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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

50話*「負のスパイラル」

 深く暗い闇の底を照らす行灯。
 長い路の先にある玉座に座っていると緋色の『宝輝』が現れる。オレンジ色の光を放ちながら形を変える輝きはやがて少女となった。

 真っ直ぐな緋色の髪は足元まであり、何も纏っていない。
 宙を浮いたまま近付いてきた少女は、キラキラ光る緋色の瞳で私を捉えると両手を伸ばし、抱きしめた。

 


『おかえり……』

 


 頬から零れるのは──涙。

 


* * *

 


 真っ黒な壁に床。高い天井には彫刻が施されているが薄暗くて見えない。
 列柱が並び、小さな灯りが点る廊下を息を切らしながら裸足で走ると、勢いよく両開きの戸を開いた。

「どういうことだ!?」
『……なにガダ』

 円状の広い空間の先には天井まで伸びたステンドグラス。
 満月の光が照らす下には褐色の肌に尖った耳と、無造作に跳ねた漆黒の髪に赤の瞳。黒のローブを纏ったソレが数段上に置かれた黒い玉座に腰を下ろしていた。
 頬杖を付くソレの元まで足を進めた私は自分の髪を指す。

「なんで髪の色が黒になってるんだ!?」
『……もとノいろダロ』
「貴様が犯人か!」

 

 手首に付けていた髪ゴムから取り出したハリセンを振り下ろすが、見えない壁に弾かれた。それでも叩き続ける。燭台の灯りがソレとは違う、漆黒に戻った私の髪とドレスを照らした。

 真っ直ぐな漆黒の髪は胸辺りまで伸び、背中の開いたビスチェ型の黒のエンパイアドレス。右手首にはアクロアイトの髪ゴムと、左手首に赤いハチマキ。そして数枚花びらが散った椿が左耳の上で飾られている。
 叩き続ける私に、ソレは溜め息をついた。

 

『……くろハきらイカ?』
「あまり好きではない……」

 

 無駄かと悟り、ハリセンを戻す。
 確かに漆黒は綺麗だと思う。だが、白すら呑み込む色は暗闇と同じで好きになれない。両手を握りしめた私はソレを睨んだ。

「茶髪に戻してくれ」
『……ことわル。われハくろガすキダ』
「拉致った者の望みぐらい聞け!」
『えすこーとハまかサレタガほかハきイテナイ』
「おいーーーーっ!!!」

 

 プイッと顔を逸らしたソレに手を伸ばすが、黒い蔓のようなものが絡まる。見れば燭台にとぐろを巻き、喉を鳴らしながら割れた舌を出した一メートル程の黒いヘビ。目を光らせるヘビの尻尾に捕まった腕に唾を呑み込むと、目を逸らした。

「あー……ヘビ君。わ、私はこいつを撫でたいだけで……決して危害を加える気は……」
『うそヲつケ』
「というか、なぜヘビが……!?」

 

 疑問にソレが指を鳴らすと尾から開放された。
 ソレの腕に巻きつくヘビに安堵したのも束の間。階段下や天井を囲うモノ達に目を瞠った。ハリモグラやコウモリやカマキリ、数百の……魔物に。
 それらが頭を下げている相手に冷や汗をかきながらも笑みを浮かべた。

 

「なるほど……貴様が親玉ということか」
『おやだまカ……われノいちぶナダケダ……これも』

 自身の右手を咬み、赤黒い血が床に落ちる。
 すると、黒い影から四メートル程の真っ黒な右手が現れる。手の平の中央には大きな目玉。ラズライトで私を捕え、スティが始末したはずの上級魔物だ。

 

『アノときハちガたリズ『影騎士(ウンブラ)』ニさんざんやラレテシマッタナ』
「じゃあ……顔まで真っ黒な……スティやベルを襲ったのは」
『われノちからデできタぶんしんダ。しだいノ騎士(エクイタートゥス)カラかがやキヲてニいレルタメニハほかノまものデハむりダ』

 淡々と話すソレだが、意味がわからない。
 つまり、今まで魔物を使いアーポアク国に攻めてきていたのはこいつで、スティの時には既に私を狙っていたことになる。早鐘を打ちはじめる心臓を抑えながら静かに問うた。

「貴様は……なんなんだ……?」

 

 口元で弧を描いたソレは手を伸ばすと、掴んだ私の手を引っ張る。
 座るソレに抱きしめられる格好となり、大きな胸板に頬が赤くなった。さらに顎さえ持ち上げられると赤の双眸と目が合う。覚えがある目に硬直している隙に瞳と唇が近付き──口付けられた。

 それは夢でしたのと同じ口付け。

 


 瞼を開けると、玉座でも広間でもない、グニャグニャと歪んだ場所に浮いていた。
 隣にはソレが立ち、私の肩に腕を回している。ジタバタと退かそうとするが、何も言わず指すソレにつられるように見ると、中央に黒い球体。
 真上からは黒い雫が落ち、球体と同化している。

『あの黒い雫は魔力だ』
「は!? ていうか言葉……」

 さっきまで片言だった言葉が普通に聞こえて驚く。
 だが、球体から目を離さないソレに視線を戻すと、いつの間にか数メートルにも大きくなった球体にヒビが入り──割れた。
 まるで卵から孵化するように、漆黒の髪を揺らす小さな男の子が現れる。

『アレが我だ』
「はあっ!?」

 

 男の子とソレを交互に見る。
 確かに漆黒の髪は跳ねてるし、瞼を開けた瞳は赤だ。けれど私のレーダーが何も反応しない。年上でも下でもすぐ反応するのに、あの子と隣のソレだけはなんの反応もない。ついに故障したか?

 

『我は失った魔力から生まれしモノ』
「は?」

 

 意味のわからない話に、太陽(フィーラ)の色ではない、赤月(イズ)の双眸を見つめる。ソレは瞼を閉じた。

『この世界の者は命と魔力を持って生まれる。だが、死んだ者の命が尽き、肉体が土に還っても魔力は残り、宙を彷徨う。そうして行き場を無くし、不安に駆られ集まって生まれたのが我だ』
「つまり……貴様は魔力の集合体だと?」
『そんなものだ……』

 

 つまるところやはり“人間”ではないのだ。だからレーダーが反応しないのか。納得しながら男の子を見ていると徐々に成長していく様子が子供の成長のように思えて面白い。

 

『我が大きくなるのは人にとって悪いことだ』
「なぜだ?」
『命が生であれば魔力は死を司る。それは命が脆く、魔力が不可能を可能にする大きな力だからだ。そして大き過ぎる力は負を呼び、人にとって災いになる』
「……災い?」
『わからないか? ヘビも含め、我ら魔は人の魔力で生まれた』

 自嘲気味に笑うソレに目を見開く。
 巻き付いているヘビが喉を鳴らすと、静かにソレは囁いた。

 

『この世界のヤツらは自身で生んだ魔に怯え戦っている……果たしてそれに終わりはあるのか……?』

 心臓が大きな音を鳴らす。
 魔物の正体は死んだ者達の魔力。目の前のソレもヘビも……今まで戦っていた魔物すべてが、もしかしたら知っている人間の魔力で出来た存在だったかもしれない?
 そんな負のスパイラルなど死後の魔力をどうにかしなければが終わりなど来ない。

 

「戦わせているのは貴様じゃないのか……?」
『それが我の、魔の本能だ。魔力を食べれば食べるほど強くなれる躯。ならば人間を喰い殺した方が早い……そして四大の輝きこそ絶好の餌」
「だから貴様らはアーポアクを狙うのか!?」

 

 天候をも崩す『宝輝』は大きな魔力を持っている。
 それを喰えばとんでもない力が手に入……ん? ちょっと待て。

 

「私は……必要なくないか?」

 

 強くなりたいために『宝輝』を狙うならわかる。けど私は“魔力ゼロ”の人間。そんな人間をわざわざ狙う必要などないと思うんだが。
 考え込んでいると、ソレは笑みを浮かべた顔を近付ける。魔物とはいえ端正な顔に肩が跳ねると耳元で囁かれた。

 

『当然だ……我は“滅び”を願っている……』
「滅……びっ!?」

 

 耳元から離れたソレの手には翠、蒼、金茶の『宝輝』が浮く。
 無意識に手を伸ばすが腕を取られ睨み上げる。だが、ソレは変わらぬ笑みで続けた。

『終わりを迎える方法は世界を滅ぼすことが一番手っ取り早い』
「……厨ニ病みたいな寝言は寝てから言ってもらおうか。第一、なぜ滅びを願う」
『…………我自身が死にたいからだ』

 死に……たい?
 目を見開いた脳裏に浮かぶのは、微笑みながらも無残な死を遂げた父と母。気付けばソレのローブを引っ張り、怒号を飛ばした。

 

「ふざけるな! 持って生まれた命を粗末にするなど私は許さんぞ!!」
『……我が生まれてもう五百年以上経つ。そして我を殺せるのは我以上の力を持つ者だ』
「『宝輝』の力で死ねると言えるのか!? 貴様だけ残ったらどうする!!?」
『四大の輝きはこの世界のはじまりを意味し、すべての人と魔力を無に返すことが出来る。もし残ったとしても……孤独に一人生きるのも悪くない』
「私利私欲で他の者を巻き込むのはやめろ!!!」

 

 大きな声が木霊し、震えながら顔を伏せた。
 私は私利私欲で動く者が嫌いだ。何も関係ないのに巻き込まれ、いつもの日常を失った……どんなに泣いても戻ってこない命を捨てるなど……嫌だ。

 

『……主(ぬし)の大事な者達を一人ずつ喰い、誰もいない世界を作るのも、ひとつの手だ』

 

 ソレの顔が目の端に映る。開いた口が、髪と共に揺れる椿の花を──食べた。

 

「っ!」

 

 声にならない悲鳴と共に、ひらりと散る花びら。
 脳裏を過ぎるのは、椿を付けてくれたフィーラ、本を読むベル、黒ウサギを持つスティ、赤いハチマキを揺らすアウィン、判子を押す宰相、チョコを食べるイズ……他にもジェビィさんや副団長達が両親のように赤黒い血にまみれ、二度と動かなくなる姿。
 一瞬で恐怖に襲われた身体は冷え、ガタガタと震える。

 

「あ、あぁ……」
『それより……知らぬ間に全員で滅んだ方が幸せであろう?』

 

 くすくすと笑うソレは私の左手を取ると、手首に巻いていたアウィンのハチマキに歯を立てる。振り解いた。

 

「やめろ! これは……これは……」
『恐怖する主の声はそそるな。“王”よりも漆黒の瞳は強く……極上そうだ』
「……“王”を知っているのか?」

 

 夢で逢って以降まったく姿を見せない“王”。そして私の死刑を下した者。目を丸くする私に、ソレは小さく頷いた。

 

『当然知っている。漆黒の髪と双眸を持ち、光と影……そして夢を渡る『世界の皇帝(ムンドゥス・インペラートル)』。もっとも、三、四代前から魔力を隠すのが上手く補足がし難い。だがらこそ我は同じ存在である主を求めた』
「“王”が捕まらないからといって代理に私とは……もう少し頑張ったらどうだ?」
『手近に材料があるのだから隠れているヤツを捜す必要はない。いつもは察知されているのか、すぐ主と同じ者の存在を消すが……今回はなぜか……な』

 

 小さく笑う声に心臓が嫌な音を鳴らすが、伸びた手を避けると勢いよく駆けだした。

 

『……無駄な足掻きを』

 

 グニャグニャと歪んだ世界に出口があるかわからないが逃げるしかない。まだ私とソレを殺す王はいない。本当に来るかなんてわからないが、とにかく逃げて時間を稼がねば、滅ぼすわけには……!
 必死に長いドレスの裾を持ち逃げるが、足元に何かが絡みつくと転倒した。

 

「あうっ!」
『無駄だと言っている……なんの力も持たない主がこの世界に居ても同じであろう?』

 

 足には黒いヘビが巻き付き、喉を鳴らしながら私を睨む。上体をゆっくりと起こした私は呟いた。

 

「確かに……私はこの世界の者ではない……走る以外なんの役にも立たない……けど……」

 

 実際運動能力が上がっているとはいえ、ここではなんの役にも立っていない。
 それでも懸命に立ち上がるとハリセンでヘビを叩き落とし、仁王立ちのままソレを睨んだ。鋭い漆黒の目で。

 


「私を好きだと言ってくれた者達を殺すわけにはいかないんだ。大事な騎士を護るのも主(私)の仕事だからな」


 そしてその騎士達には街と国を護れと言ってきた。命令だけしてさよならなどカッコ悪すぎる。
 ソレは一瞬目を丸くしたが、肩を揺らしながら手を腹にあて笑いはじめた。腹は立つが『人間』と変わらない表情につい魅入ってしまう。だが、ソレの指が鳴ると、一メートル程だった黒いヘビがさらに伸び、私の身体にとぐろを巻いた。

「しまっ……!」

 

 苦しいとまではいかないが、充分すぎる締め付けに身じろいでいると、ソレが笑いながら近付いてくる。

 

『『四大の騎士(エクイタートゥス)』が言ったように主は楽しい……その分、美味しくいただけそうだ』

 笑っていた表情とは一変。『獲物を狙う瞳』に変わったソレは私の顎を持ち上げ目線を合わせる。動悸が激しく、顔を青褪めると耳元で低い声が響いた。

 


『まずは主から『緋の輝き』を取り出し……アヤツらに主(あるじ)を失くし、滅ぶ絶望(デースペーラーティオー)を味あわせよう……』


 不吉な言葉に合わせるように、今度は豪快に唇を────奪われた。

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