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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​40話*「大概にしろ」

 魔法で舗装された道を息を切らしながら走る。
 はじめて訪れた時のように街灯は灯っていても家々に明かりはない。

 吹雪く上空には黒いモモンガとムササビの魔物が数百匹。
 それ以外は白緑のフードを翻すベルしかおらず、彼を掻い潜っても結界に阻まれ消滅している。それを横目に街の中央に近付くと、数人の騎士の中に見慣れたロシア帽を見つけた。

「弟ーっ!」
「ヒ、ヒナタさんっ!?」

 

 ベルの弟で副団長の男は私を見るなり団員の後ろへと隠れた。
 いつもなら跳びつくところだが今はそんな状態ではなく小走りで近付く。様子が違うことに彼も気付いたのか、恐る恐る私の前に出てきた。

「なんか怒って……るんスか?」
「よくわかったな。わかったついでに上空の男を落としてくれ」
「無茶言わんでくっさい! そしてベル兄に怒ってんスね!! もうっ、あの人は何したんスか!!!」
「やらかしたのは私だ」

 

 息を荒げながら風矢を打つ男を見上げる私に弟は目を丸くする。それから数秒黙っていたが、溜め息をつくと鞘から剣を抜いた。

「ヒナタ(奥)さんがなんて珍しいっスね。ベル兄(旦那)に何か謝ることでも?」
「逆だな。旦那が勝手に『空気の壁』を張ったから叱りにきたんだ。というか勝手に夫婦にするな」
「夫婦になってくれたら俺は助かるんスけど、困りもしますね」

 苦笑しながら他の団員と頷きあった弟は『空風浮』で宙に浮く。
 団員が先に向かうが、弟は白に竜と三日月のマントを揺らしながら私を見下ろした。

「『空気の壁』……ヒナタさんと会って三日後ぐらいから張りはじめたんス。住民は地下に避難してるって言っても、魔物が悪い方に落ちればシェルターごと壊して死者も出るんで……出来るかなんてわかんなかったんスけど……」
「出来たからしちゃいましたー……か」
「あはは、そうなんスよねー。下級を殆ど消滅させるなんて本当凄いっス……けど、無理してるみたいで……」
「うむ、バッチリ手短に叱ろう。それまで頼むぞ弟」

 親指を立てた私に弟も笑みを浮かべると上空へ向かう。
 当然ベルは驚くが、何かを耳打ちした弟は魔物に斬りかかる。ゆっくりと視線を落とした翡翠の双眸と目が合った。

 いつの日と同じように顔も真っ青になったベルを手招きすると、観念したのか武器を収め、地上に下りてきた。フードを外した白銀の髪は濡れ、多くの汗と息を吐いている。
 その表情も珍しく暗いが、構わず仁王立ちで睨んだ。

 

「おはよう、ベル」
「……おはようございます……ヒナタさん」
「早速だが、平手とグーと蹴りのどれで雪に埋まりたい?」
「そう……ですねー……」

 苦笑いしたベルは腕を伸ばし、私を抱きしめた。
 そのまま肩に顔を埋めると髪に耳朶にうなじに小さなキスを落とし、耳元で囁く。

 

「ヒナタさんをこのまま押し倒して一緒に埋まる、で」
「……そんな選択肢はないし却下だ」
「雪以上に冷たいですね。先ほどまでは可愛い喘ぎを出してくださったのに」

 

 それは忘れてほしいが、記憶力が良いこいつには無駄だろうと背中だけを叩く。だが『五分だけ』と呟いて以降、ベルは動かなくなってしまった。耳元に聞こえるのは寝息……まさか寝たのか!!?

 さすがに冷や汗をかくが、確かに規則正しい寝息が聞こえる。
 

 思い返せば忙しくて寝てないと言っていた彼の表情は魔力徴収で眠いと言っていたスティに似ていた。つまり魔力が足りてないのだ。当然と言えば当然だが『四聖宝』が傷つく度に自分の無能さを思い知る。

 私は魔法を使えないし、護る手段も持っていない。なのにベルに『護れ』と身勝手なことを言った自分が、これ以上叱ることなど出来るのだろうか。

 そんな背中を支える手が強くなっていると、突然上空から悲鳴が響く。
 見上げた空は朝日が昇りきっているのに大きな影が覆い、集まる魔物の影が人の形を取る。現れたのは、スティを襲った──真っ黒なソレ。

 

「なっ!!?」

 

 昨日の今日でとかふざけるなと怒鳴る暇もなく、数人の団員が勢いよく雪へと墜ちていく。それはラズライトで見た光景と同じ。激しい動悸に襲われる身体に、弟の『下がれ!』が聞こえるが、まだ周囲には数百の魔物が残り、黒いソレは握っていた剣を勢いよく振り下ろした。

 

 大きな爆風と衝撃にガラスが──『空気の壁』が割れる音が響く。

 

 吹き飛ばされた弟や団員達は雪に埋まり、その場には私とベルのニ人だけになった。
 冷たい雪が混ざる風を受けながら上空に佇むソレと、無数の黒いモノ達から目が離せない私の身体は震えている。それでもベルを強く抱きしめた。

 


「ベルの……『宝輝』は……ベルだけは……」

 


 切っ先を向けたまま勢いよく迫る黒いソレに、私達は貫かれた──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 青が見えはじめた空を覆う黒い影。
 城の屋上で赤髪を揺らすアズフィロラと青藍の髪を後ろに流すジェビィは目を瞠った。漆黒の双眸を揺らす彼女は両肩を擦る。

「なんて……悍(おぞ)ましい力」
「まさか『空気の壁』まで割るとは……あれが『宝輝』を狙う黒い影……!?」

 瞬間、黒いソレが猛スピードで降下したのと同時にヒナタの悲鳴が響く。
 心臓が大きく跳ねたアズフィロラは間も置かず螺旋階段を『浮炎歩』の“大”スピードで下り、『緑の扉』へと向かった。ジェビィも急いで追い駆けると、閉じられた扉を叩く男に向かって叫ぶ。

 

「やめなさいアズ「開けろっ!」

 

 ジェビィは声に詰まった。
 出身地でもなければ『通行宝』もない男は両手に拳を作り、閉ざされた扉を力強く叩いては叫ぶ。

 

「開けろ! 開けてくれ!!」

 

 その姿に、彼女は数年前を思い出す。
 他の扉が開かないのは生まれた頃からの周知の事実。なのに、二十歳になったばかりの若き団長が来る日も来る日も扉に挑み続けていた。何をしているのかと誰もが思った。

 

 けれど、目の前にいる男はあの頃とは違う。
 無謀さは変わらないが、剣を取ることなく叩いては叫ぶだけ。

「何が『四宝の扉』だ! 何が『四聖宝』だ!! 仲間が……大切な者がそこにいて、傷ついていながら助けにも行けぬのが『四聖宝』などあるはずがないだろ!!! 馬鹿にするのも大概にしろ!!!!」

 

 それは子供の戯言に聞こえるだろう。
 それでもジェビィは胸の奥がざわつくのが抑えられず両手で口元を覆った。男の怒鳴り声と拳がいっそう大きく響く。

 


「応えろ──王っっ!!!」

 


 その声に、一筋の光が──輝いた。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 目の前には昨日も見た黒いソレ。
 高身長だが、全身真っ黒なソレは暗闇の恐怖を思い出させる。そしてソレの持つ剣から落ちる雫に、白い雪が赤く染ま──

「ベルんっっ!」

 

 真っ赤に染まる何かを見た私の悲鳴は唇に吸い込まれた。腰に回された腕で身体は動けず、熱い舌が口内に入り込む。

 

「んっ、あぁ……ちょっと待てーーーーっ!」

 

 片手を思いっ切り振り上げたが、その手は腰に回っていた手に掴まれ止まった。白銀の髪を揺らすベルは微笑む。

 

「結構ヒナタさんって隙がありますよね」
「ききききき貴様っ!!!」
「はい、お叱りはあとで受けますので、まずは……貴方ですね」

 

 翡翠の双眸を細めたまま振り向くと、黒いソレと目が合わさった。
 黒いソレの剣に貫かれているのはベルの右手。私ごとだと思っていたのに、足元を見れば数センチ横に移動している。
 黒いソレが、勢いよく剣を引き抜くと同時にベルも左手で柄を握り、反転。ソレを斬った。

 

『ギヤアアアアーーーーッッ!!!』

 

 上級魔物のような甲高い悲鳴が上がる。
 だが、いつも青い液体を流すはずがなぜか赤黒い……血のようなモノが噴出し、ベルの白緑のマントが赤に染まった。目を疑ったが、気付けば『天柱結界』が私を囲い、ベルとソレは宙に浮く。
 ベルの右手から落ちてきた赤い血が雪に滲んだ。

「ベルっ!」
「問題ありません。しかし寝過ぎたようですね……オーガットは無事のようですが三人、死なせてしまいましたか……申し訳ありません」

 

 瞼を閉じたベルはフードを深く被ると、左手に持っている剣を片手だけで頭上に掲げる。相変わらずの腕力だが、鋭い翡翠の双眸が黒いソレを捉えた。

 


「“死”の罪は重いぞ」


 

 低い声に、息苦く重いモノが身体に圧し掛かる。
 気のせいではないことを証明するように上空にいた魔物が次々と消滅し、風と雪が渦を巻く。その中心から、透き通った声が響いた。

 


「空上の風 集いし雪華(せっか)となりて 浚(さら)ひけ──解放(ベフライウング)」

 


 光と共に吹雪が巻き起こる。
 掃われた上空では半分に縮んだ剣を持つベルの周囲を、六角形の雪結晶が六つ囲んでいた。

 

 切っ先を向けるベルに、残っていた魔物が一斉に襲い掛かる。
 同時に彼の武器も通常時と同じ弓形になると風の弦と矢を生むが、十あった穴はひとつしかない。『解放』ではないのかと不安がる私を他所に、重く殺気を含んだ声が落とされた。

 


「射潰せ、風雪華」


 

 周囲を囲っていた六つの雪結晶が四方八方に散らばると、自身の前に現れた雪結晶に一本の矢を放つ。当たった矢は五本に増え、反射鏡のように他の雪結晶に当たり、さらに矢を増やすと向かってくる魔物を射抜いた。
 それを二、三回、間を開けず放つと、一歩も動かず魔物は全滅し、黒いソレと笑みを向けるベルだけになった。

 

「なんだ……あのデラタメな武器は」

 

 ただ呆然とするしかない。
 通常時の武器は一回につき最大十本しか打てないはずが『解放』は雪結晶の反射で一枚につき五十本以上は出ていた。

 

 そんな数百の矢を、ベルは黒いソレに向けて容赦なく放つ。
 剣を振った黒いソレは数十本の矢を落とすが、すべてを落とすことは出来ず、全身を射抜かれ悲鳴を上げた。弓を構えたベルは淡々としている。

 

「おかしいですね。てっきり特上魔物だと思っていたのですが……貴方は何──!?」
「ベルっ!」

 

 ガラスが割れる音が響く。
 しっかりと黒いソレを見ていたはずなのに、瞬きした一瞬で黒いソレはベルとの間合いを詰め、防御に回した雪結晶を二枚破壊した。そのまま刃がベルの首を狙うが、平刃の剣で受け止める。激しい斬撃に、屋根に積もっていた雪が落ちた。
 咄嗟に瞑っていた目を開くと、ベルが押し負けている。

 

「くっ……!」
『オま……ハ……めん……う』
「ああ、その声は聞いたことありますね……残念ながら『面倒』なのは私の方ですよっ!」

 

 何かを言っていたベルは押し返すと、すかさず矢を放ち、黒いソレにさらなる穴を開ける。悲鳴と共に白い煙が舞った。

 

「やった……か……?」

 

 黒いソレは見当たらなくなったが、ベルは切っ先を向けている。

 

「どこかのウサギのように影に潜るのが得意なようですが、上空に影などありません。さあ、年少組から奪った『かげナラ……アル』
「ベル、フードだ!!!」

 

 私の叫びにベルは振り向くが、彼のフードに出来た影から現れたソレに──右肩を斬られた。
 宙を舞う赤い血飛沫と“翠”の宝石と共に白銀の男が地へと墜ちて行く。

「ベルーーーーっ!!!」

 

 悲鳴を上げると『天柱結界』を抜け、駆け出す。
 だが猛吹雪に前方が遮断され、雪に墜ちたベルの下まで進まない。けれど手を伸ばした。

「ベル! ベル!! ベルーーーーっ!!!」

 

 必死に声を上げていたが、頬についた赤い血に足が止まる。
 見上げた空には血のついた『宝輝』を持つ黒いソレ。落ちてくる血に身体は硬直し、ソレの手が私に伸びる──。


「『炎竜火(えんりゅうか)』!!!」

 


 刹那、赤い竜の形をした炎が、黒い手も吹雪も焼き尽くした。
 気付けば辺りにあった雪は消え、地面に倒れているベルが見える。ゆっくりと顔を上げると、上空には竜と剣の赤いマントを揺らす赤髪の男。膝を折った私はここにいないはずの名を呼んだ。

 


「フィー……ラ?」
「……遅くなってすまない」


 

 安堵するような赤の瞳で見下ろしたフィーラは剣を構える。同時に細めた瞳で黒いソレを捉えると、低い声を響かせた。

 


「火炎渦巻き 焔(ほむら)の如く世上を舞え──解放(リベラシオン)」

 


 青空が緋色の空へと変わった────。

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