異世界を駆ける
姉御
19話*「許さない」
「やあぁ……こらぁ……」
「へー……嫌って言う割には艶っぽいじゃん……ココとか」
「う……っさいわーーーーーー!!!」
股下に潜り、足を掛けると、イズを空中へと投げ飛ばす。
だが『なり~』と楽しそうに宙返りして着地! 100点満点!! くそっ!!!
『代わりにコレ渡してきて──西方ラズライト騎士団長のカレスティージに』
一瞬で黒ウサギを持った少年が浮かんだ私は笑顔で二つ返事。ん、なんか問題あるか?
するとイズは私の服を脱がし、またどこから失敬したのか服を着させた。誰も通っていないとはいえ、広い玄関ホールに厭らしく響く声に羞恥心が沸く。触れられて不快にならないのは謎だが……しかし。
「なぜ、着物なんだ?」
イズが着させたのは黒と白にピンクの桜模様。赤の帯を前でアイリス結びにし、黒の足袋に草履を履いた着物。
この世界にあるのも驚くが、和装ブラを苦しくて着けなかった分、胸が半分見えている他、両肩が開いている。イズはニヤニヤしながら『青の扉』を指した。
「街に入ればわかる。特にこの時間寝てるカレスにすぐ伝わるだろうしな」
「寝てる?」
今は昼のニ時過ぎだ。この時間に寝てるとなると余程のマイペースか夜型……そう言えば召集の時も『寝てました』とか言ってたな。
思い出しながら渡り廊下を歩くと、扉の前で立ち止まる。すると、肩下まで伸びた髪をイズが後ろで小さいお団子にした。器用なヤツだ。
「扉に入ったら真っ直ぐ進んで何かあれば暴れろ」
「あ、暴れていいのか?」
「そんで、ブローチは髪ゴムに留めとくから失くすなよ」
私の疑問に答えることなく笑みを浮かべたイズは背中を押し、扉の中へと押し入れた──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
ドアが閉まる音が響くと城内は静かになる。
だが、すぐ大きな駆け足が聞こえてきた。笑みを浮かべたまま振り向くと、東方と北方の団長が息を荒げ、険しい表情で睨んでいる。反対に俺は孤を描いた。
「よう、お揃いでどした?」
「イヴァレリズ……お前ここで何をしている」
ドスの効いた声に合わせ、アズから殺気が漏れる。
幼馴染相手に出すとかや~ん、と、苦笑いしながら脱いで行った“あいつ”の服を見せた。そして『青の扉』を指すと、二人は目を見開き、アズは柄を握る。その双眸は鋭い。
「ヒナタに……何をした?」
「何って別に。ちょっとお使いと、カレスに仕事をな」
「そのお仕事はどちらのことでしょうか?」
ベルッカはいつもと変わらない笑みに見えるが、殺気はアズより多い気がする。俺は視線を逸らし、考える素振りを見せた。
「んー……バツのっ」
言い切るよりも先にアズが剣を抜き、激しい斬撃音に土煙が舞う。
それは俺というより『四宝の扉』に向けられたものにも見えたが、扉は傷ひとつなく建っている。壁の側面に靴底を付けた俺は真下にいるニ人を見下ろした。
「おいおい、人の話は最後まで聞こうぜ騎士様よ」
「お前は法螺吹き小僧だからな。喋るよりも斬って黙らせた方が楽だ」
それ、ぜってぇ日頃の怨み入ってんだろ。まだ誕生日のチョコ事件怒ってんのかねぇ、心狭いヤツ。
溜め息をつくと土煙が渦を巻いているのに気付き、嫌な予感に渦の中心を凝視する。案の定、ベルッカが笑顔で大きな一本の風矢を弓で引い──。
「──墜ちろ」
「ちょっ、待っ!?」
当然届くことなく、爆風と地鳴りが響いた──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
「……なんか今、城から音がしたような」
立ち止まり振り向くが……うむ、変わりないな。
気にすることなく石畳の階段を下り、ラズライトの街を見渡す。木造の平屋が連なり、和服に身を包んだ住民達──江戸のような街だった。
……なんだ、このギャップ感。
今度は過去にトリップしたのかと錯覚するぐらい東と北と違う。むしろ家は引き戸で、八百屋や甘味処ののれん。まさに過去の日本だ。時代劇で観たことあるぞ。
慣れない草履で土の道を歩くと、着物の子供達が走り回っているのが目に映る。まあ髪色は茶や紫だが、どの世界でも変わらない笑顔だ。
そんな微笑ましい光景から澄み切った空に目を移すと立ち止まる。
私は……ここで何をしているのだろうか。
アーポアク国に降り立ってニ週間。ベルと書庫で日本語がないか探したり、ご老人達に異世界人について聞いたが何も進展はなかった。なのにこの景色は日本そのもので、わけがわからなくなってくる。そんな虚しさに溜め息をつきながら進むと、大きな胸板にぶつかった。
「っと、すまん」
「なんでぇ、珍しい姉ちゃんがいるじぇねぇか」
「ですなぁ、兄貴~」
私より一回り大きい身長。着物からはみ出るほどの筋肉をムキムキに見せ、厳つい顔に額には十字傷に丸刈りの男。逆に痩せ細った体型に私より身長が低く、髪が左右に跳ねた灰茶髪男。共に裸足。
まるで悪党の子分のようなニ人を素通りするが、大男が喚(わめ)く。
「ごらぁ姉ちゃん! 俺らを無視とは良い度胸してんな!!」
「ワシらがこの区域で番してるの知らないんじゃあ~りません?」
行き交う人々が野次馬の如く集まるが、溜め息をつくと睨む。こいつらは──年上。
「やかましい。区域だの番だの知らんし、私は貴様らに謝ったのだからそれ以上のことは何もない」
「知らない~? ははあ、姉さん“外”の人間ですな~」
「なのに“遊女”の格好とは遊んでもらいたくて仕方ないってわけか」
ニ人は大笑いし、周りは後退りしている。ていうか今『遊女』とか言ったか?
怒りの矛先を城に向けていると大男の手が私の腕を握り、すかさず回し蹴りをする。が、着物であったのを忘れていた。脚が上手く開けず路地に放り投げられ、両足の草履が飛ぶと野次の悲鳴が上がる。
「ったあ~!」
「強気な女は嫌いじゃねぇぜ。胸も脚も良いように出てやがるしな」
「な……っ!?」
着物の切れ端を持った大男がニヤリと笑う。
慌てて見れば、投げられた時に掴まれていたのか、膝上まで破かれ、素足が露になっていた。ギリ、ショーツまで見えなくて助かったが、着崩れて緩んだ胸元にイズが喜びそう……の前に殺(ヤ)ってやる!
不適な笑みを見せたせいか、ニ人と野次の肩がビクリと跳ねたが気にせず立ち上が──れず膝を折る。
冷や汗を流す私の頭上からは笑い声。
「おーおー可哀想に、どっか捻ったか?」
「でも、兄貴には歯向かうほどの女がいいですな~」
「違ぇねぇな。その体勢のまま俺の上で上手に腰を振ってもらおうか」
その声に過去を思い出し眩暈を覚えるが、怒りのおかげで気は遠くならない。痛い足に汗をかきながら笑みを見せると男達の笑いが止む。
「それは残念だな……貴様のような下劣な男など一瞬でイかして、息子共々踏んでやろう」
「……あぁん? 言うじゃねぇか……いいぜいいぜ、今この大衆の前で泣きながら脚を開かせてやらぁ!」
強く握り締めた拳が勢いよく私の顔に向かってくる。
野次は悲鳴を上げるが、私はタイミングを見計らうように髪ゴムに手を当て──。
「何、してるの……?」
「ぎぃやああああああああっ!!!」
「あ、兄貴ーーーーっ!!!」
低く静かな声に手が止まると、大男が悲鳴を上げながら右腕を掲げた。
太陽でよく見えないが、五本の指に細い針が刺さっているのが薄っすら見える。すると野次が真ん中を開けるように両端に寄ると、下駄の音を響かせながら男が近付いてきた。
着崩れた空色の着物は胸板が見え、紺青色の帯に裸足で下駄。肩には青の中羽織を掛けている。逆光で不確かだが、肩下まである青の髪は左下で小さく結われ、左分けにされた前髪で片方の瞳は見えないが藍──ん?
何かが引っ掛かり男を見つめると、男も私を見つめ、数秒瞬きした。先に呟いたのは男。
「もしかして……お姉さん……ですか?」
「そ、その声まさか……!」
目を見開く私に、男は中羽織の間から──黒ウサギを取り出した。
「しょしょしょしょしょ少年ーーーーーっっ!?」
「……はい。ようこそ、ラズライトへ」
つい指をさす私とは反対に、少年は微笑む。すると突然、痩せ男が土下座した。
「こここここれはカレスティージ様っ! このような時に申し訳ありませんが、ああ兄貴の手と喉にあるヤツを抜いてくだせぇ~~!!」
必死の懇願に、大男が最初の悲鳴以降声を上げていないことに気付く。見れば両膝を折り、震えながら顔を上げていた。喉元にも何か刺さっているのに気付くが、少年は淡々とした口調で返す。
「……ダーメ。この時間にボクを起こすなって言ってるのに……聞かなかったそっちが悪いんだからね」
「そ、そんな……このままじゃ兄貴がぁ~~」
「即効性の麻痺ぐらい……城の『研究医療班』がなんとか出来るんじゃない? 頑張って運べば?」
いつもと違う口調に驚くが、痩せ男は半泣きになりながら大男を肩に担ぐと去って行った。少年は見向きもせず私に近付くと、悲しそうに膝を折り、私の足に手を乗せた。
「った!」
「右足……捻挫してますね……急いで治療しましょう。お姉さん、ウサギ持っててください……」
そう言って黒ウサギを渡される。抱き心地の良さに頬が緩むが、突如身体が浮き、横抱きされた。野次の黄色と私の普通の悲鳴が上がる。
「しょしょしょしょ少年っ!?」
「あの……あんまり動かないでくださいね……悪化しますよ」
「そそそそうではなくてだな!」
少年はキョトンと可愛らしい表情をしているが違う! 本当にこの国のヤツは横抱き好きだな!! しかも十センチも身長差がある少年にもされるとは!!!
脳内で大発狂する私だが、突然少年の表情が強張る。すると足を強く踏み込み、空高く跳んだ。軽々と宙に浮いたことに目を見開くが、彼はなんでもないように屋根に着地し、慌てて私は首に腕を回す。
「ななななんだ急に!」
「お、お姉さん……胸……ぐるじい……」
「そうよそうよ! そんなデカ乳なんてポイすれば良いんだわ!!」
開(はだ)けた胸元に少年の顔が埋まるが、知らない女の子の声に反対側の屋根を見る。
そこには亜麻色の腰までのツインテに濃茶の瞳。膝上までの紺色のコートには黒とピンクのリボンをボタン代わりに付け、白のミニスカに黒のソックスと藍色のショートブーツを履いた女の子が立っていた。不機嫌顔で女の子は私を指す。
「ちょっとカレっち! その女は暴れてた元凶の一人でしょ!? なに助けるとか似合わないことしてんの!!? 」
ハチマキ男並みの声量と“暴れてた元凶”に驚くが、可愛い年下だから許す。少年は嫌々に彼女を見た。
「サスティス……もう少し声抑えて……あ、お姉さん……彼女が副団長です」
「む、そうか。まさかの女子が副団長か! よろしくなツインテちゃん!!」
「ちょっと、何よそれ! 胸が大きいからって偉そうな顔して!! ブっ殺すわよ!!!」
「こらこら! “殺す”などか「サスティス」
さすがに最後の言葉は聞き捨てならんと怒るが、少年の低い声にニ人肩を揺らし止まった。いつもなら全部隠れている藍色の瞳が見えている上、彼女を睨んでいるからだ。その睨みを別方向に向けた彼は小さく呟いた。
「『瞬水針(しゅすいしん)』」
「ひぎゃあああああっっっ!!!」
「ああああ兄貴ーーーーっっ!!!」
「指がーっ! 俺の指がねぇーーよーーーーっ!!」
遠くで悲鳴のようなものが聞こえたがよく聞き取れなかった。
だが、ツインテちゃんは顔を青褪め、下を向いている。目を擦って見ると、先ほどの針みたいなのが足元に刺さっているようだ。少年を見ると小さく微笑み、顔を寄せる。
「お姉さんを侮辱したり……怪我させたら……ボクは絶対許さない」
そう囁くと、首元にキスを落とした────。