異世界を駆ける
姉御
63話*「動くな」
「くしゅっ!」
私的に合わないクシャミをしてしまったが、さすがにマイナス五十度の世界に長居するものではなかったな、うむ。
両肩を擦りながらホールに戻ると、即座にレーダーがピンッ!と立った……このレーダーは。
「あ! ねーちゃんだ!!」
「ほんとわっ!!!」
南の廊下から現れたのは、パレッドを含めた教会に身を寄せる子供達。
弟の次になんて幸運なんだろうかと勢いよく抱きしめる。ああ~! 癒される~~!!
「つくづく変態ですね。捕まえますよ」
幸せ脳内に割り込んできた声に顔を上げる。
溜め息をついているのは、金髪に赤茶の瞳。黒縁眼鏡をした、ドラバイト騎士団副団長の眼鏡女子、と。
「なっははは! 変わらずじゃのう、ヒナぼっこ」
「ロジーさん!」
大声で笑うロジーさんに驚くと、胸に抱きしめるパレッド達を放す。
歳なのもあって教会から殆ど出ないと聞いた彼は変わらず長い髭を擦っているが、片手には酒瓶。ここはアウィンのようにツッコミを入れるべきだろうか。しかし、あいつ以上のツッコミが私に出来るだろうか。
「こないな朝早うから御酒はあきまへんな~」
心地良く、大変色気のある代弁に慌てて振り向くと目を丸くした。
「チェチェチェリーさん!?」
「あーっ! ヒナっち!! アンタね、カレっちに何したのよ!!?」
西の廊下から現れたのは蓮模様の着物に、菫色の髪と瑠璃の瞳を持つ、ラズライトの『四天貴族』チェリーさん。隣には眉を上げた亜麻色のツインテに、濃い茶の瞳で睨む副団長のサティ。
彼女達に続くように、チェリーさんの子である双子のフォンテ君とフォンターナちゃん他、数人の子供達もやってきた。瞬間、私は口元を両手で押さえる。
な、なんだこれは。ここは……天国か!!?
「レンレン、あの変態捕まえよ」
「ええ。檻に入れて、帰宅した団長に買い取ってもらいましょう」
「あ、カレッちも帰ってきてからしてね」
なぜか女子二人、腰に掛けている剣を握るが、ふと気付いたことを訊ねた。
「アウィンもスティもいないのか?」
「ええ、今朝から慌しく出て行かれましたよ。食料持って帰ってきてくれればいいんですが」
「カレっちも珍しく朝から……って、アンタね! 元の世界に還るってホントなの!? 何人殺す気!!?」
還ると殺人が起こるのか!?
色々な意味でドキリとしたが、素直に『悩み中』と言うと、剣から手を離した二人は溜め息をついた。居た堪れない気持ちになっていると、チェリーさんが遮る。
「余計なことは言うもんじゃありまへん。ほな、二人は子供らを頼んます」
微笑むチェリーさんに二人は力無い返事をし、子供達の所へ向かう。
というかなぜここにみんながと首を傾げる私に、長い髪を揺らすチェリーさんが答えてくれた。
「ミニこども会を開くんどす」
「へ?」
「ワシは散歩がてらじゃったが、アウィン達が主を連れ戻してきたら遊ぼうと、ミレンジェがゴジュリヴァと約束しとったらしくてな」
ロジーさんの笑い声を聞きながら、子供達と話している副団長達を見る。
最初出会った時……今もだが。ツンツンしている二人は本当に自身の団長が好きなんだと、彼らが襲撃されてわかった。あの時、涙を流していた彼女達は今とても楽しそうに笑っている。
そんな二人の団長。黒ウサギと一緒に傍にいてくれるスティと、赤いハチマキを揺らすアウィンに私は翻弄されてきた。年下で可愛くて愛でていたはずなのに、気付けば“男”として“好き”を囁かれた今は顔がすぐ熱くなってしまう。
何より二人の保護者的なチェリーさんとロジーさんが繋がったことを知ったら……そこで思い出した私は慌てて二人に頭を下げた。
「ご迷惑とご心配をかけて申し訳ありませんでした!」
「なんじゃなんじゃ、突然。元より魔物に襲われるのがこの世界で、退治するのが騎士団。何も変わらんじゃろうて」
「しかし……」
「みなが無事やったならそれで充分。むしろ謝るのはウチらどす」
そう言って、突然頭を下げた二人に息を呑む。
ゆっくりと上げられた先にあった表情も切なく、ロジーさんが口を開いた。
「ワシらは……異世界人が審判にかけられることを知っておった」
「え!?」
「『四天貴族』を先代から継ぐ時にな。もっともセレンティヤは先代が急死し、ヴェレンバスハのとこはまだ若く、知らんかったようじゃが……ワシとエレンメスは違う」
「けれどウチらには見届けることしか出来ず、ヒナ嬢にもカレ坊達にも苦しい思いさせてもうて、ホンマすみまへん」
後ろで子供達が元気に走り回る中、また頭を下げる二人にどうすればいいのかわからない。すると、頭を上げたチェリーさんは瑠璃色の瞳を揺らしながら語りはじめた。
異世界人であった旦那さんの、悲しい話を。
* * *
階段を上り、通い慣れた扉を開く。
散らばった書類が囲む奥では判子を押す宰相と、青藍の髪と漆黒の瞳に白衣を着たジェビィさんがソファに座っていた。
「や~ヒーちゃん~~」
「お帰りなさい」
「ただいまです。ジェビィさん、お一人ですか? イズやレウさんは?」
書類の山を横歩きで進む私に、立ち上がった宰相は器用に隙間を通りながらキッチンへ向かった。手招きするジェビィさんの隣に座ると、ニッコリ笑顔を向けられる。
「あの二人の居場所なんて知らないわよ」
「え、イズはともかく旦那さんは……」
「知らないわ。二人揃ってひょっこり出て来る妖怪だもの」
「よ、妖怪……」
キラキラ笑顔で言う彼女に引いていると、宰相からコーヒーを受け取る。
向かいに座った彼を横目に、心を落ち着かせるように数口飲む。いつも入れるミルクを入れていないせいか苦さが伝うが、カップを置いた私はジェビィさんに訊ねた。
「あの……レウさんと結婚する時、宝石って貰いました?」
「貰ったわよ。はじめて会った日に唇を奪ったと思ったら耳に付いてたの」
髪を耳に掛けると、黒曜石のイヤリングが露になる。
なんでもかんでも大胆な人だと呆れながら、息子も似たもんかと納得した。そんな太陽で輝く宝石を見つめていると、心臓の音が徐々に大きくなり、眩暈を覚える。
「ヒナタちゃん!」
「っ!?」
宰相の大声で我に返るが、過去の惨劇が脳裏を過ぎり、胸を押さえたまま上体を丸めていた。立ち上がった宰相は冷や汗をかき、ジェビィさんも知っていたのか慌ててイヤリングを隠す。
だが、動悸と汗。震えが増しながらも手を伸ばすと、彼女の黒曜石に触れた。
傲慢な男達の手によって幸せが悪夢となった日。
輝きを失わない宝石(それ)が憎く恐ろしく、二十年経った今でも消えない暗闇──けれど今は。
「二人に……お願いが……あります……」
汗を流しながら真剣な眼差しを向ける私に、宰相とジェビィさんは顔を見合わせた。
* * *
綺麗な夕日の下、黒竜の旗が風で揺れる。
さらにその下で大の字になって寝転がっていると、真上から意地の悪い笑みを浮かべる男が覗き込み、同じ顔を返した。
「よう、妖怪二号」
「なんだよ妖怪って……あー、御袋か」
眉を上げたイズは頭をかくと隣に座り、長い漆黒の髪を揺らす。
夕日に染まる姿ははじめて会った時のように綺麗だ。とは、口が裂けても言えない。ついでにチョコを差し出されても顔を背ける。
「食べると寝るからいらん」
「へー、誰に向かって言ってんだ?」
「目の前の貴さ──んっ!」
瞬間、端正な顔が近付き口付けられる。
唇を必死に閉ざしていても舌で抉じ開けられ、奥を突かれると甘いチョコが口内を満たす。身じろいでも跨った男は両脚で下半身を、右手は顎を、左手は右胸を捕らえ、口付けを続けた。
「ふあぁ……ん、ん……」
「んっ、同じ世界の……ん、チョコは……美味いだろ」
「あぁあ……ん」
トロトロ溶け出す口付けに、楽しそうな漆黒の双眸を向けた男は唇を舐める。その刺激に身体がピクリと跳ね、首元に吸い付かれると、両手が上着に潜り込んだ。大きな手は胸を揉んでは先端を弄る。
「ちょっ、こら……やめっ」
「んん……今、体力ないのも……『四聖宝』いないのも知ってるからな……襲うには絶好のチャーンス☆」
「きさ……まあぁぁぁんっ!」
上着が捲られると胸が露になり、イズは先端に吸い付いては咬む。
実際今の私には体力が残っておらず、喘ぎしか出ない。谷間に顔を埋め、先端を舐めながらイズは話す。
「還るか還らないか……ん……決まったか?」
「う、うるさい……貴様こそ私に……還ってもらいたいの……か?」
「別に還っていいよ」
「なっあぁぁっ!」
言い切った男に目を見開くと、片手がデニムパンツとタイツを下ろし、ショーツの中に指を通して秘部を擦る。湿ったそこを撫でながら胸を揉み、頬に口付けると耳元で囁いた。
「だって、会いに行けばいいだけだろ?」
「なっ!?」
「俺を誰だと思ってんだ。世界の王様だぜ。会いたくなったら会いに行く」
「ああぁぁーーっ!!!」
高らかに宣言した男の指がニ本、膣内の奥に勢いよく挿入されると愛液が散る。
軽くイった私が動けないのを良いことに、下腹部に顔を埋めたイズは秘部を舐めては吸い、両手の人差し指で乳首を突く。
はじめて会った時から変態でエロでわけがわからなかった男。
それが“王”だとわかり、その傍若無人に納得がいってしまのはなぜだろう……そんな王の。
「貴様……の……夢……って……なんだ?」
魔王の時に言っていた『夢』。
世界の王だと言う男に夢なんてあるのか問うと、舌が止まる。顔を覗かせたイズは小さな笑みを浮かべた。
「アズと一緒」
「一緒って……『四宝の扉』の開放……?」
ボヤける目で見つめると、上体を起こした男は肩に顔を埋め、頬ずりする。そのまま首元を舐めながら呟いた。
「解放と言えば解放かな……『四聖宝』の解放」
「は?」
「お前も知っての通り、最初の頃のあいつらって仲良いとは言えなかっただろ?」
そう言われれば……フィーラは眉を上げてばかり、ベルは本ばかり、スティも何も言わず、アウィンもどこか距離を取っていた。
「それは歴代の『四聖宝』も一緒でな。扉が開かないせいと連絡手段がないせいで孤立してたんだ。けど上級魔物が増え、魔王の存在に薄々気付いていた俺はさすがにマズイかなーと思ったんだよ」
「なんだ、まともなこと考えああぁっ!」
指一本を膣内に入れ、ぐるぐる掻き回される。睨むが、ニヤニヤされるだけだった。
「だって人口もまだ百万人いない上にラズライト騎士団五十人ちょいだぜ? いつか滅ぶだろ」
「おいおい、不吉なことを……なら貴様が助け「ダメだ」
ハッキリとした声で遮ったイズの瞳は細められ、ここ数日で見た“王”の顔になる。目を見開くと、イズは胸の谷間に顔を埋めた。
「王(俺)は助けない。助けるのは今回みたいにマジでヤバイ時だけだ」
「なぜ……」
「それが歴代の意志だ。探検家だった初代は秘境や危険な地をその地域に住む者と手を取り合って生きてきた。その経験からそんな国にしたいと願い『空気の壁』を開発し、二代目に託した……けど」
「けど……?」
谷間から顔を覗かせたイズは真剣な表情を崩さず私を見つめる。しばしの沈黙に心臓の音が激しくなっていると、彼の口が開いた。
「二代目は『四聖宝』と仲が悪かった」
「…………は?」
いつの日かと同じような状況に目を点にすると、イズはウンウン頷く。
「いや~歴代の王も『四聖宝』も全員男だったんだよ。初代の時みたいにハーレムぽかったらどっちか折れたと思うけど、男五人じゃ意見の食い違いってもんが出ちまって大喧嘩。怒った五人は『もう誰がお前らの手なんか借りるかー』って」
「なんじゃそりゃ!!!」
まさかの話に上体を起こすとイズの頭を叩く。
そんな喧嘩を二代目からしてたから連携取れなかったのか!? そんなのが五百年も続いたせいで開けられる扉も開けず今に至るのか!!?
そんな思考がダダ漏れだったのか、イズは口角を上げた。
「だからヒナには感謝してるぜ。お前が『四聖宝』を虜にしてくれたおかげで、夢だった扉の開放どころか連携も出来るようになったんだからな」
「結局は人任せか!!!」
「いやいや、王が動かないからこそ、生き抜くために国民同士が手を取り合い平和を築くんだよ。つーわけで……」
なんて馬鹿馬鹿しいと顔を青褪めた私の顎を同じように起き上がったイズは持ち上げ、顔を近付けた。いつもと同じ意地の悪い笑みだが、沈みはじめた夕日を背景に漆黒が鮮やかに光る。妖艶な姿に目を奪われていると動悸が激しく鳴る。
「夢を叶えてくれたヒナにはお礼しなきゃな……」
「お礼……?」
「そ……官能的で気持ち良くて──一瞬で快楽の虜にさせてやるよ」
親指がゆっくり私の唇をなぞると彼の唇が近付く──刹那。
「「「「動くな」」」」
いつの日かと同じように冷たく響いた四つの声。
同時に左頬、首、胸上、股の間に鋭い刃が宛てられるが、私にではなくイズに向けられていた。
ん? どっかで見たな────。