異世界を駆ける
姉御
33話*「泣かせた」
『“ほうき”を奪われました』
ほうき……ホウキ……掃除道具ではないよな。さすがにそんなKY発言をする度胸はないぞ、うむ。だが三騎士が動揺しているようにも見え、恐る恐る訊ねた。
「その……“ほうき”って何「政治的理由で~却下~……ね」
最後まで言うより先に、のほほん男に遮られる。
合わせるように三騎士も口を閉ざしたまま重い沈黙が漂うと、ジェビィさんが両手を叩いた。
「ヒナちゃん、外で待ってましょうか。みんなは何か話し合いたいみたいだし」
「は、はい。副団長ちゃんは?」
ハンカチで涙を拭く眼鏡女子を見るが『残ります』の返答に頷くしかない。去り際アウィンを横目に、ジェビィさんと部屋を後にした。
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二人が出て行くのを見送った三騎士と宰相はドラバイト騎士団副団長ミレンジェを見据える。先ほどとは違う三人の鋭い目と気配に彼女は怯むが、宰相が淡々とした口調で問うた。
「相手は魔物、だったんだよね?」
「黒いモノで……一体だけでした」
「上級以上なら追い込まれるかもしれないが、問題はどうやって『空気の壁』を通り抜けたかだな」
「はい……今日ドラバイトは開門をしていません」
『天命の壁』と『空気の壁』がある以上、開門なしでの侵入が不可能なことはこの場の全員が知っている。静けさを破るように、黒ウサギを握るカレスティージが呟いた。
「前……ボクが戦ったのみたいに……影からとか?」
「前回の開門時に忍び込み、エジェアウィン君を待っていたと考えることは出来ますね」
「でしたら『空気の壁』のない、ラガーベルッカ様の方に行くと思いますが」
「まあ、ベルデライトは今『結界』ありますからね」
ラガーベルッカの意味深な発言に宰相以外が疑問に思ったが笑みを返されるだけだった。宰相が受け継ぐように話を進める。
「ともかく『宝輝』が失くなったのはまずいね。地形が崩れはじめてるでしょ?」
「ええ。まだ地鳴り程度ですが……」
「ひとまず僕は陛下に報告を入れるから、何かあれば各街に配置したアクロアイトとメラナイトに連絡を。『宝輝』が狙いかは定かではないけど、三人も充分気を付けて」
三騎士が頷くと話が終わったように歩き出すが、ミレンジェの呼び声に全員の足が止まった。三騎士だけ振り向くと、しばし考え込んだ彼女は言い難そうに口を開く。
「よく思い出せば……その魔物……以前ヒナタ様を捕らえようとしていたのに似ていた気がします」
その言葉に三騎士は以前エジェアウィンが『女がでっけー影に襲われてたってさ』と言っていたのを思い出し、目を見開く。また静寂が室内を包むと溜め息が聞こえ、ゆっくりと宰相が振り向いた。
「それを~先に~聞きたかったかな~~」
薄暗い中で金色の双眸が怪しく光る──。
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ジェビィさんと二人、エレベーターの壁に寄りかかって座る。
せっかく温かいコーヒーを持ってきてくれたが、私は飲めずにいた。
アウィンももちろんだが、のほほん男に『政治的理由』と言われたことに酷く落ち込んでいるらしい。まだ一ヶ月ちょっとだというのに普通に『四聖宝』と話し、宰相室で仕事を貰い……勝手に“仲間”に入った気でいた。
だがそれは間違いだった。
どんなに一緒にいても私は“部外者”で、入ってはいけない場所がある。
それが“国”というのなら当然かもしれないが“この国の人間ではない”と言われているようで、突然一人になると孤独感に襲われた。
化粧もしていないせいか目頭が熱くなっていると、ラベンダーの香りのするハンカチを差し出される。
「貴女はここに居ていいのよ」
「……え」
「少なくとも貴女のおかげで働いてなかった人が働いて、私は助かってるわ」
微笑みながらコーヒーに口を付ける彼女に首を傾げた。
私はラズライトで会ったのがはじめてだが、彼女は違うように思える。もちろん班長なら宰相から異世界人の連絡があったのかもしれない。だが、それだけで気にかけてくれるものだろうか。
それとも同じ“瞳”だからか……そんな漆黒の双眸と目が合った。
「『宝輝』って言うのは“宝”と“輝”と書いて『宝輝』って呼ぶの」
「宝……輝」
「その名の通り宝物なのよ」
「宝物?」
確かに神々しい名前でいかにも『宝だぜ!』と聞こえるが、アウィンと結び付かないのはヤツに失礼だろうか。ジェビィさんはくすくす笑いながら話を続ける。
「それを代々『四聖宝』が護っているの。だから他の三人も持っているわ」
「持ってって、一人ひとつなのですか?」
「見たことない?」
はい?
そんな大切な物なら普通は金庫とか厳重なところに置きそうだが……そしてなぜ私が見たことあるになるのか。コーヒーを飲みながら首を傾げると彼女も傾げた。
「みんなと一夜を共にしたことないの? 裸見たりとか」
「ブーーーーッ!!!」
盛大に吹いた。やっと飲めたコーヒーだったのに! 白のハンカチが真っ黒だ!! 新しいの持ってこねば!!!
気にしないでと言われるが、それはハンカチを気にするなで、一夜云々ではないよな。動悸を落ち着かせながら、しどろもどろで答える。
「残念ながらないです……あってもベルやスティの上半身とか……」
「あら、じゃあラっちゃんの見たことあるんじゃない?」
「ラっちゃ……ベルですか!?」
ベルを“ラっちゃん”とは、見た目だけでは年齢がわからないがチェリーさんぐらいか?
別のことを考えていると彼女は自身の右肩を指す。
「ここに“翠の宝石”なかった?」
肩が跳ねると思い出す。
ベルが見せてくれた丸く、右肩に埋め込まれた宝石……あれが。
「あれが『宝輝』!? それじゃ、フィーラの首にあったのも……」
「あら、アズちゃんのも見たことあるのね。そう、それが『宝輝』。この国で大切な宝物」
彼女は変わらない笑みを向けるが、渦が巻くように何がなんだかわからない。
だが着物姿のスティの右足に“蒼”、アウィンの服の間から見えた腹部に“金茶”の宝石があったのを覚えている。怖くて見て見ぬふりをした。そんな宝物をなぜ四人が……そして持っていたがためにアウィンが……渦巻く脳内を振り払いながら問うた。
「『宝輝(たからもの)』とは……なんですか?」
「さあ?」
ジェビィさんは苦笑い。
はぐらかされたかと思ったが彼女は本当にそれ以上は知らないらしい。
「私も旦那から聞いただけなのよ。彼に会わせてあげたいけど、今はエジェちゃんの折れた武器を直してるからしばらく無理だわ。あとはヒューゲちゃん達に聞くか……」
「無理……ですよ……部外者の私では」
旦那さんがいるのにも驚いたが、のほほん男の名に胸が痛んだ。
先ほどのことが余程堪えているのか、私の声はいつもの倍以上小さい。すると、ドアが開く音に顔を上げると、西の扉からみんなが出てきた。
「お待たせ~……?」
「どうかしたのか?」
のほほん男の変わらない声が聞こえたが、私の空気が暗かったせいか語尾が落ち、フィーラの声も小さい。心配そうに駆け寄ってくるスティに、コーヒーを置いた私は立ち上がると抱きしめた。ベルと眼鏡女子は顔を見合わせている。
暗い顔は私には似合わない。必死に笑顔を作ろうとするが難しいのはなぜだろう。ともかく口を開こうとすると、ジェビィさんに腕を組まれた。
「ヒナちゃん、研究医療班(うち)に引き抜いていいかしら?」
「「「「「「え?」」」」」」
思ってもいなかった言葉に全員が目を見開き声を上げた。私は慌てて彼女を見るが笑みを向けられる。
「みんながヒナちゃんを追い出したから寂しいんですって」
「だ、誰もそんなことは……」
「それでなぜヒナタさんを貰うことになるんでしょうか?」
同じようにベルも微笑んでいるが、フィーラとスティ同様空気が冷たい。だが、ジェビィさんはさらに密着した。
「だって、アクロアイトにいたら一人ぼっちにさせた宰相にも『四聖宝』にも会うでしょ? だったら私と一緒に女子トークやお風呂入りながら元の世界に還る方法を研究した方が楽しいわ。ね?」
そ、それも楽しそうだなー……と、ぼんやり考えはじめる。が。
「ダメです」
「ダメですよ」
「ダーメ」
「ダメ~だよ~~」
「ダメですね」
全員が拒否った。眼鏡女子さえも。
すると私の腰にフィーラが手を回し、ベルは後ろから首に、スティは右脚に抱きつき、ジェビィさんから放された。なんだ……この図。恥ずかしさを通り越して冷や汗が出ていると、ジェビィさんは楽しそうに理由を問うた。ご回答どうぞ。
「個人的にヒナタは必要です」
「引き抜くぐらいなら私が貰います」
「絶対あげない」
「ん~僕も困る~~」
「一応バカ団長が楽しんでいらっしゃるようなので」
理由は色々だったが“必要”と言われ目頭が熱くなる。
それに気付いたジェビィさんの『あ、泣かせた』の言葉に全員が一斉に振り向いた。慌てて拭おうとするが、小さな涙がポツポツ落ちてしまい、男達が慌てふためく。
「ほ、ほらハンカチ!」
「寂しい思いをさせてすみません。お詫びに今日一緒に寝ましょうね」
「ボクが……ヒュー様を殺したあと……一緒寝ます」
「な、なんで僕なの~だって~ヒーちゃんには~危険な話だしね~~」
「先に説明しないからそうなるんですよ。考えろバカ」
眼鏡女子の辛辣な言葉がのほほん男に刺さったが『危険な話』と聞き安堵する自分がいた。部外者の私にも充分配慮してもらえて……なのに私は一人変な方を向いて恥ずかしくなる。
顔を上げるとくすくす笑うジェビィさんに誰かを思い出しそうになるが、別の答えを言った。
「せっかくの申し出……ですが……私は喋るより動いてる方が好きなので……」
「そう、残念。でもエジェちゃんのお見舞いとかいつでもきていいから、その時にでも相手してね」
「……はい」
小さく微笑むとフィーラからハンカチを借り、スティの頭を撫で、ベルの腕を解く。三騎士の不満そうな顔に苦笑いした。
「ほらほら、私のことより自分の街を護りに帰れ。それとも私が代理団長してやろうか?」
それは男のプライド的にマズイのか三騎士は黙り込む。
すると眼鏡女子に拳を差し出され、同じように手を出すと見慣れた赤いハチマキを渡される。土埃も穴もある、半分千切れたアウィンの物。
「バカ団長が目覚めたら渡してください。ついでに修繕してもらえると助かります」
「いいのか?」
「私は裁縫が得意ではありませんし、バカ団長が寝ている分、働かないといけませんので」
ぶっきら棒に言う彼女に笑いそうになるが、堪えながらヒーローの宝物を受け取る。また元気に宙を駆けてもらうため、直してやるか。
笑みを零していると、眼鏡女子は一息吐いた。
「それと明日、宰相様とドラバイトにきてください。ロジエット様がお待ちです」
「のほほん男と?」
後ろで微笑む宰相を見るが、ロジーさんがお待ちならばと頷き、今夜は解散した。
はずが、何を心配したのかワクワクしているのか三騎士が部屋まで付いてくる。が、私の部屋を見るとイズのように一斉に後退り。
揃いも揃って失礼な連中だ────。