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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

番外編*トルリット国(1)

*第三者視点からはじまります

 月一会議が終了した会議室には『四聖宝』と宰相。そしていつもは空席のはずの玉座に──王がいた。
 突然現れた漆黒の髪と赤の瞳を持つ男の話に、アズフィロラの眉が上がる。

「トルリット?」
「そ、なんか王がヤバイらしくて娘に継承させんだと」
「その式典にお呼ばれしたのはわかりますが」
「なんでオレらまで行くんだよ」
「一緒に~って~招待~されたんだから~仕方ないよ~~」
「嫌です…………」

 カレスティージの拒否にラガーベルッカとエジェアウィンも頷く。
 苦笑する王と宰相に、苦虫顔のアズフィロラが口を挟んだ。

 

「そもそも十日は国を空けることになるだろ。魔物が減ったとはいえ、危険すぎる」
「や~ん、そんな弱っちぃ仲間を育てたんなら王(俺)はお前らを殺すぜ。第一、拒否ってる最大の理由は“あの連中”に会いたくないだけだろ?」

 片肘を付き、ニヤニヤ顔を向ける王に『四聖宝』は黙った。
 すると、会議室のドアが眩しい光を連れ開かれる。ラガーベルッカの結界を無視出来るのは漆黒の髪と瞳を持つ女性だけ。

「おーい、お腹空いたから先に食堂行ってていいかー?」
「「「一緒行きまーす」」」
「や~ん、王を無視した~」

 今は王じゃないだろとラガーベルッカ、カレスティージ、エジェアウィンが背中を向けて歩き出す。アズフィロラも同じように踵を返すのを見て、溜め息をついたイヴァレリズは漆黒の女性ヒナタに声を掛けた。

「ヒナ~おっぱいぷるんして~」
「するかボケ」
「え~、だってこいつらトルリット行かないって言うなりよ~」
「なんだ、貴様ら行かないのか?」

 

 ドアの前で腕を組んでいたヒナタが瞬きをすると足を止めた『四聖宝』も瞬きし、彼女は肩を落とした。

「まあ、忙しいし仕方ないか。じゃ、お土産買ってくるな!」
「ちょっ、ちょっと待て女!」
「ヒ、ヒナさん……もしかして……」
「行かれるんですか?」
「うむ! 温泉があるとイズに聞いてな。久々に入りたいし、他国への旅行など楽しみではないか!」
「イ、イヴァレリっ!?」

 

 満面の笑みを浮かべ、背景に温泉マークを持つ彼女の眩しさを手で遮る『四聖宝』。その光で出来た影を使い、後ろからヒナタを抱きしめるイヴァレリズは頬ずりしながら胸を揉んだ。

 

「んじゃ、ヒナ。俺とニ人だけで楽しい旅行するか」
「貴様は仕事で……あん……行くんだろ」
「一緒だろ。つーわけで、ニ人っっきりの旅行楽しんでくっから、お前ら留守番よろしくな……行かないんだろ?」

 

 意地の悪い笑みを向ける男の瞳は漆黒ではないはずなのに“王”に見えるのは錯覚か。だが、姫君の喘ぎが響けば『四聖宝』の陥落は早かった──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 青い空と海にカモメと快晴な船旅。
 ラズライトの二重門を出た先の河口には何隻もの船が停留し、大きなマストが三本立った黒の大型帆船に出迎えられた。

 

 いわゆる国専用船らしく、帆には国旗である黒の竜。カッコイイ! 名がイズちゃん号という以外はな!! 当の王は乗ってないのに!!!
 そんな船旅もニ日目となり、甲板で両腕を伸ばして海風にあたっていると、靴音が近付いてきた。

 

「ヒナタ、少し離れていてくれ」
「ん……って、フィーラ。その服やめろ。暑い」
「正装だ」

 

 太陽よりも眩しい赤髪のフィーラは変わらず紅のマントを羽織った騎士服。
 気温は三十度近いというのに……私なんてノースリーブタックワンピ一枚の裸足だぞ。訴えを聞かないフィーラは私を下がらせると、腰に掛けていた剣の鍔を押す。

 

 すると、大きな水音と水飛沫を響かせながら船の前に巨大な海蛇が現れた。
 その色は真っ黒で、魔物だとわかる私は耳を塞ぐ。竜と剣を背に持つ男は右足を前に出すと──抜刀。

『ギアアアアアアアーーーッッッ!!!』

 瞬く間に斬られ、青い液体と甲高い悲鳴が上がった。
 同時に、赤いハチマキを揺らすアウィンが頭上を跨ぐと、伸びた槍を振り回す。

「おーらよっと!」

 

 回す穂先でさらに細かく斬り、海に残骸を落とす。
 通行の妨げになるし、血飛沫はベルの結界によって一滴も付くことなく終了。空中回転し、甲板に着地したアウィンは濃茶のタンクトップと白のズボンに裸足で、槍を元に戻しながらフィーラに文句を言った。

 

「アズフィロラー! 殺んなら粉々にしろって」
「慣れていなくてな。助かった」
「うむ、私は慣れてきたぞ」

 

 昨日までは海や空から現れる魔物に騒いでいたが、考えれば船には『四聖宝』が乗っているのだと今では心配していない。実際のところ斬ってるのはフィーラとアウィンだけで、結界だけ張ったベルは中央マスト上にある見張り台で呑気に本を読んでいる。太陽を嫌うスティは地下に引き篭もり……という名の船酔い。

「アイツ、裏仕事で他国に行くくせに、なんで船酔いしてんだ」
「普段は海中を行き来しているせいだとは思うが……まあ、一番はラガーベルッカ様のせいだろ」

 

 影になった甲板に座った私達は見張り台を見上げる。
 このイズちゃん号に乗っているのは私と『四聖宝』の五人だけ。イズは変わらず自由奔放、バロンは後から合流。他の者がいないのはベルとスティの力だけで船を進められるからだ。風と水の向きで進むのが帆船だからな。

 だが、重要な風を苛めっ子ベルが強弱を付け速度を速めたり遅くしたりするため、慣れないスティが半死しているのだ。溜め息をつくと船の進行方向を見る。

「トルリットには明日到着だったか?」
「ああ。暑くなってきたのは火山地帯であるトルリットが近付いてきた証拠だ」
「火山地帯?」

 

 考えてみれば全然他国のことを聞いていなかったことに気付く。二人は溜め息をつきながらも丁寧に説明してくれた。

 まずこの世界にある大国は五つで、ひとつはアーポアク国。
 そしてアーポアクを中心に東西南北に一国ずつあり、南はユナカイト、西はフルオライト、北はセレスタイト、東はトルリットで、同じ大陸にある街や村も管理しているらしい。
 今回向かうトルリットはアーポアクの次に生まれた国で火山が多く、温泉も沸くことから観光材料にもなっているとか。

「そういえば前、イズに温泉まんじゅう貰ったな」
「あいつは各国を飛び回っているからな。俺も十字架の墓石を貰った」
「ああ、ジジイんとこにも宅配できたぜ」

 

 どういう土産を持ってきとんだと呆れるが、温泉まんじゅうにも十字架の模様があったのを思い出す。指摘に顔を見合わせた二人は大きな溜め息をついた。

 

「トルリットの旗が十字架を持った竜だかんだよ」
「そして、トルリット国と東大陸を護っているのが“スタヴロス・トゥ・ノトゥ”」
「ス、スタヴ……?」
「相変わらず覚えんの下手だな……あー、別名『南十字騎士団』」

 

 南十字っていうと星座か?
 私は暗闇が苦手だから見たことないが……それよりも空気が重いことについて訊ねると、どうやら四人はその騎士団のトップ四人に会うのが嫌。というより苦手としているらしい。

 

「俺はそこまでないんだが……向こうに敵意みたいなのを向けられていてな」
「オレは反対に孫みたいに思われててウゼーんだよ……他のニ人も似た理由で行きたくねー国なわけ」
「なら、無理せず残ってれば良かったじゃないか」

 

 私の目的は温泉と観光で、イズの仕事に付き合う気はない。頷いていると、眉を吊り上げた二人が顔を近付けた。

「あん!? 黒王とニ人っきりが良いってか?」
「それこそロクなものではないぞ!」
「貴様ら、人のこと言えるのか?」

 

 怒声を上げるニ人は、私の指した箇所に停止。
 そこは胸元……うむ、ハッキリ言おう。身体中にキスマークがあるんだ! 一緒の旅行は嬉しいが逃げ場なしの船上!! 今朝方までほにゃらか合戦だ!!!

 

「なんで濁すんだよ」
「そ、そんな恥ずかしいこと、こんな真昼間に言えるわけな……んっ」

 

 両頬を赤くしたままそっぽを向くと、丁度顔がぶつかったアウィンに口付けられる。同時に片腕で頭を固定され、口内の奥まで舌が入り込んできた。

 

「あっ、ちょっ……あぁ!」

 

 顔を上げ、大きく開いた首元にはフィーラが吸い付き、新しい花弁を付けながら服越しに片胸を揉む。が、その手が止まると、頬を赤くした。

 

「ヒナタ……下着してないだろ」
「あん? おめー、ノーブラかよ」
「ひゃっ!」

 

 フィーラの声にアウィンも胸を掴むと、ツンと尖った先端を摘む。刺激に唇を離すと、今度はフィーラとのキス。緩やかな舌と舌を絡ませながら反対の首元をアウィンは吸い、胸を揉みしだく。

 

「んっ、あん……」
「暑いのはわかっけどよ……」
「これでは……ん……してくださいと……言っているものだぞ」

 

 唇を離し、耳元で囁いたフィーラはどこかの男に似た意地の悪い笑みを浮かべていた。頬が熱くなっている間に片胸をアウィンが掬い出し、ワンピースの裾を捲くし上げたフィーラはショーツを撫でる。
 ぐちゅりと音が鳴っ──たと同時に、上空と床下から長剣と黒い刃がニ人の股の間に刺さった。

 

「げっ!」
「のわっ!」

 

 跳び退いたニ人だったが、直後アウィンは突風で船首まで吹っ飛ばされ、フィーラは黒い影によって身動きが取れなくなる。唖然とする自分の影に影が重なるのがわかり見上げると、宙を浮いたまま笑みを向けるベル。そして影から不機嫌顔のスティが姿を現した。

 

「逃してはならない可愛い声が聞こえると思ったら」
「何……してるんですか……」

 

 白のシャツを腕まくりしたベルが着地。そして裸足に空色の着物、藍色の瞳を片方覗かせるスティが私の前に立つが、ヤバい空気が漂っているのがわかる。
 顔を青褪めながらも、ひとまず言っておこう。

「貴様ら……船上で剣を刺すな。沈むだろ」
「ヒナさんだけ……助けます」
「問題ありません」
「いや、問題大ありだ──あっ!」

 平然と言うニ人にツッコミを入れようとしたが、後ろで膝を折ったベルに抱きしめられる。そのまま露になっていた胸の先端に吸い付かれ、股間に顔を埋めたスティはショーツ越しに秘部を舐めた。

 

「ひゃっ、あぁ……んっ」
「お楽しみは……ん……夜だけにしようかと思いましたが……」
「声……聞いたら……したくなる……んっ」

 

 先端から口を離し口付けるベルと、ショーツを剥がし、直に秘部と愛液を舐めるスティ。刺激に気持ち良くなる私を御天道様がキラキラ笑顔で照らしているが、脳内では泣き叫んでいた。

 

 フィーラとアウィンのバカヤロー! 一番マズいニ人を呼び寄せよって!! このままでは本当に本当に夜まで啼かされる!!!
 すると別の叫びが聞こえた。

 

「こらっ、てめーら! 勝手に進めてんじゃねーよ!! 分けろ!!!」
「違うだろ、エジェアウィン」

 

 戻ってきたアウィンが槍でフィーラを捕えていた影を切るが、確かに台詞が違う。ベルとスティは顔を上げると、板に刺さった自剣を握った。

「分ける理由などありません」
「ヒナさんは……ボクのモノ」
「独占する気満々だな」
「殺ろうってか? あん?」
「おい、こ──!?」

 制止をかけようとしたが時既に遅し。
 全員が剣を抜き、爆風、大波、振動など様々な現象が襲い、急いで船体中央まで避難した。耳に届く斬撃音に止めに入りたいのは山々だが、昨日はまったく止まらなかったから今日もだろう。

 

 時間を置いてからハリセンで叩こうと、一息つくように海を見下ろす。
 ゆらゆらと動く海面には冴えない自分が映るが、胸が出たままだったことに気付き、慌てて服を引っ張る。と、水飛沫を上げながら海面から勢いよく何かが出──。

「おっぱ~~~~い!!!」
「ぎぃやあああああーーーーっっっ!!!」
「ヒナタ!?」
「どうしましっ!?」

 

 両手を広げ現れた半魚人ことイズの登場に、乙女の欠片もない悲鳴を上げる。争っていた男達も慌てて駆け寄ってきたが既にハリセンで海に沈めていた。

 荒い息を吐く私に、フィーラとベルは反応に困り、スティとアウィンは海を見る。

 

「なんか溺れてるヤツいっけど、人命救助すべきか?」
「あ……サメ」

 

 スティが指す先には十メートル程の真っ黒なサメ。
 鋭い牙を見せる口を大きく開いたサメは『な~り~』と叫ぶ何かを呑み込んだ。全員沈黙。数秒後、ベルとアウィンが私の前に立った。

 

「さ、ヒナタさん。部屋へ行きましょうか」
「いや……しかし」
『ギアアアアアアアーーーッッッ!!!』
「太陽に当りっぱなしってのも肌に悪いしな」

 

 魔物の甲高い悲鳴と同時に上空には青い液体が飛び散る。
 だが、ベルに姫抱っこされた私はお部屋という名のベッドに招待され、フィーラとスティも交えた男共に真昼間から啼かされることとなった。

 

 どんぶらこと、サメに乗ったイズなど知らず──。


 

* * *

 


 真っ白な世界に湧き上がる歓声。
 あまりの大きな歓声に瞼を開くと置時計を見る。時刻は朝の十時過ぎ。

 

 寝惚けた頭でキスマークの付いた裸体のままカーテンを開くと、目先には火山。カーテンを一度閉め開けるとやっぱり火山。目を擦ると『天命の壁』などない、陸では石造りの街並みにテントを張った屋台に風船が飛ぶ街。そして大勢の人々。

 通りの中央奥には赤の三角屋根の城に、先端には十字架を持った竜の旗が見える。いつの間にか──トルリット国に着いていた。

 

 慌てて痛い身体を起こし、シャツだけ着て外に出ると蒸し暑い風が吹く。
 その風が真っ白世界でも聞いた大きな歓声を運ぶと、誰かの背中にぶつかった。鼻を押さえながら見上げると、暑さにも負けずファー付き団服を着たベル。変わらず微笑む彼は私を抱きしめると頬に口付けた。

「おはようございます、ヒナタさん。シャツ一枚なんて可愛い誘惑ですね」
「う、うるさい! 着いたなら起こせ……と言うか、この人混みと歓声はなんだ?」

 陸を見ると、停泊したイズちゃん号の前には人人人……数万人以上の人が集まり、黄色い声を上げていた。明らかに女性率が高い。

 

「他の国じゃオレらはヒーローなんだよ」
 

 呆然と見ていると、珍しく金茶のマントを羽織ったアウィンが背伸びしながら答え、剣を腰に掛けるフィーラも続いた。

「アーポアク国は世界最初の国であると同時に他の四国を創った創造主の国とも呼ばれている」
「歴代の王達がしてきたことなので私達には関係ないんですが……」
「どうも他の国じゃアーポアクの人間は“自分達の国を創った偉い人”って意味で有名人らしくてよ」
「人が群がって……嫌になる……」

 

 団服のスティが黒ウサギを抱きしめたまま不機嫌顔で私の背に顔を埋める。
 つまり、ここにいる人達全員が『四聖宝』を待っているということだ。レッドカーペットではあるまいに真ん中の道は大きく開かれ、船の出入口には敬礼した騎士達が見える。まだ頭が付いていけずにいると、フィーラが苦虫顔を作った。

「イヴァレリズ、ヒナタはどうすればいい?」

 

 その声に応えるかのように影が集まると、いつもより肩幅も身長もあり、漆黒の髪と瞳をした王が現れた。いつの間に『宝輝』を抜いたのか。
 長い髪を海風に揺らしながら変わらない笑みを浮かべるイズは低い声を発っした。

 

「あとで俺と一緒行くから、先に城いって『南十字』に挨拶しとけ」
「ちょっ、なぜ私が城に!?」
「国王(ジジイ)は異世界人のことを知ってからな。はじめて生き残ってる意味も込めて、挨拶ぐらい必要だろ?」
「貴様、元よりそのつもりで私を連れてきたな」

 ニヤリとした男に眉を上げる。だがイズはくすくす笑いながら私に近付き、顎を持ち上げた。

 

「そう怖い顔すんなって。ちゃんと望みの温泉も観光も出来る。ただ、ちょいっと顔を出せばいい」
「貴様だけは信用せ──んっ」

 

 すかさず口付けを受け、目を見開くと同じ漆黒の瞳と重なる。
 “王”との口付けは殆どしたことないせいか全身が熱くなってくると、イズの背を四人全員が蹴った。

 

「や~ん、王様蹴った~」
「斬られないだけマシだと思え」
「私達もまだ連れて来られたこと根に持ってるんですからね」
「早く……終わらせる……」
「しゃーねーから行くか。じゃあな、女」

 

 足を進める四人の表情は嫌々に見える。
 そんな彼らに一息ついた私は先頭を歩くフィーラの道を塞いだ。

 

「ヒナタ?」

 

 遮る私の背後からは待ち遠しい声が聞こえる。
 両手を腰に当てると、目を丸くする四人を見つめた。

 

「貴様らにとっては面倒かもしれんが、すぐそこには待ってる人達がいるんだから、堂々と歩いて無駄に良い顔を見せびらかしてこい」

 

 話しながらフィーラの曲がったスカーフを結び直し、ベルの留め忘れたボタンを留め、分け目の違うスティの前髪を戻し、マントで隠れたアウィンのハチマキを出すと背中を叩く。

 

「いってらっしゃい」

 

 笑顔を向ける私に四人は目を丸くしたまま固まる。その様子に、ニヤニヤ顔のイズが口を挟んだ。

「や~ん。旦那様を見送る奥様だ~」
「だ、誰がだ!」
「「「「っはははは!」」」」

 恥ずかしい台詞に顔を赤くしていると四人の笑い声が響く。
 顔がさらに熱くなり文句を言おうとしたが、まだ今日は付けていない証がある首元にフィーラが、右耳にベルが、胸元に背伸びしたスティが、左手首にアウィンが順に口付け囁いた。


 

「いってくる」
「いってきますね」
「いって……きます」
「また後でな」

 


 その声は優しく、口元には笑みを浮かべたまま遠ざかる。
 同時に大きな歓声が上がると私の頬は真っ赤になり、動悸も激しくなる。見下ろした先には堂々と歩く四人。姿を現した彼らに周囲はいっそう声を上げる。

 

「アズフィロラ様ーっ!」
「きゃー! ラガー様よ!!」
「カレスティージくーん!」
「アウィンの兄貴ーーーーっ!」

 

 最後の野太い声に苦笑していると、後ろからイズに抱きしめられる。いつもより大きい腕へと寄りかかる私に、笑いながら頬ずりした。

「”王(俺)”は夢現でも『四聖宝(あいつら)』は確かに存在し、その実力を他国にも示している連中だ」
「そんなの……あの人気ぶりを見ればわかるさ」
「や~ん、嫉妬っだだだだ」

 うるさい頬を伸ばしながら空を見上げる。
 そこには海風にあたっても堂々と揺れる漆黒の竜。同じ竜を持ち、違う証を持つ国で何が起こるのかはまだ知る由もない──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 大勢の国民に迎えられた先には──トルリット城。

 アーポアク城とは違い、ロマネスク建築式の城の三つある赤の三角屋根は左右が低く、中央が高い。門を越え、城内に一歩入れば高い天井とシャンデリアの回廊が続き、窓からは明るい日差しが射し込む。
 

 赤の絨毯を踏みながら進んだ先には両開き戸。

 『四宝の扉』と錯覚するが、その扉は楽々と開かれる。
 

 壁にも天井にも描かれた彫刻の大広間には光が溢れ、中央に立つ一人の男をいっそう引き立てた。

 首元まである黒の服に膝下までの白のロングコートと胸板、両肩には銀色の甲冑。黒のズボンと靴に白のマントには竜と十字架。浅葱色の髪は肩に付くか付かないかのストレートショートで、左耳には銀の十字架が光る。
 赤髪の男を琥珀の双眸で見つめる男は静かに口を開いた。

 


「ようこそおいでくださいました、アーポアク国『四聖宝』」
「こちらこそ、お招き感謝する。『南十字騎士団』総騎士団長殿」

 


 アズフィロラとは違い、口元に笑みも浮かべない男の名は、ルーファス・リッテンバルク────トルリット国、最高位の騎士。

*続きます

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