異世界を駆ける
姉御
54話*「黒竜の名の下」
目を見開いたまま動くことが出来ない。
目先に佇み、『四聖宝』が頭を下げている相手は誰だ? イズだ。
全身真っ黒でチョコ好きで胸フェチで無断侵入して年下のくせして偉そうなメラナイトの団長──否。
「ちょーーっと待てーーっ!!!」
「お、ツッコミ入れるとはまだまだ余裕あんな」
「貴様年下じゃないな!?」
「そこ?」
また空気を読まずツッコんでしまったが、年齢レーダーが警報を鳴らしている。二十歳だと言っていたはずが今は年上……いや。
すると、立ち上がったフィーラがイズの隣に並ぶと眉を上げた。
「当然だ。イヴァレリズの実年齢は俺とヒナタと同じ二十八なのだからな」
「なにーーーーっ!?」
まさかの発言にイズを見ると顔を横に向け、舌を出している。おいっ!
怒りが沸々と沸くが、後ろから褐色の大きな手に腰を抱かれた。振り向くと右腕を失くしたソレが汗をかきながら赤の双眸でイズを睨んでいる。
『現王か……干渉してこなかった王がなぜ今になって出てくる』
「お前が出てこなきゃ俺も出てこなかったよ。けど、エロい声に我慢出来なくてさー」
『……こういう声か?』
ソレは小さな笑みを浮かべると私の耳を舐めた。
「ひゃあっ!」
「お、エロいエロい。ナイス」
「イヴァレリズ。お前が『待て』と言うから待ったが、俺はもう待つ気はないぞ」
「「「同じく」」」
殺気を放つ『四聖宝』が再ぶ剣を抜く。イズは苦笑いしながらフィーラと脱いだマントを羽織るベルを見た。
「つーか『俺が行くまでヤツに手を出すな』って言ったのに、お前ら手ぇ出したろ」
「ですからマントを脱いで斬りつけましたよ。あまりにも王が遅いから」
「俺はラガーベルッカ様を助けただけだ。どっかのバカ王が遅いから」
「や~ん、家来が王様に暴言をっだ!」
フィーラの手刀がイズの頭に落ちる。
『誰がだ』という怒気を含んだ目に、毎回王の話に嫌な顔をしていた謎が解けた。確かに、こんなヤツが王と言われれば……というより本当に。
「本当に……イズが“王”……なのか?」
震える声と揺れる双眸でイズを見つめると、いつものおちゃらけた態度とは違い、真っ直ぐな目を合わせた。赤ではない漆黒の双眸を。
「……ああ。魔力を抑えてたから瞳は赤だったが、正真正銘“王”だ。だから俺はお前の味方にはなれない。けど『四聖宝』じゃねぇが、お前にもそっちのヤツにも感謝してるぜ」
「感謝……?」
口元に笑みを浮かべたイズは大きな剣を持ち上げ、切っ先を向ける。サラリと綺麗な漆黒の髪が揺れると瞳を細めた。
「俺の夢を叶えてくれたんだからな」
『夢……?』
「そ。つーわけで、礼がてら助けて滅ぼしてやるよ」
なぜ礼に助けられ滅ぼされるのか。
だが首を傾げる私とは違い、ソレは笑みを浮かべている。同時に“死にたい”と言っていたのを思い出すと胸が大きく痛み、無意識に腰に回るソレの手を握った。
その行動に全員が目を見開き、私は慌てて手を退けたが、イズが意地の悪い笑みを向ける。
「『宝輝』はその女から離れ、お前にとっては用済みのはずだ……なのに殺しもせず一緒にいるのはなんでだ?」
『……さあな。我も抗いたくなったのだろ。主と同じように──『闇の恩寵(オプスクーリタース・グラーティア)』
黒と赤の双眸を互いに捉えると、ソレの呟きに辺りが黒──否、太陽が黒い影に覆われ、闇に包まれる。恐怖が押し寄せるが、日食のように消えた太陽がまた姿を現した。輝く光に安堵するかのように閉じていた瞼を開ける。が、目の前の光景に息を呑んだ。
「こりゃまた眩暈がする数だな」
呑気なイズと『四聖宝』が背中合わせに円を描くと剣を構える。
そんな彼らを囲うのは先ほど『四聖宝』が倒した倍以上の魔物。しかもすべて顔まで真っ黒なヤツ。ソレを見ると、失ったはずの右腕が一メートル半ほどにも長く太く、岩のように硬い黒の腕に変わっていた。
すると私を抱えたまま宙を飛び、上空にいる魔物の群れへと入る。
見下ろせば、外観はアーポアクのような黒い円状の城っぽいもの、周りには樹海が広がっていた。顔を青褪めた私はソレの首に腕を回す。
「わわわわわ!」
『来るなら……来い。堕罪の王よ』
「それ言うなって……ま、殺る気満々みてぇだし、こっちも殺るか」
下から楽しそうに見ていたイズは目を細める。
「ベル、結界は『四段階』。居城の連中を出すな」
「承知」
「スティ、派手に殺れ。許す」
「はい……」
「アウィン、ベルとスティの援護は任せる」
「ういっす」
「フィー「やめろ」
愛称で呼ぶイズだったが、フィーラだけは遮り、表情も変わらず苦虫を噛み潰しているように見える。
「その名を呼べるのはヒナタと両親だけで、お前に許可した覚えはない」
「へいへい……んじゃ、アズは俺の後ろについて──ヤツからあいつを引き剥がすぞ」
漆黒の王から黒いオーラが放出されると、頷いたフィーラもオレンジ色の炎を纏う。同時にベルは風を、スティは水を纏い、アウィンの足元では地面が唸りだす。
イズは剣の柄を両手で握ると大きく振り下ろし、黒の玉座を壊すと同時に叫んだ。
「“王”命令──黒竜の名の下、ブっ潰せ!!!」
「「「「はっ!!!!」」」」
掛け声に合わせるかのように飛び出す『四聖宝』。
ベルは長剣を地面に突き刺すと柄の上に片足を乗せ、フードを被ると翳した指を鳴らす。
「捕らえろ──『四段階結界(フィーアエスカッシャ)』」
翡翠の双眸が細くなると円状の城をオレンジ色の光が包む。
そんな彼の周りを『宝輝解放』したアウィンの穂先が舞い、黒いソレらを斬る。
「邪魔はさせねーよ!!!」
赤いハチマキを揺らしながら鎖を振り、剣で斬るアウィン。
数メートル離れたところで囲われているスティは黒と白の刀を握り、藍色の瞳を細めた。それは上空にいてもわかるほど大きく黒い殺気。
「ヒナさんと王様の前に現れるモノは──殺す。『水幻鏡(すいげんきょう)』」
小さな水が大きな水柱に変わると、水で出来たスティの分身が複数現れ、黒いソレらの後ろを囲むと一斉に両刀で斬った。激しい水飛沫に他ニ人の身を案じるが、すぐ近くからも感じる殺気に振り向く。
見ると、燃え盛る火の竜が上空にいる魔物を一掃。その中央には赤の瞳を細めたフィーラがオレンジの炎を纏い、手を翳していた。
「燃え死せ──煉獄鳥(ピュルガトワール・ヴォラティル)」
「うわっと! おいアズ、俺まで……殺る気だろ──なっ!!!」
炎の渦がイズを囲んだが、魔物のように燃えることは無く、振り上げた大剣と私を抱えるソレの右腕がぶつかる。ソレの右腕は両刃の剣に変形し、互いに討ち合うが、衝撃と音を間近で聞く私はたまったもんじゃない。
「貴様らー! やるんならニ人でしろーー!!」
「そいつに聞けっ!!!」
『一緒にいたい女といて何が悪い』
「だそうだ! イズやめろーーーーっ!!」
「なんで王が白旗上げなきゃなんねぇんだよ! お前はそっちの味方か!?」
そう叫ぶイズに私も止まると、頭上でソレの笑う声が届いた。
『我の姫君(フィーリア・レーギス)になっても構わん。そして四大の騎士共に、一国の王が国を空けるのはどうだろうな──『悲しみの奴隷(マエスティティア・セルウス)』
また暗闇が空を覆うが、私達ではなく遥か北──『天命の壁』の真上。
黒雲からは魔物達が続々と姿を現し、その下にある“国”に降りて行く。顔を青褪めるが、イズの剣は変わらずソレに向かい、フィーラも動く気がない。私と同じようにソレも眉を顰めると、剣を交えるイズの長い髪が私の頬を撫でる。よく見ると、フィーラと共に意地の悪い笑みを浮かべていた。
「“俺の国”、獲れるもんなら獲ってみろ」
『なんだと……?』
「国竜を護るのは何も『四聖宝(俺達)』だけではない。頼もしい部下──それに」
「“死神騎士”と“前王”がいるからな」
漆黒の双眸が私の手首を捉える。
アクロアイト石に刻まれた竜と──太陽で光る金色の蝶を。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
アーポアク国上空に黒い空と雲が覆う。
だが、国は静寂に包まれ、唯一賑わっているのは四方の二重門。門の外と内側には全騎士団員が剣を構え、『天命の壁』に刺さる各旗の下には──副団長が佇んでいた。
彼らの耳にのんびりとした声が届く。
『みんな~よろしくね~~』
「バカ団長以上にヤル気が感じられませんね」
「まったくだわ! ていうかこっちにまで回すんじゃないわよ!! カレっちのバカ!!!」
「まあまあ、怒ったって団長と王様命令っスから」
「今までお役に立てなかった分、しっかりと責務を全うしましょう。では、参ります──解放(リベラシオン)」
赤紫の双眸を細めたルベライト騎士団副団長ウリュグスの声と同時に四方から大きな光が上がる。それらを城の屋上から確認した男は笑みを浮かべたが、彼の真上には顔まで真っ黒な魔物が数百降りてきていた。
金色の双眸を細めた男はヘアゴムを取り出すと、長いミントグリーンの髪をひとつに結ぶ。その隣で青藍の髪と白衣を揺らす女性は溜め息をつきながら剣を抜く宰相を見た。
「どうして私まで……」
「まあまあ~子供が頑張ってるんだからさ~いいじゃない──解放(リベレーション)」
金色の光を放った宰相が跳ぶと、長く伸びた剣が魔物を墜とす。
そんな彼を見つめるジェビィの前で漆黒の髪を揺らす男が長いマフラーを外し、彼女に手渡した。目を逸らしている彼女に赤の瞳が向けられる。
「…………ジェビィ」
「はいはい、やるわよもう」
頬を膨らませたジェビィは夫のマフラーを大きく振り回すと、さらに長くなったマフラーが円を描く。解いた青藍の髪を風に靡かせ、艶やかな姿を見せる漆黒の瞳は空を見上げた。
「清流塞き止め 天上へと駆け昇り 雫を散らせ──解放(リベラツィオーネ)」
上空に水が集まると、漆黒の男は両手を翳す。同時に“息子”の言葉を思い出し、眉を上げた。
『んじゃま、親父。“国(ここ)”任せたなり』
『…………私に命令する気か?』
『えー、だって──今は俺が“王”だぜ』
「命令した代償は高いぞ──『黒雷招来』」
低い声に瞳が漆黒になると、黒い雷が墜ちた──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
凄まじい雷が聞こえる。
この世界にきて雷など聞いたことないが、目でも見える──黒い雷が。
イズの大剣を受け流したソレは距離を取ると瞼を閉じた。そのまま黙り込んだ様子に声を掛ける。
「どうした……?」
『いや……“仲間”がいるといないとでは違うな』
数倍いた真っ黒なソレらはすべて『四聖宝』の手によって葬られ、下ではベル、スティ、アウィンが笑みを浮かべていた。上空にいるフィーラは『宝輝解放』を解いて剣に戻すと、イズと一緒に切っ先をソレに向ける。大勢いたソレの“仲間”はもういない。
赤の双眸を細めたソレは私に目を移す。
『主が仲間(やつら)を呼ぶのか……?』
その言葉にイズが言っていた『周りに“お前”という現実を植えつけ味方にしろ』を思い出すが、私にはわからない。だが切ない表情を見せるソレは確かに人間のようで胸が痛くなり、気付けばソレの腕を握っていた。
「貴様が白旗を上げれば……それ以上“魔物(仲間)”を失わず済むんじゃないか?」
『……言ったと思うが我は“魔”で有り、主とはいれない』
「だがさっき『一緒にいたい』と言っていたではないか……」
恥ずかしい台詞だったと今更だが顔を伏せる。『四聖宝』といい、本当にこの世界の男は……。
そんな私を見るイズは苦笑した。
「なんで頬が赤くなってるのかねー、あいつは」
「まるで俺達が悪者だな……だが」
「ああ……一度──滅びろ」
漆黒と赤の双眸を向けたイズとフィーラは以前見せたように左右に身体を捻らせる。黒と赤の殺気に伏せていた顔を上げたが、ソレが小さく呟くのが聞こえた。
『そうか……あの王の望みは──』
だが、最後まで聞こえなかった。ソレの腕から解放され墜ちる私には。
無意識に手を伸ばしたが、微笑を向けるソレはイズとフィーラの黒と赤の斬撃を受けた。
大きな光が空を覆う────。