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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

51話*「一人ぼっち」

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 

 
 地下ニ階はいっそう静けさを漂わせていた。
 『研究医療班』の名の通り、殆どの者は引き篭もって自身の研究に熱中するが『非常事態宣言』により中止されている。だが『変人』の噂も嘘ではなく、非常時だからこそ何が起こるのか喜んでバタバタ駆け回る……音がしない。

 不審に思った班長ジェビィは南の扉から出ると、中央で佇む男に目を見開く。静かな理由に納得した。

「珍しいわね、レウ。貴方が部屋から出るなんて」

 

 壁に背を預け腕を組んでいるのは、漆黒の長い髪を後ろ下で結い、赤の瞳に黒のマフラーとローブを纏った男。彼女の夫でもあるレウだ。

 人との干渉を嫌う彼が出てくることは珍しく、愛妻家でもあるため近寄る者も少ない。よく見れば、他の扉からビクビク様子を伺っている班員達がいる。レウはジェビィを横抱きすると階段へ向かった。

「どこ行くの?」
「…………屋上だ。さっき、イヴァレリズが出た」
「あら、イズと会うなんて何年振りかしら」

 

 子にはなんの興味もない夫に妻は笑う。
 そんな彼女に構わず宙を浮いた男は屋上を目指す。遥か上空からは朝日が射し込み、ジェビィは目を伏せた。

 


「……たまには働かないとね」

 


 なんの返答もない夫のマフラーを抱きしめた彼女は祈る──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 脳がグニャグニャと揺れる。
 歪んでいる景色のせいか、荒々しく口付けるソレに惑わされているのかわからない。とぐろを巻いたヘビによって全身を、両手も後ろで縛られ身動きが取れず、されるがままに唇を奪われていた。

「ん……何す……」
『『緋の輝き』を……探ってる……だけだ』
「そん、あ……どうや……んっ!」

 

 大きな手で頭を固定され、口内を支配していくソレの舌が喉奥へ侵入していく。普通そんなに舌は長くないだろと勢いよく口を閉じるが、すぐ舌を引っこ抜かれた。くそっ!
 息を乱しながら睨む私に、ソレは呆れている。

『……危ない女だ。舌を切るところだった』
「切ってしまえ! そもそも窒息死したらどうしてくれる!!」
『……それもそうか。人間は面倒なものだな……下からがいいか』

 体内の『宝輝』を取り出すまでは私を生かしておかねばならないはず。だが、危機が去った気がまったくしない。それにしても『人間は面倒』と言いながら、口付けも舌も人間と変わらなかったのが気になる。舌はスティのように冷たく、長かったが……。

「貴様……人間として生きていけるぞ」
『…………我は魔だ』

 

 黒と赤の双眸が交わるが、ソレは瞼を閉じると指を鳴らす。
 すると、グニャグニャしていた世界が闇に包まれた。恐怖に身体が強張ると、暗闇を察したアクロアイト石から灯りが現れる。だが、ソレの手によって掻き消されてしまった。

 

「あっ!」
『灯りなど不要だ』

 

 いっそう深い闇が世界を覆う。
 ヘビの鱗にアクロアイト石が隠れているのが不幸中の幸いだが、動悸は激しく、嫌な汗に身体が震える。何も見えない暗闇の中で頬を撫でられると、ビクリと肩が跳ねた。

「やあっ! やめ……や……」
『主は暗闇が嫌いなようだ……なぜ心地良い闇に恐怖する』
「心地良くなど……ない……」

 

 闇の世界で聞こえてくるのは悲鳴だけ。
 瞬きしただけの闇でも目の前にいた者が消えているかもしれない。二十五年経った今でも私を蝕み、明かりに包まれていなければ不安に押し潰されそうになる。
 目尻に小さな涙を浮かべていると、ソレの舌に舐め取られた。

 

「ひゃっ!」
『……暗闇の孤独こそ、何かを悟り決意することが出来るものだ』
「それで……滅ぼすに行き着いたのか……」
『……人も我らと戦い続けるなど疲れるだけだろ。ならば早々に互いが滅び、楽にしてやろうと我は言っている』

 暗闇の中でもわかる赤の瞳に私は口元で弧を描く。ソレは見えているのか、頬を撫でる手を止めた。

 

『何が可笑しい……』
「いや……聞いていると……随分と心優しく寂しがりやなヤツだと思ってな」
『何……?』

 苛立つ声に赤の瞳が細められ、ヘビの絞め付けが強まる。呻きを上げるが、視界が揺れる中でも笑みを崩さず続けた。

「魔であると……言いながら……戦うのに疲れるとか……自分が大きくなると災いが起きるとか……人間の身を案じているように……聞こえる」
『違う……』
「それに……魔力を食べ強くなれるなら……すべての魔物を……喰って……『宝輝』も喰えば……王に勝てるんじゃないのか……?」

 

 あれだけ大量の魔物がいて、力もあるソレなら実行出来るはずだ。
 だが、それもせず、捕捉出来ていた三、四代前の王達も襲っていない。つまり当時は滅ぼす気がなかった。そしてソレ以外の魔物は動物型で、同じ人型でも喋るモノはいない。なら“死にたい”と言うこいつは……。

 


「貴様は一人が嫌いなんだ……一人ぼっちから逃れたくて死にたいとほざく臆病者だ!」
『違うっ!!!』

 


 大きな声と同時にソレに首を絞められる。
 太い指と握力はヘビよりも強く、唾液を口から吐き出したが、揺れる目を開いた。同じように赤の瞳を揺らし、眉を上げたソレが映る。

『違う……我は暗闇が……孤独が……』
「孤独が好きなら……ヘビ達を……『魔物(仲間)』 を傍には置かない……」

 虚ろな目になりながらも懸命に言葉を紡ぐと、目を見開いたソレの手がゆっくりと放された。顔を伏せたまま何も言わないソレに、私は咳き込みながら続ける。

 

「……貴様は人間の魔力で生まれたと言っていた。それは一時でも誰かの命と共にあったはずだ……なら貴様の心は人間(私たち)と同じじゃないのか?」
『同じ……?』

 揺れる瞳には動揺や焦り、人間の感情が見える。
 ただ大きな“魔力”を持っているだけで私達と何も変わらない。だってこいつは。この世界の人々と同じで──優しい。

 

『なら……』
「……え?」
『主を……喰いたいと沸く、この情も……か?』
「何……を──っ!?」

 

 赤の瞳が細められると、脚に巻き付いていたとぐろが無くなる。
 だが、ソレの手が黒のドレスを勢いよく引き裂き、ショーツが露になった。突然のことに顔を真っ赤にした私は脚を閉ざそうとするが、両膝を折ったソレの手に固定され、太股を舐められる。

 

「ああぁ……やめ……」
『聞かん……我の心は主を喰いたいと言っている……それは人間と同じだろ?』
「私は……食べ物で……は……っ」
『口が騒がしいな……ヘビ』

 

 ショーツを破き、股に顔を埋めたソレの低い声に頷いたヘビが私の口を腹部で塞ぐ。そのまま胸の谷間へと頭を突っ込んだ。

「ふぅうっ!!!」

 

 クネクネ動き、乳房にとぐろを巻く鱗の感触に背筋に何かが這う。下腹部から垂れる蜜を冷たい舌に舐められると同時に、蛇の割れた舌が胸の先端を舐め、卑猥な音を響かせる。

 

「んんっ、んー!」
『んっ……この白液はなぜこんなに溢れ……割れた所から出る……膣内(この)奥に四大の輝きがあるのか……?』
「んーー!!?」

 

 秘芽に口付けたソレは舌を膣内の奥へと伸ばした。
 その舌はまるでヘビの舌のように長く、未知の領域へと浸入され、愛液が飛び散る。書庫でベルにされた時とは違う官能に弓形になると、乳首を咬み弄るヘビの刺激に上げていた顔が落ち、赤の瞳と目が合った。

『なぜ泣く……女は気持ち良いことが好きだろ……』

 雫がポツリポツリとソレの顔にかかると、塞がれていた口元が解放される。瞼を閉じると傍に……愛してくれた男達の姿が浮かぶ。


「……ダメだ……気持ち良くなれるのは……」


 眉を下げながらも笑みを浮かべる──と、世界が歪みはじめた。


 眩暈かと錯覚するが、立ち上がったソレが指を鳴らす。
 世界は黒い玉座と燭台のある場所へと戻ったが、突然地面が大きく揺れ、ステンドグラスが割れた。

 

「な、なんだ!?」
『…………かいせいナそらダナ』
「は……──っ!?」

 

 絡まっていたヘビがいなくなり、片言に戻ったソレの妙な台詞に顔を上げる。夜が明け、眩しい朝日と気持ち良い風が吹く──って、天井がない!?

 綺麗に横真っ二つに開いた場所には暗闇を吹っ飛ばすお天道様が私達を照らす。
 太陽の向き的にここは南かと立ち尽くす私は顔を下げた。床には元・天井らしい瓦礫に押し潰された魔物達。まさかの殺人現場に近い光景に何があったと唾を呑み込む私とは反対に、ソレの肩でヘビが喉を鳴らす。すると別の魔物逹が影から現れ囲むと、ソレは眉を顰めた。

 


『しんにゅうしゃダト……?』
「え……!?」

 


 同時に両開きの戸が勢いよく破壊され、数百匹の魔物が宙を飛ぶ。
 だが、それよりも一緒に飛んできた穂先とスケボーに目を見開いた。浮き上がった白のスケボーは宙で一回転し消えると、積み重なった魔物の上に一人の男が降り立つ。

 一度しか見たことがない金茶に竜と槍の刺繍があるマントを羽織り、赤いハチマキを揺らしながら三メートル程に伸びた穂先と剣が一緒の武器を右手で回転させている。
 動悸が激しくなる中、震える手で左手首にある同じ物を撫でると、男の楽しそうな声が響いた。


「おいっ、そこのがさつで乱暴そうなお姫さん。通りすがりのヒーローになんか用ねーか?」
「べ、別に何も……」
「あ、最後の命令云々とか言ってたらしいけど、オレは騎士じゃなくてヒーローだから別で聞いてやってもいいぜ。もっともオレの知ってるお姫さんは素直じゃねーから、穂先(コイツ)伸ばして丸見えの臍を突いて素直にさせるテもあるけどな」


 妙な屁理屈を言われた気がしたが、武器を指しながら笑う男に臍を隠す。
 ソレとヘビが見つめる視線に恥ずかしさを覚え目を泳がせるが、高鳴る心臓が持ちそうになく、いつの日か約束したように意を決して叫んだ。

 


「あーもうっ! 助けろアウィン!!」

 


 悲鳴に近い声に、茶髪に紫の双眸の男──アウィンは口元で笑みを浮かべた。
 

「……OK、姫君(プリンセス)」


 振り回していた武器を頭上に放り投げると魔物から下り、落ちてきた柄の中央を握る。細めた目で私を……ソレを睨むと勢いよく一回転させ、剣の方を地面に刺した。

 


「土公神(どくじん)と地祇(ちぎ)! 禁断(フォビドン)に交じりて参りやがれ!!──宝輝解放(トレジャーリベレーション)!!!」

 


 いつもとは違う謳に目を瞠ると金色の光が放たれた────。

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