異世界を駆ける
姉御
茶の間*「男の戦い」
*エジェアウィン視点
『誰か一人“護りたい者”が出来れば──』
ジジイの言葉が木霊する。
思い出すことなんて全然なかったのに、誓った時から頭ん中に居続け、オレを責めていた。ただ、それよりも──。
「だあああーーっ! ここから出せーーーーっっ!!」
月が見えはじめる時間にも関わらず、裸足でドアを蹴る。
『自宅謹慎』により実家の一階物置に監禁された上、武器とハチマキも没収されたオレは苛立ちだけが募っていた。つーか最近監禁多すぎだろ! どんな趣味してんだよ!! オレが何したってんだーー!!!
『今まさにドアを蹴っただろ』
「蹴っただけでかよ!?」
『教会の子供達に礼儀を教えてもらった方が良いですよ、悪ガキ』
「だあーー! てっめぇらなーーーー!!」
前者でドアの前にいるのはテット兄。窓の外にいるのはミレンジェ。
二人の眼鏡がキラリと光った気がして、いっそう苛立ちが増す……つーか。
「なんだってこんなに眼鏡率高いんだよ! ヒューゲも合わせて全員ドラバイトって!! オレも将来は眼鏡男かよ!!!」
『知的そうに見えても中身バカじゃ意味ないでしょ。第一そんなの作者が何も考えず出来た穴ですよ』
「言うなーーーーっ!!!」
『まったく、近所迷惑な弟だ……ん?』
その時インターホンが鳴り、テット兄がいなくなる気配がした。
チャンスとばかりに扉をブチ破る気でいたが、窓の外で剣を向けるミレンジェに足が止まる。アイツ、ぜってーオレが動いた瞬間に殺る気だ。“止める”じゃね、“殺る”。
冷や汗をかいたまま動けないでいると、勝手にドアが開く。
テット兄は不機嫌そうに口を開いた。
「出ろ、アウィン。客だ」
「客? 誰だよ」
「お前の上司だ」
「上司? オレに上司なんていねー……」
ヒューゲならテット兄は『宰相』、ジジイならジジイだと言う。そしてその二人以外でオレより上のヤツはいない……ドラバイトには。だが、目の前に立つ別の男に目を見開いた。
「俺はお前より団長歴が長いんだがな」
「アアアアアアズフィロラーーーー!!?」
そこには呆れた様子のアズフィロラ。
ん、まあ、上司っちゃ上司だな……すんません。
* * *
ソファに座ると、向かいに座るアズフィロラから話を聞く。
当然『通行宝』なしで来た、手を組みたいと言われ目を丸くするが、すぐオレは意地の悪い笑みを向けた。
「んで、あとはオレとラガーベルッカって?」
「ラガーベルッカ様の所へはティージが自信満々で向かった」
アズフィロラは『良きことだ』と頷いているが、団長に欠員が出そうな気がするのはオレだけか?
天井を見ながら溜め息をつくと、コーヒーを飲むアズフィロラに目を移す。
「別にテット兄とミレンジェを説得してくれりゃオレは手を貸すぜ。まだ腹の穴を開けやがった借り返してねーし」
腹部を撫でながら黒いヤツを思い出す。
最初はただ人の形をした影だったが、マジで歯が立たなかった。斬った感触もねーし、他に親玉いんじゃねーかって思うぐらい防戦一方。けど、二回目は完全な“人間”に見えた上、血だって赤黒くて何がどうなってんのか今でもわからない。
頭をかいていると、アズフィロラの視線に気付く。
なんだよと訊ねると、目を伏せた。
「いや、ヒナタの名が出なかったものだから……お前も忠誠を誓っているんじゃないのか?」
指摘に、思考がアイツへと変わる。
ジジイ以外に忠誠を誓う気がなかったオレに出来た“主”は、がさつで乱暴で、ぜってー有り得ねーと思っていたアイツ。アイツは冗談だと思ってたかもしんねーけど、オレはマジだった。
キッカケは黒いヤツに襲われた時。
ヤツに負けた上『宝輝』も奪われ、恥ずかしくて悔しくてこのまま死んでもいいのか生きてもいいのかわかんなくなったオレは生死の境を彷徨っていた。そんな世界で聞こえた声。
『アウィン!!!』
それはアイツだった。
暗い世界の中で灯った小さな光に重い瞼を開けると、ガラス越しに数人の姿だけがぼんやりと見えた。けど、アイツだけはハッキリと見えた。すぐ意識が沈んでも脳が覚えている。
何しろ、あの上から目線で偉そうで笑顔でバカ騒ぎする女が珍しく泣きそうな顔をしてた。なんつー顔してんだと考えてすぐわかった──オレのせいだ。
オレがちゃんと目を開けていれば違う顔が見れたはずだ。
アイツにしょげた顔は似合わねーと暗い世界に抗い、大きな光を掴んでオレは戻ってきた。そして、ジジイに貰った赤いハチマキがオレの手に戻った時、目の前にいる女の笑みを見て大きく心臓が跳ねた。
ジジイを護る、ガキ共を護る、ドラバイトを護る。
どれとも違った“ただ一人を護る”気持ち。それを、想いを伝えるかのように屋上で告げた……いや。
「誓ったよ……忠誠」
静寂が包む部屋に小さな声が響く。
それが自分のとは思えなかったが、アズフィロラは何も言わず、オレは続けた。
「アズフィロラ……アイツ行く時……泣いてたか?」
「……ああ、微笑んではいたが……」
「あぁ、そのパターンが一番最悪だよなー……」
オレとは反対に間近で見たアズフィロラは余程堪えているのか顔を青褪めている。その姿に苦笑いしながら立ち上がったオレは背伸びをした。
「んじゃま、さっさと連れ戻して、アイツに百万倍の笑顔してもらおーぜ」
笑うオレに、アズフィロラは驚いたように目を見開く。
けどすぐに瞼を閉じ『そうだな……』と微笑んだ。反対にオレが驚いてしまったのは、仏頂面だったコイツが笑うのをはじめて見たからだ。カレスティージも性格変わったし、ラガーベルッカも本読んでんの少なくなったし、四方で起きてる現象が団長達のせいだと言われても否定出来ないほど。
ま、それはオレもかと笑っていると、アズフィロラが席を立つ。
「俺はこの辺で失礼する。エジェアウィン、早朝までに二人を説得出来ねば置いて行くからな」
「はあっ!? 手伝ってくんねーのかよ!」
「当然だ。人に頼るのは本当に出来ない時だけにしろ。二人はまだ出来る」
「いやいや! 行く前にオレが死んじまうって!!」
「そうか、それは残念だ。その時は留守番係と宴会係を任せよう」
「しねーよ! むしろお前がしろ!! いろんな意味で盛り上がるから!!!」
「俺はヒナタを取り戻す係だ」
「真面目顔でボケ言うなーーーーっ!!!」
なんだよコイツ……こんな面倒なヤツだったか……。
もうツッコむ元気も失くし、玄関でアズフィロラを見送ると、入れ替わりでミレンジェがやってきた。早くも第ニラウンド開始かよと肩を落とす。そこに、大きな笑い声が響いた。
「なっははは! なんじゃ、良い子に謹慎される気でおったのかアウィン」
「ジ、ジジイ!?」
長い髭を擦りながら笑うロジエットの登場に驚く。
最近は体調が悪いのもあって滅多に教会から出ねーのになんで……そう呆然としていると、変わらない笑みを向けられた。
「夕方セレンティヤが挨拶に来よってな。一緒に出て行くんではないかと思ったが……」
「……出ては行くぜ。説得とか面倒なことはあっけど」
「なっははは! そういうとこは真面目じゃな」
笑うジジイに眉を上げると頬をかく。
すると、ジジイの懐から見慣れた赤いハチマキが出て来た。がさつそうに見えて実は器用なアイツの手によって縫われたハチマキ。
「アウィン……“護りたい者”が出来たか?」
「……ああ、あんま認めたくはねーけど」
「そこは認めんか。“好きな人”じゃろーて」
“好きな人”……か。
それこそ認めたくはねーけど、アイツと一緒居る時はなんか心臓の音が激しくなったり頬が熱くなるし、いつの間にか惚れちまってたんだろーな。それがすっげー恥ずかしくて両頬を赤く染めてると、ジジイは笑う。
「なっははは! ひなぼっこならワシも文句は言わんさ。ただ厄介な輩は多そうじゃな」
「ああ、ニワトリとトラと黒ウサギだろ……でもあの三人に比べたらオレはまだマシだかんな。庇うフリして圧し掛かりしてやんよ」
意地の悪い笑みにジジイもミレンジェも目を見開くが笑う。
そんなオレの手に赤いハチマキが手渡されると、ジジイの大きな手に髪を撫でられる。ガキの頃から変わらねー、大きくて温かい手だ。
「いいかアウィン。たった一人護りたい者が出来たのなら主はもっと強くなれる」
「ん……」
「けど、一人よりも二人や三人と仲間がいればもっと強くなれる」
「ん……」
「同じ目的であればこそ団結力は生まれ大きな力となる。だが……それが終わった時は団結も捨てて主の好きなようにしろ」
「は……?」
途中まで良い話のハズだったのに最後なんか違う気がして顔を上げる。ジジイは力説した。
「それが女であり、他にも狙う者がおるのなら負けてはいかん! それこそ男の戦いじゃ!!」
「おいおい、女を取り返すのが戦いじゃねーのか!?」
「バカもの! それは男が当然すべき絶対条件じゃろ!! だが戦いはその後が過酷で、女に自分を選んでもらわねばならん!!!」
「昔誰かと女を取り合ったのか!? そして負けたのか!!?」
なんでジジイが独身なのかわかった気がするが、そんなことで“護りたい者”云々と言われていたのなら恥ずかしいぜ。ミレンジェも呆れているのか互いに言葉を失くし立ち尽くしていると、背後から冷たい気配と声が放たれた。
「やかましいぞ貴様ら」
「テット兄……」
「なんじゃ、久しいなデザート」
「テヴァメットスだ。まったくもって合っていない。あの異世界人の女といい……どうしてお前の周りは……」
テット兄は額に手を当て、溜め息を吐く。
あの女がテット兄のことを『よっ、手羽先』と、よく棒チキンを持って呼ぶせいか、ジジイ並みに兄貴は嫌っていた。オレのせいじゃねーよと思っていると、テット兄が縮んだオレの槍を手渡す。
「槍(これ)で、あの女を串刺しにして持ってこい」
「なんでそうなんだよ! アイツは人間だって!!」
「問題ない。調教して大人しくさせてやる」
「なに怖ぇこと言ってんだよ! アイツはオレんのだからやんねーぞ!!……あ」
すっげー恥ずいことを言った気が……。
見渡せば三人が面白そうな顔で見ているのに気付き、咄嗟に槍を奪うと裸足のまま猛スピードで家を出た。
冷たい風が頬を撫でるが、全身が熱く中々冷えない。
荒い息を吐きながら松明もない路を走る。だが途中で滑り、何もない田んぼに落ちた。アイツと落ちた時を思い出し、また頬が熱くなるが、同時にジジイもミレンジェもテット兄も止めなかったことに気付く。
それは勝手にしろって意味なのか予想外だったのかわからねーが、服は騎舎に行けばあるし早朝には……そう考えながら空を見上げた。
上空には満天の星空が広がるが、アイツは灯りがないと怖いって言うんだろうか……んなの、もったいねぇーな。
「だったら……綺麗なんだって教えてやんねーとな……アイツ……ヒナタに……」
はじめてその名を呼んだ。
それだけでも充分頬が熱くなったが、赤いハチマキを大きく掲げる。
『誰か一人“護りたい者”が出来れば──この赤いハチマキを渡せ。俺が護る、お前は俺のものだって証を』
全部は無理だったし、騙し半分だったかもしれねーけど、今はそれでいい。
ちゃんと家に戻って三人に『行って来る』って言って存分に暴れよう。ジジイが言うように戦ってやるよ。今度は“多くの人を護るヒーロー”じゃなくて“お姫様をヒーローのもの”にするために。んで、姫の弱点を突いて突いて遊んでやろう。
口元に弧を描いたまま起き上がったオレは、来た路を勢いよく駆け戻った────。