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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

64話*「ありがとう」

 まだそんなに経っていないのに懐かしい。
 ただ違うのは刃を向ける相手だけ。胡座をかいたイズの右隣には赤髪のフィーラが左頬を、私の後ろから茶髪のアウィンが腹部を、後ろから白銀のベルが股の間を、左下から青髪のスティが首元に切っ先を当てていた。

 目の前で見るとこんな感じだったのかと、玉座に堕ちた時を思い出しながら乱れた服を直す。イズは楽しそうに口を開いた。

「や~ん、王様に刃を向けた~」
「罪を犯せば王であろうと斬る」
「罪ってなんだよ?」
「強姦罪だよ! 強姦罪!!」
「強姦って……おいおい、ヒナも悦んでたからセーフだろ」
「“気持ち良い”とは言ってなかったのでアウトです」
「地獄耳め。つーか、スティまで向けんのかよ」
「すみません……アナタ誰ですか?」
「マジかい」

 

 あの時と変わらない『四聖宝』だが、その目は私の時以上に鋭く、両手で剣を握っている。それに気付いているイズも溜め息をつき、両手を挙げた。

 

「どっかの女が『片手ダメ』とか言ったから逃げ難いじゃん」
「素直に斬られろ、イヴァレリズ」
「やーなりっ!」

 

 フィーラの刃が頬を掠ると血が零れるが、当のイズは満面の笑みで『あっかんべー』。勢いよく両手で地面を叩き、飛び出してきた影の中へ消え去った。憎ったらしい声が響く。

『しゃーね。異世界に行けない可哀想な騎士達に譲ってや「宝輝解放(テゾーロリベラツィオーネ)」
『っだだだ! ちょっ、スティ!! 痛い痛い!!!』

 黒と白の切っ先をスティが影に突き刺すと、余裕だったイズの声が情けない声に変わる。だが、それ以上は何も聞えなくなった。眉を上げたスティは『ちっ』と……今、舌打したか?
 首を傾げると、刀を黒ウサギに戻したスティに抱きつかれる。

「わわわわっ!」
「う゛ーーっ……ヒナさん……だー……」
「ちょっ、スティ、今……というかなんか濡れてないか!? 貴様らもんっ!!!」

 『近付くの禁止』命令後に会うスティの髪や服は濡れている。剣を鞘に戻して座る三騎士も……いや、フィーラとアウィンは汗か?
 そんな額の汗を拭うフィーラが、首元に吸いつかれている私を睨む。

 

「なぜハリセンで叩かなかった?」
「へ? ああ、体力が今なくて……」
「てめーが体力ないってなんだよ。つーかオレら呼べって」
「呼ぶも何も、貴様ら揃って朝からピクニックにんんんっ!」

 

 フィーラと同じように睨むアウィンに私も眉を上げたが、突然顔を横に向けられる。そこには白銀の髪から雫を落とすベルの微笑があり、口付けられた。それにより開いた首元にスティが吸いつく。

 

「んっ、あぁ……!」
「ん、ピクニックでは……ないんですよ」
「魔物退治……してました」
「おめーら倒したのなんだった?」

 

 両足で二人を蹴るアウィンの声に『帰って早々偉いではないか』と考えていると、唇を離したベルから答える。

 

「八メートル程のイエティでした」
「ボク……リヴァイアサン……」
「俺はフェニックスだ」
「マジ? すげーな。オレのキマイラが一番下じゃん」

 

 おいおい、何を言っているのかなキミ達は。
 隠しボス的発言に顔を青褪める私とは反対に、汗と掠り傷を所々作っている四人は『疲れたー』と互いを労っている。こいつらは伝説の勇者にでもなりたいのか?
 だが、大きく息を吐いた私はハッキリと告げた。


 

「風呂に入れ」


* * *

 


 髪を下ろすと、膝下までの白のネグリジェに着替える。
 カーテンの隙間から欠けた月と星空の光を見つめていると、ハンガーに掛けているスーツとコートが目の端に映る。そのポケットからは社員証がはみ出ていた。

 

 入社して七年。
 気の良い同僚とうるさくも面倒見の良い先輩と上司。そして可愛い後輩。ジッと出来ない私がOLなんてよく出来たものだと苦笑すると、バックから取り出した携帯の『アーポアク』フォルダーを開いた。

 

 気付けば容量オーバー近くまで撮った写真は各街の風景や子供達、宰相、よく見れば心霊写真のようなイズ、そして四人の男達が写っている。
 撮る度に新鮮な反応をしていた彼らを思い出し笑ってしまうが、元の世界のフォルダーを開くと笑みが消えた。決して忘れてはいけない、忘れられない記録。

 次第に手が震えるが、ノック音にすぐ携帯を仕舞った。
 それから一呼吸置き、ドアを開くと、風呂上りのイケメン。もとい、私服の『四聖宝』が揃っていた。つい笑ってしまう。

「大浴場で喧嘩しなかったか?」
「オレらを何歳(いくつ)だと思ってんだ!」
「ヒナタさんも一緒に入ればよろしかったのに」
「ティージ、大丈夫か?」
「湯……あたり……へろヒナさー……」

 

 顔を赤め、色々と変になっているスティを抱きしめると部屋に招き入れた。
 最初はファンシー部屋に後退りしていた連中も迷うことなく足を入れ、フィーラとベルは椅子に、ベッドにスティとアウィンが座る。各自に飲み物を渡した私も椅子に座ると、飲み干す四人に訊ねた。

 

「で、今朝から魔物退治って、何かあったのか?」
「厳密に言えば魔物の傍に欲しい物があったので、ついでに退治しただけですよ」
「あんな大物がいるとは思わなかったけどな」
「一日も……かかった……」
「? そこまでして何が欲しかったんだ」
「これだ」

 

 フィーラの声に、全員がポケットや懐からある物を取り出す。私の前に並んだそれは、手の平サイズの色の付いた石──否。

 

「鉱物じゃないか。しかも高水準の」
「おめー、妙なとこで物知りだよな」
「そりゃ、これだけの物質なら宝石に……ん?」

 

 美しさ、耐久性、希少価値を持ち合わせた鉱物が『宝石』だ。
 そして研磨やカットすれば数千万以上の価値にはなりそうな四つの鉱物の色は赤、翡翠、藍、紫。私を見つめる男達の双眸も赤、翡翠、藍、紫…………!!?

 

「ちょちょちょちょちょちょっと待て!!!」
「察しが早くて助かる」
「やっぱ鉱物なら良いみてーだな」

 

 慌てて立ち上がるが、両隣にいたフィーラとアウィンに手を握られる。
 私は宝石が苦手だ。けれど研磨もカットもされず、光をまだ隠している鉱物は別。そんな唯一触れることの出来る宝石(いし)を前に動悸は激しくなる。だって、これってつまりは……。

「愛する姫君に忠誠の贈り物です」
「これならヒナさん……受け取って……くれますか?」

 見つめる四人の瞳は真剣で『ヒナに贈ったのは誓いの言葉だけで、足りないもんがあるだろ?』を思い出す。足りなかった贈り物に、赤くなる顔を伏せた私は呟くように言った。

「わざわざ……採りに行ったのか……?」

 

 フィーラとアウィンに手を引っ張られるとベッドに座らされる。
 後ろからスティが腰に腕を回し、ベルが左肩に顔を埋め、右手をアウィンが持ち、片膝を床に付けたフィーラの手が膝に乗った。太陽の瞳が私を映す。

「売り物を買って、真実の忠誠だと愛だと俺達が言うと思うか?」
「王様殺せば……ヒナさん還れなくなる……残ってくれると思った……けど」
「怒られそうなので止めました。そして貴女が本来の世界を望むなら、私達の我侭でお引止めすることは許されないとも」
「だからせめて、お前にマジだって証拠を渡したくて思いついたのがこれだった」

 その声が胸の奥まで響く。
 助けてくれたばかりか、好きだと愛してると言ってくれただけでも嬉しかったのに、宝石がダメな私なんかのために朝から危険を冒しながら捜して……バカじゃないか。
 それでも視界が揺れはじめるのは、ポツポツと落ちる涙のせい。

「うっ、うっ……」

 

 強くありたいと思っていた私はもう四人の前では無意味だというように大粒の涙を落とす。その涙を誰も拭うことはせず、ただ哀しそうに微笑むだけ。
 膝に乗るフィーラの手にも涙が落ちると、静かな声が届いた。

 


「明日ヒナタが還ろうとも残ってくれようとも、俺達は『ありがとう』と伝えよう。俺達の前に現れ変えてくれた“異世界人”のキミに」


 

 私は幸福ではなく災厄の異世界人。
 なのにたくさんの人に感謝の言葉を貰った。副団長達にロジーさんにチェリーさん。ジェビィさんにもイズを……王を動かしたことに礼を言われた。感謝するのは私の方なのに、この世界の人達は優しい。何より一番は目の前の彼らだ。

 

 気付けばスティにネグリジェを下ろされ後ろからうなじを、ベルは露になった左胸の先端を、アウィンは赤くなった目尻を舐め、フィーラは両脚を開いた太股にキスを落とした。その刺激に身体が反応すると心地良い声が響く。

「けれどヒナタ、今は」
「ただの“異世界人”じゃなくてよ」
「私達の“愛する姫君”として」
「抱かせて……」

 

 官能的にも聞こえる声は一瞬で全身を支配し、心臓は動悸を増す。それでも必死に伝えた。

 


「……うん」

 


 流れる涙を嬉しさに変え、微笑んだ。

 


* * *

 


 ベッドが軋む音よりも、喘ぎが響く。
 汗と白液を散らす四人の男達によって愛でられ快楽に襲われ乱れる自分の声が。

 

「ああん、あっ……はあぁ……ああっ!!!」
「んっ、ヒナタ……本当にっ」
「灯り……ん、いいのかよ……っく!」
「ふゅん……大丈んああっ!!!」

 

 優しく声をかけ、汗を舐めるフィーラの肉棒を口に含み、頭上でアウィンの手に捕まっている両手で彼の肉棒を握る。下では跨がって両乳首を弄り舐めるスティと、両脚を持ち上げ太い肉棒を膣内に挿入しはじめるベル。
 そんな私の部屋に灯りはひとつしか点いておらず、いつもなら震える世界。けれど今夜は平気だった。

「んっ、いつの間に特訓……されてたんですか?」
「ひゃあ……ん、貴様らがいない時……宰相とジェビィさんに……あああぁん!」
「嬉しいけど……暗いと……ヒナさんの綺麗な身体……ん、見れない」

 

 奥に進むベルの肉棒が強すぎてフィーラの肉棒を離すが、すぐ谷間に突き刺したスティの肉棒を咥えさせられる。

 魔王と彼らのおかげで勇気が持てた私。
 宰相とジェビィさんに協力してもらい、なんとかひとつだけでも大丈夫になった。が、恥ずかし過ぎる姿をすべて見せていたことに今さら顔が熱くなり、ベルの肉棒を締めつける。

「ああっ、ヒナ……タ……さんんっ!」
「ああああぁぁぁーーーーっ!!!」

 

 膣内で白液が噴出し、頭が真っ白になる。
 けれど求めることはやめず、力無い手を伸ばすと一人ずつ口付けながら彼らの愛撫も欲情も受け止めた。大量の汗と白液に濡れ、激しさに意識が朦朧としだすが、囁かれる声はハッキリと届く。

 

「ヒナタ……好きだ……」
「ヒナタさんだけを……愛しています」
「好き……大好き……だから離れたないで……ヒナさん」
「こんだけ好きに……させたくせして……還んなよ……ヒナタ」
「ん……ああ゛あ゛ぁぁーーーーっ!!!」

 

 慣れない灯りと暗闇の中で聞こえる声は悲愴感を漂わせるが、すぐ全身に愛する四人の白液をかけられると快楽に変わる。虚ろな世界の中で机の上で輝く光に恐れなど、もう感じなかった。

 


 

 

 


 夜明け前に目覚めると全身は白液でベタベタ、赤い花弁も数え切れないほど付いている。
 そんな私を囲み、寝息を立てる男達。笑みを浮かべると頬にキスを落とし、痛い身体のままベッドを降りた。

 

 机に並ぶ鉱物を横目にバックから取り出したパスケースを眺める。
 だが、自分の影が揺れていることに気付き目を向けると、浮き上がった影が人の形を取りはじめた。僅かな朝日に照らされるのは黒のマントに漆黒の髪。けれど瞳は赤く、肩にはヘビを乗せた──魔王。
 私は目を見開くが、呆れもした。

「貴様、堂々としすぎだろ」
『なんだ、発狂を期待したのにざんねんだ』
「そこの四人に殺されるぞ」

 

 寝ている彼らを指すが『それもそれで我のねがいが叶う』と笑いながら魔王はヘビの顎を撫でる。魔力が弱すぎる今の彼に四人は気付いていないようで苦笑していると、パスケースを奪われた。
 怒る前に、繁々と見つめる魔王の口が開く。

 

『これはまたふるいものだな』
「二十五年前……亡くなる少し前に撮った最後の家族写真だからな」
『……そうか。道理で主と似ているはずだ。ははおやなど生き写しかのようにな』

 

 その言葉にまた苦笑いする。
 姿見に映る自分と重なる母。当然だ。写真の母は今の私と同じ二十八。身長は父親譲り、見た目は母親譲り、性格は……昨年亡くなった祖母だろうか。
 同じ歳になってしまったことに胸の奥が痛みだしていると、魔王はパスケースを机に置き、私を見上げる。

『きょう、還るのか?』
「…………内緒だ」
『ほう、王にきいたときはまだ不明といっておったが決めたのか』
「ウジウジ悩むのは性に合わない。と、言いたいが、正直迷ってはいる」

 

 元の世界に未練がないわけじゃない。
 けれど、目の前の男達に別れを告げることが果たして出来るのか様々な感情が渦巻いていた。鉱物を指で触っていると、魔王の声が届く。

『主はあの王とおなじ血だろ』
「ぐっ……まあ同じ国の血の意味でな。あんなやりたい放題な男と一緒にするな」
『すればいいではないか』
「は?」

 

 目を丸くした私に、目先の男はどこぞの王に似た笑みを浮かべた。

 


『主はこのせかいの人間ではないのだからな』

 

 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~


 正午を過ぎたアーポアク城の会議室には重い空気が流れている。
 だが、赤の素材クッションに縁が金色の椅子。いつもは空席の玉座に座る男だけは違った。

 

「必殺ー回転玉座ー」
「イズ、みっともないからやめなさい」
「いつもより多く回ってまーす」

 

 土台が回転する玉座で遊ぶ王イヴァレリズに、母親ジェビィは溜め息をつく。そんな彼女の後ろで腕を組む夫レウッドットーは瞼を閉じ、息子の声だけが響いた。

 

「だってーヒナー遅いーんだもーん。『四聖宝(おまえら)』ー逃げられたのっ!!?」

 

 鋭い剣が回転土台に刺さり停まると、イヴァレリズは椅子に深く沈む。その剣の主であるアズフィロラは殺気を放ちながらドスの効いた声を発っした。

 

「大人しくしろ、殺すぞ」
「殺すははじめて聞いたな。んで、ヒナと一緒じゃなかったの?」
「今朝はハリセンで起こされたんだけどよー」
「そのままロードワークに出掛けてしまいました」
「あ~ヒーちゃん~毎朝~走ってたね~~」
「それから……会ってない」

 

 会議室に集まっているのは第十四代国王と宰相。そして『四聖宝』と元・国王と王妃の八人。肝心の彼女の姿はまだなく、沈み出す空気の中、アズフィロラがイヴァレリズに問うた。

 

「道を繋いだとして向こうとの時間枠はどうなっている? 同じなわけではないだろ」
「んー……その辺はあんまわかんねぇけど、少なくとも数年は経ってるかもな」
「げっ、アイツそれ知らねーんじゃね?」
「『伝風鳩』を飛ばしま「邪魔するぞーーーー!」

 

 突然の大声と扉が開く音に全員の目が移る。
 光を連れ込む扉には漆黒の髪を後ろで団子にし、数個開けた白のブラウスにグレーのパンツスーツの女性が漆黒の双眸と笑顔を向けていた。

 

「ヒナ……さん……」
「なんだなんだ? 私が最後か?」
「ん、ビリっちょ」
「ビリっちょって、約束は昼過ぎなんだからセーフだろ」

 

 ブツブツ文句を言いながら靴音を響かせるヒナタは道を開ける『四聖宝』の間を通り、玉座を見上げる。片眉が上がった。

「貴様がそこにいると違和感あるな」
「え? 夢と一緒じゃね? つーか服やばそうだな。ポロリして」
「そうなんだ。胸辺りが……って、こらっ!!!」

 

 良いハリセンの音が木霊した。
 玉座に沈んだ男を確認したヒナタは後ろで呆然と見ている『四聖宝』に振り向く。階段を下りるとポケットから赤、翡翠、藍、紫の鉱物を取り出し、四人の手に乗せた。

 

「これ、返しとくな」
「「「「えっ!!?」」」」
「あら、まさか四人共フラレたの?」
「うっわ~おめでと~~」

 

 大人組の同情の眼差しを一斉に受けた『四聖宝』の顔は見る見る青くなっていく。真後ろでも王がニヤニヤしているが、ヒナタは手を横に振った。

「違う違う。出来れば装飾にしたものを受け取りたいんだ。あとチェリーさんからカメラ借りてきたから一緒に写ってくれ」
「何を言っているんだ……?」

 

 正気を取り戻したアズフィロラの問いに、彼女は答えることなく王を見上げる。

「イズ。貴様に願いがある」
「や~ん、誰に向かって言ってんの」
「胸フェチ俺様悪戯小僧のイズだ」
「…………言いやがったな」

 

 おちゃらけた態度とは一変。片肘を付き、漆黒の双眸を細めたまま意地の悪い笑みを浮かべたイヴァレリズはヒナタを見下ろした。

 

「いいぜ。異世界へ還す一国の王としてではなく、普通のイヴァレリズとして聞いてやる。ヒナ、お前の願いはなんだ?」

 

 静まり返る部屋で全員の瞳が彼女に向く。
 王と同じような笑みを浮かべたヒナタは大きく口を開いた。

 


「私の願いは──」

*次話最終話です

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