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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​20話*「一時の夢」

 横抱きのまま屋根伝いに跳び、着いた場所。
 そこは騎舎ではなく五階建ての楼閣に、まだ灯っていない提灯がいくつも飾られた豪華な赤の建物。迷うことなく玄関に入った少年が下駄を脱ぐと、艶やかな和装美人に出迎えられ、一、ニ言話すだけで五階奥、七十畳ほどもある大広間に通された。

 薄暗いが、窓からの日射しだけでも明るい。
 畳なのに厚いカーペットが敷かれ、中央の黒い長ソファに下ろされると、少年は部屋から出て行った。

 戸惑いながら黒ウサギを持ったまま部屋を見渡すと、後ろには薄いカーテンが何枚も縦横に連なり、丸窓の先には『天命の壁』と、青の二重門が見える。てっきり騎舎に行くと思ったが……ここはどこだ?

 首を傾げながら畳の匂いに癒されていると、少年が救急箱を持って戻ってきた。だが、私の前で正座をすると目を逸らし、中羽織を私の膝に掛ける。そういえば着物が破れて脚が出ていた上に、胸元が開いているのだった。
 慌てて襟を引っ張って隠すが、ニ人頬を赤くする。

「あの……なんで……遊女の格好……なんですか?」
「……やっぱり違うのか?」
「そう……ですね……おかげで……報せがきましたけど」

 少年が言うには『通行宝』で他街から来る人の殆どはラズライトが和装とは知らず、普段着で来るらしい。そのため先ほどのような輩に金品を盗られる事件が多発し、騎士を『四宝の扉』近くに配置して注意を促すという……ん?

「誰にも言われなかったぞ?」
「それは一応……着物……だったので……でも『遊女っぽい』と連絡きて……様子見に行ったら……」
「私がいたわけか」

 少年は頷く。しかし、着物だと何も言われず『遊女っぽい』で少年が来るってなんだ?
 訊ねようかと思ったが、険しい表情をした少年に言葉が詰まる。右足の足袋を脱がされると、外側の足首が腫れ、両手で持たれると痛みが駆け上った。

「痛っ……!」
「こんなに腫れて……やっぱり首の抜かず、一緒に逝かせればよかったかな」
「なんかい……ちょっ!」

 聞き返す前に腫れた箇所を──舐められた。
 痛みも走るが、舌先でゆっくりと舐められる感触に、痛みとは違うモノが全身を包む。必死に身じろぐが、制止をかけられた。

「動いちゃダーメ……冷やしてから包帯……巻かないと……」
「冷やすって……ひゃぁ!」

 

 舌でするのは違うと思うが、実際少年の舌は冷たい。
 何度も上下に舐められると変な声が出そうになり、必死に手で口を押さえながら少年を見下ろす。

 

 窓から射す太陽に青の髪は輝き、足を見つめるのは普段見えない常闇の藍。
 中羽織を掛けていない着物は最初よりも着崩れ、右肩が半分出ている。まさかの“少年”から“美少年”の変わり様に動悸が激しい。


 なんでってあれだ! “可愛い”と“カッコイイ”とでは違うんだ!! 少年も結局は“イケメン”なんだ!!!

 混乱している間に包帯が綺麗に巻かれ、両足が宙に浮かぶと身体ごとソファに寝かされた。至れり尽くせりの羞恥に顔を覆っていると、横に座る少年が顔を覗かせる。

「……どうしたんですか?」
「いや……世話になりっぱなしで……どうしたものかと」
「気にしないでください……ボクがもう少し早く行けば……ケガなんて……」

 

 いつもの可愛さに戻るが、しゅんとした様子に慌てて両手を伸ばすと抱きしめる。
 少年は前のめりになり、肩に顔を埋めることになったが、私と合わさった瞳は見開かれていた。笑うと、髪を優しく撫でる。

「元々私が喧嘩を買ったせいだ。それに少年のおかげでこれ以上は酷くならなかったんだぞ」
「……それ以上だったらサイコロ肉にしてます」
「は?」
「いえ、何も……」

 ステーキでも食べたいのかと思ったが、少年は肩と首元の間で頬擦りする。くすぐったいが可愛くてぎゅうぎゅうすると、冷たい唇が這い、吸われた

「んっ……こら」
「ダーメ……ですか?」
「う、いや……ただ唇が冷たいな……と」
「ああ……ラズライト生まれの特徴ですね」

 

 可愛さに『ダメ』と言えない自分は置いといて。
 話を聞くと、ラズライトの住民は基礎体温が低いらしく、舌も同じとのこと。言われてみれば頬も冷たい気がするが『水』の恩恵もあって寒くはないらしい。
 納得する私を他所に、少年はまた首元に吸い付いた。

「んぁっ……」
「そのせいか……血管が温かい首元に吸い付きたく……なります」
「ラズライト……ん……生まれの癖……か?」
「んなわけないでしょうが!」

 

 気持ち良くなっている途中で大声が響き、慌てて少年を抱きしめる。だが、胸元でモゴモゴ暴れている様子に両手を離した。顔を上げた少年は開かれた襖から入ってきたツインテちゃんを睨む。

 

「サスティス……いたの」
「まったく『瞬水針』で足止めってなんなわけ!? しかもこっちは抜くのに必死だったのに、戻ればゴロゴロカレっちとか気持ち悪っ!!!」
「本当(ほん)に本当に珍しいもんを見たもんやえ」

 

 ご機嫌斜めなツインテちゃんも可愛らしいが、後ろから入ってきた女性に目を奪われた。

 

 白く艶やかな肌に、泣き黒子と垂れた瑠璃色の瞳。上瞼や唇には紅の化粧。
 腰下まである菫色の髪は後ろで高い位置でひとつに結ばれ、蝶の飾りがある簪をニ本付けている。手には煙管。着物は黒の生地に白や赤の牡丹と華やかな柄に橙の帯を前で蝶々結び。肩幅と胸元が大きく開けて……おおう、想像を絶する美女だ。身長と胸も私よりあるぞ。
 見惚れていると、立ち上がった少年が軽いお辞儀をし、私に目を移した。

 

「お姉さん……こちらの方はラズライトの『四天貴族』で、チェリミュ・エレンメス様です」
「よろしゅう、ヒナ嬢」

 

 はああぁぁーーーーっ!? この美女が『四天貴族』!!?
 フィーラやベルや弟と比較すると違う……と言うか名前を知られているのか!?

 

 慌てて起き上がろうとするが、美女に制止をかけられる。それから足を進めた彼女は私の前で腰を下ろした。目の前で見ると本当に美人だ……眼福眼福。

 美女は真剣な眼差しを向けていたが、ニッコリ微笑んだ。

 

「ええ表情(かお)に身体付き……その格好ってことはウチで働いてもらってもええですよなあ」
「……は?」
「ダーメですよ……彼女はヒュー様のとこなんですから」

 遮った手で私の髪留めを指す少年。
 そんな彼の腕を美女はブーブー言いながら煙管で叩く。中々にお茶目な人なのかもしれないが、働くの意味がわからない。疑問に答えてくれたのは、少年より少し身長が低い不機嫌顔のツインテちゃん。

 

「チェリミュ様はね『四天貴族』であると共に、ここの太夫なのよ」
「太夫って……まさか……ここ」

 

 イズに着せられた花魁服や、小悪党に遊女と言われたのを思い出し、冷や汗が流れる。そんな私とは反対に美女は満面の笑み。

「ご名答~。ここは一時の夢を売る遊郭場『宝遊閣(ほうゆうかく)』どす~」
「未成年を入らせるなーーーー!!!」

 捻挫も忘れ、勢いよく起き上がると少年とツインテちゃんを両腕に抱え込んで美女を睨む。少年は大人しいが、ツインテちゃんはジタバタ。ああ~癒されるな~!!!

 

「ちょっと! なんなのよこの女!! しかも全っ然違うこと考えてるでしょ!!!」
「お姉さん……この国では十五で成人です……」
「夢を売るのも買うのも早いだろーーーーっ!!!」
「人の話を聞きなさいよーーーーっ!!!」

 

 私とツインテちゃんの悲鳴が響き、少年は呆れ、美女は笑っている。
 つまり肌見せ格好=ここの従業員=遊んでよし!=騎士団で保護!!、になるわけか……イズのヤロー!!!

 


* * *

 


 その後、少年は『眠い』と後ろのカーテン奥へ姿を消し、ツインテちゃんは騎舎へ帰った。私は美女から爽やかな匂いのする御茶と大福を貰い、ニ人で長ソファに座る。

「ほんなら改めて、チェリミュ申します。良ければチェリーと呼んだってください」
「は、はじめまして。ヒナタ・ウオズミです」

 美女=チェリーさんは、ひとつひとつの仕草が色っぽい上に丁寧で緊張するが、関西のイントネーションに似ていて少し落ち着く。年上のようだが、恐らく細かいことは聞かない方がいいだろうと大福を手に取ると、くすくす笑われた。

「ラズライト騎士団は殆どの団員が二十歳以下の子なもんやから、ウチが親代わりみたいなもんなんやけど、カレ坊があんな懐いてんのヒナ嬢でニ人目ですわ」
「親代わり?」

 

 私の膝にある中羽織と黒ウサギを見つめた彼女は、視線を少年が寝ているであろうカーテンの奥に向ける。少しの間を置いて、呟きのような声が届いた。

「カレ坊をはじめ、サティ嬢も……親に捨てられた子なんどす」
「っ!?」

 

 衝撃のあまり、大福を落とす。
 『ようありますよ』と苦笑いされるが、受け入れ難い話に彼女を見つめるしかない。

 

「この国の上空に結界が張られとんのは知っとります?」
「『空気の壁』ですよね……出生率が関係していると聞きました」
「そうです。ほんならウチら『四天貴族』の仕事は?」
「ええと……確か街の決まりを作ったり税金徴収するとか」

 『空気の壁』については今日も聞いたことだし、仕事も以前イズが教えてくれた。落とした大福を皿に戻していると、御茶を飲んだチェリーさんが一息つく。

 

「……決まりっていう決まりは昔からあるもんを守っとるだけどすけど、税金は少し違います」
「違う?」

 この国にももちろんお金はある。
 金貨ではなく紙幣だが、私はまだ給料を貰っていないので持っていない。服は制服があるからいいが、日用品はまだ買えず、部屋も変化なし。とまあ、そういう意味では税金と言われても違和感はなかったが、チェリーさんは首を横に振った。


「本当に徴収するんは魔力どす」
「……魔力?」
「この世界の誰もが持って生まれる魔力。それを各街で集め出来たのが──『空気の壁』」
「……え」


 私と彼女を照らす夕日が影を伸ばす────。

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