異世界を駆ける
姉御
45話*「国書」
暗い闇の中で鮮やかな光が迫ってくる。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! やめてくれ!! 私は……私は……!!!
「それが……ヒナタちゃんの抱える“闇”だね」
暗闇の中で倒れ込んだ私は息を荒げながら涙を零す。
虚ろな目でソコに居るであろう彼を見上げるが、先に白く輝く石が映る。悲鳴を上げながら暴れると、大きな手が頬を撫で、囁きを落とした。
「黒か白──どちらかが飛んだ時、キミの運命は変わる」
「くろ……し……ろ」
黒も白もない、金色の蝶が闇へと招く。
* * *
「……タ……い」
遠くで誰かに呼ばれている気がして、朧げな瞳を僅かに開く。
太陽のように眩しい光。闇を払い除ける真っ赤な光に重い瞼を開けようとしていると身体が大きく揺れた。
「おいっ、ヒナタ!!!」
「……フィ……ラ」
それは赤の髪と瞳を持つフィーラ。
表情は険しく、ソファの前で膝を付いている。だが、目が合うと安堵に変わり、肩に置かれていた手が離れた。
「驚かすな……」
「ど……した?」
「どうしたって、自室にいないものだから宰相室(ここ)に……そしたら」
溜め息をついたフィーラは視線を上げると手を伸ばす。毛布を掛け、ソファに横たわっている私の頬に。その手は暖かく、目尻に溜まった雫を親指が拭う。
「泣いていただろ……何があった?」
「……何も……のほほん男と話していたら寝てしまっただけだ。涙は欠伸をした後っ……!」
上体を起こし苦笑いするが、目の前に唇──口付けられ、また沈む。
「んっ……んん!」
優しいはずの口付けは荒く、口を閉じても舌が挿し込まれる。何度か喘ぎを漏らすと離れるが、赤の双眸は射貫くように鋭い。
「わかりやすいキミに嘘は合わない。なぜそんなことを言う? ヒューゲバロン様はどうした?」
「……宰相なら会議室に行ったぞ」
「会議室? 今日は何もないはずだが」
「……“王”と、会うらしい」
「な!?」
私が墜ちた先──“空席の玉座”。
『王の部屋』などないこの城では、あの会議室が謁見の間になる。そして永く空席だった玉座に主が戻り、今頃宰相と話し合っている頃だ。
目を見開いたまま固まっているフィーラに、私は髪ゴムに手を伸ばす。
「のわああぁっ!!!」
大きな音と悲鳴が響く。
叩かれた頭を押さえながらフィーラは起き上がるが、笑顔でソレを持つ私に顔を青褪めた。
「そ、それは……」
「うむ、新ハリセン2号だ!」
昨夜宰相室を訪れた時に作った新作。
スティの時に折れたのを知っていたのか、後退りするフィーラをしばし追い駆け回してやった。
* * *
自室に戻ると、情報部隊の制服に着替える。
置いていた紙袋を手に、フィーラとエレベーターで一階へ向かった。開いた扉の先には三人の男達が揃っていたが、笑顔でハリセンを持つ私に顔は真っ青。
「ぎぃやあああぁぁーーーーっ!!!」
「エジェアウィン君、失礼ですよ」
「そう言うラガーベルッカ様もなぜ自身に結界を……」
「ヒ、ヒナさん……それ……」
揃いも揃って失礼な連中だ。
フィーラは入院していた三騎士が退院することを報せにきてくれたらしく、久々に騎士団服を身に纏っている彼らに笑みが零れる。
「もういいのか?」
「休みに休みまくったからなー」
「もう……やだ」
「全快ではありませんが、そろそろ戻らないとさすがに面倒ですからね」
実際『宝輝』を三つ失ったことで、地鳴り、水害、暴風雪が国中で起こっている。
だが国民どころか団員の殆どは『宝輝』を知らないせいか、自然現象だと思っているらしい。それでも団長が入院し続けるのも問題だろうと苦笑いしていると、ベルが耳打ちしてきた。
「昨夜、宰相室で強力な結界を感じましたが、なんのお話しをされていたんですか?」
「なんで私がいたなんてわかるんだ?」
「それはもちろん、愛するヒナタさんのことなら──ねぇ!」
笑顔でベルが剣を抜くと、後ろで身を翻したスティのナイフの刃と刃がぶつかる。互いに目を細め、睨み合う二人を慌てて止めた。
「こらこら、やめんか!」
「止めなくて結構ですよ」
「ヒナさん……『殺れ』って命令ください」
「こらこら!」
物騒な台詞にスティを後ろから抱きしめると、呆れた様子のフィーラとアウィンがベルを止める。スティは『ちぇ』と言いながらナイフを収め、私から下りると反転。抱きついた。
「ヒナさん……何かあったら呼んでくださいね……主にそこのトラのこととか……」
「うむ……ああ、トラで思い出した」
「なんでしょ?」
ベルを呼んだつもりはないのに後ろから首に腕を回される。そして左右にフィーラとアウィンも集まり、笑いながらベルトポーチに入れていた紙袋を取り出した。
出てきたのは手の平サイズの鳥、トラ、ウサギ、イノシシの編みぐるみ。瞬きを繰り返す四人の手に乗せる。
「いや~鳥とウサギは作ったことあったが、さすがにトラとイノシシはなくて時間掛かったぞ」
「そういや、んな話ししたってジジイが言ってたな」
「つまりバレたのか……」
「うむ。だが、フィーラには前やったから普通の鳥さんだ」
重い事態が続き、編むのを躊躇ったが良い気分転換になった。
何より四人の嬉しそうな顔が見れて満足。すると前からスティ、後ろからベルに抱きしめられ、左手をアウィン、右手をフィーラに握られると四人の声が重った。
「「「「ありがとう」」」」
久々のイケメン四人の眩しい笑顔に(アウィンはムッスリだが)体温が急上昇する。しかもフィーラは手の甲に口付けた。真っ赤になった私が面白いのか四人は笑うが、これはぜひとも写真に……!?
「写真で思い出した! ベル、手帳を勝手に持って行っただろ!?」
「なぜに今……ああ、そう言えば何か挟まれていましたね」
悪びれた様子もなく、ベルは懐からフミ江さんの手帳を取り出す。怒るスティを止めながら五人で写真を見下ろした。
「妖怪ババアだな」
「金庫……壊した時に見つけて……不思議な紙だったから」
「確かにこのような鮮明な物はこの国にはない」
「隠す理由が他の異世界人同様あるのかもしれませんね」
「そういえば住民票にバツが付いていたそうだが、逆に付いてない人は誰なんだ? 何かしてたのか?」
スティに黒のバツはメラナイトの証で各街に住んでいた異世界人の内、一人だけ付いていなかったと聞いた。アウィンから順に答える。
「オレんとこは手帳の持ち主の“高田フミ江”。知っての通り看護師」
「ラズライトは……“ニシモトナオミチ”って男で……『ナオ』ってお菓子屋の創業者です」
「私のところは“アリサワユウタ”という男性。研究医療班で鍛冶師もされていたそうです」
「“コウヅキハナコ”。ルベライトで花屋を開いた女性だ」
日本人の名前だ……そしてその人達が。
ゴクリと唾を呑み込んだ私は手帳をポーチに入れると写真をスティに渡す。
「頑張って金庫に戻すんだぞ」
「えぇっ!? ぜ、絶対バレてますよ……アズ様『火』」
「俺を共犯者にしないでくれ」
「あはは、仕方ない。ルベライトに寄ったらラズライトに行くから一緒に謝ろう」
「ルベライトに用事でも?」
「うむ、トマト投げ大会があるらしくてな。鈍った身体を動かしてくる」
「面白いことしてんのな……」
感心した様子のアウィンに、フィーラは眉間に手を当てた。
各扉へ向かう三騎士を見送り、フィーラと共に『赤の扉』へ向かう。今日も静かな廊下に靴音だけが響く中、おもむろに彼の口が開かれた。
「……トマト投げ大会など催した記憶はないんだが」
「いいじゃないか。私の世界にはあったぞ」
目を細め、眉を上げたフィーラに笑みを向けると『赤の扉』を開く。
変わらず眩しい太陽に木々が溢れる街に冷たい風が吹くが、両手を広げ深呼吸した。白の階段には以前子供達と一緒に植えた花々が満開に咲いている。
「フィーラは……『宝輝』と何がなくなったら滅ぶか知ってるか?」
「……いや、知らない」
「なら……王はフィーラより強いか?」
「それは……悔しいが……」
振り向くと、イズに向けるような表情をしている。
『四聖宝』でただ一人、忠誠が別にある男に私はふっと微笑んだ。
「なら……私を殺すのは王かもしれないな」
赤の目が大きく見開かれると、風が木々を花弁を髪を揺らす──。
***~~~***~~~***~~~***~~~
国書第十三条“異世界の輝石”について此処に記す。
稀に重力に逆らい導かれる者が現れる。
それらの者は我らとは異なる世界の者。
我らとは違い魔力も持たぬ非力な者。
しかし、我らの創造を超える知識と力で国に幸福を与えた。
同時に我が絶対なる君主(ひかり)と同じ容姿によって災厄を齎(もたら)す者。
四の輝きと絶対なる君主の輝きを失えば世界は滅びへと誘(いざな)われる。
誘い人が増えてはならない。だが幸福を逃してもならない。
ならば審判にかけよう。
幸福を齎す者に生を。
災厄を齎す者に死を。
どちらに転ぶか分からぬ輝石。
その名は“異世界の輝石”。
我ら四方の国を守る二重の門を造った者が再、現れるのを願い──。
***~~~***~~~***~~~***~~~
傾きはじめた日射しが窓から入り込み、チクタクと時計の音が響く。
広い応接間の床は白の大理石。周りには観葉植物や絵画が飾られ、窓側には書類が置かれた机と椅子。部屋の中央には透明な四角机に黒のソファが対面式に配置されている。
ここはフィーラの屋敷。
誕生日の時とは違いとても静かで、主であるフィーラとソファに向かい合って座っている。顔を伏せている男に、出されたコーヒーを飲みながら私は続けた。
「『宝輝』と共に失ってはいけないものは“王の瞳”……王の瞳は何色だ?」
「漆黒……だが……他にも」
口元に手を寄せながら掠れ掠れの声が聞こえる。
確かにこの国で漆黒は王の他に私が知る中ではジェビィさん。けれど……。
「彼女の髪は青藍だ。漆黒の髪と瞳があってこそ“王の証”だろ」
「ヒナタこそ……」
「悪いが私の元の髪は黒だ。ほら」
苦笑しながら自分の髪を指す。
イズのように耳後ろで結んだ髪は下ろすと胸辺りまで伸び、漆黒も目立つ。フィーラは苦渋の色を浮かべるが、カップを置いた私はソファに背を預けた。
「どうも異世界人(わたしたち)と王の体内構造みたいなのが同じらしくてな……王が無事でも私が死んで『宝輝』がなくなると世界が滅ぶと言われた」
「それは……真実なのか?」
「実はドッキリ、と言いたいが過去に何例かあるらしい。その時は異世界人の髪も瞳も骨も残さず殺して無事だったらしいがな」
息を呑む音が聞こえた。私自身眩暈がしそうだがなんとか話せている。
本当は三騎士にも聞いてもらいたかったが“忠誠を”と言ってくれた彼らには言えなかった。なんでか王を殺しに行きそうだからな。それは目の前の男も同じな気がするが、三人よりは冷静……だと思いたい。
「幸福と災厄の違いはこの国に利益を与えたかどうかだ」
「利益?」
「ああ。宰相が言っていた“異世界の輝石”の五人が幸福、それ以外の者は災厄だ。輝石の一人は二重門を造った“クドウイチロウ”。そして残りは……先ほど貴様達が言っていた人達だ」
一人は荒野だった国に花々を、一人は敵に対抗する武器を、一人は喜びを与える菓子を、一人は救いの治療を、国に幸福を齎した人達……そして。
「私は……なんの役にも立っていない……つまりは災厄だ」
ただ走り回っていただけの私が国に何か利益を齎したとは思えない。そして災厄の者が永くいては危険すぎる……その者の末路はただひとつ。
赤の瞳に、揺れる漆黒の瞳を合わせると眉を落とした。
「王が強いのなら彼が私を殺すか、イズが私を殺すか。それとも──フィーラが殺してくれるか?」
私は微笑んだ────。