異世界を駆ける
姉御
39話*「問題」
寝室から出ると静寂に包まれた書庫。
たまに情報部隊が訪れる以外はベルしかいない場所。館長がいないのを変に感じていると、白い鳩が飛んできた。先日ベルの手から生まれたのに似ていて、両手を出すと鳩が乗る。小さな嘴を開いた。
『おはようございます、ヒナタさん』
「はっ、鳩がしゃしゃ喋った!? しかもベルの声で!!!」
思わずツッコミと一緒に両手を引っ込めてしまったが、鳩は私の頭に着地すると続けて喋る。
『お隣におらず、寂しい思いをさせてしまい申し訳ありません』
「いや、鳩が落ち込むことでは……て、ベルか」
『街に中級が出たそうなので退治次第、淫らな続きをしに戻りますね』
「その前に目覚めて良かったー……」
『以上、五時四分にお届けしましたッポ』
「留守番電話かーーーーっ!!!」
大声でツッコむと鳩が消える。
息を荒げながら魔法だと気付くが、寝ずに出て行ったことに不安を覚えた。色々ヤらかしてくれたが、絵本の話をしなければ寝れただろうし……オニギリでも持って行くか。
両頬を赤く染めたまま下着を替えようと階段へ向かう。が、なぜかポールに太い木の蔓が巻きついていた。疑問しかなく触れると突然クネクネ動き出し、全身に蔓が絡まる。そのまま勢いよく引き上げられた。
「わわわわわーーーっ! ととと止まれーーーー!!」
植物が急成長するようにポールを昇っていく蔓に叫ぶと、一階で急停止。嫌な汗と息を吐いていると透き通った声が響く。
「あら、ヒナちゃん。おはよう」
「ジェ、ジェビィさん! たたた助けてください!!」
目前にいたのは数時間ほど前に会ったジェビィさん。
絡まった蔓を必死に解こうとするが解けず助けを求めるも、頬に手をそえた彼女は微笑んだ。
「あらあら、ツっちゃんがごめんなさいね」
「ツっちゃん……?」
微笑んだまま歩み寄ってきた彼女は蔓をペンペン叩く。すると絡まっていた身体が開放され、地面に下ろされた。
「この子、私の移動魔法みたいなもので、ツっちゃんて言うのよ」
「元気な……お子さんをお持ちですね……」
まさかさっきのように移動するんだろうかと想像するが、深く考えるのをやめた。『研究医療班』は変人だと聞いたが本当っぽいと顔を青褪めていると、くすくす笑われる。
「それで、ヒナちゃんは街に行ったラっちゃん、宰相室に行ったヒューゲちゃん、屋上に行ったアズちゃんの誰をお求め? あ、もしかして負傷中のエジェちゃんとカレちゃんの夜這い?」
「じじじじじ自室に戻るだけです!!!」
とんでもない発言に顔を赤め叫ぶ。彼女は笑いながら『残念』と言っているが笑えない。以前も思ったが、彼女のからかい方は誰かを思い出す。
しばし悩んでいると、ツッくん(私的に『くん』)の横を通り、フィーラが『浮炎歩』で降りてきた。
「ヒナタ? こんなに朝早くどうした」
「貴様こそ、恒例退治の時間じゃないのか?」
「ああ、それが最近は数が少なくてな。重要で呼ばれたし、ウリュグス達に任せて……それよりキミはまた、はしたない格好を……」
日の出を迎えると同時に浮かぶのはフィーラ。
だが、溜め息をついた彼は呆れた表情のくせして頬が赤い。また素足云々だろうか……もしやこいつと言うより先に、ジェビィさんの口が開いた。
「アズちゃんって童貞なの?」
「なっ!?」
「でも法律でキスとかダメなんですよね? 私はされましたが」
「うっ!」
「あら、どの街にも娼婦の店は一軒以上あるわ」
「ちょっ!」
「そうか、つまりフィーラも……」
「やややややめてくれ!!!」
初期の無口無愛想は跡形もなく消えたように顔を真っ赤にしたフィーラは必死に止める。それが面白くてジェビィさんと二人笑うが、犠牲者は彼だけではなかった。
「童貞かハッキリさせるために、ここでヒナちゃんを襲ってみたら?」
「「はあっ!?」」
「だって、ヒナちゃんのココ、良い具合に濡れてるみたいだし」
「ひゃあっ!」
私の背後へと回ったジェビィさんはショーツを突く。濡れた布地と秘部が擦り、身体が跳ねるとフィーラの背中に抱きついた。
「お、おいっ!」
「あら、ヒナちゃん。ヤる気満々ね」
「ち、違います!」
フィーラより彼女の方が危険な気がしただけだと羞恥で顔を赤く染める。反対に青く染めているフィーラが悪の扉を開いた。
「良いことを教えてやろう……ジェビィ様はイヴァレリズの母親だ」
衝撃の事実に、笑顔でVサインを向ける彼女を凝視する。
脳内では“あっかんべー”に『いったずら小僧なり~☆』の旗を持って逃走する黒髪赤瞳のエロ男が浮んだ。両膝を折る。
「ど、道理で……」
「似ているだろ? 外見は父親似だが中身は彼女だ」
「あら、やだ。充分レウの性格も受け継いでると思うわよ」
“レウ”というのは旦那さんだろうが、親子という事実に妙に納得する。いや、ホント元気なお子さんをお持ちで。
慰めるかのよう肩を叩くフィーラに、同情の叩きを返した。
「私も旦那も放置主義なんだけど、子供は勝手に育つものよね」
「「勝手すぎると思いますけど……」」
「本当、派手にやってるみたいね」
「だからケガするんですよ。少しは親として止めてください」
「ケガ? あいつが?」
不思議そうに訊ねるフィーラに立ち上がると、目をケガしていたと話す。すると顎に手を当て、何やら考え込んだ。首を傾げるが、両手を叩いたジェビィさんに振り向く。
「ケガで思い出したわ。悪いんだけどヒナちゃん、ラっちゃんの所にお届け物を頼んでいいかしら」
「構いませんが、何を?」
「今週のお薬」
イズ並みにわけのわからないことを喋る彼女にフィーラと顔を見合わせる。ジェビィさんは瞬きをした。
「あら、知らない? 今、ラっちゃん一人でベルデライトに『空気の壁』を張ってるから魔力の波が激しいのよ。だからそれを抑える処方薬をね」
「「え!?」」
フィーラと声を上げる。
初耳だったのもあるが、どういうことだ。ベルデライトは人口が少なくて『空気の壁』を張れないはず。それをなぜベルが……しかも一人?
動悸が激しくなっていると、慌ててフィーラが割って入った。
「ちょ、ちょっと待ってください! では今、“城”を護っているのは……」
「もちろんラっちゃんよ。凄いわよねー」
「そ、そんな命知らずなことを許可されたのですか!?」
「お、おいっ。いったいなんの話を……城を護るとはなんだ!?」
動悸が増しながらも、ジェビィさんに食って掛かるフィーラの肩を掴む。黙り込む彼の変わりにジェビィさんが人差し指を立てた。
「ヒナちゃんに問題。『空気の壁』の効果範囲は騎舎から『四宝の扉』がある細い楕円までで、各街の住民の魔力で作られ護っているわ。じゃあ私達が今いる太い楕円の本城を護っているのは誰でしょう?」
「は? そんなの城に住んでる人達じゃ……」
「ハズレ~。自慢じゃないけど、アクロアイトも研究医療班も戦闘には向かないの。そして私も城に住んでるけど出身はラズライト。だからラズライトの『空気の壁』として魔力徴収されるわ。ヒューゲちゃんならドラバイトね」
おかしな話しに冷や汗と動悸が止まらない。
今まで気にしてなかったが、確かに国の中央にある城が魔物に狙われないのは『空気の壁』のようなもので護られていると考えるのが自然だ。だが、城に住んでいても出身地の魔力として徴収される。じゃあ、王が護っているのではとフィーラを見るが、首を横に振った。
「そんなことをする王ではない。そもそも城に『王の部屋』などないのだから王が護る理由がないんだ」
「な!?」
「王は四方どこへでも入れるから、好きな場所で寝食しているはずよ」
『王の部屋』がないって、それは“城”とは言わないだろ! 情報部隊や研究医療班の社員を置いて社長はとんずらか!?
というか待て……今までの会話から考えると……まさか……まさか……。
「ベルが……?」
握り拳を作り、肩と声を震わせながら二人を見ると頷かれた。その眉は上がり、目も鋭い。
「そう、城を護っているのはラっちゃん」
「彼は“条件有で書庫に住んでいる”と言ってなかったか? その条件が城に結界を張り、護ることだ」
「そ……んな……」
確かに『空気の壁』がない北出身の彼は他より魔力があるだろう。戦闘を見ても強い結界を張っていたし問題はなさそうだ……けど、今は。
足がよろめき、顔を両手で覆っていると二人の話が聞こえてくる。
「しかし、なぜベルデライトにまで結界を……」
「処方薬は先月下旬からだけど、その前からしてたみたいよ。まあ、おかげで結界に触れるだけで魔物が消滅するから被害は格段に少なく……って、ヒナちゃん!?」
よろけていた足を強く踏み直し、階段に向かうとツっくんにしがみつく。
「頼む! 二十階まで連れて行ってくれ!!」
「ヒナタ!?」
フィーラの叫びが聞こえたが、蔓のツっくんは『へいほー』と私の身体に蔓を絡ませると、勢いよく上昇する。数秒で二十階に着くと、フィーラも続くように自室へと入ってきた。が、服も下着も脱いだ私を見ると即ドアを閉め、外から叫ぶ。
『どうしたんだ、ヒナタ!』
「私のせいなんだ!」
『は!?』
フィーラの素っ頓狂な声など気にせず下着を替え、制服に着替える。震える両手を握りながら、フィーラに聞こえるように声を発した。
「私がベルに……ベルデライトも護れって言ったからだ……」
忠誠の証として私は確かに言った。
街にも誰にも忠誠を誓っていなかったヤツの言動に腹が立って……そして仮忠誠でもベルは護ってくれていた。でも『空気の壁』を一人で張るなど……そんなことまで。
ベルに貰った白緑のコートを手に取るとドアを開く。
壁に背を預けていたフィーラが冷静な目を向けた。
「それで……どうする気だ?」
「ベルデライトへ行く」
ツっくんにしがみつくと、また一階へ戻る。
目を見開いたジェビィさんを横切り、『緑の扉』へ繋がる渡り廊下を歩きながら袖を通したコートの前を留めた。後ろに続くフィーラが淡々と口を開く。
「先ほど……屋上から見た彼はまだ戦闘中だった。行くのなら戦闘が終わってからの方がいい」
「ダメだ」
「なぜだ? さっきの件を謝るなら「違う」
『緑の扉』の前に立つとフードを被り、真っ直ぐな目でフィーラを見据える。
「私は謝りに行くんじゃない。叱りに行くんだ」
「は?」
フィーラが目を見開くと同時に前を向いた私は『緑の扉』の取っ手を握り──開いた。
冷たい冷気と雪が頬を伝うが、フィーラには何も届かない。
ゆっくりと足を雪の上に乗せると空を見上げた。上空には最初の頃とは違い、武器を“弓”にし、黒い魔物と戦う一人の男。白い息を吐きながら振り向いた私は笑みを向けた。
「主(私)に断りもなく勝手に決めるんじゃない!、てな」
その声に反応するように扉が閉じはじめる。
フィーラが慌てて手を伸ばすが、私は手を取ることもなく雪道を駆けた。ハリセンはもうないから、平手で思いっ切り叩いてやる────。