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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​金の間*「金色の蝶」

*ヒューゲバロン視点

 冷たい風に運ばれる草花の匂いに瞼を開ける──広がるのは暗闇。

 だが、膝に置いていた眼鏡を掛けると一変した。
 空は雲ひとつない星空と淡く光る満月。地上には白と黄の花々が広がり、茶の輝きを放つ『煙水晶』に寄り掛かって座る僕はまた瞼を閉じる。頭の中に“声”が響いた。

『ヒューゲバロン、お前の勝ちだ』
「……そっか、やっぱり大人しく出来ない子達だったね。ありがと、イヴァレリズ」

 置いていた剣を握ると立ち上がる。
 長い髪を夜風に揺らしながらプレート状の墓場を進むが、前方からやってくる大きな人影に足を止めた。二メートルはある長身に、黒のリヤサ。手に酒瓶を持った男に笑みを浮かべる。

「やあ~ロジじいちゃん~珍しいね~~」
「ふむ、主がここに居る方が珍しいじゃろうて。なあ、バロン?」
「……ただの検診だよ」

 

 “宰相”ではない方で呼ばれ肩を落とす。
 笑いながら僕を横切ったロジエットは『フミエ・タカダ』の墓石に酒を掛けると、その場に座り込んだ。

 

 ここは『煙水晶』を祀る場所で、診療所『あおぞら』の裏手奥にある。
 まだ更地にあった『煙水晶』を気に入ったフミエが診療所を建て、自分が死んだらこの場に埋めてくれと言ったらしい。病院と墓を一緒にするとか頭おかしいんじゃないかと思ったが、木々で遮られた場所(ここ)を見つけられる者はそう何人もいなかった。

「検診はどうじゃった? 随分顔を出しておらんかったじゃろ」
「何も変わらないよ……院長には怒られたけどね」

 

 魔法で創った眼鏡がなければ何も視えない目。
 それでも薄っすらと視えることがあり通っていたが、数ヶ月ほど行っていなかった。それが彼女、ヒナタちゃんに言われて行くとは自分でも驚いている。彼女はもういないのに。
 止めていた足を進めると、背に声が掛かる。

「バロン、アウィンは“護りたい者”を見つけよったぞ」
「……ヒナタちゃんでしょ? 人気者だよね~」

 赤いハチマキを手首に巻いていた理由も、『四聖宝』三人が忠誠を誓っていることも彼女から聞いた。そして最後の一人だったアズフィロラも誓った報告も来ている。
 本当に前代未聞だよと笑いながら立ち去ろうとする僕に、ロジエットは続けた。

 


「主も……じゃろ?」


 

 静かな言葉に足が止まる──。


 

***~~~***~~~***~~~***~~~

 


 僕は五歳の時に魔物に襲われ両親を亡くした。
 僕自身も重症だったが、視力を失うまではなく『あおぞら』で一命を取り留めたことから医者になる夢を持った。そんなリハビリを続けるある日『煙水晶』を祀る場所で、当時騎士団長だったロジエットに出会ったのだ。

 

「ここってお墓……?」
「ああ。ケガしてるお前さんに見せるもんではないがな……秘密にしとけよ」

 

 苦笑しながら竜と槍が描かれたマント。そして赤いハチマキを揺らす彼に不思議と居心地良さを覚えた僕は『家族がいないなら俺んトコ来い』の誘いに、二つ返事で教会へと身を寄せた。

 

 ドラバイトに『四天貴族』はいない。
 血族が途絶えてしまい、今では魔力の高い者が担っている。そして団長退任と同時にロジエットが受け継いで数年。次の『四天貴族』にならないかと話を持ち掛けられたのは僕が十四の時だった。

「まだ元気なジジイが何言ってんだよ。僕は医者になるんだから御免だ」
「それだけ大きな魔力を持っておるならいいだろ。それか騎士団に入れ」
「やだよ。僕は……!」
「ちょっとロジエットさん聞いてよ!」

 

 突然教会の扉が開くと甲高い声が響き渡る。
 振り向けば数日前突然現れ、街の中心に住むようになった漆黒の髪と瞳を持つ女がいた。容姿はいいが、口うるさく自分勝手で僕は嫌いだ。

 彼女もそうなのか、睨みを横目に、さっさと僕は学校へと向かった。

 

 一般学校で成績も良かった僕は友達も多く、毎日を楽しく過ごした。魔物の警報が鳴る度に身体は強張ったが、騎士団やロジエットがいるからと不安も恐怖もなかった……あの日までは──。

 


「ちょっと、何よアンタ達!」

 

 夜も深まった日。教会に帰る途中、路地裏で女と黒いローブを被った数人を見かけた。嫌な声に早く通り過ぎようと思ったが、女の甲高い声は嫌でも耳に入ってくる。

 

「やめてよ、離しっ──きゃああああっ!!!」
「っ!?」

 

 女が黒い影に吸い込まれていくのを捉えた目と目が合う。
 漆黒の瞳は『助けろ!』と訴えている気がしたが、突然のことにその場から逃げてしまった。

 

 帰宅後、様子がおかしいと気付いたロジエットに話したが『そうか……』と哀しい顔を返されるだけだった。違和感を覚えた僕は問い詰めるも、気迫も篭った声と眼差しで『“王”の意志だ』と言われては成す術もない。


 けれど、更地と化した女の家を見た時、はじめて“王”を疑った。

 

 僕は“王”を見たことがない。
 子供の頃から夢現の存在だと教えられ、いてもいなくても良いと思っていた。けれど、今は違う。不快な感情を拭うため、真実を知るため、僕は医者から騎士の道へ進むことにした。

 その意志と生まれ持った高い魔力のおかげで、入団から四年で団長へと上りつめることが出来た。なのに、肝心の王には会えずじまい。

「アヤツが姿を見せることは殆どない……俺として数えるほど。だからこそ夢現と呼ばれる」
「団長式にも会議にも出ないっておかしいだろ! なんのために僕は……」
「気長に待て……バロン」
「くそっ!」

 教会のドアを叩くと、結っていた髪が揺れる。
 その苛立ちは魔物を狩る時に発散され、夜でも光る髪と惨殺さから『光緑(こうりょく)の死神騎士(グリム・リーパー)』と呼ばれるようになった。


 それから七年後、エジェアウィンが入団。
 人懐っこい彼はロジエットに憧れて入ったと言い、親近感が沸いたせいか一緒に居ることが多かった。もう王と会えなくてもいい、仲間達と一緒にドラバイトを護ろう。そう半ば諦めていたその年──“王(彼)”と会った。

 満月が綺麗な夜。
 偶然屋上に夜風を当たりに行くと、漆黒の髪と瞳に黒竜のマントを揺らす男がいた。絶大なる魔力にすぐ“王”だとわかったが、彼の足元に転がる人間と血の付いた刃に目を見開いた。
 それは数ヶ月前に見た、彼と同じ漆黒の髪と瞳をした男の死体。

 

「どういう……こと……ですか……」
「…………」
「なぜ同じ容姿の者を……以前メラナイトが女を連れて行った時も──!?」

 

 太く長い剣が振り下ろされ、無意識に剣で受け止める。
 重過ぎる力に負けそうになるのを必死に堪えると、頭上から低い声が落ちてきた。

 

「忘れろ……死にたくなければ」
「……いいえ……不条理なものを放っておくなど……国のため……僕自身のため……許すことは出来ない!」

 『解放』し、鞭のように伸びた切っ先を動かすと距離を取る。目先の彼は目を細めた。

「不条理か……もったいない男だな──『黒雷招来(こくらいしょうらい)』」
「なっ!?」

 空に掲げられた大剣に、いくつもの黒い雷が僕を囲む。
 『雷』属性などないと酷く混乱する中、なんとか『地上高』で防御した。が、貫通した雷が僕へと落ちる。

「あああ゛あ゛あ゛ぁぁーーーーっっ!!!」

 

 感じたこともない電撃に、脳も身体も麻痺していく。
 それでも必死に目を開くと、雷の中に割り込んできた切っ先に──両目を斬られた。世界が赤黒く変わり、僕は死──。


 

「まだ死んでいない」
「っ!!?」

 


 斬られたはずの目は視える。
 辺りを見渡すと、暗闇の世界を灯すいくつもの行灯。その路の真ん中で座り込んでいた僕を、漆黒の男は見下ろしたまま手を差し出した。

「国を……世界を知りたければ『宰相』になれ」
「宰相……?」
「私以外で唯一、先ほど斬った者達の行く末を決めることが出来る称号だ。今の国を不条理だと唱えるのならば自分で感じ、決めろ」

 嫌いだった女と同じ漆黒の瞳。
 だが、一点の曇りもない瞳に、僕は決意した──。

 


***~~~***~~~***~~~***~~~

 


 あの日と同じように、屋上で満月の光を浴びながら瞼を閉じる。

 彼の手を取り目覚めると──両目の視力を失っていた。

 

 それが彼の言う『感じ、決めろ』。

 視るのではなく感じ、人間の本質を知れ。最初は戸惑い、不便でもあったが、手を取るだけでも“善い”“悪い”が感じ取られ、今では眼鏡を掛けていなくてもわかる。

 団長を辞め、リハビリをして二年。
 約束通り宰相となったことで“異世界の輝石”と国の真実を知った。

 それは本当に不条理で、数人の異世界人がやって来ても救う手立ては見つからず“極刑書”にサインするしかなかった。いつの日か異世界人など来なければいいと異世界人を恨むようになったが、それが叶うことはない。


 そして宰相となって八年──“ヒナタ・ウオズミ”という女性が降り立った。

 彼女は他の異世界人とは違い、泣き叫ぶことも大きく慌てることもなく問答無用で宰相の僕も殴る変わった女性。けれど宝石が嫌いだと不安になった姿に、無意識に手を伸ばした僕は落ち着かせるように抱きしめた。
 強い香水も化粧の匂いもしない暖かな彼女に違和感を覚えながら、監視を含め、アクロアイトに所属させた。

 二ヶ月も経たない内に『四聖宝』と仲を深めた彼女。
 そればかりか、アズフィロラは『四宝の扉』を『通行宝』なしで通るという前代未聞を起こした。驚きと混乱が渦巻く中、時間があれば宰相室で他愛無い話をする彼女との時間に、僕は安らぎを覚えはじめていた。
 けれどその時間は『黒い影』によって崩される。

 


『今の貴様がいるおかげで私は助かっているのだから感謝するだけだ』

 


 何言ってるの……僕は君の生死を国の利益になるか見届けるために助けただけ。いつものように“極刑書”にサインすればいい。そうすれば世界は安定を取り戻す。大丈夫だ。
 なのに“極刑書”を書く手は止まり、ベルデライトで倒れ寝込んでいた彼女が顔を出した時は大袈裟なほど身体が跳ねた。

「よっ! 相変わらず汚い部屋だな。新しいハリセンを作りたいんだが、良い材料ないか?」

 変わらない笑みを向ける彼女に胸が痛み、不意に書類を隠す。
 だが、視力を失ったことを知られたことで大きく心がざわつくと『交換条件』だと、話してはいけない異世界人の秘密を話してしまった。真っ暗闇の中、ソファで暴れ喘ぎ、涙を流しながら過去を語る彼女に残酷な言葉を囁く。

「黒か白──どちらかが飛んだ時にキミの運命は変わる」
「……く……ろ……しろ……んっ」

 

 虚ろな彼女の頬を撫でると──口付けた。
 小さい隙間から舌を口内に入れ、最後かもしれない彼女を堪能する。荒い息を吐きながら唇を離すと、力を無くした手が僕の唇をなぞった。

 

「金……色」
「え?」
「金色の……蝶が飛べば……貴様が……助けて……くれるのか?」

 

 手が唇を通り過ぎ、首から下げたアクロアイトの宝石──竜と蝶の刻印をなぞる。虚ろな彼女が何を思ったのかわからず目を見開いていると、苦笑が返された。

「下から見ると……貴様の瞳と……蝶が重なって見えただけだ」
「ヒナタ……ちゃん?」
「気にするな……世界が滅ぶのと……私の命……なら……私は喜んで……死のう……それで……貴様らが助かる……なら……」
「っ!?」

 

 そのまま深い眠りに落ちる彼女の頬を白い雫が伝う。
 それが自分の涙だと気付いた時には大粒の涙を流しながら彼女を抱きしめていた。不条理な国を変えたくて宰相になったのに、僕は無力だ……キミを……キミを……。


「助け……たい……」

 


 小さく漏れた声に応えるように聞こえた“彼”の声。
 その言葉に、僕は大きな賭けに出ることにした──。

 

 

 


 瞼を開くと星々とオレンジ色の光が重なる。
 澄み切った空が日の出を迎え、四方に佇む男達を照らした。

 

 北に白緑のマントと三日月を持つ白銀の男。西に青のマントと満月を持つ青髪の男。南に金茶のマントと槍を持つ茶髪の男。東に赤のマントと剣を持つ赤髪の男──『四聖宝』の目が一斉に僕を捉える。

 

「まったく~悪い子が~揃ってるね~~……仕方ないか」

 

 溜め息と同時に僕の影から漆黒の髪を揺らすイヴァレリズが現れる。彼女とは違う彼を見ること無く瞼を閉じた僕は耳だけを傾けた。


「“王”からの命令──伝えるぜ」

 


 金色の双眸を開き、口元に描くは弧。
 僕もキミらも抗い続けようじゃないか────ただ一人、護り愛したい女性のために。

*次話ヒナタ視点に戻ります

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