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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​青の間*「家族」

*カレスティージ視点

 消えない声がある。
 なんで消えないのかはわかる──ボクが応えなかったからだ。


「あああ゛あ゛ぁぁーーーーっっ!!!」


 

 夕刻前の『宝遊郭』。
 絶叫に合わせ、五階の割れた丸窓からひとつふたつと、勢いよくクッションが落ちていく。通行人の驚く声が聞こえたが、怒りに身を任せるようにクッションを蹴っては投げた。


 四方八方に散乱したクッションで行灯は壊れ、花器から零れた水が畳に浸み込んでいる。構わず当たり散らしていると、穴の開いた襖が開かれた。

 

「いい加減にしてよカレっち! 何時間暴れたら気が済む──きゃっ!!」

 

 乱れた着物から手を伸ばすと、サスティスの首を絞める。
 さほど身長差はないが、それでも片腕だけで彼女の身体は宙に浮き、睨みあげた。

「チェリミュ様……出せ」
「ダ……メ……出し……だ……ら……殺す……で……がはっ!!!」

 

 クッションの山へ投げ飛ばすと、畳にぶつかる音。咳き込むサスティスを見下ろした。

「殺すよ……百パーセントじゃないと……ヤツは殺せない」
「アンタ……目……据わってるわよ……だいぶんキてるわね」

 先の戦闘で今、アーポアク国に『空気の壁』はない。
 だから魔力はほぼ回復していた。なのに『自宅謹慎』により、チェリミュ様の力で半減されている。歯を食い縛りながらサスティスに手を伸ばす──前に、黒い影がボクを覆った。

「「っ!?」」

 

 ヤツかと身構えるが、絡みついた影に気付く。違う、これは──。

 

「イズ……様っ!」
『ピンポンピンポ~ン♪』

 

 呑気な声が影から聞こえる。
 上級魔法の一種で『四宝の扉』を通らず、遠距離から会話や捕捉する類だ。必死に影を振り払おうとするが、引きずり込まれる。

『チョコ切れたから『ナオ』で買ってきてなり~』
「ふざっけんああああぁぁーーーーっ!!!」
「カレっちーーーー!」

 

 サスティスの伸ばした手は届かず、ボクは闇に墜ちた。

 


 身体に絡みついた影がボクを引っ張る。
 水中とは違い、暗闇しかない世界はボクのすべてを隠す安全なものとしてずっと一緒だった。けれど今はこの世界が──怖い。

 暗闇に恐怖を覚えたことなんてない。
 恐怖自体、ヒナさんに怒られると思った時だけだ。そして彼女がいなくなったらって考えて……そしたら本当にいなくなってしまった。暗い所が嫌いって……だからボクが護るから呼んでって……そう言ったのに。

 


『嫌だ嫌だ嫌だっ! やめてっっ!! スティッ!!! スティーーッ!!!!』

 


 呼んでくれたのに……ボクは護れなかった。
 護れなかったばかりにヒナさんが死ぬなんて……ボクは。

 


「いや……だ……」

 


 長い前髪が揺れる中で瞼を閉じると、暗闇の中に雫が零れた──。


 

 眩しい光に目を開けると、路地裏に寝転んでいた。
 嫌いな日の光にはじめて感謝しながらも、なんだか赤過ぎると目を擦る。と、赤の瞳と目が合った。

 

「まったく、お前まで奇怪な行動を取るのは止めてくれ」
「アズ……様?」

 

 見下ろすのは赤の髪と瞳のアズ様。
 騎士団服でもなければ剣もない。それどころか『通行宝』もない彼に始終驚いていると立たされる。そのまま表通りまで引っ張られると、藍色のれんに『ナオ』と書かれた店で立ち止まった。

 

 ここは二百年以上続く和菓子屋。ヒナさんと同じ異世界人で“幸福”だった人が創った店。

 アズ様は何かを注文すると店先にある縁台に座り、隣を指した。躊躇いがちにボクも座るが沈黙が続く。どうすればいいんだろ……ボク、喋るの得意じゃないんだけど。
 そんな声が届いたのか、女将が抹茶ニ杯と葛餅を運んできた。葛餅はボクのらしく、アズ様は抹茶を一口飲むと口を開く。

「警備、見直した方がいいぞ」
「……は?」
「いや、入ってすぐ物盗りに出くわしてな。服を変えなかった俺も悪いんだが、気絶させても出てくる出てくる……治安が悪すぎないか?」

 

 まさかの説教に鳩が豆鉄砲を食った気分になったが、至って真面目な彼に素直に謝った。すると『通行宝』なしできた、王様に喧嘩を売る、と、わけのわからない話をされる。

「というわけで手を組みたい」
「いえ……まだ何も……理解してないんですけど……」
「ヒナタを助ける気がないのか?」

 

 その言葉に殺気を放つが、彼は目だけ合わせる。ボクは重い口を開いた。

「元はといえば……アズ様がヒナさんを……行かせたんじゃないですか」
「そうだな、それは俺が責められても仕方ない。だが、魔力がなかったから敗れたなど、俺もお前も言いわけにはしないだろ」
「だから手を組んで助けようって? 確かにボクは『四聖宝』ですけど……そんな繋がりで誰かと組んでも、先日のように足の引っ張り合いになるだけです」

 そうだ、ボクらは『四聖宝』と呼ばれてはいるけど、一緒に戦ったことなんてない。『四宝の扉』のせいもあるけど、同じ団長ってだけでこの間も連携なんてあったものじゃなかった。
 拳を強く握り、歯を食い縛っていると、一息ついたアズ様は通り過ぎる住民を見る。

 

「勘違いしているようだが、俺はストラウス団長ではなく、カレスティージに頼んでいる」
「は?」
「俺はヒナタが好きだ」
「はあっ!?」

 

 突然の告白に意味がわからないでいると、さっきのように真面目な顔を向けられた。

 

「忠誠や主を抜かして、一人の女性として愛しているんだ」
「……………………………はぃ?」

 

 何、この人。とっても真面目な顔して何言ってんの? ボク、ボケキャラのつもりだったけどどうしよう。この人その上いくよ。むしろ天然たらし?
 慣れないツッコミのせいか、葛餅を竹爪楊枝でグサグサ刺していると、楽しそうな笑い声が響いた。

 

「熱烈的な愛の告白どすな~」
「っ!?」
「こんばんは、チェリミュ様」

 

 気付けば仕事服ではない、チェリミュ様が佇んでいた。
 周囲がどよめく中、動こうとするボクをアズ様は制止をかける。その隙に女将に何かを頼むチェリミュ様は背を向けたまま話しはじめた。

「甘いもん嫌いな子が通行宝もなしに……そんな『ナオ』にきたかっとですか?」
「ええ。イヴァレリズが美味いと言って無理やり食べさせ嫌いになった元凶ですから。あとはティージに協力の打診と、願えば『青針水晶』を見たくて」

 

 前半アズ様から黒いオーラが見えた。
 後退りするボクとは違い、チェリミュ様は笑いながら包みを受け取ると懐から何かを取り出した。

 

「ほなら一緒行きましょか。ついでにコレ持ってた罰も下さなな」
「「っ!?」」

 

 それは金庫から盗った“しゃしん”。
 微笑む彼女にアズ様と二人固まった……布団の下に隠してたのに。

 


* * *

 


 街路樹がある貴族の区域奥。瑠璃紺色の屋根にコの字に造られた屋敷が『四天貴族』エレンメス家だ。家に入ると中庭から蓮池の中央に架かった橋を渡り、『青針水晶』が立つ場所へ辿り着く。

 地面にはプレート状の墓石。
 膝を折ったチェリミュ様は包みを広げるが、出てきたのはイズ様しか注文出来ないはずのチョコ。それを墓石のひとつに乗せた。墓石名は。

「イズミ・エレンメス……?」
「そ。ウチの旦那で、フォンテとフォンターナの父。そんで……ヒナ嬢と同じ異世界人で“災厄”だった人」

 

 静かな声にボクらの目が見開かれると、蓮池の水面が揺れた。

 


 応接室に招かれると座布団に座る。
 チェリミュ様は机に何枚もの“しゃしん”と、見慣れない四角い箱を置いた。丸いガラスが真ん中に嵌め込まれた不思議な物に、ボクはガチャガチャと弄る。

「それが“かめら”言うて、“しゃしん”を撮るんやて。これらもそれで撮ったんよ」

 

 微笑むチェリミ様から緑茶を貰うと“しゃしん”の数々を見る。
 ヒナさんが“けいたい”で撮っていたように長屋や『宝遊郭』、建造物が多いがチェリミュ様が写っているものも多い。

 障子の隙間から夕日が射し込むと、彼女の長い菫色の髪が輝く。けど、瞼を閉じ、口を開いた彼女の声は小さかった。

 

「……十年前、ウチがまだ太夫になった頃……『宝遊郭』の屋根を壊して“木下 和泉”って男が墜ちてきたとです」
「壊したの……?」
「ポッカリ穴が開きましてなあ、そらぁ驚きましたよ」

 

 楽しそうに笑っているが、魔力もない人がよく無事だったものだ。
 男は二十代後半の“かめらまん”だったらしいが、何を思ったのか、丁度客が帰ってすぐだったチェリミュ様は珍しい客だと一夜を共にしたらしい。アズ様の頬が赤いのを横目にボクは訊ねた。

「軽い人だったの?」
「全然。アズ坊みたいに『俺なんかつまらないぞ!』言うてな、逆にウチが燃えて襲ったとです。そしたらもう気持ち良くてな~、『この人や!』と運命感じたとですよ」

 

 隣から机に顔を打つ音が響いたが、ボクはお茶を啜る。
 性交だけなんじゃと思ったが、男性はお金を持っておらず“かめら”を担保代わりに預け『宝遊郭』で雑用として働いたらしい。そんな誠実なところにも惚れ込んで逆プロポーズし玉砕。何度も何度も申し込んで十回目にして叶った話に、ボクは呆れを通り越して感心した。

「けど……二人も知っとうように……異世界人は審判にかけられる」

 

 突然小さくなった声に視線を上げる。
 “かめら”を撫でる手はゆっくりだが、見つめる瑠璃の瞳は揺れていた。

 

「ウチの両親はイズミとの結婚を反対しとった……彼が死ぬかもしれんと知っとたからや。けど、なんも知らんウチは反抗するだけで……結局御腹に子がおるのがわかって、渋々了承してくれたとです。でも、二人が産まれてからはイズミとも仲良うなってな……幸福や思うた」

 

 ポツリとチェリミュ様の目尻から零れた涙が、白無垢と袴を着た結婚式の“しゃしん”に滲む。

 

「イズミが来て……一年。城から遣いが来て……一緒くるようって……急に怖くなってウチは止めたけど……笑って『大丈夫』言う……て……」
「帰って……こられなかったんですね」

 

 アズ様の声に合わせ、チェリミュ様の瞳から大粒の涙が溢れる。両手で顔を覆いながらも彼女は続けた。

 

「それから……両親に異世界人のことを聞いて……毎日毎日泣いた……預けとった“かめら”を渡しておけば利益に……生きてくれてたかもしれんって……けどもうそんな遅い」

 それは今のボクらと同じ気持ちだったのかもしれない。
 ボクはヒナさんが行くところを見ていない。けれど、最後に見た彼女は泣いていた。

「やから、当主を継ぐのと同時に……もう異世界人とは関わらんって……次に現れた人とも最初以外会わんかった……けど」

 涙を袖口で拭ったチェリミュ様は言葉を区切ると立ち上がり、ボクの前で膝を折ると髪を撫でる。その瞳にはまだ涙があるが、はじめて会った時と同じで優しい。

 

 二年前団長に就任し、挨拶した時。
 ボクは魔力を奪っていた彼女を憎んでいた。けれど、この眼差しに毒気を抜かれ、明るい騎舎が嫌なら『宝遊郭』においでって迎え入れてくれた。あの時と同じ瞳のまま、チェリミュ様は口を開く。

 

「カレ坊が……ヒナ嬢とおる時は嬉しそうで……心が揺らいだ」
「ボク……?」
「だって……違う言うても……カレ坊もサティ嬢も団員らも……みんなラズライトの子なんやから……ウチの子供と代わらへん。そんな子供を……ウチと同じような目に遭わせとうない」

 髪を撫でていた手が後ろに回り、ボクを抱きしめる。ヒナさんとは違う匂いと温かさは……。

 

「ごめんな……カレ坊……ウチが迷わず言っとけば……アンタを苦しめることなかった」
「おか……さ……ん」
「やから……真実話して……もう止めへんと決めた」
「……え?」

 

 アズ様とニ人見上げると、腕を解いたチェリミュ様は指を鳴らす。瞬間、ボクの身体に魔力が戻りはじめた。

 

「ウチの時と違って間に合うんやから……行って取り戻しておいで……それが盗人働いた罰や」
「間に合うって……!」

 

 目を見開くと彼女の後ろで影が形を取り、黒ウサギと中羽織を持ったサスティスと、片膝を着いたリロアンジェが現れた。リロアンジェが頭を上げる。

 

「ご報告致します。南方の樹海奥にて『宝輝』の力と共に、魔物の軍勢を捕捉。恐らく根城があるかと」
「『宝輝』がまだあるってことは、あの女も無事ってことでしょ。とっとと行ってくれば?」

 

 サスティスは眉を上げたまま黒ウサギと中羽織を投げるが笑みを浮かべていた。他の二人も。
 揃って団長を行かせるなんて“王”に背いている……バカなんじゃない。そう思ったのは一瞬だった。中羽織と黒ウサギを抱えたまま立ち上がったボクはアズ様を見る。

「手……組んでもいいですよ……大の大人を踏み潰して利用して……最後にお姫様を救った人の勝ち……ですよね?」
「……大旨そうだな。もっとも俺が勝つが」

 

 嫌な笑みを向け立ち上がるニワトリはトラより嫌いかもしれない。
 一息つくと中羽織を肩に掛け、彼の後を追うように部屋を出る。間際、送り出す“家族”に微笑んだ。

 


「いってきます」

 


 もう泣き叫ぶ彼女の声は聞こえない。
 聞こえるのはいつもの笑顔で抱きしめ、ボクを呼んでくれる声だけ。もっとその声でボクを呼んで……ボクもたくさんたくさん呼ぶから……目の前の男も邪魔する人も蹴散らして奪って──ゆっくり愛すから。

 だから、待ってて────。

*次話ラガーベルッカ視点です

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