異世界を駆ける
姉御
49話*「生きてる」
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白衣を着た者と騎士達が多く慌しく行き交う地下二階。
だが、治療室は険悪な空気に包まれていた。冷や汗をかく班員達がガラス越しに見つめるのは所々に包帯が巻かれた四人の男達。
壁際ではアズフィロラが片膝を着いているが、口からは血を垂らし、左頬には痣。
目先で握り拳を作るエジェアウィン、その後ろに立つラガーベルッカ、ベッドに腰を下ろしているカレスティージに鋭い目を向けられていた。
エジェアウィンはアズフィロラの胸倉を掴むと無理やり立たせる。
「なんでアイツを行かせた!? 最後のでっけー炎なら勝てただろ!!?」
「彼女の命は……国を護れ……だ」
「ふざっけんな!!!」
エジェアウィンの拳がアズフィロラの頬に当たる。
大きな音と共に床に倒れ込んだ彼を見下ろすラガーベルッカの双眸は冷たい。
「貴方は彼女より命令を取ったというわけですか。それで忠誠など笑わせないでください」
「……………王の決定ならば……もう間に「殺す」
虚ろな目で天井の灯りを見つめるアズフィロラの言葉をカレスティージの低い声が遮る。その前髪は上げられ、細めた藍色の双眸は刃物のように鋭かった。
「どちらかが死ねばいいんでしょ? なら王様を殺して助けに行く……そこのチキン放って」
「ああ、そのテもありですね」
「そのためにはまず、ここから出ねーとな」
ベッドからカレスティージが下りると、ラガーベルッカとエジェアウィンもガラスに向かって殺気を放った。魔力が抑えられているとはいえ、三団長にかかればひとたまりもないことを理解している医療班は慌てふためく。
本気の三人を止めようとアズフィロラが起き上がった時、両手を叩く音が響いた。
「はいは~い、ダメだよ~~」
「そうよ、アズちゃんのように我慢しとかないと監禁が長引くでしょ」
殺気など気にする風もない呑気な声に全員が振り向く。
入室してきたのは微笑むヒューゲバロンと溜め息をつくジェビィ。直後、カレスティージの足とエジェアウィンの拳が二人を襲ったが、硬い壁に弾かれた。床に倒れ込んだ男達は苦々しい表情で見上げる。
「ぐっそ……ヒューゲ、てめー……」
「よくも……ヒナさんを……」
「“王”の~決定なんだから~僕のせいに~されても~困るな~もうちょっと~キミら二人は~大人に~なった方が~いいよ~~……まあ、殺気をダダ漏れにしている大人もどうかと思うけどね」
金色の双眸を薄く開いた先にいる赤髪と白銀の男。年少組よりも大人気ない空気にヒューゲバロンは苦笑するが、ふっと笑みを消した。
「今回、ヒナタちゃんの死刑はメラナイトではなく“王”直々に手を下すことになった」
ハッキリとした声と笑みもない口元。
何より真剣な眼差しに四人は息を呑んだ。静まる室内に、ヒューゲバロンの淡々とした声が響く。
「キミ達は色々と邪魔だからね。終わるまで魔力に制限を掛けて自宅謹慎……あ、カレスティージはチェリミュ様のとこでね。それと二重門には『通すな』って命を出してるから外には出れないよ。無理にでも出るなら処罰食らう「ふざっけんな!!!」
エジェアウィンの怒号が響き渡る。
起き上がった彼はヒューゲバロンの前に立つと睨み上げた。
「どう考えたっておかしいだろ! 過去の異世界人だってオレらの……この国の身勝手で殺すとか……そんな非道な国のためにアイツが死ぬことねーだろ!?」
「…………ヒナタちゃんは、それで世界が滅ばないならって承諾したよ」
全員が息を呑むのが聞こえた。ジェビィさえも目を見開く。
するとヒューゲバロンは懐から手の平サイズの物を取り出し、放り投げた。見覚えがあるカレスティージが呟く。
「ヒナさんが持ってた……家族の肖像……じゃなくて……“しゃしん”?」
ピンクのパスケースには笑顔の黒髪の少女と微笑む男女の写真。壁に背を預けたヒューゲバロンは天井を見上げた。
「ま、時間潰しにもなるから話そうか……ヒナタちゃんが宝石と暗闇を嫌う理由」
静かな声に四人の男と一人の女は顔を上げた。
瞼を閉じたヒューゲバロンは暗闇の中で暴れ苦しみながらも語る女を思い出す。
「簡単にいえば『宝石強盗に両親を殺されたから』……だけどね」
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暑い夏の日。
三歳になった私は家の庭で元気に鳴く蝉を追い駆け回し、縁側では長い黒髪を揺らす母が微笑みながら麦茶を淹れていた。
「陽菜多、休憩なさいな」
「ええ~! まだセミさんつかまえてないよ~」
「そう言ってこの間は熱中症になりかけたでしょ。パパにまた怒られるわよ」
呆れている様子の母に頬を膨らませたが、いつもは優しい父の怒った顔を思い出した私は急ぎ母の元へと駆けた。
父は役所に勤め、母は専業主婦。
数年前に購入した都心の一軒家で毎日楽しく過ごしていた。ただその日は、いつもより父の帰宅が早く、ひっきりなしにパトカーが通っていた。当然そんなの気にもしない私は早く帰ってきた父に跳びついた。
「パパ~!」
「ああ、陽菜多ただいま。今日も元気なのは良いことだ」
「お帰りなさい。電話で言っていた強盗は捕まりました?」
「いや、まだらしい。戸締りはしっかりと言われたよ」
「まあ……」
よくわからない話だったが、不安そうな母に手を伸ばすとすぐ笑みを見せ、優しく抱きしめられる。
リビングのテレビからはアナウンサーが繰り返し報じる声。近くの繁華街にある有名宝石店に白昼堂々マスク帽を被った男が二人、数千億円にもなる宝石の数々を奪い逃走中というものだった。
その警戒が家の近くまできていたが気にすることはない。すぐ捕まる。明日も元気に過ごせる──そう思っていた夜に事件は起きた。
「あら? 陽菜多、ママの携帯は?」
「ちらないよ~」
「お、嘘つきがいるな。パパは見たぞ~、陽菜多がスカートの中に何かを隠す姿を~」
「ふひゃあっ!」
夜も十時を過ぎた頃。父と母と三人ベッドに座っていたが、言い当てられた私は慌ててパジャマのスカートから母の携帯を取り出しベッドを降りた。二人はくすくす笑う。
「犯人はお前だ!」
「まあ大変、110番しないとね」
「わわわ、ごめんなさい!」
急いで謝り、おもちゃにしていた母の携帯を持ってベッドに向かう──と、電気が消えた。
「ふひゃあっ! ごめんなさいっ!!」
「停電かしら?」
「困ったな……ちょっとブレーカーを見てくる」
携帯の灯りを頼りに、寝室から出て行った父に私は泣きじゃくる。
だが優しく抱きしめてくれる母に落ち着きはじめた時、下から何かが割れる音が響き、身体が大きく跳ねた。震えながら母の腕を掴む。
「なんにょ……おと?」
「暗くてパパがお皿を落としたのか「うわああああぁぁーーーーっ!!!」
それは父の悲鳴だった。
一瞬にして母と私の背筋が凍り、心臓の音が激しく鳴る。三人しかいない家にはなぜか大きな足音が響き、慌てて母にクローゼットに押し込まれると勢いよくドアが開く音がした。僅かな隙間に差し込んだ光にそっと目を寄せると、懐中電灯に照らされる母。
目先には二人の男が黒いマスク帽をし、息を荒げながら大きな袋を持っていた。
「なんだ……やっぱ一人じゃなかったか」
「な、なんですか貴方達は! 主人は……」
「ああ、さっきの男か。おいっ、ちゃんと始末してきたか!?」
「はははいっ! さっきまではなんか動いてましたけど……」
「っまさか……!」
両手で口元を覆った母は声を震わせた──瞬間、光る刃が母の胸を貫いた。
私からは何も見えない。ただ宙に舞った懐中電灯の光が笑う男を照らし、目の前で母が崩れただけ。何が起こったのかわからない私は震える手で握りしめる携帯を開くと、無意識にボタンを押していた。繋がった先の声が聞こえると同時にクローゼットが開き、携帯が落ちる。
『110番です。もしもし? 何かありま「ねぇーよ!!!」
携帯が壊れる音が響くと、引き摺り出された私は壁に放り投げられた。
突然の痛みに悲鳴を上げるが、すぐ男に首を絞められる。痛い、苦しい、怖い。ただそれだけが全身を支配するが、床に散乱したキラキラ光る宝石が目に映り、声を振り絞った。
「わる……ひと……110……ああぁっ……!」
「このクソガキ! 余計な真似してんがっ!!」
意識が消えそうになった時、男が悲鳴を上げ、解放される。
咳き込みながら見上げると、お腹から血を流す父が椅子でニ人の男を殴り飛ばしていた。椅子を放すと、荒い息を吐きながら私を抱きしめる。
「陽……菜多……よく頑張……がっ!」
「パパっ!」
「コンニャロー! よくもよくもっ!!」
頭を押さえた男が真上から鋭い刃を私を庇う父の背に落とす。
悲鳴を上げる父の口から零れた血が私の顔を、瞳を真っ赤に染めるが、それでも父は私を放しはしなかった。しばらくしてサイレン音が聞こえてくると、動かなくなった父を蹴り飛ばした男は、散らばった宝石の上に私を落とす。
「きゃっ!」
「まったく……手間取らせやがって……おいっ、いつまで寝転がってやがんだ!」
「す、すんません……うわっ、せっかくの宝石が真っ赤じゃないですか」
暗闇の中で男達の声が聞こえるが何も考えられない。ただ、目に映る様々な色の宝石……血がついていても輝く光りに恐怖した。
「やだあーーーーっっ!!!」
「な、なんだ急に……こらっ、大人しくしろっ!」
「ふぐっ!!!」
瞬間、気が動転した男は落ちていた宝石を私の口に入れた。
なんの味もしない硬いモノを吐き出そうとするが口を押さえつけられ、ひとつふたつと宝石が体内へと入っていく。涙目で見上げる私とは違い、男は血迷った目をしていた。
「ははっ……そうか……ここに隠しときゃ大丈夫だ……何年後かにこのガキ攫って……腹を引き裂けば……」
「やめ……たすけ……」
もう口も動かないばかりか、意識が遠のきそうになった時、窓の向こうから大きな光が射した。同時にスピーカー音が響く。
『警察だ! そこにいるのはわかっている!! 大人しく出てこい!!!』
「ど、どうすんだよ!」
「うるせぇ! こっちには人質がいんだから問があああぁぁっ!!」
男の叫びに目を開けると、血だらけの母が男のお腹にナイフを刺した。
倒れる男に、すかさず私を抱き上げるともう一人の男を押し倒し、階段を降りながら私の背中を叩いて宝石を吐き出させる。途中よろけて階段から落ちるが、玄関に向かって叫んだ。
「ドア破ってください! 二階に男達がいます!!」
その声に反応するように重装備した警察官が家のドアを破る。
瞬く間にニ階へ上がっていくと男達の悲鳴が上がり、母は警察の人に支えられながら涙目で私を見下ろした。
「陽菜多……ごめん……ね……怖かったでしょ……げほっげほっ」
「ママ……」
「担架急げっ!!!」
長く綺麗な黒髪は赤黒い血に濡れ、父から貰った結婚指輪のダイヤも真っ赤に染まっていた。母に手を伸ばすと優しく抱きしめられる。
「貴女だけでも……楽しく……生きて……どんな時でも……お日様のように……笑顔でいれば……なんでも出来る……か……」
「ママ……?」
「陽菜……多……大切な……むす……め」
「ママ? ママ………ママーーーーーーっっ!!!」
抱きしめられていた身体がゆっくりと私の横を過ぎる。
夏の夜に響く悲鳴と共に、父と母がこの世を去った。
一命を取り留めた私はしばらく動くことも出来なかった。
何より体内に入った宝石が気持ち悪くて食事などもっての他。手術で取り出されはしたが、消えることない輝きと暗闇は奥底まで根を伸ばし、心を蝕んだ。
犯人は偶然私の家に入っただけだった。
ニ階の明かりに気付いていたが何人いても殺して隠れるつもりだったらしい。そして外にあるブレーカーの大元を切り、下りて来た父を見て窓を壊し侵入……そんなどうでもいいことを警察が言っていたのを覚えている。聞いても両親は戻ってこないのに。
何色に染まっても輝きを失わない宝石か嫌いだ。
誰も何も見えない暗闇が嫌いだ。
暗闇の中で輝く宝石が嫌い……それが私の理由(闇)──。
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涙を流しながら目を開くと、黒いベッドの上だった。
周りには明るい光の玉のようなものが浮き、横に立つソレを見上げる。
『きぶんハドウダ?』
「最悪…………だが、まだ生きてるだけ最高だ」
そう、私はまだ────生きている。