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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​36話*「水と一緒に」

「十月二十八日……同じ異世界人に会った……!?」

 季節の半分を読み終え現れた他の異世界人に驚く。

 動悸が激しくなりながらページを捲るが、それ以降書かれてはおらず途中で止めた。

「どういうことだ? ロジーさんはフミ江さん以外のことは言っていなかったし……もしや城に住まず他の街で暮らしたと……ん? そういえば、スティのヤツ遅いな」

 すっかり夢中になって読んでいたが、恐らく三十分以上は経ったはず。

 まさかチェリーさんにバレたのかと苦笑しながら手帳を仕舞うと、西へと足を向けた。自分の靴音だけが響く廊下を鼻歌交じりに進んでいると『青の扉』が見えてくる。同時に扉の隙間から黒い影が入ってきたのを捉え、横切ろうとするソレを無意識に──踏んだ。

 

「いったああ~~~~!!!」

「なんだ、ミッパじゃないか」

 黒い影から姿を現したのはスティの部下で、黒茶色のミックスパーマが掛かったリロ……なんとか。うむ、ミッパだ。

 頭を押さえたまま睨む彼だったが、私を見るなり顔を真っ青にして後退りした。

「おい、なんだ」

「い、いえ……団長から貴女には近付くな……って、早く宰相様に!」

「何かあったのか?」

 酷く焦っている様子に、顔を顰めた私は肩を掴む。

 最初は口を結んでいたミッパだったが、ゴクリと唾を呑み込むと震える口を開いた。

「……黒い影が……現れたんです……」

「それは貴様だろ」

「違いますっ! あれは我々メラナイトとは違う……恐らくコルッテオ団長を襲ったのと同じ……」

 “大きな影”にドラバイトで襲われた日を思い出すが、アウィンを襲ったのと聞き、心臓が早鐘を打つ。そして先ほどまでいた男が頭を過よぎった。

「スティはどうした!?」

「そ、その影と団長が今……て、ちょっと!?」

「貴様は急いで宰相のところへ行け!」

 

 話を最後まで聞くより先に駆け出し『青の扉』を開く──と、雨。

 窓もないホールにいたせいか気付かなかったが、ミッパも僅かに濡れていた気がする。

 『水』の恩恵か、他街より雨量が多いラズライト。

 だが今は、はじめてベルデライトを訪れた時のような静かさに恐怖を覚える。階段を駆け下りた先にいた情報部隊には仰天されるが、声を張り上げた。

「いったいどうなっている!?」

「ひ、非常事態警報が十分前に出たんです! それにより住民は家々から出ては「あああああ゛あ゛ぁぁぁぁーーーーっっっ!!!」

 

 大きな悲鳴のようなものが響き渡り、雨の強さが増す。男が何かを言っているが、私は聞き慣れた声に立ち尽くしていた。

 さっきの悲鳴……声は──スティだ。

「ヒ、ヒナタ様っ!」

 制止も聞かず、無我夢中で足を前へ前へと走らせる。

 頭では何も考えていない。何も浮かばない。地面は大量の水を吸い、滑りやすくなっているが、構わず誰もいない大通りをただ真っ直ぐ真っ直ぐに走った。

 途中何度か転けるも、息を切らしながら『宝遊閣』を過ぎると青の二重門が薄っすらと見えてくる。数人の騎士団達も。

 

「お「やめてえええええぇぇえぇーーーーっ!!!」

 

 開いた口は大きな悲鳴にかき消され、よろけながら立ち止まる。

 見ると騎士団の中央には泣き暴れ、団員達に押さえつけられているサティがいた。その光景が過去と重なり口元を押さえるが、彼女の大声が響く。

「もうやめて! カレっちが……カレスティージが死んじゃうっ!!」

 

 我に返ると、騎士団の中に突っ込む。

 突然現れた私に団員達もサティも驚くが、彼らを退かして先頭に出ると目を瞠った。

 映るのは地面に倒れ込んだ十数人の団員と住民。

 その真ん中に佇むのは人の形をした真っ黒な存在。下から上、顔も真っ黒なソレは人と呼べるかはわからない。右手に握るのは黒くて細い長剣。切っ先からはポツリポツリと真っ赤な血が落ち、水溜りと混ざり合う。

 愕然とする中、目の端に白ウサギが揺れているのが映った。

 ゆっくりと視線を動かせば半壊した家屋。赤い血飛沫が散る壁には、白ウサギが繋がった黒い刀で腹を貫かれた青髪の男──。

「ス……ティーーーーっっ!!!」

 

 

 鎖に繋がった白ウサギが揺れる月黒刀。

 その切っ先に貫かれているのは紺色のコートも青のマントも白のズボンも血だらけで破け、ブーツはなく裸足。頭と口からも血を流し、半目になったスティだった。

 慌てて跳び出そうとするも、サティに腕を掴まれた。

 

「行っちゃダメ!」

「なぜだ!? スティを助けね「あああああぁぁーーーーっっ!!!」

 

 目を離した隙にスティの悲鳴が上がる。

 振り向くと、黒いソレの剣がスティの右足を貫き、勢いよく引き抜かれた。赤黒い血と共に宙を舞うのは“蒼”の──『宝輝』。

 

 その輝きと黒い影に、脳裏には過去の惨劇が浮かび上がる。

 到る所から立ち上がる水柱で我に返るが、既に『宝輝』はソレの手にあった。すると、背後から団員が斬りかかる。

「うらあああぁぁっ!!!」

「ダメだってばあぁぁーーーー!!!」

 

 サティの大声と共に騎士の剣がソレを貫くが、一滴の血も流すことなく平然と佇んでいる。私のように驚く騎士の首を握ったソレは、片腕だけで持ち上げると何かを呟き、呻きを上げる騎士を黒い靄のようなものが包んだ。しばらくしてピクリとも動かなくなった騎士が地面に放り投げられる。

 何が起こっているのかわからない私に、サティが呟きを零した。

「なんでか……わかんないけど……アイツに触ると死んじゃうの……」

「し、死んだのか……?」

「あそこで……倒れてる連中はね……唯一カレっちだけなんともなかったから……でも……」

 

 泣きじゃくるサティに、団員達も歯軋りしている。

 迂闊に手が出せない状況にスティへ目を移すと、僅かに左手が上がり、口が動いた。

「『水(すい)……蓮華(れんげ)……』」

 

 呟きに水柱の水が宙に集まり、何本もの水の蕾が生まれる。伸びた茎がソレを囲うと、スティは血だらけの手を下ろした。

 

「散……れ……」

 

 小さな呟きに大輪の蓮が咲くと大きな爆発が起こる。

 周りの家屋や物さえも吹っ飛ぶ衝撃と水飛沫に私やサティ達も飛ばされそうになるが、互いに身体を支え、なんとか踏み止まった。

 

 静寂と雨が肌を伝い、目を開ける。

 白煙が上がる家屋は倒壊し、腹に刀が刺さったままのスティが倒れ込んでいた。動かない彼に慌ててサティと二人駆け出すが、白煙の中から飛び出してきた黒い切っ先がスティを狙う。脳裏にはアウィンと血だらけになった両親──。

 

 

「やめろおおおぉぉーーーーっっ!!!」

 

 叫びと共に、ハリセンの音と家屋にぶつかる音が響く。

 サティも団員も目を瞠っているのは、私が黒いソレをハリセンで吹っ飛ばしたからだろう。見事に折れたハリセンよりも地面に倒れ込んだソレを睨む私は声を張り上げた。

 

「早くスティを!」

「は、はいっ!」

 

 返事と共に、地面に潜ったソレが黒い影を広げる。

 その影は確かにドラバイトで見たものに似ていて、冷や汗が流れる。すると、一本の細長い紐のようなものが影から伸び、手首を掴まれた。

 

「ヒナっち!?」

 

 はじめてサティに呼ばれると同時に、暗闇から聞いたことのある低い声が響く。

『……ま……ハ……さい……マ……ル』

「なっ……!」

「「『瞬水針』!!!」」

 

 全身が恐怖に襲われると無数の針が影に刺さり千切れる。

 音もなく消え去ったソレに、嫌な心臓音を抑えながら振り向くと、黒ウサギを膝に置いたスティと、彼を支えるサティが荒い息を吐きながら手を前に出していた。藍色の双眸を見た私は急いで駆け寄る。

 

「スティ!!!」

「ヒ……ナ……さ……げほっげほっ!」

「カレっち! カレっち!!」

「い、急いでジェビィさんのところに行くぞ!」

 先ほどのことも忘れ、慌ててスティを背負う。

 『宝輝』を失ったせいか街中の井戸が溢れ、水位は膝下まで上がっている。それでも屋根を伝い、急いで城へと向かった。髪や服が濡れようとも、赤い血が付こうとも、過去を思い出そうとも、全部振り払って走る。

 

 ポーチから落ちた菜の花が、水と一緒に流れていったことなど知らず──。

 

 

* * *

 

 

 時刻は深夜一時。

 さっきまで慌しかった地下二階も今は静寂に包まれている。

 

 治療室がある西の扉の前では髪を下ろしたサティが黒ウサギに顔を埋め、体育座りしていた。手帳を手に、ニットワンピを着た私は隣に座る。しばらくして、か細い声が耳に届いた。

 

「……カレっちを……助けてくれて……ありがと……」

「なに、私も二人に助けてもらった」

「それでも……アンタがいなきゃ……今頃カレっち……は……うっ、うっ」

 

 顔を上げたサティは濃茶の瞳を揺らし、目尻から涙を落とす。

 伸ばした手で肩を抱くと、私の胸に顔を埋め、肩を震わせながら泣きじゃくる。そんな彼女の背中を撫でることしか出来ない私は後ろの扉に目を向けた。

 

 スティを背負ったまま『青の扉』に入ると、宰相、フィーラ、ベル、ジェビィさんが待っていた。走り切った私もフィーラの腕へと倒れこみ、目覚めたのは日付が変わる少し前。スティが一命を取り留めたと聞いたのもその時だった。

 

 安心したのも束の間。これで二つ目の『宝輝』を失った。

 ラズライトではチェリーさんの指示の下、溢れた水を門外に出す作業が行われているが、死傷者は十数人以上に上る。いったいあの黒いモノの狙いはなんなのか……そして。

 

 

『きさまハさいごニつかまえル』

 

 ハッキリと聞こえた“言葉”。

 木霊する声に頭痛がしてくると階段から靴音が聞こえ、不意に顔を上げる。

 

「や~ん、お通夜みた~い」

「…………イズ」

 

 現れたのは変わらず意地の悪い笑みを浮かべる、イズ。

 しかし左目には包帯が巻かれ、十字架のネックレスもない。疑問に思っていると、急に立ち上がったサティが彼に抱きついた。

「イズ様っ! カレっちが、カレっちが……」

「あーはいはい。わかったから泣くなサティ」

 

 なんかとってもなかよしみたいで腹が立つな。

 嫉妬に駆られながら私も立ち上がると、目線の違いに気付く。

「なんだ貴様、身長伸びたのか?」

「お、気付いた? 成長期ってヤツがまだまだあんのか、二、三センチ伸びたなりよ」

「それは喜ばしいことだが、目、どうしたんだ?」

「ああ、仕事で壊しちまった十字架でちょい切っちまってな。どうせならお前の服を切って“ぷるん”っておっぱいが見えっだ!」

 元気なようなので頭を叩く。親の顔が見たいものだ。

 溜め息をついているとサティと話があると言われ、集中治療室のスティは無理だが、アウィンの様子でも見て帰ろうと西の扉に入る。間際、サティから小さな包みを渡された。

 

「これ、カレっちから……」

「え?」

「アンタ、カレっちとなんか約束してたんでしょ? これを持って行こうとした時にあの変なのきたから……あたしが預かってたの」

「そ……うか」

 戸惑いながらも礼を言うと中へ入り、閉めた扉に背を預ける。

 恐らくスティが見てもらいたいと言っていたものだろうと包みを広げると、出てきたのは一枚の紙。

 

 裏返すと目を瞠った──。

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 

 

 西の扉が静かに閉まると、イヴァレリズは涙を浮かべたサスティスを見下ろした。

 

「……しばらく、メラナイトの仕事は俺一人でやる」

「イズ様が……?」

「ああ。そんなに仕事があるわけでもねぇしな」

 団長直々に動く事は滅多にないが、副団長のカレスティージが倒れた今、同じメラナイトに所属していてもサスティスがラズライトを護らねばならない。

 本人も重々承知しているのか、小さく頷く彼女の頭をイヴァレリズは撫でた。

「カレスが編成した『宝輝』捜索部隊は予定通り出した。リロアンジェも同行させたから、なんか情報が入り次第俺とヒューゲに伝えろ」

「はい……」

「それと」

 

 事務的に話す彼の声はいつもより低く、顔を伏せたサスティスは黒ウサギを抱きしめる。と、声に重みが増した。

 

「あの女、殺していい?」

 

 

 音もなく黒ウサギが落ちる。

 肩を震わせながら顔を上げたサスティスの瞳には、赤の瞳を細めた“団長”イヴァレリズ。その恐怖にサスティスは怯えるが、痛む喉から懸命に声を発した。

 

「女って……ヒナっち……のこと? な……んで……」

「なんでって、それが仕事になりそうだから。お前さっき喋ってたか「ダメっ!」

 悲鳴にも近い声がホールに木霊し、蝋燭の火が揺れる。サスティスは顔を伏せたまま両手を握りしめると、震えながら言葉を続けた。

「殺しちゃ……ダメ……カレっちが……カレスティージが悲しむ……だから……」

「あくまでカレスか……」

 

 イヴァレリズは変わらない表情で溜め息をつくと後ろを向く。歩き出す背を見送るサスティスに右手を挙げた彼は、左右に小さく振った。

 

「んじゃま、カレスが起きたら聞いてみるわ」

「き、聞いても同じよ!」

「ふーん、でもどっちを選ぶかね……」

 立ち止まった彼の横顔。その目は細く、口元に描いた弧がそっと開かれた。

 

 

「あの女と世界が滅ぶのを天秤にかけたらさ」

 

 

 冷たい声は、サスティスと一人の胸に大きく突き刺さった────。

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