異世界を駆ける
姉御
番外編*トルリット国(2)
*第三者視点からはじまります
日が照らす大広間で、同じ身長の赤髪と浅葱髪の男が握手を交わす。
握る手にアズフィロラは痛みを感じるが、微笑むと手を離し、両眉を上げた男に口を開く。
「昨年の五帝会議以来だな、ルーファス殿」
「ええ。アズフィロラ様だけがいらしゃった会議以来ですね」
棘の刺さる言い方に、アズフィロラは内心汗を流す。
五大国の王が年に一度集まる五帝会議。騎士一名を伴っての出席となるが、アーポアクだけは宰相が代理で、王は一度も現れたことがない。しかも去年は宰相が風邪で寝込み、アズフィロラが王代理だった。
他国の視線が痛いあの日ほど王を呪ったことは……否、呪わない日などないと、彼の背から黒い気配が漂う。ルーファスはしばし黙っていたが、静かに訊ねた。
「今回はご一緒だとお聞きしましたが?」
「あ、ああ。あとから来ると仰っていた」
「それは良かった。『来るかもよ~ん』なんて曖昧な返信だったもので心配していたところです」
あんのバカ王(お)~~~~っっっ!!!、と、怒りを抑えるアズフィロラは小声で『大丈夫です』と返答するとルーファスが数秒黙り込む。琥珀の瞳が閉じた。
「では、王の間に案内を──したいところですが、御三方はどちらに?」
背を向けようとしたルーファスだったが、アズフィロラ以外の『四聖宝』がいないことに片眉を上げる。指摘にアズフィロラは目を逸らすと、ゆっくりと彼に戻しながら言った。
「手洗い……だろ。そちらも足りないようだが?」
ルーファスの後ろにも普段いるはずの者達がおらず、アズフィロラは笑みを浮かべる。今度はルーファスが目を逸らし、ゆっくりと彼に戻しながら言った。
「手洗い……でしょう」
静かな沈黙が漂う──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
「や~ん、迷子なんて恥っずかし~い」
『俺ではない! 確かに途中、エジェアウィンは手洗いに行くと言っていたが……ともかく、ヒナタと一緒に三人も連れてきてくれ。俺はルーファス殿の目が怖くて動けないんだ』
「俺も今、動けな~い」
『? イヴァレリズ、何をしている?』
「ヒナをイかせ中なりっ☆」
「んあ゛あ゛あ゛ぁぁぁーーーーっっ!!!」
影で封じられていた口が解放されると甲高い声を上げる。
その声にフィーラの声で喋っていた赤いスズメが仰天の眼差しを向けた。動物にも仰天ってあるんだなと一瞬考えたが、後ろから挿入された刺激に思考が飛ぶ。
お恥ずかしいことに私は『四聖宝』を見送った後イズに襲われ絶賛啼かされ中だ。立ったまま壁に両手を付け、胸を揉まれながら挿入を繰り返される。
王の身体のせいか、いつもより大きい肉棒に早くもイきそうだ。
「邪魔な四人もいないし……んっ……シャツ一枚とか萌えるじゃん」
「萌えとか……言うあ、ああぁぁっ! フィーラっ!!」
『アズフィロラ様、どちらに?』
『手洗いだ!!!』
知らない男の声と共にスズメが消えた直後。どこから飛んできたか考えたくない斬撃がイズちゃん号の中央マストを斬った。
* * *
「ったく、アズのヤツ、後で覚えとけよ」
「少しは反省しろ!」
「淫乱なヒナが悪いと思っだ!!!」
ハリセンの音が上空で木霊する。
私は髪を編み込みで後ろにまとめ、両肩の開いた膝上までの黒のドレスに白のショールを羽織り、ヒールを履いている。反対にイズは通常格好に漆黒のマントを羽織り、私を横抱きしたまま城へと向かっていた。
ちゃっかり用意されていた服に計画性を感じるが、他国の王と謁見とか大丈夫だろうか。それ以前に三騎士捜し……いや、自分の淫乱度も問題。
そんなことに頭を悩ませていると頭上から声が落ちてきた。
「ヒナ、入る前に今回の目的と注意事項いっとくぜ」
「巻き込む気満々だな」
「目的は現王が病気で永くねぇから娘に……」
無視、と。わかりきったことだがな。溜め息をつきながら脳内整理。
現トルリット王は五十代ながら心臓病を患い、二十歳になった一人娘に継承させるため明日から三日間式典が執り行われるらしい。継承式は明後日で、明日は他国も交えた親睦会、最終日は舞踏会。
なんかウチの面々、とんずらする図しか浮かばんな。
「注意事項は三つ。ひとつは何を聞かれても国及び自身の情報を漏らすな。スリーサイズはOK」
「ふざけとんのか」
「ニつ、一応他国だから面倒事は避けろ。避けれなかったら倍返ししてやれ。王以外なら許す」
「貴様以上の王はおらんだろ」
「そして……」
どれも私には難しい内容だが、大人なのだから努力するぞ、うむ。
頷いていると白地に白銀の竜と十字架を持つ旗が揺れるトルリット城が目前に迫る。だがイズは正門ではなく人気の無いところに降り、私を下ろすと漆黒の双眸を細めた。
「最後──異世界人だとバレるな」
「は?」
数度瞬きすると首を傾げる。
異世界人だとバレるな……いや、そもそもわかるものなのか?
新緑の葉が風で落ちてくると背を向けたイズは近くの扉を目指す。
「単独行動は控えて『四聖宝』の誰かといろ。一番良いのはアズだが、あいつは他国相手で忙しいからスティだ」
「まあ、無難か」
「スティは強い結界がなければ影で自由に出入り出来るし、何度か仕事できている。それに、お前が呼べばスティどころかベルもアウィンも来るだろ。ま、最終手段は魔王だな」
今とんでもないヤツの名が出なかったか? というかスティ出張してたのか? そして貴様は入らんのか?
様々な疑問に眉を上げていると、鍵穴に針金を通しただけで扉を開けた男は赤絨毯の敷かれた城内に不法侵入した。早くも頭が痛い。すると私の顎を持ち上げ、不敵な笑みを向ける。
「言ったろ? 俺が助けるのはマジでヤバい時だって。それ以外で求めるなら可愛い声で呼べ。船でアズを呼んだようにな」
「貴様……んっ!」
羞恥に顔を赤くすると素早い口付けが落ちた。
舌を奥底まで伸ばし、口内を堪能しながら胸を揉むのも忘れない男の後ろ頭を叩くと唇が離れる。苦笑いする男は羽織っていたマントを私に掛けると背を向け、赤絨毯を指した。
「マントがあれば追い出されはしない。赤絨毯(これ)通りに進めばアズんとこに着くから、頑張って三騎士拾って引き渡してこいよ。じゃば」
「うむ、じゃ……ちょっ!?」
肩から落ちるマントを掴むと、片手を挙げたイズは影に潜り姿を消した。強制単独行動に火山(あたま)噴火しそうだが、なんとか堪えると三騎士の名を呼びながら歩きはじめる。
途中、可愛いメイドさんを逆ナン(聞き込み)しながら──。
~~~~*~~~~*~~~~*~~~~
ヒナタが城内に入った頃。玄関付近を歩いていたメイドのエプロンの裾を掴む手があった。メイドが振り向くが誰もいない。だが、顔を下げると。
「すみません……大広間って……どこですか?」
(きゃああぁぁ~!)
両頬を赤くした彼女の目の前には黒ウサギを握った青髪の美少年。
前髪の間から藍色の双眸を覗かせ、眉を落とす少年に見惚れていると、首を傾げる美少年の『お姉さん?』の呟きに我に返った。
「えっと、大広間ですね! ご案内します」
「ありがとう……ございます」
(かっわいい~~!!!)
黒ウサギと一緒に頭を下げる美少年──カレスティージに、彼女の背景はハートが広がる。そんな迷子スティ君の回想。
ヒナさんに見送られた→頑張る→人多い→やっとお城→眩しい→暗いとこ避難→眠い……おやすみ→……ここどこ?→終了。
一番に脱落した少年は父親(イズ)の教え『わからなかったら女に聞け』を実行。見事に釣れた女性の後を付いて行くが、目の前に現れた人物に片眉を上げた。
「相っ変わらず女を手玉に取るのが上手いじゃん、カレスティージ」
「…………ソランジュ」
自身と同じ身長に、嫌いな虎と同じ白銀の髪と金の瞳。
右分けに、肩まである髪を半分左上で結び、首元まである黒の服に腰下までの白のコート。胸板と両肩には銀色の甲冑。黒の短パンに黒白ボーダーのハイソックスと白のブーツ。そして白のマントには竜と十字架。
笑みを浮かべる男の名はソランジュ・マーモンラ。南十字騎士団の一人だ。
「珍しく不法侵入じゃないと思ったら迷子って、どんだけ影に頼って」
「お姉さん、裏道行こう……」
「って、おいっ!!!」
メイドの手を握り、背を向けたカレスティージにツッコミが入る。
大きな溜め息をつきながら振り向いた彼はメイドに別れを告げ、黒ウサギの両耳を握ると目を細めた。
「……なんか用?」
「用も何も、人の話は最後まで聞けって」
「父親の教え……興味ない話は無視なり」
「親子揃ってかよ! ホントあのクソ王ソック「殺されたいの?」
前髪をかき上げていたソランジュだったが、重みが増した声と気配に小さな笑みと汗を流す。胸元から十字架のネックレスを取り出した。
「いいじゃん、殺る気がある内に殺ろうか」
「……面倒な男」
互いに構えると沈黙が漂う。
遠くから響く小さな靴音が合図のように、二人は相手目掛け──。
「スティーーーー?」
「はーーーーいっ!」
「ぶへほっ!!?」
愛しい姫君の声にカレスティージは身を屈め、両耳を握った黒ウサギを勢いよくソランジュの顔面にぶち込んだ! その威力は窓ガラスを割る城外ホームラン!! ランナースティ君、満面の笑みで愛しい人のところにホームイン!!!
「おーいたいた。なんか割れる音しなかったか?」
「城内野球は危ないですよね……」
「そりゃ防弾ガラスにせんとな……んあっ」
甘い声を響かせる二人は窓ガラスと共に外に投げ出された男など放置して去って行った。
* * *
カレスティージがソランジュと会った頃、青絨毯の上を歩きながら本を読む男がいた。隣には。
「はあ~ん、まさか麗しのベル様とこんなに早くお会い出来るなんて。もう、そのだんまりなところがまた素敵すぎて、わたくし眩暈が~」
「ジェリー様……その人、明らかに聞いてませんよ」
「お黙り!!!」
白銀の男ラガーベルッカの時とは違い、激しい口調と表情で返した女性に、後ろを歩く三人の部下が溜め息をつく。
そんな上司、南十字騎士団の一人であるネジェリエッタ・ツベッチェ。
紫紺の髪は左右胸下まで伸ばし、後ろは肩上で切り揃えている。首元まである黒の服に、膝上までの白のコート。胸板と両肩には銀色の甲冑。黒のフレアスカートに白のタイツと黒のロングブーツ。そして竜と十字架の白のマントを背負う彼女は、ラガーベルッカの大大大ファンだった。
だが、そんな彼女が周りをウロウロしてもページを捲るだけのベル様の脳内は。
(戻ってもヒナタさん、シャツ一枚で居てくれますかね。あ、着てなかったら私のシャツを着せるのもありですよね)
と、通常運転。
楽しそうな笑みを見せる彼に、両頬を赤くしたネジェリエッタは本を奪うと顔を覗かせた。
「あ~、その素敵な笑みをこの至近距離で見れる幸せ。あ~ベル様、わたくしをお嫁「おや、ネジェリエッタさん。いつからそこに?」
(((この人ホントに気付いてなかったーーーー!!!)))
部下総ツッコミに関係なく、ネジェリエッタは自身に微笑を向ける彼に釘付けになり、紫の双眸を揺らした。
「そんなもう……貴方様が望むのならわたくしいつでもお傍に「はて、困りました。いつの間にか道から逸れていたようですね。すみませんが大広間ってどちらでしょう?」
壁に“の”の字を書く彼女をスルーし、部下三人に訊ねるラガーベルッカ。すると困惑する三人の後ろから声が響いた。
「ベルーーーー?」
「では、私はこれで失礼します。あ、本は差し上げますよ」
「え!? 本当で──」
本を持ったまま目を輝かせるネジェリエッタだったが、風を纏ったベル様は笑みを浮かべたまま猛スピードで去って行った。後ろ向きで。その珍行動に彼の愛しい女性は悲鳴を上げる。
「うわあっ! き、貴様どういう方法って、こらあぁ!!」
「可愛いドレスですね。ウサギ、邪魔です」
悲鳴と共に剣が交わる音が響く。
だがそれよりも、自分も知らない甘い声のベル様と女性の声に、ネジェリエッタは握り拳を作っていた。左手にある十字架のブレスレットが小刻みに揺れている。
「ちょっと! 今の声は誰!? わたくしとベル様の愛を阻む女っ!!?」
「ジェ、ジェリー様っ!!!」
大暴れする上司を三人掛かりで押えると、絨毯に本が落ちた。
* * *
ラガーベルッカがヒナタと合流した頃、男子トイレでは。
「だからして、漢とは身を挺して妻と子だけではなく孫も護るのだ!」
「…………あー、そう」
「どうした、我が孫アウィンよ! 悩みがあるならじいじに言え!! そして早く一緒に住もう!!!」
「アンタとの会話に疲れたよ! いつまでトイレで話さなきゃなんねーんだ!! つーかオレは孫じゃねー!!!」
唯一アズフィロラに言って手洗いに向かったエジェアウィン。
とっくに済ませ出て行きたいというのに、運悪く入ってきた巨漢男に阻まれ出るに出られないでいた。
濃茶の髪をオールバックにし、灰の瞳とちょび髭、顎髭を持つのは南十字騎士団の一人、ワンダーアイ・グリッツォ。
南十字最年長四十一歳の彼はロジエットほどの身長と肩幅を持ち、首元まである黒の服に膝下までの白のコートと黒のズボン。胸板、両肩、両膝には銀色の甲冑。竜と十字架の白のマントを背負い黒のブーツ。両手袋には十字架の模様が刻まれている。
そんな彼はなぜかエジェアウィンを孫のように可愛がり、会う度に『孫になれ!』と言っている。つーか、おっさん結婚すらしてねーだろ、と言うツッコミは何度も繰り返した。
それでも永遠と話を続ける男にエジェアウィンは頭痛がしてくると、遠くから僅かに聞こえる自身を呼ぶ声をキャッチ。
「……おい、じいじ」
「おっ、どうしたアウィン!?」
はじめて『じいじ』と呼ばれ満面笑顔になったワンダーアイ。頭をかきながら彼の前に立ったエジェアウィンは真剣な眼差しを向けた。
「オレ、今から彼女とデートだから、そこ退いてくんね?」
「おおっと! そんな大事なことは早く言わんか!! ほらっ、行って来い!!!」
「サンキュー!」
退いた男の横を素早く通り過ぎたエジェアウィンは勢いよく愛しい女性に抱き付いた。珍しい行動にヒナタは驚く。
「ど、どうした?」
「いや……よっし、このままデート行こうぜ」
その声は既に拾われたニ人に阻まれ、四人は赤絨毯の上を進んで行く。
一人トイレに残された男は『彼女だと!?』と、またはじめて聞く話にワンテンポ遅い驚きを見せた。
* * *
日が照らす大広間を通り過ぎ、白の階段を上ると彫刻が施された扉が開かれる。
アーポアクとは百八十度違う“王の間”はステンドグラスが輝き、白の床をグラデーションに変えていた。その場には『四聖宝』と南十字トップ四(フォー)の他、年老いた宰相と次代を担う王女。そして数名の部下のみ。
中央奥には数段の階段と銀色に輝く玉座。
座るは、緩いウェーブのかかった白髪の髪が腰下まであり、顎髭を生やした男。膝には竜と十字架のマント。
彼こそ第十一代トルリット国王タージェラッド・イーリス・トルリット。
柔らかい赤の双眸を細めた王は膝を折る四人の男達を立たせると、静かな声を発した。
「久しいな『四聖宝』……彼(か)の王に変わりはないか?」
「はっ。我が黒竜、白銀の竜と変わらず宙を舞っておりますが、同席叶わず深くお詫び申し上げることしか出来ません」
「ははは、彼の王との席など今さら叶うとは思うておらんさ」
小さく笑う王に、一歩前に出ていたアズフィロラは頭を上げる。
だが、昨年の五帝会議で会った時よりも痩せ細っているように見えるトルリット王=銀竜に顔を曇らせた。反対に優しい笑みを向ける王はふと訊ねる。
「ところで……後ろの三人は体調でも悪いのか? 何やら難しい顔を……ん、なんだルーファス。こちらもか?」
首を傾げる王は左隣にいた総団長ルーファスに問いかけるが、アズフィロラと共に何も言わない。そんな彼らの後ろには先ほどまでいなかった三人が揃っているが、どことなく重い空気。南十字には怪我人もいるようだが『四聖宝』は単純な話。一緒にきた愛しい女性がまた黒男に攫われてしまったからだ。
当然そんなことは言えず、一息ついたアズフィロラは再度頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしました。式典までには万全を期して此度の継承を見届ける所存です。お気遣い感謝します」
「陛下……我が南十字も抜かりはありません。陛下はご自身のことだけをお考え下さい」
「ふむ、それなら良いが……ああ、そうだ。次期王の娘を紹介しておかねばな。ユーフェルティア」
「はい」
静かに響き渡る声に、一人の女性が王の右隣から進み出た。
腰まである白金の髪は毛先が緩く巻かれ、後ろで銀色のバレッタで留められている。その瞳は父王と同じルビーのような紅玉。白のベルラインのドレスに胸元でオパールのネックレスが光る女性は小さくお辞儀した。
「お初にお目にかかります。トルリット国第一王女、ユーフェルティア・イーリス・トルリットと申します。此度はご多忙と遠方にも関わらず足を運んでいただき感謝申し上げます」
澄み切った声とはじめて会う女性に『四聖宝』は釘付けになる。
美しい王女は人形かと間違うほど小柄で肌も白い。普通ならば恋に落ちる者も多いであろうが四人の心は違った。
((((ドストライクで跳び付きそうだな))))
それが誰とは言わなかったが、四人の意味深な視線に王女も南十字も瞬きする。そこに不似合いな声が響いた。
『や~ん、儚げ系はタイプじゃないなり~』
聞き覚えのある能転気な声に『四聖宝』が眉を顰める。
南十字も何かを感じ取ったのか、王と王女の前を塞ぐとアズフィロラ達の前に黒い影が集まる。一瞬にして“王の間”を闇に呑み込むかのような黒い影は人へと形を変えた。
艶やかな漆黒の髪を持ち、闇よりも深い黒の瞳と服。
そしてマントには黒の竜だけを背負い、笑みを浮かべる男──第十四代アーポアク国王イヴァレリズ・アンモライト・アーポアク。
“夢現”と呼ばれ、滅多にその姿を現すことはない『世界の皇帝』──黒竜。
名の通りの王の登場に息を呑む声がするが、玉座の男だけは彼と同じように笑みを浮かべていた。そんな男にイヴァレリズは手を挙げる。
「よっ、ジジイ。まだ生きてたか」
「なっ!? 王に向かってその言葉遣「よい、ルーファス」
突然現れたばかりか暴言を吐く男にルーファスは声を上げたが遮られる。銀竜は赤の双眸を細めた。
「倅(せがれ)に会うのははじめてか……現、黒竜よ」
「ああ、親父には会ってんだっけ? んじゃ、はじめましてとさよならだ」
暴言しか吐かない男に南十字は殺気を放つが、『四聖宝』は何も動かず銀竜の笑い声だけが響く。
「ははは、前王と違って口達者な男だ。数ヶ月前の問題は解決したのか?」
「…………まあな」
静かな声と漆黒の双眸を細めた男からは大きな力が溢れ、銀竜も息を呑んだ。
のらりくらりの男がわざわざ“王”に戻ってまで現れるのは、その絶大な力を他国に示すためでもある。敵うことなど決してないという力の差を見せびらかすように。
そんな『世界の始祖(アーポアク)』で数ヶ月前ある事件が起きた。
それは遠く離れたトルリットの地も巻き込んだ異常気象。その意味を唯一理解している銀竜は瞼を閉じた。
「云い伝えは誠であったということか」
「最期に知れて良かったな。そしてその真実を今度は次代の王に教えるためわざわざ来たんだぜ」
次代の銀竜──ユーフェルティアにゆっくりと近付く黒竜。
一段下の階段で足を止めても、一六十もない女と一八十の男では身長も体格差も歴然だ。異様な気配を持つ男にユーフェルティアは目も離せず、足も動けないでいる。
ルーファスが出ようとした時、目を細めた黒竜が口元に弧を描いた。
「……の、割に、輝石持ってねぇな」
「っ!!?」
呟きに目を見開いたユーフェルティアに銀竜は眉を顰める。小さく震えだす彼女に黒竜の手が伸びた。
「バッカもんがーーーー!!!」
「や~~~~ん!!!」
その前に、大きな音が木霊する。
突如黒のマントから現れた白のハリセンに全員が驚くが、すぐ理解した『四聖宝』は頭を抱えた。黒のマントの中から現れた女性にトルリット側は大きく目を見開くが、気にすることなく同じ漆黒の髪と瞳を持つヒナタは黒竜を睨んだ。
「怯える少女に手を出すなど不埒にもほどがあるぞ貴様! しかもさっきから聞いていれば失礼なことを言いまくって、それでも同じ王か!? あと、コアラはキツいぞ!!!」
「俺は世界王だからジョブジョブ。それに背中におっぱ「禁止用語!!!」
彼が出てきた時から実は背中に張り付いていたヒナタは世界王を容赦なく叩く。そんな彼女に全員が呆気にとられる中、アズフィロラが口を挟んだ。
「ヒナタ……キミも同じぐらい口が悪いぞ。謁見中だということを忘れていないか?」
「む!? いかん、つい手が……お騒がせして申し訳ない、トルリット王」
指摘に慌てて我に返ったヒナタはハリセンを戻すと両裾を持ちお辞儀する。その変わりようにアズフィロラだけ懐かしい過去を思い出すが、謁見中のため何も言わなかった。
そんな彼女に銀竜は悟ったように笑みを零す。
「そうか……そなたが」
「えっと……はい。ご想像されている通り「俺の妻のヒナタ。よろしくね」
後ろからヒナタを抱きしめた黒竜は彼女の右手で光る漆黒の指輪を見せびらかす。全員が停止した。が。
「「「「「誰がだーーーーー!!!!!」」」」」
ヒナタどころか『四聖宝』すら自国の王に飛びざ蹴りを食らわした。
衝撃的行動に『王への忠誠はないのか!?』と、南十字は思うが、五人は普通に『お騒がせしました』と謝るだけ。
淡々とした謝罪に『マジねぇな』と悟った────。
*続きます