異世界を駆ける
姉御
39話*「在りのまま」
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目覚めると、植物と甘い臭い。嫌いな場所だと気付く。
同時に“ボクが負けた”のだと悟った。最後の記憶は大雨が降り頻る中、ヒナさんがいたこと。そんな彼女が意識不明と聞き、脱走を繰り返している内に監禁状態となってしまった。
それから三日。苛立ちが募り、握った拳から血が出ていると首に腕が回される。
「てめー! ケガ増やしてんじゃねーよ!!」
「いだいっ、いだいっ!」
「ったく、なんでオレまで仲良く監禁されなきゃなんねーんだ!」
アンタも暴れただろと叫びたいが、腕力でエジェ様に敵うはずがなく首を絞められる。睨み続けていると解かれ、ベッドに沈むと呼吸を整える。頭上から先ほどの勢いが消えたように、か細い問いが落ちてきた。
「お前……なんで負けた?」
殺気を放つが、エジェ様は気にすることなく『吐け吐け』とボクの頭を叩く。“負けた”話なんてしたくないが、枕に顔を埋めたまま口を開いた。
「“影”に……潜れなかったんです」
「あん? まあ、ヤツも使ってたしな。でもお前は水ん中も潜れんだろ」
「潜って背後を取っても、結局出てきた時に影が出来るので気付かれました……影は……ヤツの支配下にあります」
「支配ね……てっきりお前の上司の度が過ぎたイタズラかと思ったが……違うな」
犯人がイズ様なら今すぐ捜し出して斬るまでだ。
アズ様に言えば協力してくれるだろうし、今ならアレも使える。けど、イタズラでもなければイズ様が犯人でもない。単純に現れた敵に負け『宝輝』を奪われた。
輝きを失った右足に浮かぶのは前団長の『奪われてはいけない』の言葉。
念を押された言葉もラズライトを護る使命もボクにとってはどうでもよかった。でも水没寸前だった、死者が出たと聞いた時は酷く胸が痛んだ。痛みの先にはヒナさんに怒られるという恐怖。
そんな彼女に助けられてしまったことに沈むボクに、エジェ様は呆れた様子で呟いた。
「そこであの女が出てくるってすげーな……」
「? 愛してる人を優先させるのは当……っ!」
「ぎゃあああぁぁーーーーっ!」
言い切る前に両手をベッドに付け、倒立前転で避けると壁に風矢が刺さる。
目を細めた先には、ベッドに座ったまま壁に背を預け微笑む男。右肩を中心に包帯を巻いたラガー様は覚えのある手帳を読んでいるが、頬が掠ったエジェ様が抗議した。
「危ねーだろ!!!」
「申し訳ありません。魔力の調整が利かなくて、エジェアウィン君まで巻き込んでしまいました」
「ラガー様……それ、ヒナさんが持ってた手帳ですよね?」
「自分が狙われたことはいいのか……つーか、言われてみりゃ“フミ江”の手帳じゃねーか。なんでお前が持ってんだよ?」
「借りました」
嘘っぽいと思うのはボクだけじゃないはずだ。
けど何も言わず彼に近寄ると、ページを捲る音が響く。『読めんのか?』のエジェ様の問いにラガー様は『ええ、教えてもらいました』と斬りたくなる返答をしたが続けて話す。
「この方は六十年前のダイヤモンド月に来られ、オパール月と翌年のペリドット月に他の異世界人と会っています」
「そんな頻繁に異世界人って現れんのかよ!?」
「少なくともバロンの話は嘘になりますね……そしてその方々はメラナイトによって葬られたようです」
「なんで……わかるんですか……」
“メラナイト”の一員のボクにとっては嫌な心臓の音が響く。こんな気持ちを味わうのは久し振りだ。すると、ラガー様は読めない字を指す。
「三年目のパール月の二十一日に『以前会った同郷の人のことを宰相に聞いたら黒い人達に連れて行かれたと言われた』と、あります。つまり……」
二人はボクを見る。この国で“黒い人”とは“王”か処刑人──メラナイト。
副団長のボクでも知らない何かがあることに憤りを覚えると同時にヒナさんが浮かぶ。けど、靄が掛かったように姿が見えなくなってしまった。
顔を伏せていると、いつもより低いエジェ様の声が掛かる。
「カレスティージ……あの女にメラナイトのこと話せよ」
「エジェアウィン君」
「どのみちアイツ、上司とサスティスの立ち話し聞いてメラナイトは知ってんだ。なら危険性は言っといた方がいい。アイツがどう思うかは別として、お前はアイツを殺る気なんてねーだろ?」
その言葉は重く、何も言い返せない。
両手の握り拳から零れた血が床を染め、静寂が室内を包む。するとドアが開く音に、ボク以外の二人は殺気と風矢を構えた。
「あらあら、ごめんなさい。『被害者友の会』中だったかしら」
殺気も風矢も恐れていないような呑気な声。振り向かずともジェビィ様だとわかる。
「どんな会だよ!!!」
「『脱獄したい会』の間違いですよ」
「自業自得でしょ。でもそんな悪い子達にも朗報。ヒナちゃんが起きたわよ」
報告に慌てて顔を上げたボクは、彼女とは違う漆黒の瞳の女性に駆け寄る。ジェビィ様はボクの頭を撫でた。
「カレちゃんが一番ね。殺気も武器も出さなかったご褒美に最初にヒナちゃんに会わせてあげるわ」
「え!?」
「そんなルール聞いてねーよ!」
「年下贔屓に聞こえますね」
「“とっても会いたい”オーラの違いよ」
微笑む彼女はボクの手を引っ張り、部屋を後にする。
中羽織を掛け、暗い西の部屋から出ると、ジェビィ様の私室がある南の部屋に通された。会いたい人に近付く度に心臓の音が増すが途中で足が止まる。
ヒナさんに会いたい……けど、会ってどうする。
メラナイトのことを話せってエジェ様は言うけど、それはボクの裏仕事を知られるってことで……今まで通り接してくれるだろうか。抹殺してきた人間のように震え、怯えた表情を彼女にされたらボクは……耐えられないかもしれない。
味わったことのない不安に顔を伏せていると、少し大きな両手がボクの手を取る。気付けば手の平に付いた血をジェビィ様に拭き取られていた。
「好きな人には嫌われたくないわよね」
「……っ」
「私も何も話さない人は嫌いよ。知らない方が良い話でも不安になるもの……でも、ヒナちゃんはどうかしらね」
漆黒の双眸で微笑む彼女の真意がわからないままドアが開かれる。
嫌いな光なのに、すぐ目の前には考え込んでる女性。震える声で名前を呼ぶと、隣の女性とは違う瞳を見開き、嬉しそうにボクを呼んだ──ああ、彼女の前に立つとボクはダメだ。
自然と駆け出し、抱きしめた人に、在りのままを話そうと決めた。
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「それはまた無責任な話だな!」
勢いよくフィーラから貰った林檎にナイフを刺すと、隣に座るスティの肩がビクリと跳ねた。
「やはりあの時イズを問い詰めればよかった! 何が私を殺すだ!! 勝手に墜ちてきた私よりあいつの方が不法侵入変態セクハラ罪で日本では罰せられるんだからな!!!」
メラナイトの実態と過去五十人以上の異世界人が現れ殺されていた事実を知った私は怒り任せに林檎の皮を剥き、カットしたウサギをスティの口に突っ込む。替わるように私も先日のイズとサティの会話を話すが、絶句と言える顔をしたスティは林檎を落とした。それを拾うと訊ねる。
「でも、スティは“異世界人(わたしたち)”には何もしてないんだろ?」
「ふぁい……でもふぉくたくしゃん……殺してきました……」
口の中に残っていた林檎を飲み込んだ彼は顔を逸らす。
正直驚いた。暗殺なんて異世界感があるが、それを十代のスティやサティ……そしてイズが団長をしていることが何より恐ろしい。当然墜ちてきただけで殺されるなんて理解出来ないし、まっぴらだが、それが国を護ることになるのなら話は変わる。
林檎をかじる口を止めた私は確認するように問うた。
「……スティは、私利私欲で殺しているのか?」
私利私欲。そんなので殺した人間を知っているせいか心臓が嫌な音を鳴らす。けれど藍色の瞳は真っ直ぐ私を捉え、首を横に振った。
「昔は魔力奪うために殺してましたけど……団長になった今は命令以外しません……ヒナさんのことなら別だけど」
吹き通ってきた風の音で、最後は聞き取れなかった。
すると、中羽織が落ちる音に合わせるように抱きしめられた。スティは胸の谷間に顔を埋めたまま話す。
「ヒナさんは……不安より怒る人……なんですね」
「は?」
「いえ、私利私欲で良いなら……すぐラガー様を殺してこいって命令ください。イズ様は難しいけど……お望みなら頑張ります」
「頑張るな! 誰も暗殺OKとは言ってないぞ!! そもそも私に命令権はないだろ!!!」
たまに物騒な台詞が出たのはメラナイトのせいかと呆れ半分で怒るが、胸を揉みこまれる。次いで、ベビードール越しに透けて見えていた乳首に吸い付かれた。
「ひゃああぁっ!」
「んっ……命令権ありますよ……ボクはヒナさんに忠誠……ん、誓うから」
「ちゅ、忠誠って……スティは王に……あんっ」
布ごと口に含まれた乳首を甘噛みされる刺激は直と違う。
必死に身じろく肩を押されベッドに沈むと、跨がった男の藍色の瞳と目が合った。ケガで包帯をしているとはいえ、上半身は裸。端正な顔も近付けば動悸は激しさを増し、瞼を閉じれば唇が重なる。小さなリップ音が鳴った。
「王様には……誓いの言葉も宝石も渡してないので……ヒナさんに誓っていいんです……宝石は無理ですけど、誓いの言葉は渡せます」
「わ、私に誓っても、もうベルが……あんっ!」
「何人とも誓っていいんですよ……けどラガー様がいるのは嫌なので……殺してこいって命令ください」
「笑顔で言うなっ……ああぁっ」
爽やか笑顔でお願いするスティは首元に歯を立て吸い付く。
片手は私の両手を頭上で捕らえ、もう片方はショーツを下ろし、秘部に指を入れた。以前も思ったが、スティの指使いは巧い。
喘いでいると、反対の乳首を布越しに舐められる。
「ヒナさん濡れてますよ……そんなにボク……上手ですか?」
「あんっ……乳首も指もダメ……混ぜ……ああぁ」
「感じてくれて嬉しいです……じゃ、気持ち良くさせながら……誓いますね」
「んっ、スティ……んん」
細く長い指が三本膣内に入り、かき乱す。
激しさに身じろぐ私を楽しそうに見つめるスティは、耳元で聞き覚えのある言葉を囁いた。
「ここにカレスティージ・ストラウスは……」
「んっ、はあぁ……ああ」
「絶対なる君主(ひかり)であるヒナタ・ウオズミに忠誠を誓いましょう──」
頭上で捕らえられていた右手が取られると、手の甲にキスが落ちる。
「『イかせろ』って御命令を……我が姫君(プリンチペッサ)」
「ひゃあああぁぁぁーーーーっ!!!」
同時に最奥を突かれ、世界が真っ白になった。
虚ろの先には股の間に顔を埋め、噴き出た愛液を舐めるスティ。そのまま自身のズボンに手を掛ける。
「挿入(はい)っていい? ご主人様……」
卑猥な音を鳴らしなから官能的な声で囁く彼に私は頷──。
「いちゃ、ダメよ~」
「「うわあああぁぁっ!!!」」
どこからともなく現れたジェビィさん。そして蔓のツっくんに捕まったスティは悲鳴を上げながら退場させられた。呆然と見つめる横で、手を頬に当てたジェビィさんは笑う。
「隙が出来て良かったわ。カレちゃん定期健診まだだったのよね」
「て、定期検診?」
「よくいるでしょ? 病院嫌いで検診受けない子」
「ああ……」
「それと私の部屋でイヤンは止めてね」
ここってジェビィさんの私室だったのかと思いながら、ぐちょりと濡れている身体に急いで毛布を被った。同時に睡魔に襲われウトウトしだす。
「あと、レウは何をしてるの?」
「……は?」
問いに毛布を退けると、彼女が見つめる先を見る。
あるのは壁──が、大きく左右に揺れ、徐々に人の形が見えてくると男が現れた。腰まである漆黒の長い髪を後ろ下で結い、黒のマフラーにローブを纏ったベルぐらいの体格と少し上の身長。
その赤の瞳は冷たいが────イズに似ている。