ベル兄に言ってやってくっさいよ!」
「ヤツのどこに可愛いさがある」

 

 観念して捕まった弟は黙る。
 ホントこの兄弟似てそうで似てない。いや、弟までベルの性格だったら困るんだがな。あんないつも後ろから抱きしめ口付けて終いには……。

 

「どしたっスか? なんか身体が熱いっスけど……あ、まだ体調戻ってないなら部屋まで送りますよ!!」
「うわわわ! 問題ない問題ない!! 問題ないから下ろせ!!!」

 

 顔が真っ赤になった私を心配した弟は軽々と持ち上げ横抱きした。やっぱ兄弟だな!!!
 すると弟は『ベル兄みたいな言い方しないでくっさいよ』と苦笑。確かに『問題ありません』とか言ってたな。一緒に居過ぎてうつったか。考えれば『四聖宝』では一番最初に忠誠を誓い、書庫に住んでるせいか遭遇率は高かった。

 

「まあ、ともかく無事で良かったス。これでベル兄の機嫌が治りますね」
「私が還っても問題なさそうか?」
「へ……還るって?」

 

 弟は丸くした目で私を見る。
 ベルから聞いていないのか、明日元の世界に還るか還らないかで悩んでいると言うと顔を青褪め、両肩を揺す振られた。

 

「かかかか還らないでくっさい! いやいやいやヒナタさん的にはあれかもしんないスけど!! 私的には居てもらいたいっス!!!」
「それ……兄(ベル)に関してだろ」
「結婚してください!!!」
「おい、プロポーズか」

 私のツッコミに大慌てで『ベル兄とです!』と手を振りながら顔を真っ赤にする弟。サラリと『お嫁さんになりません?』と言った兄とは大違いだ。そう言えばあれの返事……しなきゃダメだよな。
 そっぽ向いていると弟は眉を落とした。

 

「ベル兄……ヒナタさんのことホント好きっスよ」
「そ、それは知ってる……」

 

 入れ替わるように今度は私が顔を真っ赤にする。
 どうやら繋がったことも知らないようで弟は瞬きをするが、すぐ兄に似た笑みを向けた。

「ヒナタさん……ベル兄のこと好きになってくれたんっスね」
「う゛っ……まあ……それなりに……」
「なら、俺はそれだけで満足っス」

 

 嬉しそうな笑みのまま弟は『緑の扉』を開ける。
 一瞬冷たい風が伝うが、扉の先は粉雪が舞う雪景色。都会生まれの私は旅行で北海道に行った時しか見たことないがやはり綺麗だ。そしてドーム状の家々は可愛い。そんな景色を見ていると横から声が掛かった。

「色々止めることを言ってしまいましたけど、ヒナタさんにとってここは違う世界っスよね」
「弟……」
「御家族いないと聞きましたが、他にも待ってる人いるんでしょ?」

 

 眉を落とした弟と重なるのは洋一だ。
 愛ちゃんもだが、特に彼には大きなトラウマを残してしまった気がして胸がチクチク痛みだす。そんな私の頭を撫でる弟は、よく知る笑みを向けた。

 

「風の中心は貴女ですから、緩めるのも荒くするも貴女次第です。自然の前に俺らは成す術ないので、大いに巻き起こしていいっスよ」
「私は災害か?」
「あはは、俺にとってはそうっスね。でも……俺達兄弟は貴女に会えて良かった。どうか空を曇りではない蒼穹(あお)にする選択をしてください」

 騎士の礼を取った弟は懐から取り出したロシア帽を被る。
 そのまま緩やかな風を纏うと雪が振る宙へと去って行った。そんな彼の背が一人と重なる。大きさも私への想いも違う男と。

 私はしばし白銀の世界を見つめた────。

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