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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

58話*「世界の始祖」

 気持ち良く絶頂を迎えた世界は真っ白──否、深く暗い闇の底。

 瞬きしながら辺りを見渡すと、両脇には行灯が置かれ、真っ直ぐな道を灯している。そんな場所に全裸。ではなく、膝下まである黒のワンショルダードレスを着ている自分に安堵した。

 溜め息をつきながら行き慣れた道を進むと、案の定そこには玉座。
 だが、今まで空席だった席には解いた漆黒の髪を揺らし、口元に弧を描いた男が足を組んで座っていた。


「ようこそ──“王の間”へ」


 

 漆黒の双眸を向けるのはアーポアク国王──イズ。
 足を進める私は彼の前に立つと、思いっ切り頭を叩いた。

 

「っだ!!!」

 

 ハリセンがなかったせいだが、痛いのを堪え仁王立ちする。頭を押さえるイズは変わらず意地の悪い笑みを向けた。

 

「王様叩くとか良い度胸してるなりね~」
「誰が王だ。散々人に嘘を吹き込んで、貴様の方が魔王ではないか」
「や~ん、人聞きの悪いこと言うなって。俺は嘘なんてついた覚えはないなり」
「ど~の~口~が~言~う~」
「こ~にょ~ふ~ち~」

 

 “王”と言われようとデカくなろうとも“イズ”に変わりはなく、両頬を左右に引っ張る。すると前のめりになったイズに胸を鷲掴みされ、反射的に両手を離してしまった。

 

「ひゃあぁっ!」
「そうそ、このおっぱい~」
「き~さ~ま~」

 

 揉みしだかれる度に頬が赤くなり、頭を何度も叩きまくる。だがイズは気にした風もなく話しはじめた。

 

「だって俺さ、お前とはじめて会った時『王か?』って聞かれたけど、肯定も否定もしなかったじゃん」
「そ、それは……あんっ」
「いや~あん時はマジでビビッたぜ~」

 ウンウンと頷きながら揉むのを止めないイズは確かに私の問いに『頭、大丈夫か?』の返答だった。そして翌日、宰相が王は三十手前で、イズは二十と言ったから違うと勝手に勘違……。

 

「ちょちょちょ! 年齢は!? 八歳もサバ読んでただろ!!!」
「ああ、今は二十八だけど、あの姿はピッチピチの二十歳。魔力を抑えてると当時の魔力値に合わせて若返るからな」

 

 なんか今、女子的に夢のような話をしなかったか。私も三十路前的には……いや、なんでもないぞ

 揉まれながら話を聞くと、四つの『宝輝』に魔力をコッソリ封印し『四聖宝』に護らせていたが、ひとつ奪われる事にニ歳ずつ、ニつで赤の瞳が片方漆黒に戻るらしい。首から掛けていた十字架の四方向のどれが割れたかで、奪われた色がわかるそうだ。

 スティが奪われた時に包帯を巻いていた理由に納得していると、膝に乗せられた。そのままイズは胸の谷間に顔を埋める。顔が引き攣るが、怒るだけ無駄だと別を問うた。

 

「名前は? 確かウィッド……なんとかって言ってただろ」
「“ウィッドビージェレット”? 偽名っちゃ偽名だけど嘘でもない」
「は?」
「アナグラムだよ。御袋と親父は知ってるだろ?」

 

 青藍の髪に漆黒の瞳と白衣を着た中身ソックリな母ジェビィさんと、無口で冷たい漆黒の髪と赤の瞳をした見た目ソックリな父レウさんを浮かべる。イズは胸元で“ふんがふんが”と頷きながら顔を出した。

 

「御袋は“ジェビィ”だけど、親父の本名は“レウッドットー”」
「ああ、だから“レウ”か」
「んで、ニ人の名前をくっつけて並べ替えろ」
「並べ替え……あっ!」

 


 ジェビィ+レウッドットー→ウィッドビージェレット

 


 イズは『そーいうこと』と、また胸に顔を埋めた。
 なるほど、考えてみればジェビィさん達のファミリーネームは聞いてなかった。まあ、親の名前が付いているから名前も嘘ではない……か。

 

 ちなみにジェビィさんはラズライト出身だが、王だったレウさんが一目惚れし、嫁に拉致った(!?)そうだ。当時彼女の瞳は漆黒ではなく紫。だが、王族と性交するとその血を受け継ぎ、瞳が漆黒になるらしい。
 反対にレウさんは漆黒だったが、イズが二十歳の時“王”を継承すると同時に赤の瞳に変わり、大きな力や『四宝の扉』を通る時だけ“王の証”である漆黒に戻るとのこと。

 

「他に王族はいないのか?」
「いねぇよ。親父の両親はもう死んじまって兄弟もなし。御袋の方は両親いるけど、他の親族は王族にはなれないのが掟だ。少数な上に元々放浪癖のある血のせいか、城に住まず好きな所で寝泊りしてんのさ」
「王は『四宝の扉』を通れるからか……」

 

 『こども会』の時にベルが言っていたな。
 つまりパレッド達が会った男は王になったイズ。だがそれとパレッドが扉を開けたことが結びつかない。

 

「あん時のガキ共か。開けたのはマジだぜ、俺が証人」
「いや、だからなぜ通れたかを……というか貴様、いつも『通行宝』を付けてなかったか?」

 

 ルベライトで会った時は『通行宝』を付けていたはずだが、漆黒になって通れるなら意味はない。まさか私を嵌めるためにと睨むと『扉のことは国に帰ったら教えてやる』と言いながら『通行宝』はレプリカだと白状した。

「『四宝の扉』を通るには俺のような例外以外だと、お前みたいに“魔力0”の人間だけだ。そして本物の『通行宝(ソーダライト)』には“魔力0”にする力がある」
「それは凄いが、魔力なくなったら死ぬんじゃないのか?」
「その変の謎は知らねぇよ。わかるのは凄さ故に一日しか効力が保たないこと、魔法は一切使えねぇこと、それにヒナがなんの疑問も持たなかったこと、なりね」
「う゛っ……」

 嫌味ったらしく言われ、口篭る。
 そ、そんな能力があるとは思わないだろ! もう“嘘”じゃなくて“思い込み”のせいなのか!?
 そもそも『通行宝』付けてるのはイズしか見たことないし、フィーラの誕生日も魔王襲撃もこいつはバンバン魔法使ってたから気にしなか……。

 

「ちょっと待て! 貴様、襲撃の時に私とフィーラを助けてくれたが、宰相と話し合ってたんじゃないのか!?」

 

 あの日は朝から『“王”と話す』と言って宰相は会議室に向かった。
 だが黒蝶が飛んだのは夕刻。それより前に魔王が私とフィーラの前に現れた時イズ……王は一緒にいた。イズは胸から顔を離すと、私を膝に乗せたまま背を椅子に預け、自身の頭を指す。

 

「ずっとバロンと話してたぜ。脳内(ここ)で」
「はあ!?」
「王との謁見ってのはこの“王の間”──つまり俺の頭の中にソイツの意識を招待すること。お前のように寝た状態か、バロンだと目を閉じるだけでも俺が許可すれば入れる。ただ帰りも俺の許可が必要な分、意識を飛ばした本体は揺すっても何しても動かない。招待してる俺は関係ないから魔王と戦いながら頭ん中でバロンと話してたってわけだ」

 だから邪魔が入らない会議室で……そしてあの大騒ぎで宰相が現れなかったのはそういう理由か。それにしては『足止めは任せろ!』って言った割に負けたじゃないかと不審の目を向ける。

 

「あー、魔力なかったせいもあるけどワザと負けだっ!!!」
「ほ~う~ワザとな~」

 

 速攻で手を伸ばしたが、届かず胸板をチョップ。フィーラでも乗り移ったのか、背中からドス黒い殺気を放ちながらチョップをしまくる。
 まさかすぐ横で審判が行われていようとは夢にも思わず怒りの形相を向けるが、手を受け止めたイズは漆黒の双眸を細めた。肩が跳ねる。

「……話し合いが長引いたのは、バロンがお前を殺すのに反対したからだ」
「宰相が?」
「ああ、個人の感情でな。だが“異世界の輝石”として考えるならお前は災厄だ」

 

 “災厄”の言葉が大きく圧し掛かる。
 生き長らえたとはいえ、目の前にいるのは“王”。宰相とは違い、すぐ私を殺せる男に胸の動悸が激しくなると、瞼を閉じたイズは溜め息をついた。

 

「けど、アズが忠誠を誓ったこと、魔王と対峙したことで考えが変わった。当然魔王がその場で『宝輝』を壊し、お前を殺すのであれば俺は即お前を殺したけどな」
「!?」
「ま、幸運なことに俺の最初の異世界人殺しはなくなったわけだが」
「最初?」

 

 引っ掛かりに首を傾げると、裏で暗躍するメラナイト騎士団というのは代々“王”が団長を勤め、自分や国にとっての悪を処罰する部隊らしい。そしてイズの前は父親であるレウさんが団長を勤め、災厄となった異世界人達も殺していた。
 だが、イズの継承後現れた異世界人は私がはじめてだったらしく、彼はまだ一人も殺してないという。まあ、他は色々と殺していたみたいだが。

「そして俺とバロンは“賭け”をした」
「賭け?」
「お前が魔王に連れ去られて『四聖宝』が助けに行くか行かないか。俺は行かない、バロンは行く……その結果はお前も知っての通りだ」

 

 イズは眉を下げながらも口元で笑みを浮かべている。その表情は以前見たように切ない。けれどどこか嬉しそうだ。
 前屈みになった私が手を伸ばすと、イズは長く綺麗な黒髪を揺らしながら手の平に頬を乗せた。

 

「……賭けに負け、魔王に理性があることを知った俺は魔王(ヤツ)と対話するため『手を出すな』と『四聖宝』に命をして行かせた。そりゃもうブッ潰したかったらしいから不満な顔しやがったが、王様命令は絶対だからな」

 苦笑いする男に呆れながら頬が乗る手を上下に動かす。
 イズは『酔う~』と言いながら楽しそうで、さらに動かしていると腕を引っ張られ抱きしめられた。肩に顔を埋めた彼と私の漆黒の髪が混ざり合い、頬が熱くなるがすぐ冷める。
 なぜなら下から“もみゅもみゅ”胸を揉ま……。

 

「おいっ!!!」
「や~ホント良いおっぱい殺さず済んで良かった良かった」
「貴様、そんな理由で私を助けた──んっ!」

 

 両方の親指で乳首を押されると同時に首元に吸い付かれる。
 片方の手をドレスの隙間に潜らせると生胸を揉み、尖った乳首を指で弄りだす。その刺激に喘ぎを漏らしながら背中を叩いた。

 

「ちょっ、やめ……私は」
「『四聖宝(あいつら)』が好きって? 四人とヤってれば五人も一緒だろ」
「そんなわけあるか! ちゃ、ちゃんと一人に決め「いや、それマジで戦争になるから止めて」

 

 至極真面目な顔で止められた。
 こいつと魔王が言っていた戦争とはそういう意味だったのかと冷や汗かくと、イズは乳首を舐めて吸い付く。

「あぁっ!」
「んっ……今頃お前、寝ながらビクビク動いてんだろーな」
「なっ……あぁぁ!」

 

 四人の前でそんな羞恥……というかこいつに触らせた時点で私は浮気か!? 速攻で土下座か!!?
 それは後が怖すぎると必死に身じろぐが、筋肉の付いた腕が腰を回ってドレスを脱がすと、露になったもう片方の胸を舐められる。視線だけ私に向けるイズは、反応を面白がっているように見えた。

「別に……胸抜きにしても……ん、俺はお前のこと……好きだぜ……面白いし」
「わ、私は別に……あっ、好きでは……ないっんん!」

 

 両乳首を強く引っ張られ、無意識にイズの頭を抱き込む。
 胸の谷間に埋まりながらイズは楽しそうに笑いながら顔を出し、荒い息を吐く私の額と額をくっつける。漆黒の双眸が重なり、口元に弧を描いて目を細める表情は不覚にも動悸が大きく鳴った。ゆっくりと彼の口が開く。

 

「だったら俺を好きになれ」
「……は?」
「嫌いなら好きになれば問題ないだろ。たとえ『四聖宝(あいつら)』が立ちはだかっても俺は強いから勝つぜ」

 絶対なる自信に呆気にとられ、目を見開く。
 前々から偉そうだとは思っていたが“好きになれ”っておいっ! 俺様か!? 俺様王様!!?


 そんなことを思っていると頭に金ピカの王冠が見えた……速攻叩き割りたい。そんな私を楽しそうに見ていたイズは『それに』と手の平を見せる。

 そこには緋、蒼、翠、金茶の『宝輝』。それらは宙を浮き、イズの手から離れると私の周りをぐるぐる回る。以前玉座に座った時のようになんだか……。

 

「王と同国の女ならこいつらも喜ぶ」
「同……国?」

 

 違和感を覚えていると、片肘を付いたイズは笑みを向けた。

 

「お前『アーポアク国が生まれた日』って話を知ってるか?」
「ベルから聞いた。史実に基づいて書かれた絵本だろ?」
「そ。けど国書に載っているのは少し内容も違って、タイトルも『世界が生まれた日』」
「世界……?」

 

 仰々しいタイトルだと思うが、ふと『世界の始祖』と言っていた魔王を思い出す。胸がざわつき、冷や汗が流れると漆黒の双眸と目が合った。

「本の中に出てくる王は間違いなく初代王。つまり俺の祖先だ。そして王の名は……“リュウ”」
「リュウ……?」

 

 繰り返し呟くと、イズの笑みが深くなる。

 


「本名は“黒羽(くろばね) 竜(りゅう)”。初代王はお前と同じ────異世界人だ」

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