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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

55話*「太陽よりも」

 ふわふわと身体が浮いている。
 腕を離され、落下していたはずなのになぜ……。

 

 ゆっくりと瞼を開けると、そこは青空でもなんでもない。先ほども訪れた、グニャグニャ歪んだ世界だった。目先には漆黒の長い髪を上げ、黒のマントに竜を背負う男。その正体を知った今は名を呼んだ。

「…………イ……ズ?」
「よっ、お目覚めか。早速で悪ぃけど走れ」
「は?」

 

 漆黒の双眸で振り向いた王=イズは笑みを向けると私の身体を反転させ背中を押す。一回り身長も身体も大きくなった男に急かされるが、わけがわからない。

 

「な、なんだ!? どうした!!?」
「ほらほら、早く走らねぇと呑み込まれるなりよ」
「呑み込まれ……!?」

 

 振り向くと、ジワジワと暗闇が迫っていた。
 恐怖した私は猛ダッシュし、呑気に『そうそ~その調子~』と後ろに続く男に腹を立てる。

 

「説明しろ! なぜ私達だけがいる!? あれはなんだ!!?」
「えーとね。前者は俺が呼んだから。後者は爆発したから」
「全っ然説明になっていない!!!」
「や~ん、簡潔に言ったのに……あ、もうちょい頑張って走らないと追いつかれんぞ」
「頭がごちゃごちゃしてて集中出来ないんだ!!!」

 

 この世界に墜ちて確かにスピードが上がった。
 だがそれは一直線に『走る』と思わなければ速度が落ちる。そしてこれだけわけがわからない中でそれは無理だ。というか。

「貴様がなんとかしろ! “王”だろ!?」
「や~ん、まさかの他力本願~」
「散々自分も『四聖宝』任せにしてたくせに!」

 

 疲れる。走ることではなく“王(こいつ)”の相手が。
 フィーラが腹が立つ理由がすんご~~~~くわかった。そして同い歳だった男からは警報しか鳴らない。つまりこいつは私より誕生日が先=年上扱いでOK、うむ。
 頷いていると、横に並んだイズが『ところでさ』と口を開く。

「今『この国のために死んで』って言ったら死んでくれる?」
「アホかー! 誰が貴様に頼まれて死ぬものか!! ここで殺したら末代まで祟るからな!!!」
「へー……他の連中が生きるためならOKしたのに?」
「あれは宰相に言っただけだ……貴様と約束した覚えはない」

 顔を逸らすと、くすくす笑う声。苛立ちながらも、バツが悪そうに続ける。

「それに……助けに来てくれた騎士達に礼も言ってないし……また勝手にいなくなっては……」

 

 もうニ度と会うことはないと思っていた。
 『街を国を護れ』と命令したから、だから四人共来てくれるとは思わなかったんだ。死ぬことを決意していたはずなのに、彼らを見ただけで一瞬で崩れ去ってしまった。生にすがりたいのではない……きっと。

「『四聖宝(あいつら)』に溺れたってか?」
「お、溺れてなどいない……とも……いえない」
「何、そのツンデレ」
「うるさい! そんなことよりなんとかしろ!!」

 羞恥に顔を真っ赤にしながらも叫ぶが、顔を逸らしたイズは笑っている。さらに顔が熱くなり、ハリセンで背中を叩いた。

 

「っだ!」

 

 その衝撃に跳ねたイズは背中を擦する。だが、漆黒の双眸と見慣れた意地の悪い笑みを浮かべた。
 

「んじゃま、『四聖宝(あいつら)』頑張ったご褒美に助けてやるかね」
「は……わっ!」

 聞き返す前に抱きしめられる。
 以前とは違い、身体付きがよくなった胸板に動悸が激しくなるが、振り向いた瞬間別のことで心臓が跳ねた。

「ちょーっ! 止まるな止まるな!! 暗闇が──っ!!!」
「宝輝解放」

 

 走れと言いながら止まった男を叩くと手が翳される。
 その手には緋、翠、蒼、金茶の『宝輝』が宙を舞い、光を放つ。眩しい閃光に迫っていた暗闇は徐々に消え、グニャグニャではない──真っ白な世界に変わった。

 

 何もない、真っ白な世界。
 そう思っていたが、黒くて小さな球体がひとつだけ浮いている。上から降り注ぐ黒い雫はグニャグニャ世界で見たものと似ていた。

 

「あれ、さっき滅ぼした“魔王”」
「ほ、滅ぼした!?」
「悪は『宝輝』の輝きによって滅んだのです……めでたしめでたし」

 

 語り口調に気付かない私は先ほどイズとフィーラの斬撃がソレに当たったのを思い出す。同時に胸の奥が痛くなるとハリセンでイズの頭を何度もブッ叩いた。

 

「いだだだだっ! 何すんだよ!?」
「それは私の台詞だ! あいつは私達と何も変わらない人間だったんだぞ!! そんな奴と話もせず滅ぼしたのか!!?」
「さっき迫ってた暗闇はソレを滅ぼした時に散った魔力の残骸だ! ああやって一箇所に集めねぇと悪い影響与えんだよ!! 第一魔物なんだから滅ぼすのは当然だろ!!!」
「何が当然だ! 元はと言えば貴様が何も……しないから……」

 

 叩く手が弱まり、ハリセンを地面に落とすと、イズの胸に寄り掛かる。頬から流れるのは──涙。

 

 “死にたい”と確かに言っていた。
 けれど、僅かな時間でもあいつは“人間”の表情を見せていた。魔物であろうとも、心のあるヤツを滅ぼすなんて……。

 


『ほろんだつもりはない』

 


 不満そうな声に目を見開く。
 顔を上げると、怒っていたはずのイズは意地の悪い笑みを見せ、後ろを指した。振り向けば球体を割り、一人の男が現れる。褐色の肌に尖った耳と、腰下まである跳ねた漆黒の髪。そして赤の双眸を向けるのは滅んだと言われた──ソレ。

 だが、その身長は百センチあるかどうか。“男”というよりは“子供”。
 呆然と見つめる私に、球体から降りた裸体のソレは腕を組み、不機嫌そうに睨んだ。

 

『我の魔力を消費されるのが主のもくてきであったか』
「本当はもうちょい縮めてやりたかったのに、気付くの早ぇんだよ」
『ふん、五百年もいきている我をなめるでない、こわっぱだだっ!』
「おーおー、誰に向かって言ってんの? 世界の王様だぜ? マジで滅ぼすぞ」
「ちょちょちょ、いったい何がどうなっている!?」

 

 突然の事態に涙は引っ込み説明を求めると、ソレの頭を混ぜながらイズは答えた。

 

「だーから、こいつって魔力の集合体だろ? けど人間と同じで魔法使うと魔力も減るんだよ」
『我は魔力をつかい上級魔物をつくっていた。しかしこんかいコヤツらのせいでよそういじょうの魔力を消費してしまったのだ』
「えーと、じゃあ……その姿は魔力を使い過ぎた反動?」
「肉体は俺とアズで滅ぼしたけど、散った魔力を集めることで再生させたってとこかね。全部滅ぼしてやりてぇけど、こいつだけは理性あるし、野放しになった魔力をどう減らして魔物を生まず済むか一緒に考えんだよ」

 そう言いながらソレの頭を突つくイズだが、足を踏まれたりとベルとスティを見ている気分になる。しかし魔物は魔力を求め人間を殺すのが本能のはず。そんなソレと強大な魔力を持つ王が一緒にいては危ないんじゃ。

「ジョブジョブ。こいつ生命維持ギリギリの魔力しか今ねぇもん。そもそも俺に挑んで勝てるわけないなり」
『腹がたつが、いまの我は魔物一匹すらうむことも出来ぬ。上級をうむには数百いじょうの人間がしぬ戦争でもなければ、もとにもどるまで五十年ほどかかる』

 

 縁起でもない話をしているが、つまりしばらくは魔物の脅威がなくなるということか?
 しかしニ人は首を横に振る。

『あくまでそれは上級のはなしだ。ちいさな魔力でも下級や中級はうまれ、主らを襲うだろ』
「けど、ウチの騎士団はそんな下等生物に負けはしない。こいつが魔王復帰する前に解決策を取ればいいんだしな」

 ニヤリと笑みを浮かべたイズを、ソレは殺気を放ちながら睨む。簡単と言えばあれだが、一応処置方法みたいなものだろうか……しかし。

「貴様は……魔王はそれで良いのか?」

 

 イズに良いように使われている気がして、眉を下げた私は小さくなった魔の王=魔王を見下ろす。瞼を閉じた彼は開いた赤の双眸を私に向けた。

『かまわぬ。滅べず最初にもどるなどなんの悪戯かとおもったが我もひとりではないのだ』
「え……あ!」

 

 よく見れば魔王の肩には三十センチ程の黒いヘビ。
 消滅したはずのヘビに似ている黒ヘビを魔王は指先で撫でると、小さな笑みを浮かべる。それは本当に人間で、目頭が熱くなる私にイズは一息ついた。

「ま、それなりの魔力が戻るまでは魔物に喰われないよう結界は張っておいてやるよ。感謝しろ」
『ふん、礼などいわぬぞ。散々我をりようしよって』
「だから願い通り“滅ぼして”やっただろ」
『肉体だけだ。我は魂あわせての“滅び”が望みだったというに』
「あー、それは“国民栄誉賞”でも取ったら叶えてやるよ」
「貴様ら仲良いな……」

 

 さっきまで剣を交えていたとは思えないが、この様子なら上手くやっていけそうだ。ひとまず騒動は片付いたわけで、やっと平和になるのか……と、安堵していると、二人になんとも言えない目を向けられる。なんだ?

 

「いや……むしろこれからが戦争だろ」
「は? ま、まだ何か魔物がいるのか!?」
『我らのことではなく……まあ目覚めればわかることだろ』

 

 魔王、そしてヘビにまで溜め息をつかれた。
 それにしても目覚めればって……そういえば私は結局どうなったんだ? まさかあのまま地面に落下して昇天!?

 顔を青褪めていると、察したようにイズが手を振った。

 

「ここはさっきも言った通り、散った魔力を集めた空間。いうなれば魔王の夢の中だ。んで、意識を飛ばした魂だけのお前を俺が引っ張ってきたんだよ」
「なあっ!?」
『我の処遇をはなすため主は王のつかう“夢渡り”の術で呼ばれたのだろう。本体は眠っているだけで、目覚めればもとにもどるから安心しろ』

 妙な気遣いを見せる魔王をぎゅーぎゅー抱きしめる。
 胸元でジタバタ動かれるが、年齢がわからなくともやはり小さい子は可愛いな~~!!!
 するとイズが踵を返し、片手を小さく振る。

「んじゃ、俺とんずらするわ」
「ちょっと待て! 貴様には聞きたいことが山ほどある!! 『宝輝』のこととか異世界人のこととか!!!」
「あー……詳しい話はまた後でな。そろそろ出ないと俺マジで殺されっから。バイビ~」
「え、ちょっ、イズ!!!」

 

 黒い影に包まれたイズは漆黒の双眸を向けると舌を出したまま消えた。呆然と手を伸ばす私に、胸元から顔を覗かせた魔王が溜め息をつく。

 

『主もはやくもどるといい。先ほどからよぶこえが響いておるぞ』
「呼ぶ声?」
『我とおなじで主もひとりではない証拠だ。さて、我もしばし姿をけすが、また魔力がもどり次第、主にあいにくるのでよしなにな』

 

 なんかサラリと侵略発言された気がする。
 実際魔力の存在の魔王に『空気の壁』は効かず『四聖宝』襲撃の際も堂々と上空から入ってきたそうだ。それは『空気の壁』が魔力で出来ていたという落とし穴だったわけだが。
 身体を離した魔王は再び小さな笑みを浮かべると手を差し出す。

 

『暗闇をおそれるな。暗闇の中に我がいると思えばかわいくみえるだろ』
「無理がないか?」
『そうおもってもらわねば暗闇にいきる我もコヤツもむねがいたい』

 

 肩で黒ヘビがか細く鳴くのを聞き、苦笑しながら頷く。
 同時に手を差し出し握手するが、途端に視界が揺れた。早速の暗闇に、なんの苛めだと身体が恐怖するが、静かで優しい声が聞こえた。

 


『おそれるな。ただこえのするほうに輝くほうに向かえ──世界の始祖(はじまり)よ』

 


 瞼を閉じていてもわかる暗闇の世界。
 けれど確かに虹色に輝く光が見える。その輝きは嫌いな宝石の輝きだが、手を伸ばすと声が聞こえてきた──それは良く知る声。

 

 

 


「ヒナタ!」
「ヒナタさん!」
「ヒナさん!」
「女っ!」
「…………どんな羞恥だ」


 目覚めた頭上には太陽よりも眩しいイケメン。しかも四人も。眼福眼福と合掌──すると、頭を叩かれた。

 

「なに懐かしい行動取ってんだよ!!! ……って、触れた」
「アズフィロラ君!」
「いません! ティージ!?」
「影……いない」

 

 上体を起こすと、魔王の居城にあった黒いベッドの上。天井はあるし別室のようだ。
 そんな私を頭上から覗き込んでいたイケメン軍団。もとい『四聖宝』は慌てて左右上空と影の中を捜索しはじめる。首を傾げると、全員溜め息をつきながらヘッドボードにベル、左にフィーラ、足元にアウィン、右にスティと、最初出逢った時の構図で上体を倒した。

 

「……何をしとるんだ?」
「イヴァレリズを捜していたんだ」
「先ほどまでヒナタさんに結界を張っていたのでいたはずなんですが……」
「もう……いない……」
「ホントあの人ちょろちょろするよな~」

 

 ああ、だから『とんずら』。
 苦笑いしながらも騎士の顔とは違う彼らに頬が緩み、手を伸ばすと一人ずつ頭を撫でた。目を見開く四人に、私はやっと伝える。


 

「助けてくれて……ありがとう」

 


 その頬は赤い。けれど、恐らく私は今までで一番の笑顔を見せていた────。

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