異世界を駆ける
姉御
34話*「猛獣使い」
暑い……まだ一月だろ……カーディガン脱いで寝たよな……。
汗ばむほどの暑さに目覚めると、カーテンに陽が掛かる。顔を横にすると同じ色の男と目が合った。
「早いな、ヒナタ」
「おはよ……フィーラ」
日の光で輝きを増す赤髪に赤の瞳、シャツの袖口ボタンを留めるフィーラが立っていた。そして暑さの謎が解ける。
昨夜は確かにベビードールとショーツで寝た。が、顔を反対に向けると頬に当たる。それは銀髪に、白のシャツの前ボタンを数個空けたベルの寝顔。彼の大きな腕に腕枕をされ、反対の手で右胸を掴まれていた。
目を落とすと、青髪に着物のスティが俯けで寝ているが、なぜか股の間に挟まっている。息……出来てるんだろうか。
胸にあるベルの手を下ろし、上体を起こす。
昨日ジェビィさんに『一夜を共にしたことない』と言ったばかりだというのに……いや、何もなかったぞ。多分。不安になっていると、察したようにフィーラが答えた。
「互いに怪しい動きに小競り合いになっていたが、ヒナタの『やかましい!』の一声で大人しくなったぞ」
「…………覚えてない」
溜め息をついたフィーラは白のテールコートを羽織り、床に敷いていた布団を畳む。
昨夜私を部屋まで送ってくれた三騎士はちゃっかりと泊まったのだ。どうも涙を見せたのが原因らしく『帰れ』と何度言っても居座り続けた結果こうなってしまった。
「フィーラも一緒に寝て良かったのに」
「冗談はよせ。トラと黒ウサギの間に入るなど自殺行為だ」
「貴様……まだ眠いのではないか?」
なぜ動物話にと疑問を持つが、フィーラまで心配して残ってくれるとは思わず笑ってしまう。彼の両頬は若干赤くなるが、咳払いをすると視線を別に移した。
「ラガーベルッカ様に変わりはなかったが、ティージは一度起きて三時間ほどで帰ってきた」
「よくわかったな」
「俺を踏んで行ったからな」
不幸体質なのか嫌われものなのかと同情していると、苦虫を噛み潰したような表情で窓を睨んでいることに気付く。何が言いたいか察した私は呟いた。
「……イズが来たか」
「ああ。目が合った瞬間逃走を図ったが、俺の斬撃とティージのナイフで落としてやった」
おいおい、人の部屋で乱闘起こすなよ。その割に部屋が荒れていないことを問うと、ベルが結界を張っていたらしい。うむ、ありがとう。
ベルの髪を撫でる私に、フィーラは表情を変えぬまま腕を組んだ。
「まったく、婦女子の部屋に深夜訪れるばかりか窓から入るなど、けしからん」
「いや、ホントどうやって入ってくるんだ? フィーラ試してくれ」
「なぜそうなる! そもそもキミの警戒心がなさすぎるだろ!!」
その叱責に“愛の証”を思い出すと頬が熱くなる。
黙り込んだ私にフィーラは何かマズッたと思ったのか、慌ててベッドの前で膝を折ると心配そうに顔を覗かせた。ベッドにいるニ人を横目に目を合わせた私は無意識に問う。
「フィーラは……私のことが好き……なのか?」
するりと出た言葉にも驚いたが、フィーラはもっと驚いたように目を瞠っている。慌てて両手を左右に振った。
「いいいいや、なんでもない! 普通に“友達”としての好きだな!! 私もまだ起きてないようだなあはは!!!」
頬どころか全身が熱くなる。私はいったい何を聞いているのだろうか。
顔を伏せたまま両手を握りしめていたが、ゆっくりと両頬を包む手に肩が跳ねた。顔を上げた先には眉を顰めたフィーラ。怒らせたかと視線を右往左往させるが、彼の顔が徐々に近付いてくる。
「“友達”の“好き”ではないと……思う」
「え……んっ」
唇と唇が重なる。それは夫婦や恋人達のキス。
けれど私とフィーラは違う。それに私は魔力を持っていないから魔力の譲渡も出来ない……じゃあなぜ?
ゆっくりと角度を変え、舌を入れる口付けに翻弄されながら、薄く開いた目で彼の首元で光る“緋”の『宝輝』に手を伸ばす──と、横から出てきた黒い物体にフィーラが殴られた。勢いよく後ろに倒れ、床に頭を打つ音が響く。
呆然と伸ばした手を見つめていると、両腰のくびれを摘まれた。
「ふひゃあっ!」
刺激に弓形になり、背中から倒れると、後ろから下着に両手が潜り込む。胸を揉まれるのとは別に、下腹部からはザラリとした舌の感触が伝った。
「や、ちょっ……ベル……あんっ……スティも……んんっ!」
「最悪な……目覚め……」
「ですが、朝一でヒナタさんとヤれるのは得です」
いつの間に起きていたのか、二人にガッチリと身体を固定され身動きが取れない。ちなみにスティが黒ウサギでフィーラを殴った。おーい。
寝転がったベルに上半身を預けるが、露になった両乳首を引っ張られ弄られる。股の間に挟まっているスティはショーツを膝下まで下ろし、秘部に口付けを落とすばかりか、蜜まで舐めた。
「こらっ、そんなとこ……あぁっ!」
「ん……やっと舐めれた……ヒナさん……朝から濡れてますけど……そこのニワトリのせいですか?」
「それはいけませんね……んっ」
わけのわからないことを言われるが、ベルに口付けられて声が出せない。
さらに淫らな蜜が溢れている気がするのに、スティは構わず舌で舐めては吸う。思考が変になってくると、起き上がったフィーラの怒声が響いた。
「朝から何してるんですか!!!」
「「貴方に言われたくないです」」
綺麗にハモった二人に、顔を赤めたフィーラは額に手を当てる。
唇を離した秘部に指を入れながら、スティは懐からナイフを取り出した。
「えっと……アズ……じゃない。ニワトリは最初に首を落として……逆さに吊って……」
「こらこらスティ! 物騒なことああっ……そ、の前に指……やぁあっ」
「血を抜いて熱湯でしたよね」
「やめてください……プールとコックを見れなくなる……」
スティの指遣いにイきそうになるが、フィーラの発言に三人動きを止め、顔を見合わせる。“プール”と“コック”?
「誰だそれ?」
「ん? 先日から屋敷で飼っているニワトリの名だ」
一瞬で沈黙が訪れた。最近、何かあったんだろうか……。
固まっている間に枕の下に置いていた髪ゴムからハリセンを取り出すと、三人を叩いた。
* * *
『コケコッコー!』
元気な雄鶏が響くが、今日は別の意味で振り向いた。
そんな私が面白かったのか、チェアと横長の椅子に座る二人は大笑いする。
「なっははは! あのセレンティヤがニワトリとな!!」
「アーちゃん~本当に~飼ったんだ~~」
「前から飼う気だったのか?」
正午過ぎ。ドラバイトの教会で私は宰相と一緒にロジーさんを訪ねていた。
不在の眼鏡女子に代わって茶を淹れてくると、動物の例えを以前からしていたのを聞いて納得。もっとも、この世界の動物はある種を除いては存在せず、本の中の生物らしいが。
「僕は~狐狸とか~言われたよ~~」
「じゃろーな。アウィンもまんまではないか」
「それを言ったらロジーさんもイノシシっぽいですけど」
「じゃ~ヒーちゃんは~猛獣使いだね~~」
まさかの動物外に例えられ、自分を先頭にニワトリ、トラ、ウサギ、イノシシ、タヌキ、キツネが列を成すのが浮かぶ。て、アンバランス過ぎるだろ! まったくと言っていいほど統一性がないぞ!! 肉食草食関係なしか!!?
そのツッコミにのほほん男は茶を啜りながら笑みを向けた。
「草食なんて~いないよ~あと~イーちゃんとか~オオカミ~ぽいんじゃ~ない~~?」
「いや、ヤツはヤモリ」
ドキッパリと言った私に二人はまた爆笑。
一匹狼な気はするが、壁をヨジヨジ登るヤモリとしか思えん。そんな私を微笑ましく見ていたロジーさんだったが、徐々に曇る顔に私達は茶を置いた。
「宰相よ……此度の件、アウィンのヤツが護れずすまなかったな」
「命あるだけ~マシだと思うよ~まあ~しばらく不安定が~続くだろうけど~~」
ドラバイトに入っただけで大きな地鳴りを感じた。
それは『宝輝』が失くなった反動らしく、恩恵を受けている『地』にも影響を与え『宝輝』が戻らなければ遠くない未来に街が崩れるという。
宰相にジェビィさんから聞いたことを一応話したが『そう』と言うだけで何も言われなかった。それがいっそう宰相という男がなんなのかわからなくさせる。
「ミレちゃんや~団員達は~どんな~感じ~~?」
「さすがに酷く動揺しておったが、ミレンジェが渇を入れて通常通りじゃ。なあに、他と違ってウチは人数おるし、アウィンがおらんでも護ってみせるさ」
頼もしい言葉に私ものほほん男も笑みを零す。
しばらく二人の会話を聞いていたが、政治関係も入ったため、昨夜のを若干引いている私は外に出た。太陽と空を眺めていると普段と変わらないが、小さな地鳴りに胸が騒ぐ。
そんな地鳴りとは違う音に顔を上げると、パレッドが縄跳びしているのを見つけた。
「パレッドー!」
「ねえちゃん!」
呼んだ声にパレッドは縄跳びを放り投げ、勢いよく抱きついてきた。
だが、いつもの元気はなく、私の肩に顔を埋めるだけ。その身体は震え、もしかしたら泣いているのかもしれない。背中を撫でながら呟いた。
「ヒーロー(アウィン)が……負けたな」
「ま、まけてないよ! 兄ちゃんは休んでるだけ……あ」
顔を上げたパレッドの目は赤く腫れていたが、私の微笑にそっぽを向いた。そんな彼を抱き上げると、髪を撫でながら教会の周りを歩く。
「うむ、ヒーローは休んでるだけだな」
「そう……だよ……兄ちゃんがまけるとか……」
「でも良かったじゃないか」
「なんでさ!?」
勢いよく顔を上げたパレッドは小さな手で私の頭を叩く。
うむ、アウィンといるだけあって幼いながらも強いな! だが将来は女性に優しくな!!と、一人ツッコミしながら話を続けた。
「だって、ヒーローも一回ぐらいは負けるものだろ?」
「……え?」
「完璧な人間がいないように正義の味方も全勝出来るわけじゃないんだ。でもな、人間は一度負けたり挫折をすると強くなれるんだぞ」
「なれんの……?」
疑っている様子に苦笑すると、ポツリと自分の過去を語りだす。
ずっと走るのが好きだった私は大きな大会に出場が決まったが、結果は七人中六位。心のどこかで『私は速い、一番だ』と調子に乗っていたんだと思い知り、たくさん泣いてたくさん練習をして数年後には優勝した。
「パレッドも縄跳びは最初と今とでは跳べる回数が違うだろ?」
「う、うん」
「それは誰よりもたくさん跳びたかったからではないか?」
見下ろす私にパレッドは考え込むが『かも……』と頷く。
大好きなことで負けるものほど悔しいものはない。それでやめてしまうかもしれない。私は別の意味でやめたが……あのゴールテープを切る時の爽快感は忘れられないものだ。
それと戦闘では大きな違いがあるだろうが、アウィンの性格なら落ち込むとは考え難い。逆に負けたからこそ無限パワーを発揮するだろと語ると、パレッドは満面の笑みを向けた。
「じゃあもうおきて、ヒミツのとっくんしてんのかな!?」
「あはは、あり得るな」
笑う私にパレッドはいつもの元気を取り戻したようにアウィン伝説を話してくれた。
大きな魔物を一刀両断したり、眼鏡女子と何匹狩ったかで勝負したり、ロジーさんに教会から二重門まで吹っ飛ばされたこともあったりなど、彼しか知らないアウィンが知れて嬉しくなる。
子供は大人を明るくさせる天才だ。どんなものにも負けない光……だから私は子供が大好きだ。
教会へ戻る途中、咲きはじめの菜の花を見つけた私は、アウィンの見舞いにと何本かを摘む。同じ名の花を。
そんな私を見つめる影があったのは当然知る由もない────。