異世界を駆ける
姉御
56話*「甘美な声」
見上げれば黒い天井に丸窓のステンドグラス。
射し込む光が漆黒に戻った髪とエンパイアドレスを輝かせるが、私よりも周りの方が輝……というか。
「なんなんだ貴様らは!!!」
「「「「何が?」」」」
ハモった声を響かせるのは『四聖宝』。
さっきまでベッドの端にいた男達は徐々に距離を縮め、気付けば武器とマントどころか靴も脱いでベッドに上がっていた。しかも後ろから腰を抱くベル、胸の谷間にスティの顔、伸ばした両足には仰向けのアウィンの頭、左肩にはフィーラが寄り掛かっている。
キングサイズのベッドとはいえ、この人数はちょっと……いやいや。
「いったいなんの羞恥プレイだ! 恥ずかしいから退け!!」
「「「「却下」」」」
おおーい、そんな即答せんでも。
返答に困っていると、胸の谷間から顔を上げたスティの藍色と目が合う。
「だって……退いたらヒナさん……またどっか行く」
「確かに行くが、ちょっとイズを問いただし……というか貴様ら、イズが“王”だと知っていたな!?」
忘れるところだった! イズが愛称で呼び、返事をしたということは『四聖宝』は正体を知っていたってことだろ!! 特にフィーラとスティ!!!
睨む私に四人は一斉に頷き、ベルから口を開いた。
「団長就任時に夢で面会しましたよ。そのマナーのなさでどんな王か悟りましたけど」
「夢?」
「王様は……夢を行き来する魔法……持ってます」
「薄暗く、両脇に行灯がある玉座を見たことがないか? あれがいわゆる“王の間”であり、ヤツの私室だ」
「ま、正直夢枕に立たれた気分で一種のホラーだよな。オレ、即行ジジイにお祓い頼んだぜ」
確かに何度かそんな場所にいたのを思い出す。
同時に四人が王を尊敬。もとい、忠誠を誓わない理由も充分理解した。何しろ全員溜め息……特にフィーラは酷いというより、いつもの苦虫顔だ。
「そういえば、フィーラはイズと幼馴染だったな」
「ああ、まったくもって不本意だ。幼少の頃から屋敷に来ては何かしらの面倒を起こして帰る厄災で、将来こいつが王になるなど考えただけで沸々と怒りが……!」
「おめー……もう充分殺気出てんぞ……」
アウィンの言葉通り、握り拳を作ったフィーラの背中からドス黒い殺気が溢れ、私達は隅に避難した。
今の話で王は世襲制度だと考えられ、ヤツの両親レウさんとジェビィさんは元・王と王妃。色々と疑問に思うところはあるが、帰ってから存分に聞こうと、ひっついていた三人の頭を叩いた。
「ほらほら、いつまでもそうしてないで国に帰るぞ」
何しろ私なんかで『四聖宝』が国を離れ、宰相達にも多大な迷惑をかけてしまった。急いで戻って謝らねばならない。
しかし三人は離れもしないし真剣な眼差しを向けた。戸惑っていると、握り拳を解いたフィーラの手が私の髪を一房取り、顔を近付ける。
「助けた礼を貰っていない」
「は? れ、礼ならさっきふひゃあっ!!」
小さな笑みを向けるフィーラに頬を赤く染めると、両腰のくびれを摘まれる。犯人は手袋を外したベルで、すぐ彼の胸板に受け止められた。同時に耳元で囁かれる。
「『四聖宝』と『個人』では違うんですよ」
「こ、個人って……んっ!」
翡翠の双眸と目が合うと、金茶のマントどころかコートも脱ぎ、タンクトップのアウィンの手が左手を取る。そこには赤いハチマキが巻いてあり、上体を起こした彼はハチマキにキスを落とした。
「さっきは『四聖宝』で礼を受け取ったが、今はマントしてねーし、忠誠を誓ったお姫さんに『騎士個人』として礼を貰いたいわけだよ」
「そ、それならありが──んあっ!」
「ん、単純に……ヒナさんに……触りたいだけ」
積極アウィンにワタワタしている隙に、胸元に吸い付いたスティが赤い花弁を付ける。と、他の三人が声を上げた。
「バカ、カレスティージ! 直で言うな!! 理由作らねーとコイツうるさいだろ!!!」
「エジェアウィン、今のでバレたぞ」
「では彼に習いましてヒナタさん。ヤらせてください」
「ちょと待てーーーーっ!!!」
隠す気など更々ない願いに叫ぶ。いや、それ以前に今なんて言った?
遣らせて……殺らせて……やらせて……ヤ……。
「どれだ!!?」
「不吉な単語が浮かんでいたな」
変わらず思考が読めているフィーラは溜め息をつく。
だが、口をパクパクさせている私を見ると、持っていた髪を落とす代わりに顎を持ち上げ──。
「んっ……!」
ゆっくり顔が近付くと口付けられた。
それは優しいフィーラの唇で、上、下唇を舐められるだけで気持ち良くなるが、すぐ離されると笑みを向けられる。
「こっちの意味だ」
「っ!?」
「アズ様ずるい……ヒナさん……ボク「の、前に私で」
スティを遮った主は私の顎を持ち上げる。微笑むベルの唇と唇が重なった。フィーラと違いすぐ舌を入れ、口内を掻き混ぜる激しさに声が漏れる。
「あっ、んぁぁっ……」
「ヒナさーん……」
「あぁっ!」
不機嫌なスティに首元に吸い付かれ咬まれる。
その痛さにベルの唇と離れると、まだ小さいが、長い指先を持つ両手に頬を包まれた。目先には藍色の双眸と笑みを向けるスティ。見惚れている間に口付けられ、冷たい舌が熱くなった私の舌と交じり合う。
「あっん、ス……ティ」
「はい……んっ……」
「おいこらっ!」
「ふゃあぁぁっ!」
突然押された臍の刺激に、大きく前のめりになる。
体勢を崩したスティは股の間に埋まり、彼がいなくなった先には眉を上げたアウィン。その顔が近付き、口付けられる。
「ホント、んっ……相変わらず……隙が多いヤツ……ん」
「あぁ……うぃ……んんっ!」
「本当だな」
「ですね」
左からフィーラの囁きが聞こえ耳朶を、後ろのベルからはうなじを舐められ身体がゾクゾクする。アウィンと唇を離すと、息を荒く吐きながら問うた。
「キス……が……褒美じゃ……ないのか?」
「まさか。主に捨てられ苦しんだ穴はキスでは埋まりません」
「ああ……過去最高に俺の胸は抉られた」
ベルは眉を下げながら右肩に、フィーラは顔を青褪めると左肩に顔を埋めた。
す、捨てた覚えはないが、それをいわれると辛い。それにしては助けに来てくれた時は魔王ばかりを睨んで、私とは目を合わさなかったではないか。そう両頬を赤く染め呟いた私に、アウィンが股の間に埋まっているスティを跨ぐと、頬に口付ける。
「ありゃ、黒王(くろおう)の命令で手が出せなかっただけだ。踏み止まんのに苦労したぜ」
「ヒナタさんを一瞬でも見ると手を出しそうだったので、なるべく見ないようにしていたんですが……」
「ラガーベルッカ様と俺は出してしまったな……だが今では後悔している」
「後か……ああぁっ!」
そんな心情など顔を見るだけではわからなかったが『後悔』に首を傾げる。が、突然下腹部にザラリとした感触が伝った。見るとさっきまで静かだったスティが引き裂かれたドレスの間、秘部に顔を埋め舐めている。
「ス、スティ!?」
「んっ……だって……大事なヒナさんのココに……変なの入ってた」
「オレが来る前にはドレスも切られてたよな~」
「既にショーツもなかったですね」
「っ!?」
思い返せば、彼らが揃う前にグニャグニャ世界で魔王にドレスを裂かれ、ショーツは破かれ……ちょと待て。つまり私はそれまでずっと…………ノーパン?
「やああぁぁぁあーーーーっ!!!」
「ふぐっ!」
顔を赤く染め悲鳴を上げると、両手でスティの頭をベッドに沈めた。珍しい彼の悲鳴も聞こえたが、今の私には聞こえない。それよりも彼らの前で魔王とキスしたこと、ヘビに下腹部触られたこと。終いにはノーパンのまま空を飛んでいたことが一気に浮かび、火照る身体が爆発したかのように叫んだ。
「もうっ、こんな羞恥はじめてだ! 強姦された時より酷いぞ!! 本気で嫁などいけん!!!」
「ちょっと待てヒナタ!!!」
両手でスティの背中を叩いていた私の手をフィーラが止める。
半泣きで睨むが、フィーラ……いや、他の三人も怖い顔をしていた。困惑していると、後ろから地を這うような声。
「今……聞き捨てならない台詞がありましたよね?」
「は? 嫁の話か?」
「そっちは挙手すっけど、それじゃねーよ」
「なんか……強姦されたとか……聞こえたんですけど……」
スティの目が細くて怖いが、冷や汗を掻きながら先ほど自分が言ったことを思い出し……固まった。だが時既に遅し。目を泳がせるが、どこを向いても誰かと目が合い、逃げ場なし。聞けば私の宝石と暗闇が苦手な理由も宰相から聞いているようで完全封鎖。
もう無理かと溜め息をつくと、両親の次に起こった最悪な事件を語りだした。
「私は……走るのが好きで……大会で優勝した実績から高校も陸上……スポーツ推薦で入ったんだ」
知らない単語のはずなのにツッコミなどは入らず、四人は変わらず怖い顔で私を見る。
両親が亡くなり、母方の祖母に育てられた私だったが、高校は寮もあり家を出た。そんな最初の夏に、同じ陸上部の先輩に告られ付き合うことになったのだが、走るのに夢中で彼の存在などすっかり忘れていたのだ。
「それがいけなかったのだろうな……放課後……体育館倉庫に呼ばれたと思ったら数人の男達がいて……その、まあ……」
「襲われたというわけだな」
フィーラの低い声に頷く。
服を脱がされ縛られ、大きくなった胸を揉まれ、秘部に何本もの指が入ると口には入れたくもないモノを咥えさせられた。
殺気を放ちながら武器を取る四人に、苦笑いしたまま話を続ける。
「ちゃんとフルボッコにしたぞ。両親の件があって護身術や空手も習っていたからな。けど、正当防衛とはいえ、やり過ぎたせいで要らぬ噂も広まって……学校を辞めたんだ」
そして大好きだったスポーツを……走るのをやめた。
祖母は泣きながら慰めてくれたが、しばらく私は必要な時以外は外に出なくなった。それが一年ぐらい続いたある日──。
「外に出たら、子供達が楽しそうに鬼ごっこしているのを見て足が止まったんだ」
その姿をずっと見ていたせいか、子供達に一緒に混ざらないかと言われ躊躇した。だが手を引っ張られ、久々に駆けた。
運動不足の身体はすぐに息を切らし、子供達には全然追いつけなかったが、私は嬉しかった。髪を揺らす風を、太陽が照らす光を、景色が変わり続ける世界を──涙を零すほどに。
「それからバイトしながら通信の高校を卒業して大学入って就職した。スポーツとは関係ない職場だが、ジョギングしたり休日の大会に出たり、もう好きなことをやめることはしないと誓ったんだ」
まあ、この世界に墜ちた原因はハードル越えの癖だがと苦笑すると 押し黙ったままの四人の髪を撫でる。
「さっきも言ったが、そのことよりもノーパンだったことが私的には一大事だったのだから気にするな」
「いや……オレらにとってノーパンより一大事だぜ」
「王に頼んで異世界いけませんかねー……即ソイツら殺すんですが」
「両手と両足落として胴体刺しまくって目を抉って耳を斬って首を落として最後に心臓刺す……!」
「こらこら!!!」
スティの不吉すぎる発言に顔を青褪めながら三人を叩くと、黙っていたフィーラが赤の瞳を細めた。
「……俺達がこうやって囲んでいるのは大丈夫なのか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。恥ずかしくはあるが貴様らといるのは……まあ……不思議と……居心地良いしな」
「じゃあ……さっきボクらがしてたの……嫌いじゃないですか?」
「っ!?」
スティはショーツもなく愛液が零れた秘部を撫でる。
ソコは既に黒のシーツを濡らしていて顔を赤くするが、視線を向ける四人に動悸が激しくなりながら言葉を探す。
「いや……まあ、その……好きと言うか……気持ち良い……です」
敬語になってしまうと、なぜか四人は服を脱ぎはじめた。
スカーフもシャツもコートもハチマキも取る男達に慌てる。
「ちょちょちょちょっと!?」
「俺達のは気持ち良くて好きなのだろ?」
「でしたら問題ありません。本当は一人占めしたいのですが……」
「もう我慢効かねーし、コイツらと殺り遭うには時間がかかる」
「それに今……ヒナさんの嫌いな夜でもなければ『宝輝』もない……」
左右前後には均等な筋肉を持った上半身裸の男達。
その身体に私の嫌いな宝石はなく、上からはステンドグラスの光が射し込む。徐々に四人が近付くと左からフィーラの声。
「キミに手を出した最低な輩と、俺達の違いを教えてやろうか?」
「え?」
「ソイツらはふざけていただけだろうが俺達は違う。真剣にキミを──」
四人にも聞こえているのではないかと思えるほど心臓の音は激しさを増し、顔が赤くなる。そんな私の耳朶にフィーラ、首筋にベル、胸元にスティ、足にアウィンが口を付けると同時に囁いた。
「「「「愛している」」」」
「──っ!!?」
「さ……すべてのキミを見せてくれ」
その甘美な声に全身が包まれた────。