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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

41話*「ここにいる証」

 空が燃えている。
 ベルの元から『宝輝』が消えた北方は風と吹雪が荒れ狂っているのに寒さを感じない。むしろオレンジの炎に包まれ暖かい。そんな炎が渦を巻く剣を構える赤髪の男を見ていると声がかかった。

「ヒナタ」
「は、はいっ!」

 

 突然の声に驚いてしまったが、フィーラは振り向きもせず何かを投げる。受け取った物は白い袋。

「ラガーベルッカ様の下へ急げ。中にジェビィ様から貰った魔力抑制剤が入っている」
「わ、わかった!」

 

 なぜルベライトの彼がここにいるのかはわからない。だが、声に押されるように立ち上がると、地面に倒れているベルの下へ急ぐ。同時に黒いソレが足を動かすが、前を遮ったフィーラが切っ先を向けた。

 

「通しはしない。だが、『宝輝』を返せとも言わない」
『な……ダト』
「お前を斬って奪い返せばいいだけだ」

 

 大きな斬撃と爆発音に足が止まる。
 振り向くと、炎を巻く剣と黒い剣が交差し、黒いソレを見つめる赤の瞳が細められていた。

 


「燃え死せ──ピュルガトワール」

 


 いつも以上に低い声に背筋が凍る。
 この感じは覚えがある……対峙する廊下で向けられた、完全なる──殺気。

 

 瞬間、黒いソレのように一瞬で間合いを詰めたフィーラは大きく剣を振り、左腕をぶった斬った。響き渡る甲高い悲鳴に前を向き直すと顔を青褪める。

 あの日以来感じたことない殺気に両肩を擦りながらベルの下へ向かうと、ザックリと斬られた右肩に眩暈がした。だが、翡翠の双眸が半分開いているのに気付く。

「ベルっ!」

 

 抱き上げた目は虚ろで、口から零れる血と呼吸の荒さに震える手を頬に当てる。すると手の平に唇が当たった。目を瞠るそこには変わらぬ笑み。

「問題……ありません……」
「そ、それだけの傷を負っておきながら何を言っている!」
「あの殺気に……当てられて……気絶なんて……出来ませんよ」

 

 苦笑いしながらゆっくりと上体を起こしたベルは私が持っていた袋を開け、カプセルのような物を三錠飲む。一息つくと空を見上げ、縮んだ剣を掲げた。

 

「『六花雪璧(りっかせっき)』」

 強風が巻き上がると、何枚もの雪結晶の結界が私達や家々を囲う。
 見れば雪に埋まった弟達も顔を出し胸を撫で下ろすが、ベルは仰向けに倒れ込んでしまった。慌てて顔を覗くと苦笑している。

 

「他の団長の……手を借りるなど……一団長としてお恥ずかしいですね」

 

 その声も表情もどこか悔しそうに見えるが私は銀色の髪を撫でる。

「負傷したベルの代わりにフィーラが戦い、ベルが結界を張る……立派なチームワークじゃないか」
「チーム……ですか?」
「少なくとも……フィーラはそれを望んでいた男だ……」

 

 誰よりも『四宝の扉』の開放を望んでいた男が今、違う街(世界)にいる。それが不思議と自分ごとのように嬉しい。恐ろしいソレはまだいるのに、降り注ぐ暖かい火の粉が不安を消していく。何より彼がここにいる証だ。

 そんな彼と黒いソレは激しく斬り合っている。
 フィーラの剣が当たる度に炎が舞い、黒いのは距離を取りはじめた。ベルの攻撃で黒いソレの身体には複数の穴、フィーラには左腕を斬られ、赤黒いものが大量に出ている。それに危機を感じているのか、足元に影を作り逃走を図るが、すぐフィーラの剣が影を斬り、炎が舞い上がった。

 

『ギヤアアアアーーーーッッ!!!』
「お前のような奇怪千万な奴を俺は知っている。退路など作らせん──『円火状(えんかじょう)』」

 炎のサークルが黒いのを囲むと徐々に縮み拘束すると、灼熱の炎を全身に浴びた。どこまでも響く悲鳴、ここまで熱さが伝わるほどの炎、焼ける臭いに身震いする。

「……ベルを“純粋に強い”と褒め讃えておきながら……なんだあいつは」
「容赦ないですよね……彼」

 

 ベルの呟きは断末魔のような悲鳴と重なる。

 


『アガギジイイイイイィィイーーーーッッ!!!!』
「愚者に呼ばれる筋合いはない──失せろ」

 


 掲げた剣が黒いソレを──真っ二つに斬る。
 同時に爆発が起こり爆風に煽られるが、ベルの結界で私も家々も吹き飛ぶことはなかった。ゆっくりと目を開けると黒いソレは消え、吹雪が止んだ空は青く、ダイヤモンドダストが煌く。

 だがそれ以上に輝くのはオレンジ色の光を纏った赤髪の男。
 炎が鎮まった剣を鞘に収めると、マントを翻しながら私達の元へ下りてきた。その顔は──微笑んでいる。

 

「ベルデライトは……寒いな」
「……はは……そりゃ……な」
「……無事で良かった」

 

 先ほどとは別人で虚を衝かれたが、抱きしめられる。
 その暖かさに本当にフィーラがいるんだと目頭が熱くなると、頬に小さなキスが落ちた。身体を離したフィーラは上体を起こしたベルに頭を下げる。

 

「申し訳ありません。『宝輝』は既にヤツの手にはありませんでした」
「……そればかりは私のせいですから、気に病むことはありません。むしろ助けていただき本当にありがとうございました。まあ我侭を言うと、見せつける前に早く病院に連れて行ってもらいたいですね」
「そ、そうですね!」

 両頬を赤く染めたフィーラは慌ててベルの肩を担ぐと、私に手を差し伸べた。
 その顔はアウィンではないが子供のような笑みで、緊張の糸が解けた私も微笑むとその手を取る──事ことは出来ず、その場にゆっくりと倒れ込んだ。

 

「ヒナタ!?」
「ヒナタさんっ!」

 

 二人の声が遠くから聞こえるが……全身が熱くて重い……なぜ……ベルの方が酷いケガを負っているのに……なぜ……私が暗闇に…………。

 

 重くなった瞼を閉じるしかなかった。


* * *


 

 深く暗い闇の底──行灯に導かれた先には覚えのある空席の玉座があった。
 進んだ足によって玉座に腰を下ろすと、緋、翠、蒼、金色の『宝輝』に囲まれる。なんだか喜んでいるようにも見えたが、黒い影が目の前に現れると消えた。

 その影からは褐色の足が見え、私はゆっくりと顔を上げる。
 黒いローブを頭から被り表情は見えないが、ソレは一歩ずつ私に近付いてくる。沸き上がる恐怖に逃げようとするが、玉座に固定された身体は動くことが出来ない。気付けばソレの顔が近付き、囁かれた。

 


『モウ……シ……まっ……ロ……』

 


 赤い双眸に魅入っていると──口付けられた。


 

* * *

 


 重い瞼を開いた先には緑色の植物と眩しい光。
 手で遮ると、透き通った声が聞こえた。

 

「おはよう、ヒナちゃん」
「ジェ……ビィ……さん?」

 

 虚ろだった思考がはっきりしてくると、変わらない笑みを向けるジェビィさんが映る。
 椅子に座り、何かを書いている彼女から目を移すと白い壁に植物や花のプランターが部屋を囲っていた。家具は椅子と机、私の使うベッドしかない。起き上がろうとすると頭を叩かれた。

 

「こらこら、まだ安静にしときなさい」
「あ、安静って……え?」
「あら、覚えてない? ヒナちゃん、ベルデライトで倒れて五日間意識不明だったのよ」
「いいいい五日!?」

 

 まさかの事態に上体を起こすが、また叩かれ沈む。荒業すぎるおかげでベルとフィーラのことを思い出し、慌てて訊ねた。

 

「ベルは!?」
「大丈夫よ。油断してたとはいえさすがに防御は騎士団一だから気絶することなく元気に入院してるわ。むしろヒナちゃんを心配してたわね」

 元気に入院って違う気がするが……元気なら良いか、うむ。
 そして私は連日の襲撃で緊張と過労が祟り倒れたんだろとジェビィさんは言う。確かに一週間も経たない内に色々あったからな。
 その間に黒い影に動きはなかったと聞き安堵していると、ジェビィさんはベッドの下から何かを取り出した。

 

「ヒューゲちゃんから休暇扱いにするからゆっくり休んでって伝言と、お見舞いにモウセンゴケ貰ったわよ~」

 

 どうしろと!?
 休暇扱いは嬉しいが、食虫植物の鉢を椅子の上に置かれ、冷や汗が止まらない。

 

「アズちゃんからはフルーツセットと産みたて卵~」

 

 最後おかしいおかしい!
 高級そうなフルーツの上に綺麗にリボンが巻かれた卵が乗っているのに固まる。

「ラっちゃんからは今ヒナちゃんが着ている透け透けベビードール~」

 

 おおいっ、元気すぎるだろ!
 V字型に開いたパープル色のレースの胸元にはリボン。だが透けて、下着が見えていることに顔を青褪める。

「イズからはチョコレートと、今ヒナちゃんが穿いてるショーツ~」

 

 止めろ親!
 まるでベルと示し合わせたかのように白にフリルの付いた下着に両手で顔を覆う。

「エジェちゃんからは菜の花~パレちゃん達が摘んできたから“ついでに”ですって~」

 

 最後の台詞いらないいらない!
 でもマシかと菜の花を受け取ると『あとは~』と言いながらジェビィさんは部屋から出て行った。まだあるのかと口元に手を寄せると、唇が僅かに湿っているのに気付く。

 

 思い出すのは夢の中での口付け。
 一瞬“王”かと思ったが、褐色でもなければ赤の瞳ではない。それに夢だ。だが、聞いたことのある声に否定は出来ず、胸の動悸が激しくなる。そこにドアが開く音。

 我に返るように顔を上げた先にはジェビィさんではなく、青髪の男──。

「ヒナ……さん!」
「スティ!」

 

 前髪を左分けにし、藍色の瞳を見せるのは、スティ。
 あまりの嬉しさに身体を起こすと勢いよく抱きつかれる。よく見れば上半身と右足には包帯が巻かれ、白のズボンに青の中羽織を肩に掛けているだけだ。
 それでも胸元で頬ずりしている彼が無事だったことに嬉しくて抱きしめ返す。そこに、くすくす笑う声が入ってきた。

「あらあら、カレちゃんデレデレね」
「ジェビィさん!?」
「カレちゃんもね、三日前に目覚めたんだけど、ヒナちゃんが倒れたって聞いて暴れたから監禁してたの」
「か、監禁!?」

 

 物騒な話に驚くと、目を細めたスティはジェビィさんを睨む。火花が散っているように見えたが、平然とジェビィさんは他にも報せてくると言って出て行った。
 一息つくと、ドアを睨んでいたスティの髪を撫でる。

 

「もう大丈夫なのか?」
「はい……エジェ様よりは軽いです」
「あはは、それアウィンに言ったら怒られるぞ」
「もう……怒られました……」

 

 苦笑いしながらゆっくりと私を押し倒すスティ。共にベッドに沈み寝転がると、首元に吸いついてきた。

 

「んっあぁ……スティ」
「ん……ヒナさんの味……」
「味って……そんな……んっ!」

 

 顔を横にされると、唇と唇が重なる。
 歯列をなぞり、隙間から舌を入れ、口内を回ると舌と絡ませた。頭を固定されているせいか動かすことも出来ず、角度を変えては口内を満たしていく唇。それだけで全身が熱くなっていると、唇を離した彼は微笑んだ。

「ボクの味……でしょ?」
「っ~~!」

 

 思えばスティにはラズライトにはじめて行った時から翻弄され、今では『可愛い』では終われない『男』になってしまった。そんな彼に先日『大好き』『愛してる』と言われたのを思い出し顔が赤くなっていると、頬に小さなキスが落ちる。

「ヒナさん……ボクを助けてくれて……ありがとうございました」
「え? ああ、サティにも言ったが気にするな」
「いえ……ボク、負ける気なかったのに……あんなズタボロになって恥ずかしいです」
「それ、ベルもフィーラに言って……すまん」

 

 二人の名を出すと不機嫌顔をされたため口を閉じる。溜め息をついたスティは藍色の瞳を向けた。

 

「ボク……助けられたの……ヒナさんで二人目です」
「二人目?」
「はい……ヒナさんと…………王様」

 

 その名に目を見開くと、上体を起こす。
 寝転がる彼から王のことを聞くのははじめてだったせいか急に動悸が激しくなる。

「王様のことは……上手く話せませんけど……エジェ様に言われたので……お話しします」
「アウィンに?」

 

 伸ばされた両手に頬を撫でられると、瞼を閉じたスティは細めた目で見上げた。

 


「ボク達────メラナイト騎士団のことを」

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