異世界を駆ける
姉御
52話*「四聖宝」
「土公神と地祇! 禁断に交じりて参りやがれ!!──宝輝解放!!!」
眩しい光と共に金茶色の竜が放たれるが、ソレの黒いローブと大きな手に遮られると魔物達がアウィンがいるであろう場所に襲いかかる。が、鎖に繋がった穂先が舞い、青い血飛沫が散った。
真っ二つに斬られた魔物を踏み、駆けるアウィンの右手には全長七十センチ程の太い剣。柄頭から伸びた鎖と、三つに先端が分かれた穂先を鎖鎌のように左手で振り回しては投げ、右手に持つ剣で襲いかかる魔物を斬る。
赤いハチマキを揺らし、口元に笑みを浮かべるのは間違いなく『暴勇の騎兵』──だが。
『ナンダ……あれハ……』
ソレと同じ疑問を持つ。
確かに『解放』と聞こえたが、ここに来た時点で『解放』状態だった。 なのにあれは……あの武器はなんだ? いや、それよりもつい『助けろ!』なんぞ言ってしまったが、なぜアウィンがいる? 気が短すぎて来たのか? 一人……で?
動悸が治まらないまま胸の上で両手を組み、赤いハチマキを握る。
歯を食い縛ったソレは右手を咬み、赤黒い血を床に垂らすと、広がった血の中から四メートル程の真っ黒な右手が現れた。数体の魔物と共に影に潜り、交戦中のアウィンに迫る。が、アウィンは笑っていた。
「影ん中、潜っちゃダメだぜ──こっえー、処刑人がいっからな」
後ろに跳んだ彼がいた場所から、黒い右手が突上げられるように飛び出す。が、サイコロ肉のように斬られ、床に転げ落ちた。その代償か、ソレの右手から血が噴出し、ポツポツ落ちる血に目を細めたソレは一点を睨む。
朝日が照らすアウィンの影からゆっくりと現れたのは、蒼昊の髪とマント、黒い刀を右手に持つ男。頬が緩んだ私は声を上げる。
「スティーーーー!!!」
「……はい、姫君(スィ・プリンチペッサ)」
小さな笑みを見せるスティは刀を自身の影に突き刺す。と、手と一緒に潜った魔物達が細切れになって飛び出してきた。『蒼昊の影騎士』の残忍さに頬が引き攣ったが、スティはプレゼントした編みぐるみを柄頭の鎖から外すと小さく口付ける。そしてポケットに入れると、白ウサギを左手で握った。
影から続々と現れる魔物が背中合わせのニ人を囲む。
アウィンが振り回す穂先の風にスティの長い前髪が揺れ、細めた藍色の双眸が太陽の下で露わになると冷ややかな声が響いた。
「水氷流れたし水神(みなかみ)よ 月下の下(もと) 輝け──宝輝解放(テゾーロリベラツィオーネ)」
蒼色の光と竜が放たれると、手の平サイズの白ウサギは大きさと形を変え──白い刀になった。
右手に黒、左手に白の柄頭同士が鎖で繋がった刀を頭上でクロスさせると勢いよく振り下ろす。魔物を真っ二つに斬ると同時に地面に十字の亀裂を生んだ斬撃に、私とソレは目を見開いた。
反対に、後ろの魔物を斬り終えたアウィンが余波で転倒。怒号が響き渡る。
「てっめーな! もうちょい加減しろよ!! オレまで巻き込む気か!!?」
「さようなら」
「ふざっけんなぁーーーー!!!」
『イッタイ……ドウナッテイル……』
いや、ホントどうなってるんだ。
もうここに何があったのかもわからないぐらい円状の部屋もステンドグラスも燭台も壊れ、無事なのは漆黒の玉座だけ。そんな私達を察したのか、口喧嘩していたニ人が振り向く。
「『宝輝解放(ほうきかいほう)』……『宝輝』で抑えられていた……ボクらの本来の魔力で出せる……力」
『ほんらいノまりょく……?』
アウィンは鎖を握り、穂先を振り回すと、スティは左手に持った白の刀を振る。
「団長になる条件っつーのは魔力を百以上持ってること。デカい力を持つ『宝輝』を抑えるためもあってな」
『ナンダト……?』
「……持ってて気付かないんですか? 『宝輝(それ)』……すんっごい魔力吸うんですよ……」
眉を上げたソレの手には翠、蒼、金茶の『宝輝』。
だが、ソレが冷や汗をかいているのがわかる。要約すると『空気の壁』のように『宝輝』も団長達から魔力を奪って……ん? 百以上持ってること?
「ちょっと待て! 魔力は団長でも百しかないんじゃないのか!?」
確か『空気の壁』に五十、『解放』に三十使って……『宝輝』に回したら既にこいつら天に昇ってるぞ!?
だが、前髪を上げたスティも、ハチマキを後ろに流すアウィンも呆れていた。
「ヒナさん……それ、誰から聞いたんですか?」
「団長の魔力がそんな少ねーわけねーだろ。副団長なら百手前あっけど、団長クラスとなるとその倍。一番下のオレでも三百」
「ボク、四百……」
「はあっ!? じゃあ『宝輝』で奪われる魔力っていうのは……」
「1/2(はんぶん)。不公平だよなー……」
溜め息をつく二人に、イズに騙されたような違うような気持ちになる。するとソレが喉を鳴らした。
『ナルホド……われハまりょくガあつマッタそんざい……それノセイデうばワレテイルことニきづカナカッタわけカ』
ああ、そうか。『宝輝』が魔力を御飯にしているのなら、魔力の集合体であるこいつは丁度良い。反対に同じように強大な魔力を持つこいつは奪われている感覚がなかったのか。
納得したように頷いていると、振り回していた穂先の柄を握ったアウィンが意地の悪い笑みを向けた。
「ま、『宝輝解放(これ)』は『宝輝』を抜かねーと出来ねー奥のテで、オレらもはじめて使うけどな」
「久々の膨大な魔力に慣れず……見す見すヒナさんを奪われるという失態を犯しましたけど……今ではアナタに感謝しています」
『かんしゃ……ダト?』
「てめーが『宝輝』を奪ったことで『宝輝解放(必殺技)』が使えるようになったし」
「愛する姫君(アマーレ・プリンチペッサ)を奪い怒らせたことで」
スティが左手に持つ白の刀を、アウィンが右手に持つ剣の切っ先をソレに向ける。藍と紫の双眸が細められると同時に口が開いた。
「「全力でブッた斬れる」!!!」
その声は私にどこまでもどこでも響いた。
年下など関係なく、純粋に“男”としての告白にも聞こえたせいか、国のために死ぬと決意した心が揺らぐ。だが、ソレに肩を抱かれ我に返った。口元には笑みがある。
『しかし……四大の騎士(エクイタートゥス)が二人も揃っていて良いのか?』
片言ではない声よりも、空に数千という魔物が現れたことに目を瞠る。そして一定方向に向かう先には……顔を青褪めると叫んだ。
「早く国に戻れ! それか退治しろ!! じゃないとアーポアク国が……!!!」
「あん? 無茶言うなよ、オレら空は飛べねっつーの」
「『駆空走』があるだろ!」
「あれは一時的なもんで、飛べても二十分ちょい。空中戦には不向きだ。んで、この国で空中戦を長時間出来んのは一人──それに」
アウィンは頭の後ろで両手を組むと楽しそうに空を見上げたが、瞼を閉じたスティは不機嫌そうに言った。
「上空の領域(テリトリー)の侵入は……“死”を意味します……」
「上空って……まさか!」
見上げると大きな風が漆黒の髪と小さな涙を飛ばす。
遥か上空──雲ひとつないオレンジの太陽と蒼の空の上には、白銀と白緑のマントを揺らしながら長剣を背負い、呑気に本を読みながら佇む男。そんな男に魔物の軍勢が迫る。
「ベルーーーー!!!」
「…………おや、何やらお嫁さんの声がしましたね」
「「「誰がだ!!!」」」
スティとアウィンと一緒にツッコむ。だが、本から私に翡翠の双眸を移したベルは変わらず微笑んだ。
「お元気そうで何よりです。隣の──ソレも」
『空騎士(カエルム)……』
ソレを一瞥したベルは目を細めるとフードを被る。
たったそれだけのことなのに殺気が辺りを包み、十数以上の魔物が消滅した。持っていた本を懐に仕舞った男は片手だけで剣を抜き、切っ先を魔物の軍勢に向ける。
風が彼の回りに集まると、静かな声が響いた。
「天風(てんぷう) 風花(かざばな)散らし 吹鳴(すいめい)よ蒼穹へと轟かせろ──宝輝解放(シェッツェベフライウング)」
翠の光と竜が放たれると強風が巻き起こる。
両手で風を遮りながら空を見ると『解放』で見た雪結晶は一枚もない。それどころか一メートル半程に縮んだ普通の剣に変わり、両刃を光らせているだけ。いつものように剣を弓形にするかと思ったが、空へと向けられた切っ先に風が集まりだす。
そんなベルの上から魔物が襲いかかるが、アウィン達は呆れていた。
「あーあ……空の王様の上から行っちまったよ」
「ラガー様……王様以外に見下ろされるの……嫌いですからね」
会話に、ベルデライトで聞いた“あの方”が“王”であることを知る。
魔物よりも上に集まった風は数千以上の風矢へと形を変え、鏃(やじり)が真下の魔物に向けられるとベルは微笑んだ。
「それ以上踏み込むことを私は赦しはしません。さあ、墜ちて──跪(ひざまず)け」
今まで聞いたこと無い声と瞳と共に、掲げていた剣を勢いよく振り下ろす。『白銀の空騎士』の合図に風矢が一斉に墜ち、すべての魔物を射抜いた。その矢が私達にも向かってくるが見えない壁によって塞がれ、その壁の上に風矢が刺さった死体が積み重なる。
気付けば魔物天井が完成し、青い雨が降ってきた。私の顔も青い。
「て、天井がなくなっていたことよりホラーだな……」
「あん? んだよお前。天井(これ)が斬られたトコ見てねーの?」
「ボクら的には……あっちの方がホラーだったんですけど……」
「…………は?」
違うご意見に瞬きする。
いや、確かにグニャグニャ世界にいたから見てない……というか斬った!!?
まさかの発言に絶句しているとニ人は苦笑い。
「まさかの“見てない”かよ」
「さすが……そういう運ないですよね……あの人……」
「あまり言うと燃やされてしまいますよ」
ニ人の前に旋風が起こると、フードを外したベルが魔物天井を抜け現れた。その表情は変わらない笑顔。あの笑顔の中に残虐さが……と、恐ろしく感じていると汗が出てくる。だが冷や汗ではない。本物の汗で全身が熱い。手を放したソレも額から汗を流しながら口元に笑みを浮かべていた。
『さいごノ……ひとりノ……おでまシカ……』
「最後の……一人……っ!」
呟きに天井代わりとなっていた死体が黒焦げに掻き消される。同時に澄み切った声とゆっくりとした足音が耳の奥まで届いた。
「炎獄の錠 開け放ち 炎帝よ舞い下りろ──宝輝解放(トレゾールリベラシオン)」
赤く熱いオレンジ色の炎が上空を覆い、形を姿を──火の竜へと変えた。
竜というよりは不死鳥にも近いその艶やかな姿に目を奪われると、緋色の双眸と目が合う。その瞳は優しく、夢で視た緋色の少女に似ていた。
『グアアアアアアアッ――――!!!』
悲鳴で我に返ると、オレンジ色の炎を浴びたソレが暴れ狂う。周りにいた魔物達も一瞬で焼き焦げ消滅すると、ソレは手を翳した。
『静かな祈り(プラキドゥム・オーラーティオー)!!!』
黒い雨が降り注ぎ炎は消えたが、片膝を着いたソレは荒い息を吐くと三騎士──の、後ろ。破壊されたドアを睨んだ。つられるように私も視線を動かすと、足音と共に上空を舞う不死鳥と同じ赤の髪と双眸を細めた男の姿に胸が高鳴る。
「数日で黒髪になるとは……変わらず奇怪だな」
「…………私は望んでいなかったんだがな」
「そうか? 俺は好きだぞ、キミの漆黒ならばな」
「それはありがとう……ところで……国大好きな貴様までどうしたんだ?」
皮肉を言いながら意地の悪い笑みを向けると、三騎士の前で立ち止まった男は静かに口を開く。
「いや、キミの隣にいるのが魔物の王……『魔王』だと聞いてな」
「まあ……そうなる……か?」
「なら、最初に言った通り責務を全うしよう」
「最初……?」
「忘れたか? 俺は言ったはずだ──」
赤の髪を揺らす男が右手を翳すと上空にいた不死鳥が舞い下り、見慣れた剣へと姿を変えた。その剣を一振りした彼の横に三騎士が並ぶと、赤の双眸を向ける『赤き一閃の騎士』──フィーラは口元に弧を描く。
「魔王(そんなの)がいて平和になるのなら今すぐ我々──『四聖宝』が斬る、とな」
覚えのある言葉に目を見開いた────。