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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

53話*「王の意志」

 宰相から真実を聞き、皆が生きるためならば喜んで死のうと決めた。
 魔力も持たず、国になんの利益も与えていなかったから。何より両親のように、自分を愛してくれた人達が死ぬのはもう嫌だった。そう逃げるようにソレの手を取り、静かに死を待つ……はずだったのに。


「なぜ……な……んで……きた」


 目頭が熱くなるのを、震える足と身体を堪え、懸命に声を出す。
 目前にはこの世界に墜ち、玉座から逃げ、廊下で顔を合わせた時のように眩しい太陽と冷たい風が吹く中、白銀を赤を青を茶の髪を揺らして立つ四人の男達。

 

 あの時と同じように瞳を細めている。けれど、その瞳は私ではない、隣のソレに向けられていた。顔を伏せる私に、フィーラの透き通った声が響く。

「なぜ……それは俺達が“主(キミ)”の命に背き、国を離れたことを言っているのか?」
「そうだ……私より国を「バーカ」

 途切れ途切れの言葉をアウィンの大きな声が遮る。
 顔を上げればもう嫌になったのか、金茶のマントを放り投げ、見慣れた袖なしのウエストコートとなった。

 

「てめー、さっき『助けろ』って言ったじゃねーか」
「あ、あれは……」
「バッチリと聞いていましたよ。『助けろベル!!』って」
「え……『スティ』でしょ……?」
「勝手に改ざんすんじゃねーーーー!!!」

 先ほどのように一緒にツッコミを入れたいところだが、今は頭がごちゃごちゃしていてわからない。そんな私に気付いたのか、溜め息をついたアウィンは左手で鎖を回す。

 

「『助けろ』ってことは『生きたい』ってことだろ? それがてめーの本心だ」
「ちが……」
「違わない……ヒナさん……素直じゃないから……」
「私は『ソレデいイダロ』

 

 脳内が渦巻く中、片膝を着いていたソレが立ち上がると四人に目を移す。フィーラによって皮膚は焼け、右手からは赤黒い血が落ちているが変わらぬ声を発した。

 

『ぬしヲとリもどシニきタノナラバマタほうむルマデダ──『悪魔の痛み(ディアボロス・ドルマ)』

 床に広がった血溜まりから現れたのは、顔まで真っ黒なソレの分身数十体。他の魔物数千匹も上空と地上を囲う。大群の魔物を暗闇と錯覚してしまう私は震える手でソレのローブを握った。

「やめろ! これ以上私の前で血を」
「見るのはどちらでしょうか。我が姫君(プリンツェッシン)を奪った罪は“死”より重い」
「ああ、一度負けたからといってニ度目はない」

 ソレに抱き付く私だったが、ベルとフィーラのドスの効いた声に背筋が凍る。なのに心がざわつく。
 鞘に収めていた長剣と火の竜から戻った剣同士を当てる音が響くと、赤と翡翠の双眸が私達を捉え、同時に口を開いた。

 


「「永久(とわ)に眠れ」」


 

 スティとアウィンのように胸の奥まで響く言葉に、抑えていたものが、壊れる音が聞こえた。
 もう誰も失いたくない、誰かを失うぐらいなら私自身が消えよう。そう決めていたはずなのに、彼らに想われ愛され囁かれ包まれた今の私に、決意は簡単に弾けて消えた。

 

「フィー……ラ……ベル……スティ……アウィ……ン」

 

 両手で顔を覆い、膝を折ったまま呼ぶ私の目尻からは大粒の涙が落ちていく。
 我侭でも異世界人でも抗っていいのなら、変わらず笑みを浮かべ抱きしめ抱きしめられたい……生きたい……一緒に……いたい。

 願いを零す私に辺りは静まり返るが、小さな息をついたフィーラの声が届く。

 

「たとえキミが我が姫君(プランセッス)だろうと異世界人のヒナタだろうと……キミを取り戻すことは俺達自身と『四聖宝』、どちらでも決定事項だ」

 違和感のある言葉に顔を上げる。眉を顰めるソレも四人を見つめると、口元に弧を描いた男達は一斉に柄を握った。

 


「「「「それが『四聖宝』と──“王”の意志」」」」

 


 目を見開くと同時に紅のマントを揺らすフィーラが身体を捻り、大きな斬撃を飛ばす。赤い光が私達の背後にある壁を、直線状にいた魔物を真っ二つに斬った。
 青い液体が降り注ぐが、ソレの手によって作られた黒い鉄格子と結界によって私は護られる。檻の外にいるソレは意地の悪い笑みを浮かべた。

『てあらナ『赤騎士(ルベル)』ダ。おんなゴトきルツモリカ』
「まさか。『影』と言う名の『闇』を遣うお前の退路を塞ぐだけ──だ!!!」

 フィーラは足を強く踏み込むと飛び出す。
 ソレが手を振ると、目前と上空にいた魔物達が襲いかかるが、駆けるフィーラは身を低くしたまま目前の魔物を斬ると、彼の肩を踏み台にしたスティが跳ぶ。空中で身体を捩らせたスティはニ本の刀で上空の魔物を斬り落とした。

 目前を排除したフィーラは顔まで真っ黒なヤツの一体に斬りかかり、上から襲いかかる二体は鎖に繋がった穂先を飛ばすアウィンが真っ二つに斬る。同時に鎖を戻したアウィンも跳び出すと、右手の剣で地上の魔物を斬りながら上空に穂先を投げる。その先にいるのはスティ。

「おい!?」

 

 鉄格子を握り叫ぶが、片足に鎖を絡ませたスティは大きく左右に振り、アウィンの穂先と刀で魔物を斬った。落下していく彼にも魔物が飛びつくが、通常の武器状態で構えるベルが風矢で討ち、自身にも魔物が向かってくると雪結晶の『解放』に替える。
 

 三騎士の前にも雪結晶が現れると、打った矢がすべてに反射し、四人の目前にいる魔物を射抜いた。

 スティは影へと潜り、同じように潜っていた魔物達を地上に突き上げてはアウィンがさらに細かく斬る。上空へはベルが代わるように宙へと赴き『宝輝解放』で滅していく姿に、私はただ呆然とするしかない。

 

「凄い……」

 

 屋上の時とは違い、自身の武器と身体能力を生かした戦闘。
 なんの合図もなく幾千いた魔物は殆どが消滅し、真っ黒顔とフィーラの剣が当たる音だけが響く。『宝輝』のない四人は触ると魔力を奪われるはずだが、薄い風の結界が護っているのが見えた。

 

『『五段階結界(クイーンクエ・エスカッシャ)』……けっかいまほうノさいこうてん……百ほどノまりょくガイルハズダゾ『空騎士』!』

 ソレの上空から白緑のマントを脱いだベルが細くなった剣を振り下ろし、ソレの黒い剣とぶつかり合う。風を纏ったまま浮くベルは切り掛かってきたソレの切っ先を受け止め、互いに眉を上げたまま笑みを向けた。

 

「問題ありません。私の最高魔力値は千以上ですから」

 

 翡翠の双眸を細めると剣を左手に持ち替え振る。
 ソレは身を屈め回避するように影へと潜ろうとするが、目を見開いたままピタリと止まった。その隙に反転し、右手に戻したベルの剣が再度襲う。赤黒い血が舞った。

 

『グッ『悲しみの(マエスティティア)』ッ!!?』

 

 右肩を斬られ、ベルに向かって左手を翳したソレだったが、横からフィーラの切っ先が頭を狙い、剣で受け止める。だが押し負け、私の元まで下がることとなった。額から汗を流しながら荒い息を吐くソレは分身も全て消滅させられた代償か、所々から血が出ている。

 そして先ほどまで壊れた扉近くにいた四人が、もう数メートルという近くに迫っていた。
 

 彼らの後ろには赤ではなく青い液体と粉々に散った魔物の残骸。だが四人は変わらずソレだけを睨み、私には一向に目を合わせない。檻の隙間から震える手を伸ばすと、ソレに手を取られた。

 

『なるほど……“王”が動いたか』

 

 突然片言ではない声に四人と驚く。
 私に触れると戻るのかと考えるが、今……“王”と言わなかったか?

 

『王の力によって我を影にやらぬ気か……』
「そう、お前の力は禁断の『闇』属性に連なる『影』」
「その力はフードで出来た少しの影でも移動が出来る厄介な技……ですが」
「王様も同じ……属性を持ってるのと同時に……『光』属性を持ってる……」
「だから、てめーの力を遮断することが出来るってわけだ。お天道様はつっえーからな」

 

 淡々と話す四人とソレだが、さっきからやたらと王の名が出ていて動悸が激しくなる。だが赤の双眸を細めたソレが剣を振ると突然檻が消え、私は抱え上げられた。見上げた先には、くすりと笑うソレ。

 

『ならば……さっさと『緋の輝き』を女から取った方が良さそうだ』
「ちょっ、取っああぁあっん!!!」

 

 ソレの肩から黒いヘビが現れると、身体にとぐろを巻かれ、締めつけられる。同時に引き裂かれたドレスの隙間に入り込むと秘部に頭を突っ込まれた。
 慌ててベル、スティ、アウィンが剣を振るが、厚い透明な壁のようなモノに弾き飛ばされる。

 

「んだよコレ!?」
「強い『闇』の力……ですね!」
「ヒナさん!!!」

 

 必死に壁を斬り付けながら名を呼ぶ声。
 それは嬉しくもあるが、ヘビの口が秘部の割れ目に入り、卑猥な音を鳴らしながら脚に蜜が垂れていく。その刺激に喘いだ。

「ああぁ……あ……ダ……メんっ!」

 

 ソレの手が私の顎を持ち上げ口付けるが、壁の向こうから嫌な空気を感じる。こ、こんな姿を目の前で見られるなど羞恥だ!
 だが必死に身じろいでもソレの手が腰を固定し、全身ヘビに締めつけられてはどうしようも出来ない。気付けばヘビの舌が先ほどのソレのように膣内の奥へと侵入し、電流のような刺激が全身を駆け上った。

「あ゛あ゛あ゛あああぁぁーーーーっ!!!」
「っ、もう我慢ならん!!!」

 

 黙っていたフィーラが憤怒の形相を向けたまま大きく剣を──

「や~ん。いっけないんだ、いっけないんだ~」


 呑気な声が響き渡ると、振り下ろすフィーラの剣が止まった。けれど表情は変わらない。
 同時にソレとヘビの動きも止まり、虚ろな瞳で聞き慣れた腹の立つ声の方を見る。青い液体が広がり、破壊された扉から現れたのは……。

「王様の命令破っちゃダメなりよ、アズ?」
「ふん……どっかの誰かが遅いせいだ」
「イ……ズ……?」

 

 イズの声だ。

 だが、黒いローブを頭から足元まで被っていて姿がわからない。母親の真似かと考えるが、フィーラは溜め息をつくと、ひと振りで青い液体も魔物の残骸も焼き尽くした。
 綺麗な漆黒の床を、ローブの男はゆっくりと歩きながら呑気に手を挙げる。

 

「よっ、元気? さっきの声は厭らしかったなりよ~。出来ればポロリもあれば良かったのに、残念」
「き、貴様、やはりイズだな! 突然現れて変態発言は止めろ!! 王の代わりに殺しにきたのか!!?」
「そうそー、ちょいっと本業しねぇと危ねぇかなって」
「本業……っ!?」

 

 変態発言に飛んでいた意識が戻ったが、言葉に詰まる。
 綺麗になった床の左に剣を収めたフィーラとベル、右にスティとアウィンが道を開けて並ぶ。そのまま片膝と片手を着くと頭を──下げた。
 四人の間を通って前に出たイズはソレと私を交互に指す。

 

「ええーと……『宝輝』持ってんの、お前らニ人だよな?」
『……そうだ』

 

 ソレの右手に翠、蒼、金茶の『宝輝』が浮く。
 私も持っているといれば持っているかと頷くと、ローブの隙間から小さな笑みが見えた。

 


「んじゃ──“還ってこい”」

 


 低い声に合わせるように三つの……いや、私の身体からも輝きが放たれた。
 それは全身が燃えるように熱く、とぐろを巻いていたヘビも消滅すると身体が自然と弓形になり、声を上げる。すると体内から──緋の『宝輝』が現れた。

 

『ぐあああああーーーーっ!!!』

 

 同時に右腕が消滅したソレも呻きを上げながら玉座へ倒れ込むと『宝輝』が宙を飛ぶ。身体から発せられた光がなくなった私も両膝を折り、汗と荒い息を吐きながら手を翳す男を見た。手の平には四つの先が割れた十字架が掲げられ『宝輝』が集まる。

『ギザマ……マサカ……』
「ん? ああ、悪ぃ悪ぃ。自己紹介まだだっけ。んじゃま改めて──宝輝解放(ほうきかいほう)」

 虹色の光が周囲を包むと、黒のローブが解かれる。
 その姿は声通りイズ。だが見る見る身長と身体が大きくなり、漆黒の髪は腰下まである長さで後ろ上で結われ、フィーラと同じぐらいの身長にアウィン並みの筋肉。そして黒のローブがマントに変わると背には竜が一匹。

 そして壊れた十字架に『宝輝』が集まり消えると、形を縦に横に伸ばし、身丈程のグレートソードが生まれる。その柄を右手で握り振り回すと、大きな風を巻き起こした。

「俺の名はイヴァレリズ」

 

 大きな風に両手で前を塞ぐが、いつもより低い声に閉じていた瞼を開けると目が合う。だがその瞳は赤ではなく──漆黒。
 全身漆黒の男は口元で笑みを浮かべた。

「第十四代アーポアク国王イヴァレリズ・アンモライト・アーポアク────よろしくな」

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