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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

番外編*トルリット国(4)

*第三者視点からはじまります

 夜も遅い時間。
 ヒナタを囲み、男達も寝息を立てているが、一人いない男がいた。

 

 黒い雲が月を隠すトルリット城の奥深くにある資料室。
 普段インクの臭いしかない部屋は、白の床を赤く染めた体液によって血腥い臭いが充満していた。だが、窓に腰を掛ける男は気にした風もなく、血の付いたナイフを投げては掴んでいる。

「今夜…八時……場所は……」
「そこのヤツ、何をして──っ!?」

 

 手に持つ紙を確認していた男の前に、甲冑を着た者が数名現れる。
 彼らは男の前で積み重なり、無残な姿となった同胞達に顔を青褪めるも剣を抜いた。その切っ先は震えている。

 一息ついた男は紙とナイフを返り血で汚れた服の懐に仕舞い、黒ウサギを握る。立ち上がると、顔を出した月光が蒼昊の髪と深い夜の藍色を覗かせる──不機嫌顔のカレスティージを照らした。

「仕事……終わるとこだったのに」
「自国ならまだしも他国でこの所業……見逃すわけには行かん! おいっ、早く総団長殿に報「『影界中(えいかいちゅう)』」

 先頭の男の声に一人が扉へ向かおうとするが、一瞬で月もない暗闇の世界へ変わる。誰がどこにいるかもわからない。灯りを点けようにも本職、メラナイト相手に正しき判断なのか先頭の男は躊躇う。だが“彼”には関係なかった。

 

「父親の教え三……見た者は生きて返すな──解放(リベラツィオーネ)」

 静かな呟きと共に青白い光が放たれるが、暗闇の世界に響くのは鎖が刃に当たる音だけ。音が近付く度に男達の動悸と汗が増し、気付けば先頭の男の額から血が流れる。切っ先が当たったというのに足はビクとも動かず、何も見えないはずなのに口元に弧を描く男が見えた。

 


「急いで片付けて……ヒナさんの隣に戻るんだ。だから早く──死んでね?」

 


 残酷な言葉に悲鳴を上げる間もなく、十四名の騎士が二度と太陽も拝めない世界へと招かれた──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 身体に違和感を覚え、瞼を開ける。
 カーテンの隙間からは朝日が覗き、裸のままでも温かい部屋。しばらく考え、他国にいることを思い出すと突然首元に刺激が走った。目を見開いた先には裸体のまま跨り、吸いつくスティ。

 

「ちょっ、スティ……あんっ」
「んっ……ヒナさん……おはよう」
「おはようんって……あれ、他の連中はあぁぁん!」

 

 顔の向きを変えると一緒に寝ていた三人がいない。
 こんな早くにロードワークに行ったのかと考えるが、胸を中央に寄せられ、先端を舐めては転がされる。

 

「ひゃんっ……あっ」
「んっ……朝だから感度上がってますね……濡れるのも早い」
「あぁぁっ!」

 

 股間に割って入ってきた膝が秘部に当たり、愛液を零す。
 昨夜の内に出し尽くしたと思っていたのにと頬が熱くなった。そんな私に楽しそうな笑みを向けるスティは口付ける。冷たい舌に火照る身体は冷えるかと思ったが、ハイパーテクの指を挿入され、いっそう熱く身じろいだ。

「あっ、あぁあっ……ダメぇ気持ちい……んっ」
「ヒナさん素直……あの人達もそのぐらい……聞き分け良かったら良いのに」
「は……んんっ!」

 

 疑問を浮かべるが、両脚を屈曲させられると昨夜の痛みが走る。けれど気にせず足の裏や膝を舐めるスティは徐々に自身の肉棒も近付け、先端で擦りだした。

 

「ヒナさん……疲れて帰ってきたボクを……癒してくださいね」
「い、癒すって……ひゃあああぁぁあーーっっ!!!」

 

 聞くよりも先に膨張した肉棒を挿入され、朝というのに甲高い声を上げる。
 それでも気にせず腰を揺すり、胸元に顔を埋めては舐める男に目覚めようとしていた頭がまた快楽に変わった。外よりも熱い白液に何度もイかされ沈んだ私に、スティは頬ずりしながら抱きしめる。

 

「んっ……やっぱり独り占めが良い」

 

 ボヤけた頭に響く嬉しそうな声に安堵した私は二度寝した。
 残りの三人が影の中に捕らわれ暴れていることなど知らず、トルリットニ日目を迎える。


 

* * *

 


 火山地帯のトルリットは正午を過ぎた現在、気温五十度。
 暑い太陽の下で白の長袖シャツに黒のスキニーパンツ。そしてベージュのマントを着た私は帰路につこうとしていた。

 式典が迫っているせいか人や馬車が多く行き交い、露天も多い。
 ついつい可愛い物に目がいってしまうが、トルリットのお金を持っていないためジュースさえ買えないのだ。しょんぼりしていると冷たい物が頬に添えられ、肩が跳ねる。

 

「ひゃっ!」
「水分なくなったら言えって言っただろ」
「おお! ありがとう、アウィン」

 

 変わらずタンクトップにズボンとブーツ。髪を小さく結んだハチマキなしのアウィンからフルーツジュースを受け取る。暑さで思考が溶けていたのか、神のようなアウィンの頭を撫でた。頬を赤くし、そっぽ向かれたが、可愛いヤツめと笑いながらジュースを飲む。

 すると今度は頭に何かが被さった。取ると、白のリボン付きのつば広帽子。真上から安定の笑みを浮かべるベルが顔を覗かせた。

 

「頭も護っておかないと、紫外線は女性の敵ですからね」
「おお、可愛いのを見つけてきたな! ありが……と、言うか」

 礼の言葉は振り向いてすぐに止まった。ベルの服装が通常の団服だからだ。この暑さの中、もこもこコート……アウィンとニ人げんなりする。

 

「貴様……暑くないのか?」
「アズフィロラ君とニ人、夕方から親睦会に出ないといけませんからね。年少組が代わって下さるなら脱ぎますよ」
「やなこった」
「ヤダ……」

 

 不満の声が上がるとベルは肩を竦める。
 他国の挨拶回りがあるフィーラを除いた私達は今朝からユフィの輝石を捜すため城下に来ていた。が、有名すぎるこいつらのせいで人だかりが出来ては道を開け、騎士団には『何かありました!?』と驚かれる始末。
 まあ、観光案内もしてくれるからいいんだが、女性の痛い視線はどの世界も一緒だな。

 

 そんな視線を感じながら大通り、裏通り、海岸沿いを一通り見たが、ライオンの“ラ”の字もなく城に戻る羽目となった。食べ物の多い城下にいると思ったんだが予想が外れたようだ。

 

「人が多すぎてマジわっかんねーよな。どんな姿かもイマイチピンとこねーし」
「本の中と実物は違いますからね。怖気づいて城内にいたりして」
「むー……百獣の王となるものが、気弱になってはいかんな」
「お話中、失礼します」

 

 客人の多い玄関ホールを避け、裏口から入れてもらうと声がかかる。
 振り向くと、窓から射し込む太陽によって髪が輝く浅葱少年。だが、その表情は険しい。

 

「カレスティージ様はどちらに?」
「スティ? フィーラじゃなくて?」
「はい。少々お聞きしたいことがありまして、どちらにいらっしゃいますか?」

 

 苛立った声にかなりのお怒りだとベルとアウィンの三人で顔を見合わせると、一斉に指した。私の胸元を。片眉を上げる浅葱少年に、私は自分の前マントを広げる。そこには着物スティが両手両脚を私にくっつけ、胸元に顔を埋めている図。
 浅葱少年は後退りしたが、気にせず持っていたジュースのストローを合体した男に向ける。

「スティー、話があるらしいぞ」
「ボク……ない」

 

 ストローに口を付け、水分補給を終えたスティはマントを遮光カーテンのように閉めた。私達は“ごめんね”といった表情で頭を抱える浅葱少年を見つめる。

 

「頭が……痛い」
「薬やろうか? フィーラのがあるぞ」
「結構です! それより「ベル様ーーーーっっ!!!」

 

 琥珀の鋭い瞳を向けた浅葱少年だったが、後ろから紫紺少女に体当たりされ顔面転けした。そんな彼の背を気にせず踏んだ紫紺少女は両手を組み、ベルに近付く。

 

「やっと見つけましたわ! もう、ベル様が城にいると考えただけで夜も眠れなくて……夜這いに行こうにも結界なんか張って……もう、照れ屋さん」
「今すぐベッドにお戻りになってください。そのまま閉じ込めてあげますから」
「え!? ベル様と一緒に!!?」
「おーい、おめー大丈夫かー?」

 

 目を輝かせ、背景にハートを飛ばす紫紺少女に私は汗を流す。その横でアウィンが倒れた浅葱少年を心配すると、紫紺少女も気付いたように振り向いた。

 

「あら、ルー、いたの。貴方、今から各国のご挨拶じゃなくて?」
「お前こそ、持ち場を離れるとはどういうつもりだ」

 

 起き上がった浅葱少年は怒りを露にし、紫紺少女を睨む。同じように彼女も紫の双眸を細めるが、なぜか私にも向けられた。

 

「そうでしたわ! 貴女、わたくしと勝負なさい!!」
「しょ、勝負? なぜ?」
「もちろん、どちらがベル様の花嫁に相応しいかです!!!」
「は、花嫁~!?」

 まさかの話に呆気に取られると、アウィンと浅葱少年も目を見開く。肝心の“ベル様”は安定の笑みのまま婚姻届を見せた。ハリセンと合体解除したスティの黒ウサギダブルパンチ!!!

 そんなスティを浅葱少年が慌てて捕まえようとするが、素早く合体し直し、私の胸に届くか届かないところで彼の手が止まった。代わりに紫紺少女が私の胸を突く。

 

「大きいですわね……わたくしよりも……まさかベル様、巨乳派でしたの!?」
「いえ、ヒナタさんを愛してるだけです」
「おい」
「ラガーベルッカ! 抜け駆けすんな!! それオレもだって!!!」
「ちょっ」
「ボクだけのもの……」
「こら……」

 

 公開処刑のような嬉し恥ずかしい台詞に顔が熱くなる。
 気付けば後ろからベルが両肩に手を置き、頭には顎。顔だけ覗かせたスティが首元に口付け、アウィンが左手を握る。さすがの紫紺少女も言葉を失い、浅葱少年の痛い声が刺さった。

 

「三股ですか?」
「「「六股」」」
「バッキャローーーーー!!!!」

 

 居た堪れなさに三人を振り切ると全速力で駆け出す。途中誰かとすれ違いながら外に跳び出した──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~


 

 あっと言う間に去っていったヒナタに全員が呆然とする。
 合体解除され、床に尻餅を付いていたカレスティージは起き上がると、影から黒ウサギを取り出した。前髪で隠れた藍色を覗かせると、エジェアウィンを見る。

 

「……追い駆けないと」
「あん? あー……の前に、おめーになんか言いてーらしいけど?」

 

 親指を後ろに向けたエジェアウィンの先には顔を顰めるルーファス。カレスティージは小さな笑みを浮かべた。

 

「“ルーナヌエバ・クレフティス”」
「「なっ!?」」
「は? なん「エジェアウィン君、黙って」

 

 遮ったラガーベルッカにエジェアウィンは眉を上げるが、楽しそうな顔に反論するのをやめた。反対に南十字のニ人は汗を流し、互いに視線だけを合わせる。カレスティージは前髪をかき上げた。

 

「仕事……遅いんですね。ちんたら証拠集まるの待ってるなんて……バカなんじゃないですか?」
「……法で裁かれるべきものだと判断したからです」
「ふーん……でもあんまり遅いと『せいばーーーーーーいっっ!!!』

 

 藍色の双眸を細めていたカレスティージだったが、よく知った大声と叩く音に窓を見た。同時に爆発音も聞こえ、全員の目に黒煙が映る。最初に口を開いたのはエジェアウィン。

「今の、アイツだよな?」
「では、何があったのか推理してみましょう。一、悪党に会った。ニ、ナンパされたが年上だった。三、ナンパされていた女性が嫌がっていたので助けた。四、王が現れた」
「……四」
「オレ、三」
「呑気なこと言ってる場合ではありませんわ!」
「総団長殿!」

 

 おかしい思考三人にネジェリエッタが声を上げると、騎士の一人が慌ててルーファスに駆け寄り耳打ちする。眉を顰めた彼に『四聖宝』の三人は足を反対に向けるが、既に背後はソランジュとワンダーアイが塞いでいた。

 

「どういうつもりだ、こらっ!」
「すまんな、アウィン。少々問題が起き、貴殿らを逃すわけにはいかんのだ」
「はて、その問題とやらは我々に関係するのでしょうか?」
「一緒にいた、あの女だよ」

 

 笑みを浮かべながらも淡々と話すソランジュにカレスティージの眉が上がる。そこに反対側から聞こえる足音に三人が振り向くと、白のマントを揺らすルーファスの鋭い琥珀の双眸が刺さった。

 

「先ほどヒナタ様がハリセンで民を叩いたという報告が来ました」
「おや、ついに暴行罪で捕まってしまいましたか」
「いえ、男が馬車に無理やり女性を押し込もうとしたところを助けたそうです」
「やった、オレ当っだ!」
「一と三を合わせっだ!」

 指を鳴らすエジェアウィンと訂正するカレスティージの頭に拳骨が落とされる。その主ラガーベルッカはルーファスに続きを促すよう目を向けた。その瞳にネジェリエッタの肩が一瞬揺れ、ルーファスも顔を顰めるが続ける。

「助けていただいた件については御礼申し上げます。しかし、彼女は見たこともない動物を抱えていたそうです」
「おい、それって……」
「あっれー、お宅ら何か知ってんの?」
「……馬車に轢かれそうになったのを……助けたの間違いでしょ」

 白を切るカレスティージ達に南十字は黙り込むが、ルーファスと目を合わせたワンダーアイが頷く。

 

「動物に関しては暴れはしおったが、さほど気にするものではない。しかし、問題は彼女の持っていた物だ」
「アイツの持ち物はジュースとハリセンと帽子だけだぜ?」
「プレシャス・オパール」

 抑制のあるルーファスの声に、廊下は静まり返る。三人は顔色を変えることなく彼を見た。

「ご存知かは知りませんが、我が国にとって大事な輝石を彼女が持っていたそうです」
「もちろん存じていますよ。ユーフェルティア王女がしていたネックレスのことですよね?」
「そのネックレスがなんでかあの女の手にあったんだよ」
「模造品……じゃないの?」

 

 盗み聞きと、ヒナタから聞いた情報では王女がしている国の輝石は模造品《ニセモノ》のはず。それを南十字が知っているかの判断がつかず、探るようにカレスティージは聞き返した。ワンダーアイが溜め息をつく。

「先ほどな、小生とランジュが部下を伴って王女と歩いていると、あのお嬢さんが猛スピードで横切ったのだ」
「『バッキャロー』とか叫びながらね。するとあ~ら不思議。さっきまで王女様の胸元で光っていたネックレスがなくなってたんだな~」

 

 その話にさすがの三人も汗を流し、顔を見合わせる。
 確かに彼女は叫びながら去って行った。そしてソランジュとワンダーアイがすぐ現れた謎も解ける。が。

「……ヒナタさんとお話して真実かどうか確かめたいですね。今どちらに? 」
「残念ながら機密事項ですので、たとえ御三方であろうと御答えすることは出来ません。彼女の件については王に委ねることになりますので、しばし部屋での待機をお願い申し上げます」

 

 瞼を閉じ頭を下げたルーファスだったが、三人の男は険悪な顔付きで自剣の柄を握った。同様にネジェリエッタ、ソランジュ、ワンダーアイも構える。

 

「大人しくすれば、貴殿らにも危害は加えん」
「あん? 怪我上等だっつーの!」
「愛する姫君(プリンツェッシン)を捕えられ、我々が大人しくすると思ったら大間違いですね」
「愛する姫君って……ベル様?」
「死にたいなら……殺す」
「はんっ! そりゃ、どっちの台詞かな」
「…………仕方ありません」

 頭を上げたルーファスも構えると、耳元で揺れる十字架に手を当てる。同時に口が開──かれようとした時、スズメに似た赤い鳥が全員の真上を通過した。
 目で捉えたカレスティージが急ぎ地面に手を付ける。

「『速影走(そくえいそう)』!」

 瞬間、黒い影が『四聖宝』を包む。
 慌てて手を伸ばす南十字だったが、ラガーベルッカの結界に阻まれ、ソランジュの苛立った声が上がった。

 

「逃げる気!?」
「分が悪すぎんだよ! こっちも何がなんだかわかんねーし!!」
「少々頭を冷やしてから出直しますね」
「待てっ!」

 

 ルーファスの切っ先が結界を斬るが、時既に遅し。三人はその場から消え去った。小さな舌打ちをするルーファスに、ネジェリエッタは控えめに訊ねる。

 

「ルー……どうする?」
「さっきの鳥が彼だと考えると、船に戻ったみたいだね」

 

 確認するように窓に向けていた目をソランジュはルーファスへと移す。
 静かになる廊下に切っ先を戻した男は静かに口を開いた。

「……戦闘準備を整えておけ」
「アウィン達を捕えに行くのか?」
「いや……ランジュ、例の場所は突き止めてあるな?」

 

 額に手を当てるルーファスにソランジュが頷くと、夕日が沈みはじめる。背と耳元の十字架が赤く染まった男の瞳が細められた。

 

「奴らの目的も同じならば迎え撃つまでだ──南十字(スタヴロス・トゥ・ノトゥ)の星名において」

 

 残りの三人は息を呑むが、左胸に手を当て口を揃えた。

「「「了解!!!」」」

 

 それはまるで大きな戦のはじまり──。


 

* * *

 


 カレスティージの影を使い『イズちゃん号』に戻ってきた三人。そんな彼らの前に立ちはだかるのは椅子に腰掛け、足を組んだ赤髪の男アズフィロラ。
 目を逸らしていた三人だったが、鋭い赤の双眸と彼の持つ帽子に観念した。

 

「「「ごめんなさい」」」
「……別に俺は謝ってくれとは言っていない。ただ、三人も揃っておきながらなぜこのような事態になったのか疑問に思うだけだ」
「アズフィロラ君は何をご存知なんですか?」

 

 今朝から他国の挨拶回りに行っていた彼は何も知らないはず。だが、赤い鳥の他、自分達よりも先に船にいることに三人も疑問に思う。何より彼の手にある帽子が何かを知っていると物語っていた。
 一息ついたアズフィロラは三人を椅子に座らせると口を開く。

 

「概ね、ユーフェルティア王女から事情は聞いた」
「そうだよ! あの王女のネックレス偽物じゃなかっ……!」

 

 立ち上がったエジェアウィンだったが、アズフィロラの鋭い目に言葉を失くす。座り直した彼にアズフィロラは続けた。

 

「……彼女のネックレスは偽物で間違いない。それは本人も認めたことだ。だが、ヒナタとすれ違い、ネックレスが失くなったのも事実」
「王女はそれがヒナタさんのせいだと?」
「まさか。すれ違っただけで、ぶつかりもしなかったのにヒナタが犯人にされてしまったと泣いていた」

 

 三人は王女が嘘をついている可能性も考えたが、今のところそんなことを出来る人ではないと首を横に振る。だがそれでは話が進まず、カレスティージは訊ねた。

 

「ヒナさんが持ってたのって……本当に」
「王女と話した後、爆発のあった場所で聞き込みをすると、確かに漆黒の女が変な動物を連れていたらしい」
「例のライオンか?」
「外見的特長は一致する。だが、プレシャスらしき物を持っていたかどうかは確認出来なかった」
「でしょうね。普段そんな宝石なんて見る機会「それだ」

 

 ラガーベルッカの言葉を遮ったアズフィロラは眉を顰めたまま前のめりになると、膝の上で手を組んだ。

 

「考えてみろ。プレシャス・オパール………“宝石”だぞ?」

 

 その言葉に三人は目を見開き思い出す。ヒナタの──宝石嫌いを。
 忠誠の証を受け取ってくれた彼女だが、それ以外は以前と変わらず触ることも出来ない。そんな彼女が偽物とはいえ、もっとも忌み嫌う“輝石(宝石)泥棒”とは……百パーセントないないと全員が首を横に振った。

 

「当然プレシャスも大事だが、問題はここからだ。ヒナタは連行されたと聞くが、それが騎士団ではなく赤黒のローブに、新月の模様がある輩だったらしい」
「“新月の盗賊(ルーナヌエバ・クレフティス)”……!?」

 

 立ち上がり、殺気を放つのはカレスティージ。
 同じ名を先ほど聞いたばかりか、残りのニ人も彼を見つめる。同じようにアズフィロラも視線を上げた。

「ティージ、お前の今回の任務はそれだな?」
「……はい」

 

 静かなアズフィロラの声に落ち着きを取り戻したのか、殺気を消したカレスティージは座り直すと黒ウサギを握る。

 

「以前から……アーポアクの宝石が無断で他国に渡っている情報がありました……その多くがトルリット」
「おいおい、王族が絡んでるとか言わねーよな?」
「いえ……絡んでいるのは貴族達で……南十字でもリストアップされていました」
「なぜ、捕まえないのですか?」
「出来ないんですよ……」

 

 顔を顰める三人にカレスティージは椅子の上で体育座りすると、黒ウサギを足に挟んだまま藍色の双眸を覗かせた。

 

「中核が──“闇の競売(オークション)”だから」
「なん……だと!?」
「んなもんがこの国にあんのかよ!?」
「イズ様が言うにはアーポアク外にはあるらしいです……そして現行犯でなければ捕まえられない」
「その運び屋が“新月の盗賊”というわけですか」

 

 頷くカレスティージに部屋が静まり返る。同時に浮かぶのはヒナタとライオン。
 この場合、考えられるのはプレシャス・オパールを狙った犯行だが、宝石だけを奪えばいいだけの話。だが彼女もライオンも一緒。そして“オークション”と聞き、エジェアウィンは冷や汗をかいた。

「まさかとは……思うけどよ……その競売って……」

 

 躊躇うような声に、瞼を閉じていたカレスティージの藍色の瞳と口がゆっくりと開かれる。

 

「動物人間なんでも「ティージ、場所はわかっているのか?」

 

 裏の彼よりも低く重い声が遮ると、剣を握るアズフィロラ。羽織っていた白緑のマントを着るラガーベルッカ。結っていた髪を解き、ポケットに入れていたハチマキを巻くエジェアウィンが立ち上がると、一息ついたカレスティージも水を纏い団服へ姿を変えると大きく頷いた。

 笑みを浮かべたアズフィロラは赤のマントを翻すと扉へと足を向ける。

 


「ならば──誰のものに手を出したのか後悔させてやろう」

 


 星々が光る夜空の下、大きな戦禍が起きようとしていた────。

*続きます

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