異世界を駆ける
姉御
番外編*トルリット国(5)
岩壁が続く地下道は薄暗く、蝋燭の灯りだけが照らす。
行き止まりになった奥は六畳ほどの広さがあり、鉄格子が岩壁に刺さった牢屋。そんな鉄格子を前に、しゃがみ込む私。
「……なぜこうなった?」
『ギャウ』
首を傾げるとマントの隙間から黄褐色の毛に、丸い耳と尻尾を左右に揺らす体長三十センチほどのライオンの赤ちゃんが顔を出す。そんな子ライオンの首にはプレシャス・オパール。
頭を撫でながらなぜこうなったのか、アバウトだが振り返ってみよう。
城から出た→もふもふした物が→かっわいい~! →む、オパールしてる……貴様か!→む!? 少女が男に無理やり連れ込まれている! →成敗っ! →お、爆発まで起きた→巻き込まれ気絶→終了。
……うむ、ドジってしまったか。いかんな。
額に手を当てると多少頭痛はするが血は出てないことに安堵する。怪我したらうるさいからな。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
子ライオンの頭に顎を置いて一息ついていると、か細い声に振り向く。
薄暗くてよく見えないが、成敗から助けたはずの茶髪の少女。後ろには彼女以外にも女性が十人ほど力無く座り込み、泣き出している者もいる。何がなんなのかわからないでいると、少女の後ろから年上の紅髪の女性が顔を出した。
「あんた達も“新月の盗賊”に捕まったのかい?」
「「新月の盗賊?」」
少女とハモると、一息ついた女性は恐ろしく胸糞悪い話を聞かせてくれた。
どうやら“新月の盗賊”とやらは各国で盗人を働き、目新しい物を奪っては闇競売に出品。その落札料を戴いているらしい。しかも賭けられる品物は人、動物なんでも……ほう。
怯え、泣きはじめる少女とは違い、私は怒りで顔が引き攣っている。その様子に女性も目を丸くしたが話を続けた。
「あたしら旅行者は特に他国では高く買い取られる。しかも、怒ってるお嬢さんの方は珍しい動物を引き連れてるし、黒髪もはじめて見るよ」
「染め粉をオークションで買え……いかん、無一文だった」
「そ、そんな呑気なこと……怖くないんですか?」
黒髪はやはり危険すぎると考えていると、ポロポロ涙を流し震える少女。
以前の私なら薄暗さに動悸が激しくなっていただろうが、小さな灯りがあるし、今は落ち着いている。それに、ここには子ライオンどころか可愛い女子が占めているからな! 地獄どころか天国だ!! やったな!!!
女性二人が後退りすると、子ライオンにも威嚇された。なぜ?
ともかくと、鉄格子の先を見ると出入口は一箇所。
両脇には見張りなのか赤黒のローブを着た男がニ人。剣を腰に持ち、私達を楽しそうに見ている。灯りの影に向かってスティを呼ぶが、応答がないということは結界類が張られていそうだ。
どうしたもんかと見上げた岩の天井は灯りが届かない暗闇。
私にとっては恐れの対象……だが、今は違う。訊ねるように、呼ぶように、呟きを零した。
「……魔王、いるかー?」
静かに響き渡る声に、影とは違う“闇”が集まる。
子ライオンが威嚇の声を上げると、似た声も闇から響く。同時に形を取りはじめたソレは漆黒の跳ねた髪とマントを羽織り、瞳は赤。どこぞの男とは違い、口をへの字に、肩には黒いヘビ。一三十センチちょっとに、褐色の肌と尖った耳を持つのは──魔王。
『また妙なところによび出したものだな。魔力を相殺できるからといって我はべんりやではないぞ』
「そう言いながらも出てきてくれたではないか」
『世辞はいらぬ。用件を……これ、ヘビ。やめぬか』
威嚇し合うヘビと子ライオンを互いに引き離す。
暴れる子ライオンを抑えながら、影を使いイズかスティにこの場所を教えてきてくれないかと頼むが、眉を上げられた。
『前者は我がいってもきかぬだろうし、後者は色々まずいきがするぞ』
「あー……あいつら、まだ私を拉致った貴様に敵意向けてるからな」
『それもあるが、証をもたぬ主は会ってもよいのか?』
「証?」
なんのことかわからないでいると魔王とヘビの視線が私の頭、右耳、首、胸、左手と順に見……。
「あああぁぁーーーーっ!」
「ど、どうしたんですか!?」
悲鳴を上げると、驚く少女に子ライオンを預かってもらい、マントを脱ぐ。ハチマキの下やポケットの中を探すが……ない。
「忠誠の宝石がなーーーーいっ!!!」
洞窟上になっているせいか良く響き渡り、ダラダラと冷や汗を流す私に魔王は溜め息をつく。
どうしよう、『四聖宝』とバロンから貰った忠誠の証がない。唯一イズの指輪はあるが、これは元々取れない魔法がかけてあった呪いの指輪。
さすがに何事かと見張りの男達が慌てて駆け寄って来るのが見え、両手で鉄格子を握った。
「おいっ! 私の身に付けていた宝石はどこだ!?」
『この状況で大仰なことをいえるのは主ぐらいなものだな……しかし、その動物がもつのは……』
何かを呟きながら魔王は影に姿を隠し、少女と女性も震えながら後ろに下がる。目先に立つ男達は不気味な笑いと目を向けた。
「宝石なら、競売に賭けられるに決まってるだろ」
「なんだと!?」
「女、アーポアクの人間だな? あの国は最高に金目の物があるが警備が厳重だ。それがまさか今日拾った女共と一緒に付いて来るとはな」
「棚から牡丹餅という……っ!」
歯を食い縛っていると、男の手が鉄格子の間を通り、私の胸を掴む。
そのまま揉みしだく手と表情に、どっかのツルっぱげ派手男を思い出し、慌てて後ろに下がった。睨む私に男は鼻で笑う。
「手に余るほどの乳に黒髪。気の強さも持ってて商品としては勿体ねーな……売られんのやめて、オレらんとこに来るか?」
「もっとも、そのデカイ谷間に大きいのをツッコまれるだけかもしんねえけどな!」
「……なら、ツッコんでみるか?」
高笑いする男達だったが、私の呟きに静まり返る。気にすることなく膝立ちになった私は両手で胸を中央に寄せると、目を見開く男達を見上げた。
「い、言っておくが私は本当に大きいのしか……好きではないぞ」
「え……マジかよ」
「おい……」
唾を呑み込む音が聞こえ、男達の視線は谷間を直視している。そんな男達の後ろには手を翳す──魔王。
『『悲しみの虚無(マエスティティア・ヴァニタス)』』
同時に男達は悲鳴を響かせ、地面に倒れ込んだ。
奪われた魔力は黒い塊となって魔王を包み、倒れた男達から鍵を奪うと錠を開けてもらう。牢から出た私は男達のフードで二人を縛り、武器を奪って準備万端!
「よっし、行くか!」
『主は悪女か』
魔王他、その場の全員に呆れられた。
いや、背筋がゾクゾクしたし吐き気もしたぞ! 本気でアレ出されたら引っこ抜く気だったしな!! 淫乱じゃなくて良かった!!!
妙な安堵感に包まれていると子ライオンがやってくるが、少女達は結界に阻まれ出られないようで、私は眉を落とす。
「すまぬが行ってくる。必ず皆を助けるから待っててくれ」
「本当に大丈夫なのかい……?」
女性は心配と不審な目を魔王に向ける。
まあ突然現れたり“魔物”に近い存在だが、今では味方……と、わかってもらえるのは難しいだろう。笑みだけ向けるとマントを被り、出入口へ駆け出す。後ろには子ライオンと魔王が続いた。
『主ひとりでは心許ないからな。いちおうヘビを牢においておく』
「すまん。それと、あいつらにさっきのこと言うなよ!」
『……主はドMだから攻められないとダメっだ!』
頭を叩いた。今になって顔から火が出る思いだ。なぜあんなことを……いや、忘れよ。
今は宝石を探すことが先決だ──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
『──って、ヒナが男を誘惑してたなり~』
賑わうトルリットの大通りを屋根伝いに走る四人の男達は、呑気な声で報告する黒い鴉に沈黙した。同時に考えるのは。
『や~ん、今お前ら、ヒナがパイズ「斬るぞ」
先頭を走るアズフィロラが鴉の首を絞める背後で三人が溜め息をつく。
「あの女……マジ助けがいねーな」
「ヒナタさんの誘惑良いですね。羨ましすぎて男共を真っ二つにしたいぐらいです」
「…………殺す」
何やら危ない台詞も出たが、アズフィロラは絞める鴉=イヴァレリズに訊ねた。
「ともかくヒナタは牢から出て、ライオンと一緒にいるんだな?」
『いるけど、なんか探しもんがあるらしくて駆け回ってる』
「ジっと出来ねー女だな。じゃ、黒王が助け『や~ん、今から俺、大事な用あんの』
「イヴァレリズ、お前いったい何をし「『地籠中(じろうちゅう)』!」
言い切る直前、屋根が波を打ち、高い円柱の土壁が『四聖宝』を包囲する。が、間一髪で閉じ込められるのを免れ、四人は海岸通りに着地した。ビーチにいた人々が驚きと歓声を上げるが、鋭い四人の目に駆け寄る足が止まる。それを物ともしない大きな笑い声が響いた。
「はっはっは、さすがは『四聖宝』! 童(わっぱ)だと侮ってはならんな!!」
「おっさん……」
舌打ちするエジェアウィン達の前に立ちはだかるは巨漢の男──南十字ワンダーアイ。
右腕を大きく振る彼に、人々は慌てて距離を取り『四聖宝』は柄を握る。ワンダーアイは緩やかな笑みを浮かべた。
「小生、出来れば戦うことは望まん。このまま大人しく船で待っててもらえぬだろうか?」
「うっせー! おっさんらも“新月の盗賊”捕まえんなら目的は一緒だろ!!」
「一緒であって一緒ではない。自国の問題に他国である貴殿らが介入すると、後々不利になるのはそちらだ」
確かにここはアーポアクではない。
そして他国で騎士が剣を抜けるのは自身の王に害が及んだ場合のみ。それ以外で手を出しては国際問題となる。だが、アズフィロラの手の甲に降り立った黒い鴉──『世界の皇帝』は命令を下した。
『面白そうだからいいよん。銀竜には言っとくから好きにやるなり~』
「なっ!?」
「『走炎火』!」
「『飄風走(ひょうふうそう)』」
「『速影走』!」
ワンダーアイが目を見開いている間に鴉が姿を消すと、火と風を纏ったニ人が上空を、一人が影に潜り、彼の上下を過ぎる。両手に拳を作ったワンダーアイは、甲にある十字架同士を叩いた。
「地と天に示されしδ(デルタ)の星域にて 土豪の力を見せろ──解放(アフェシス)!!!」
「土熅(つちいき)れ! 地を唸(うな)らしブッ放せ!!──解放(リベレーション)!!!」
目前に生まれた土の塊をワンダーアイは両手で握り、大きく振り上げる。
土が剥がれると、太い柄に鋭い両刃が弧を描いた大斧が現れた。同時にエジェアウィンの槍も穂先と両刃の剣に変わるが、先に強く地面に足を踏み込ませ、上体を捻らせたワンダーアイが宙を飛ぶニ人に向かって斬撃を飛ば──。
「土公神(どくじん)と地祇(ちぎ)! 禁断(フォビドン)に交じりて参りやがれ!!──宝輝解放(トレジャーリベレーション)!!!」
聞いたことのない謳と金茶色の竜に斬撃を飛ばす手が止まる。
同時に、鎖で繋がった鎌が大斧の柄に巻かれ、引っ張られた。目先には赤いハチマキを揺らし、右手には太い両刃のある剣。そして剣の柄頭から伸びた長い鎖を持ち、笑みを浮かべるはエジェアウィン。
「黒王の許可が出りゃこっちのもんだ。てめーブっ飛ばして、アイツんとこ行ってやる!」
「ほう……孫の成長は嬉しいところではあるが、小生も仕事とあらば容赦はせぬぞ!」
互いに目を細め、口元に弧を描くと同時に動いた──。
* * *
影を使い、ワンダーアイを通り抜けたカレスティージは闇の世界を駆ける。
数分前、ヒナタが自身を呼ぶ声が聞こえたが、強力な結界によって侵入を阻まれた。理由を理解しているのもあって歯を食い縛ると共に黒ウサギを強く抱きしめる。
すると、何もない世界に突然大量の水が流れ込み、渦の塊がカレスティージの腹に直撃した。
「なっ!?」
反応が遅れたせいか、水に突き上げられる。
月と星空が光る地上に追い出され着地した場所は人気のない路地裏。上級魔法の直撃に片膝を折ったカレスティージが、唾液を吐き出しながら目を細めた。目先には静かに人の形を取る水。それは嫌いな白銀の髪と金の瞳に笑みを浮かべる──南十字ソランジュ。
「影に頼るなって言ったろ? 上級であればお前の道ぐらい潰せるんだよ」
「よっぽど……死にたいんだ」
「他国で殺りまくってるヤツの言う台詞じゃないよ。お前、昨夜ウチの連中を殺ったろ?」
黙ったまま腹を押さえ、立ち上がったカレスティージは黒ウサギの両耳を持つ。小さく笑うソランジュも胸元から十字架のネックレスを取り出すと、金色の双眸を細めた。
「なめんなよ、クソガキ」
ネックレスを引き千切り、人差し指と中指で十字架の先端を持つと、水がソランジュを包む。
「水雲(すいうん)転じてγ(ガンマ)の星域にて 水界を支配しろ──解放(アフェシス)」
液体だった水が集まり、一七十ほどの長柄になると、先端が一八十度に弧を描いた刃が光る大鎌へと変化する。カレスティージも口を開くが、瞬く間に刃が迫り、急ぎ後ろに上体を捻らせた。が、ソランジュの右足が腹に直撃し、壁に叩きつけられる。
「がっ!」
「今のは昨日ボクを殴ったお返しだ。あと、こっちは昨夜の連中のかな?」
俯けに倒れたカレスティージは小刻みに震えながら顔を上げると目を見開いた。ソランジュの手には手放してしまった黒ウサギ。慌てて起き上がるが、勢いよく宙に投げられた黒ウサギは大きく振り下ろされる大鎌に──首を刎ねられた。
「っ!!?」
音もなく黒ウサギが地面に落ちる。
切り離された頭と胴体からは綿と一緒に手の平サイズの白ウサギと編みウサギが顔を出した。大きく見開かれ、揺れる藍色の瞳に、大鎌を握るソランジュは面白可笑しく笑う。
「あっれー? 人の首は見慣れてるくせに、ソレはダメなんだ。て言うか、どんだけウサギ隠し持ってんだよ。ま、寂しいガキには丁度良──っ!?」
一息ついている間にソランジュとの間合いを詰めたカレスティージの右手には小型ナイフ。切っ先がソランジュの喉元を狙うが、数センチ前で避ける。が、同時に振り上げられた右足が左頬に減り込み、横壁に叩きつけられた。
「がはっ!!!」
あまりにも強い打撃に口から血を吐き、大鎌を落とす音が鳴り響く。構わず黒ウサギの胴体を持った男は宙に投げ、低い声を発っした。
「水 滴り朧月夜 黒に染まりて刃よ月を照らせ──解放(リベラツィオーネ)」
雲もないはずの月が一瞬揺れたように見えると、黒い靄が黒ウサギを包み、黒刀へと変化する。だが、右手で握った刀の柄頭の先に鎖はあっても白ウサギはない。
ドス黒い気配を漂わせながら前髪をかき上げ、藍色の双眸を見せる男に、大鎌を握り直したソランジュは構える。
「はは……本気モードってヤツか……いいね、殺りがいがあるよ」
「……殺る気……ボクにはない」
「へー、ここまでされといて、どういう風の吹き回し?」
静かな声にソランジュの動悸は激しくなる。
ゆっくりとニ羽のウサギを拾ったカレスティージは、編みウサギに小さく口付けるとポケットに仕舞い、左手に白ウサギを握る。静かに口が開かれた。
「『影界中』」
月も星空も消え去る闇がニ人を包む。だが、ソランジュにはカレスティージの居場所がわかっていた。何しろドス黒い気配を消していないのだ。
「メラナイトであろう男が気配バレたまま闇討ちとか」
「水氷流れたし水神(みなかみ)よ 月下の下輝け──宝輝解放(テゾーロリベラツィオーネ)」
蒼色の竜が放たれると一瞬でドス黒い気配が消える。
その変わりようにソランジュも戸惑うが、彼の居場所がわかっているのは変わらない。暗闇に白い刀が見えるからだ。
「『ナオ』に飾ってあったのを見ていたボクに……王様がくれた白ウサギ……チェリミュ様が作ってくれた黒ウサギ……そして、ヒナさんがくれた編みウサギ……全部ボクの大事な人がくれた宝物。それを壊す者は──許さない」
「なんだよそれ……結局殺すってことだろ」
徐々に近付いてくる白い刀に、大鎌を持つ手に力が篭る。なぜなら、暗闇の中でも刀の主が笑っているのを感じるからだ。
「今……見える白に恐怖してるよね。じゃ、黒は?」
「っ!?」
瞬間、強い衝撃が大鎌に当たり、地面に落ちる音が響く。
白の刀に気を取られすぎていたのか、黒の刀を失念していたソランジュは大鎌を拾おうとする。が、白の刀だけがゆっくり近付いてくる光景に不思議と恐怖を覚え、身体が動かない。
「大事な物を壊された時……ボクは一瞬でなんて終わらせない……追い詰めて追い詰めて苦痛を伴わせて……生かす」
「なっ……!」
今まですべてを“殺して”いた男から“生かす”の言葉。
反論したいが、ソランジュの喉元には白と黒の刃が突きつけられていた。藍色の双眸が怪しく光る。
「人が一番恐れるのは……苦痛を伴ったまま生きてることだよ……死にたいって思うほど心を病む苦痛……」
「病んでんのは……お前だろ……あの女……よく一緒いれんな」
「ヒナさんの前ではボク良い子になれる……でも……この姿はヒナさんには見せちゃダーメなんだ……だって見たらヒナさん泣いちゃう……ボクのこと嫌いになる」
裏を返せば今のカレスティージは彼女が酷く心を蝕んだ事件と同じだ。彼が震えているのが刀から伝わるソランジュは金色の双眸を大きく見開いた。
「お前……それ矛盾してん……だろ」
「そう? あ……別に君を斬るのにはなんの躊躇いもないから」
「ちょっ、待っ!?」
切っ先がソランジュの顎を持ち上げると小さく笑う残酷な声。それは絶対に彼女に聞かせてはならない。
「君を殺すと後々面倒だからしない……でも、ショック死したら──ごめんね?」
「てっめぇーーーーっっ!!!」
悲鳴にも近い怒声は彼方まで響くが、決して蒼昊(外)には届かない。そこは影騎士が統べる領域なのだから──。
* * *
「「っ!!?」」
月と星空の下を飛ぶアズフィロラとラガーベルッカは目を見開くと互いを見合う。さらに裏通りに目を移すと黒い空間を捉え、アズフィロラは眉を顰めた。
「まさか、ティージのヤツ……」
「他国だとわかっているとは思いますが、だいぶんキてますね。と、こちらもやはりいましたか」
自剣の柄を握った二人は上空で止まる。
前方には花々な灯りが点るトルリット城。だが、同じ上空に佇むニ人──南十字ルーファスとネジェリエッタが行く手を阻む。
険しい表情をした二人の後ろ、大時計が七時を回っていることに気付いたアズフィロラが口を開く。
「申し訳ないが、急用が出来たため親睦会は欠席させていただく」
「私もヒナタさん充電が切れそうなので欠席させていただきます」
同時に頭を下げ、お断りを入れたニ人は『では!』と、とんずら。することは出来ず、前にルーファス、後ろにネジェリエッタが回る。アズフィロラとラガーベルッカも背中合わせになると不機嫌そうにルーファスが口を開いた。
「いつから『四聖宝』はコント集団になったのですか?」
「ベル様“ヒナタさん充電”ってなんですの!? わたくしが補充しますわよ!!!」
「残念ながらヒナタさんのハリセンかナカに挿入しないとダメなんですよ。今朝はウサギに取られたので、あと数分したら私は息絶えます……」
「ラガーベルッカ様……一度ティージと精神科医(カウンセリング)を受けた方が……」
「おや、私もあのウサギもただ一途に愛する姫君のことを考えているだけですよ──『風壁方陣』」
背負っていた剣を右手で抜いたラガーベルッカは翡翠の双眸を細め、左手で指を鳴らす。オレンジの正方形が南十字を包んだ。
「結界類は我々には効きません。ジェリー」
「はあ~ん! ベル様に囚われるなんて~」
「ジェリー!!!」
「そっちも中々のコントに見え……!?」
怒声を上げるルーファスと幸せ絶頂中のネジェリエッタに、アズフィロラはツッコミの声を落とす。だが、視線を移した先にはフードを被るラガーベルッカ。僅かに漏れる気配に目を見開いている間に、ネジェリエッタが左手の十字架を取り、風を纏った。
「夜嵐よ β(ベータ)の星域にて旋風を巻き起こし変化(へんげ)なさい──解放(アフェシス)」
紫紺の髪と白のマントが大きく揺れ、風が彼女を覆うと、青緑の太い一六十ほどの棒状が現れる。それを手に取り、大きく広げれば突風を巻き起こす扇子へと変化した。
両手で握ったネジェリエッタは笑みを浮かべ勢いよく振る。
「『旋破風(せんはふう)』!!!」
風は複数の竜巻となり、彼女らを囲む方陣に激突。
大きなヒビを入れると、ニ度目の『旋破風』で結界は破壊された。割れる音と共に大きな突風が溢れ、城下の人々も顔を伏せる。過ぎ去った風に人々は疑問を浮かべながらも賑わいを取り戻すが、ルーファスだけは頭を抱えた。
「ジェリー。あまり派手なことはするな」
「あら、ごめんなさい。出来れば一生閉じ込めてもらいたかったけど、その間に彼が遠くに行きそうで……はあ~ん」
「南十字(うち)も精神科医(カウンセリング)が必要なよ……!」
「火炎渦巻き 焔の如く世上を舞え──解放(リベラシオン)」
静かな声に合わせ気温と風が熱くなると、オレンジ色の炎が空を明るく照らす。
突如現れた炎に人々は歓声を上げ、炎(それ)を纏った剣がひと振りされると大きな火の円が南十字を囲った。同じ炎でも違う灼熱の赤の髪を持つのは『四聖宝』アズフィロラ。
急ぎネジェリエッタは扇子を構えるが、ルーファスの手に遮られる。
「なんでよ、ルー! こんな火ぐらいわたくしが」
「風であるお前がやっては火の海になる……しかし驚いた。まさかアズフィロラ様ともあろう御方が早々に『解放』を使うとは」
琥珀の双眸を細めたルーファスはアズフィロラを睨む。だが、彼の表情は苦笑。
「私もする気はなかったんだが、まとめて“墜とす”気らしくてな」
「? わたくし、ルーと心中する気はなくってよ」
「右に同意。ではなくて……“墜とす”?」
聞かない言葉に眉を顰めたルーファスに、アズフィロラの出した炎が徐々に渦を巻く。まるで空に吸い込まれるかのような風に、南十字のニ人も誘われるように顔を上げた。
頭上には月と星が輝く。
だが、翳した剣に火と風を集める白緑のフードを被った男が三人よりも遥か高みで佇んでいた。その表情は見えないが、ネジェリエッタだけは恐怖を覚えた。
「ベル……様?」
「天風(てんぷう) 風花(かざばな)散らし 吹鳴(すいめい)よ蒼穹へと轟かせろ──宝輝解放(シェッツェベフライウング)」
翠の竜が放たれると強風が巻き起こり、アズフィロラの火も吸い込めば、鏃を下に向けた炎の矢が数千現れる。その下にいるのはルーファスとネジェリエッタ。気付けば南十字の周りだけ薄い風の壁が張られていた。否、閉じ込められている。
危険を感じたネジェリエッタは扇子を頭上で回した。
「『旋風竜(せんぷうりゅう)』!!!」
ひとつの大きな竜巻が発生するが『風壁風陣』とは違い、ヒビひとつ入らない。
『解放』状態で同じ『風』で出来た壁であるはずなのにとネジェリエッタは目を見張った。汗を流す彼女は空を、月を、彼を見上げた。
頭上にはマントを揺らし、フードを被った隙間から翡翠の双眸を細める男が見える。未だかつてそんな表情をした彼は……好きな人をネジェリエッタは見たことがない。
「なぜ……なぜですか」
「ジェリー! ひとまずここから」
「ベル様! なぜあの女がそうも貴方を駆り立てているのですか!?」
彼女の声は悲鳴にも聞こえ、結界=『五段階結界(クイーンクエ・エスカッシャ)』外にいるアズフィロラも上空の彼に目を向けた。フードを脱いだラガーベルッカは変わらない笑みと白銀を靡かせる。
「ネジェリエッタさんが私を好いてくださっているのと同じ理由ですよ。もっとも、その理由とやらを『なぜ』と問うても答えは出てこないでしょう。恐らく私も貴女も──一目惚れだったでしょうから」
その気持ちがわかるのは本人だけ。
なぜあの人を、アナタを好いた理由などわからない。ただ、本能がままに好きになっていたのかもしれない。それが“両想い”ではなかっただけ。
右手に握った剣を『空騎士(支配者)』が振り下ろした時、赤い炎が上空を花火のように輝かせた──。
* * *
トルリット城の一室で窓越しに花火を見つめるのは黒竜イヴァレリズ。
長い髪を後ろに流しながら壁から背を離すと黒のマントを羽織り、目先の彼女を見る。
「ひとつの結果が大きな火種になる……それをはじめるも終えるも“国王”の仕事であり、お前の仕事だ」
椅子に座り、顔を伏せているのはトルリット国次代の銀竜(王)ユーフェルティア。
赤の瞳からは大粒の涙が溢れているが、拭うことはしない。鋭い瞳が上げられると、力無い声を発した。
「貴方は……それを……こういう形で示させる……方ですのね」
「確かに俺の仕事でもあるが、糸を手繰り寄せたのはお前の運だ。その糸を見事に操れねぇと、ああなるんだぜ」
意地の悪い笑みを向けながら窓を指す男に、ユーフェルティアは瞼を閉じると意を決したように立ち上がる。金色の髪を靡かせ、黒竜を通り過ぎた少女の胸元には虹色のプレシャス・オパール。
その光りが本当に輝くか否かはイヴァレリズ本人もわからず、笑みを浮かべたまま影へと姿を消した──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
洞窟を抜け出し、白の大理石で出来た床と列柱が並ぶ廊下を駆ける私と子ライオンと魔王。
先々に現れる輩は私のカンチョ攻撃、子ライオンの噛みつく攻撃、魔王の魔力を奪う攻撃で倒し、辿った道は死屍累々。
『ほんとうにこのみちであっているのか? 先ほどから景色がかわらぬぞ』
「勘に決まってるだろ! ここはどこだ!?」
返答に魔王が転倒。どうした!?
倒れた輩に往復ビンタを食らわし、宝石の居場所がわかったまではいいのだが、まるっきり方向がわからず半分迷子状態。ともかく人が現れたところに入ればいいかと駆けてきたが、窓もないし蝋燭の火だけだし、まるで魔王の居城だ。
すると、転倒した魔王は顔を上げると眉を顰めた。
「どうした?」
『……いや、主の勘がおそろしく冴えているのがわかった』
「うむ、女の第六感だ!」
『変な匂いでもでておるのだろ。ともかく我はしょうしょう腑におちぬことがあるため黒王を捜す。では、去らば』
「は? ちょっ!」
魔王は地面に手を付けると影に潜り姿を消した。それはまるで“とんずら”。静寂が廊下を包むと呆然、するわけもなく叫んだ。
「おいいいぃぃーーーー! ここまで一緒にきた友情を壊すのか!? おい、魔お「おや、まさかの魔王と一緒でしたか」
自分の声が木霊するだけかと思ったら別の声が混じり、心臓が大きく跳ねる。何しろそれは知っている声。嬉しいよりも浮気がバレた気分だ。
激しい動悸を鳴らしながら、そっと振り向く──前に、大きな腕に抱きしめられた。
「こらああぁぁーーベルーーっ!!!」
身に覚えがバッチリある腕と抱き主は白銀の髪と笑みを浮かべた、ベル。だが白緑ではなく白のマントを着用していることに首を傾げる。と、口付けられた。
「んっ……ちょっ!」
荒い口付けと舌に戸惑いながら数度交わすと、強く抱きしめられる。
「どう……あ、心配かけてすまんな。一人か?」
「ええ。途中アズフィロラ君とはぐれて、気性が荒いウサギは頭を冷やすまで閉じ込めたので私が一番……と思っていたら、まさかの浮気ですか」
「うううう浮気してないない!!!」
「おや、でも『魔王』と」
「“マオン”くんだ!」
子ライオンを抱えて見せる。
肉球でベルの頬をぷにぷに。トラ(貴様)と親戚だぞ~と笑みを向けるが、ベルの笑みは冷ややかだった。
「…………ごめんなさい」
「柔らかいのは柔らかいのですが、ヒナタさんのこっちの方が柔らかいですよね」
「あんっ、ちょっ」
子ライオンを床に離されると、列柱に背を押しつけられ口付けられる。そのままマントと上着の下を通り胸を揉まれるが、手袋越しのせいかいつもと違うし荒い……なんか。
「落ち込んで……んっあ、ない……か?」
「そうなんですかね……ん、ヒナタさん……私のこと好きですか?」
「はああぁ!? あんっ!」
突然の質問に顔を赤め、目を見開く。だが、ブラの隙間から露になった胸の先端に吸いつかれ、喘ぎを響かせた。下で子ライオンがベルのマントを引っ張っているが、気にすることなく先端を吸い舐めると肩に顔を埋めた。呼吸を荒くする横で、ベルは首元に赤い証をつけながら話す。
「いえ、聞いておかないと自分だけ好きだったら嫌じゃないですか。忠誠の証もないですし」
「そそそそそれはだな!」
慌てて説明しようとするが、苦笑する彼はなんだか切なそうだ。
三十にもなった男が何を言っているのかわからないが、一息つくと両腕を彼の首に回し、口付ける。すぐ離したが、珍しく目を見開いている男に急に恥ずかしくなった私はそっぽ向いた。
「す、好きでなければ口付けも触らせることもしないし、感じない。だから……好き……だぞ」
そう、私が感じるのは……ちょっと人数多いが、それ以外はいない。何度も頷いていると笑われる。
「そこは私の名前を出してもらいたかったですね。そして、そんな可愛い顔で男を誘惑してたんですか?」
「な、なぜそれひゃんっ!」
いつもと変わらない笑みと衝撃発言に顔を青褪めると、手袋を取ったベルは私のズボンに手を入れ、膣内に指を入れた。とろとろと蕩けた愛液を撫でられ、青かった顔が赤に変わる。
「ちょっ……こんなとこで、あんっ!」
「問題ありません……結界張ってますから」
「じゃなくて……急いで宝石を……と言うかここ……あん、どこだ」
気持ち良い指と口付けにイきそうになるが、そんな場合ではない。が、ベルは気にせず私のズボンとショーツを床に落とす。さらに雄雄しく勃起した肉棒も取り出し、私の片脚を上げると秘部を先端で擦った。
「ひゃ、あんっ……ベル」
「はい? ああ、ヒナタさんもご存知の場所ですよ」
「なに……あんんっ」
右の耳朶を舐められゾクゾクしだすと囁かれる。
「ここは──トルリット城の地下です」
「は……──ああああぁぁーーーーんっっ!!!」
笑みを浮かべた男の肉棒が膣内の奥底へと挿入されると揺す振られる。その激しさに、まさかの言葉を聞き返す余裕なんてなかった。
いったい何がどうなっとんのだーーーーーー!!!
*次話でトルリット編完結