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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​47話*「助けて」

 時刻は午後三時。
 だが、青い空が見えていたはずの空は夜が訪れたように暗い。

 街灯も夜と勘違いしたのか灯り、花々が踊り賑やかなルベライトの街は非常事態警報で静けさが漂う。街灯のおかげで震えは止まったが、剣を支えに片膝を着いているフィーラは汗をかき、苦しそうだ。
 そして私の前に立つイズも変わらず包帯を巻き、意地の悪い笑みをソレに向けているが荒い息を吐いている。

「おい、アズ。ぶっ倒れるんなら『空気の壁』の解除だけして逝け」
「お前に……言われんでも……くっ」
「フィーラ!」

 

 無理に立ち上がるフィーラを支えると、何が起きているのかわからない私にイズが答える。

 

「アンニャローが変な技を使いやがったせいで、こっちの魔力が奪われてんだ」
「奪われた!?」
「ああ、半分ぐらいな。俺はまだしもアズは『空気の壁』の他に『解放』と上級魔法使ってやがったから、生命維持出来る魔力限界値を突破したんだ──よっ!」

 ベルトからもう一本、短剣を取り出したイズは両手でクロスさせると黒の剣を受け止める。同時に左足を回し、ソレの横腹を勢いよく蹴ると、木が何本も折れる先まで飛ばした。その威力でも平然とソレは立ち上がり、イズを睨む。

「ま、唯一の救いは変な技に力を注ぎ込んでんのか、アンニャローに触っても即死しないってことか──『影方柱陣(えっぽうちゅうじん)』!」

 両剣を鳴らすと黒い正方形の箱がソレを閉じ込める。イズはフィーラを肩に担いだ。

 

「ほら、城まで走んぞ!」

 

 走り出す彼に言われるがまま後を追う。
 混乱しているせいか、いつも以上のスピードが出ず息を切らす。途中住民や団員が倒れているのが見え、駆け寄りそうになったが制止をかけられた。

「アズみたいにギリギリ生きてる。魔力を奪う効果が街全体……もしくは国全体まで及んでる可能性があるからな」
「だ、大丈夫なのか? 貴様達魔力がないと死ぬんじゃ……」

 

 私は問題ないかもしれないが、魔力が第二の心臓であるこの世界の者は危険すぎる。顔を青褪め両肩を擦っていると、掠れた声が聞こえた。

 

「さっき……『空気の壁』は解除した……徐々に回復すぐっ!」
「はいはい、喋らないな~り」
「イズ!」
「っだ!」

 

 必死に伝えようとしていたフィーラの背中をイズが叩き、私がイズの背中を叩く。
 『空気の壁』は『四天貴族』の仕事のせいか、張るも止めるもルベライトではフィーラの仕事だ。それをいつの間に解除していたのか不明だが顔色が良くなってきているのがわかる。

 イズによると魔力は通常50あり『空気の壁』に吸われる量は子供が10/50、大人は30/50。騎士団になると魔力値は100に上がるが、副団長と団員は40/100、団長は50/100を毎日徴収されるらしい。

「ちなみに『解放』には三十必要で、生命維持限界値は十。十に近付くとさっきのように呼吸困難に陥ってヤバイ」
「たった二十で前回黒いのと戦ったなんて……というより、あの黒いのはなんだ!? 貴様の親戚じゃないのか!!?」
「や~ん、似た容姿だからってあんな親戚いないなり。第一、親父と御袋しか生きてねぇんだから御袋が別の子を産んでなきゃ無理だって。いても親父が殺してるなり」
「どんだけ酷い親父だ!」
「お前ら……もう少し静かにっ──『火壁双(かへきそう)』!」

 変な言い合いをしながら白の階段を上っていると、フィーラの手から炎の壁が生まれた。振り向くと、黒いソレが宙を浮き私達を見ているが……なぜか私だけを映している気がする。

 

「やっぱストーカーじゃね?」
「主君に無礼を働く輩だ……」
「え、主君って何? ついにお「黙れ、お前ごと斬るぞ」

 

 大量の汗を落としながらイズの肩から降りたフィーラは背中合わせになる。そのまま身体を左に向け、収めた剣の柄を握った。同様にイズも右ベルトに収めている短剣の柄を左手で握り、右向きで構える。
 『赤の扉』に背を預けた私の前で赤と黒の男は静かに目を瞑り、目前までソレが迫ると一斉に──抜刀。

 


「「ぶっ飛べ!!!」」
『グアアアアァァーーーーッッ!!!』


 

 斬撃が勢いよくソレに命中し、甲高い悲鳴と爆風が起こる。
 すぐ二人に『赤の扉』に押し入れられ両手を握られると、中央まで駆けた。静かなホールで荒い息を吐く私達はへたり込む。

「はあ……はあ……三十代前の我々にはキツイなフィーラ……」
「や~ん、おじちゃんおばちゃん大丈だっ!」
「「あとでコロス」」

 

 歳は離れているくせに幼馴染だけあって仲が良い。普通だったら笑いたいところだがそんな状況でもなく、すぐ真剣な目を二人に向けた。

「さっきので倒せたのか?」
「わからない……しかし、扉に入る前に西と南でも『空気の壁』がなくなる気配を感じた」
「ああー……国全体とか最悪。けど、しばらく待ってりゃ、カレス達が揃う──!?」

 

 刹那、一階の灯りが消え、暗闇に包まれる。
 フィーラもイズも、何も見えない暗闇に心臓が嫌な音を鳴らした。

「御袋の奴、何やってんだ? 城の灯りは研究班の仕事だろうに」
「ともかく灯りを……ヒナタ?」
「あ……あ、あ……」

 

 二人の声が暗闇の中で響く。
 全身血の気が引き、震えはじめると動悸が激しさと大きさを増す。二人の姿が見えない暗闇……そんな中でも輝き続ける青色は──。


「いやああああ゛ぁぁぁーーーーっ!!!」


 

 突然の悲鳴に二人が息を呑む気配がしたが、何も考えられず両手で頭を押さえる。暗闇でも居場所がわかるのか、イズが私の肩を掴む。だが輝くモノに手を跳ね除けた。

「やあああぁぁっ! 来るな来るな!! 来ないでっ!!!」
「いったいどうした!?」
「!? イヴァレリズ、お前が持っている『通行宝』だ!」
「っ、コレか!」

 

 青い輝きはイズが腕に付けていた『通行宝』の宝石。
 急いで外され地面に落ちるが、脳内に残った輝きに世界がぐにゃぐにゃ変形し、暗闇が襲う。

 

「嫌だ嫌だ嫌だっ! やめてっ!! スティッ!!! スティーーッ!!!!」
「今度はなんだよ、カレスって……そういや暗所恐怖症とか報告来てたな。アズ、『火』!」
「『灯火(とうか)』!」

 小さな火の玉が辺りを囲み、涙でぼやける視界の先には汗をかくフィーラとイズ。その背後には──黒い剣を持ったソレが赤い血を額から流しながら立っていた。

 


『ナきはイけナイ』
「「なっ!?」」
「やあああああぁぁーーーーっっ!!!」

 


 赤の瞳が宝石に見えるソレに悲鳴を上げ暴れると、フィーラに抱きしめられる。

 

「ラガーベルッカ様の魔力が場内まで回っていないのか……」
「ちっ、『火』で出来た影で現れるとか俺以上に曲がった奴だぜ……しゃーね。アズ、ひとまずここは俺に任せて屋上に向かえ。何よりそいつがヤバそうだし……外も暗いがここよりはマシだろ」
「……わかった」

 頷いたフィーラは私を横抱きすると『走炎火』で階段に向かう。
 真っ暗闇の中で似た容姿の男が二人、剣を取り見つめ合うのを最後に、私はフィーラの肩に顔を埋めた。

 

 

 勢いよく飛び出した屋上の空は暗いが、それでもまだ明るかった。
 黒竜の旗が揺れるのが見え、白の地面に着地したフィーラは私を抱いたまま両膝を折ると座り込んだ。荒い息を吐いているのに、赤の瞳は涙を流す私を心配そうに映す。

 

「ヒナタ、大丈夫か?」
「すまん……フィーラの方が……辛いのに……私」
「主が何より先決だ……しかし、さっきの発作のようなもの……あれは宝石と暗闇が揃うと起きるのか?」

 

 まだ震えている私の手を暖かい手が優しく包む。何も考えることの出来ない私は小さく呟いた。

「昨日……宰相に話したばかりだったから……余計にダメだったんだろ……」
「ヒューゲバロン様に?」

 

 昨夜宰相に出された交換条件。
 それは“異世界の輝石”のことを教える代わりに、私の宝石と暗闇嫌いの理由を教えること。そんなもの知ってなんの得があるのかわからなかったが、真実を知りたかった私は条件を呑んだ。

「だが……どこまで恐怖するのか……実験されるとは……思わなかった」
「なんてことを……」

 片腕で私を抱き寄せるフィーラの眉が吊り上がる。
 トラウマなんて知らないよ、みたいな宰相のドS振りに苦笑しながらも、イズが私に何もしなかったってことはなんの判決も下されていないと気付く。だってまだ飛んでいない……飛んでいるのは──。

 


『くらやみハしこうノばしょダ』
「「なっ!?」」


 

 上空には褐色の肌に尖った耳を持ち、漆黒の髪と赤の瞳を揺らすソレ。黒い剣から落ちた雫が、白の地面を赤に染めた。私の顔は青くなる。

 

「まさか……」
「いや、僅かに魔力の気配はする……しかし、イヴァレリズが──解放(リベラシオン)!」

 黒い切っ先が上空から落ちてくると、フィーラは私を放し、炎を帯びた剣で受け止める。しかし、オレンジの輝きは最初見た時よりも小さく、フィーラの顔も青い。白の地面の上で身を翻して跳び、剣が交差する音とフィーラの叫びが響く。

「お前は何が目的で『宝輝』とヒナタを狙う!?」
『せかいノはじまりトおわりヲみルタメ──『永遠の懺悔(アエテルヌム・コンフェッシオー)』
「ぐああああぁぁーーーーっ!!!」

「フィーラ!」

 

 黒く丸い球体がフィーラを包むと、彼の服が紅色のマントが腐食していく。そして赤のスカーフを失った首元には緋の輝きを放つ『宝輝』。
 目を見開いた先で、黒い切っ先がフィーラの首元を狙う──。

「やめろおおおおおぉぉーーーーっっ!!!」
『ッ!!?』

 

 いつの日かと同じように本能がままに動いた足は球体に突入し、フィーラを抱きしめたまま脱出した。大きく地面に倒れる音と剣が地面に突き刺さる音が響く。彼の上体に倒れ込んでいた私は慌てて顔を上げた。

「フィ、フィーラ……大丈っ!?」

 

 目に映るのは虚ろな赤の双眸に汗をかき、口から血を流すフィーラ。
 何より切っ先が掠っていたのか、首元から血が大量に溢れ、喉を『ひゅーひゅー』鳴らしている。全身が凍り、震えはじめる私の背後に立つソレの影によって血のついた『宝輝』がフィーラの首元で輝く。自分の呼吸も上がると、悲鳴を上げた。

「やあああーーーーっ! やめてやめてっ!! 助けてっ!!!」
『『宝輝』トともニこい』

 

 大粒の涙を流しながらフィーラの頭を抱える。
 だが褐色の左手で強く肩を握られ振り向かされると、右手で持つ黒い剣が私の横を通り、フィーラの首元──『宝輝』に切っ先が向けられた。

 


『四ノかがやキヲ──テに』
「いやあああああぁぁーーーーっ!!!」


 

 悲鳴と共に黒い剣が振り下ろされ──赤い血が噴出す。


 けれど、血はソレの口と腹から出たもの。
 涙を流したまま顔を上げると、別の黒い刃がソレの腹を貫き止まっていた。柄頭の先には鎖に繋がれた白ウサギと、今朝プレゼントした黒ウサギの編みぐるみが繋がっている。その刀を握る手と姿が影の中から出てくるのを見て呟いた。

「ス……ティ………」
「ヒナさん……あんまり見ないでね……」

 

 影が周りを囲うと、青髪に紺色のコートと青のマントを揺らすスティが現れる。前髪から覗く藍色の双眸は細められ、重苦しい空気──殺気を放つと、両手で柄を握った。

「斬っ裂け──月黒刀(ネーロ・ルーナ)」
『グアアアアーーーッッ!!!』

 勢いよく刀を腹から引き抜くと斬る。
 血飛沫が舞い、甲高い悲鳴が響き渡るが、ソレはスティに向かって剣を振り下ろす。が、その切っ先はスティの頭上で止まった。

 

 黒い剣は必死に切っ先を押し込むが、六角形の雪結晶が私達を包む。
 同時に大きな風が吹き荒れ、空を見上げる。暗い上空には青磁色のコートと白緑のマントを揺らし、一本の風矢と弓を構えた白銀の男が微笑んだまま佇んでいた。


「ベ……ル……」
「射潰せ──風雪華」

 

 スティのように翡翠の双眸を細めると風矢を撃つ。
 矢は私達を護っている雪結晶に反射すると何十にも数を増やし、ソレに襲い掛かった。

 

『グッソオオオオッ!!!』

 

 黒い影が風矢からソレを護っているが、数が多く、反対側の宙へと飛ぶ。が、ソレの背後から猛スピードで赤のハチマキを揺らしながらボードに乗った男が現れる。穂先と剣のある武器を宙で回した。


「ブっびろっ──フォチャードソード!!!」
『ギヤアアアアァァーーーーッッ!!!』
「アウィン!?」


 剣部分が伸び、ソレの右肩を斬り付けると、ソレは白の地面に墜ちた。
 アウィンもボードを消し、上空で宙返りしながら着地すると、回転させた武器を両手で構える。スティもベルも武器を構えたまま倒れ込んだソレを睨む姿に私は呆然としていた。
 そんな私の膝に頭を乗せているフィーラは小さく口を開く。

 


「奇怪な……連中だ……」

 


 その口元は笑っている────。

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