異世界を駆ける
姉御
08話*「剣にも盾にも」
中に入ると、奥にマークのない同じ門があるが右折。
シャンデリアにツルツルの白い床には赤い絨毯が敷かれ、岩壁の中とは思えん。行き交う騎士達は赤髪に敬礼し、日本人の性か私も頭を下げるが……おかしい、イケメンしかいない。
「美女騎士はどうした?」
「その思考、やはり斬った方が良さそうだな」
前を歩く赤髪は呆れた様子で鞘を握る。
まったくジョークも通じ……うむ、ジョークじゃないがな。妙な視線に思考を読まれているとわかり、大人しく後ろを付いて行きながら道のりを覚える。ほぼ絨毯沿いだが。
階段を上る途中、ルベライト騎士団は攻守揃えた百人ほどの部隊だと教えられ小首を傾げた。
「他も同じじゃないのか?」
「街の地形や得意分野に合わせ、人数も特性も違う。主に北は守備、西は近距離、南は中距離だ」
「で、東はなんでもござれか」
「守りに特化した北には劣るが、攻守揃えている分、戦闘の幅は広がる」
平然と言っているが、それだと戦力が偏りすぎて魔物によっては不利な気がする。まだ魔物を見たことないから断言は出来ないが、他の騎士団と連携を取った方が効率的だ。
そんな疑問をぶつけると、廊下を歩いていた男は足を止め、岩壁に埋め込まれた窓に目を移した。夕焼けに染まるルベライトが見える。
「……騎士団とは自分の街を護るためにあるんだ。他の街を護る意味などない」
小声でも、静かな廊下には充分すぎるほど届いた。
夕日に見惚れていたことも忘れ、私は眉を顰める。
「自分の街だけなら……他の街はどうでもいいと言いたいのか?」
「自分の街なら自分で護るのが当然だと言っている。そもそも『四宝の扉』で他所に入れないのだから無駄だ」
「『通行宝』で滞在すればいいじゃないか」
不機嫌声で言うと、赤髪は溜め息をついた。
そして『通行宝』が一日限定だと知った私が転けそうになったのは言うまでもない。申請に三日かかって期限が一日とは……不公平だろ。
それでも他の街を護る意味がないのは騎士道に反する気がして指摘したが、すぐ『違う』と切り捨てられた。
「王が国を護り、騎士が街を護る、だ。よって俺は王ではなく街と民に忠誠を誓っている。そこを履違えるな」
プチンと、何かがキレた。
「民と言うなら全国民を護るぐらい言え!」
「俺はそんな身のほど知らずではない! 自分の未熟さなど自分がよく知っている!!」
「知ってるからこそ協力するんだろ!?」
「『四宝の扉』で出来ないと言っている!」
「四宝四宝って、それ自体をなんとかしようとは思わんのか!?」
「ホイホイ他の扉に入れるキミとは違うんだ!」
気付けば互いに声を荒げ、息が上がっている。
私は元々感情が高ぶりやすい方だが、無愛想だと思っていた赤髪もここまで大声を出すとは思わなかった。乱れた息を整えていると赤髪は顔を伏せ、握り拳を作ると口を開いた。
「おやおやー、痴話喧嘩ですかーセレンティヤの坊や」
なんとも言えない声に振り向く。
現れたのは横太っちょのツルっぱげで顔が丸く、無精髭を生やし、白のシャツにピンクの長いスカーフ。スーツと靴は金色と派手な男。
派手男は下から上へと私を観察するような目で見ると、ニヤリと笑った。瞬間、ゾワゾワと鳥肌が立ったせいか、気付けばハリセンを振り下ろしていた。
「のわぁっ! 急になんだね!?」
「ああ~申し訳ない。大きな蚊がいましたので~それと~」
棒読みで言いながら派手男。の、横の床を叩いた。
エロな想像をされていたのと、このテの男は生理的に受付ない。あと。
「痴話喧嘩ではなく、重ーい喧嘩です」
睨みながら言うと派手男は一瞬怯むが、溜め息をついた赤髪が私の前に立つ。表情は変わらないが、その瞳は冷たい。
「……まったくだ。勘違いしないでいただきたい、レオファンダエ公。そもそもお越しの際は騎士を伴っていただくよう申していたはずです。何用でこちらまで?」
「そ、そりゃ~今夜の打ち合わせをしに決まっているだろ。主賓じゃないか」
主賓? こんなイケメンならいつでもどこでも主賓になりそうだがな。
そんな思考が読まれたのか、チロリと目を向けられ、顔を逸らした。一息ついた彼は派手男に向き直す。
「わざわざご足労申し訳ない。すぐに参りますので先にお待ち下さい」
「おやー、そこの別嬪さんは一緒に行かないのかい? ついに伴侶が見つかったのかと思ったのに。なんなら私の第五夫人など……」
ニタニタギヒギヒな顔に鳥肌が治まらず、足を前に出す。が、赤髪の手に遮られた。
「ご冗談を……それに彼女はヒューゲバロン様の部下ですので難しいと思いますよ」
「む……それは残念だ」
な、なんだ? のほほん男ってそんなに凄いヤツだったのか? まあ、一応宰相だしな。
呆気に取られていると、前方から体格の良い男と小柄な少年ニ人の騎士が小走りでやってきた。
「ブロッドはレオファンダエ公を応接間へ。ウリュグスは彼女を御送りしろ」
「「はっ!」」
二人は敬礼を取ると、小柄の少年が派手男を連れて行く。
ん? 今『御送りしろ』と言ったか?
自分の目的を思い出した私は赤髪を見るが、コクリと頷かれた。
「時間オーバーだ。お帰りいただく」
「こらこら! 私はまだ貴様の部屋に行ってないぞ!!」
「頼んだぞ、ウリュグス。騒がしいなら落として構わん」
「はっ!」
無視するな! そして危ない事を言うな!! 了解するな!!!
ジタバタしながら体格の良い男に微笑まれながら連れて行かれる私は赤髪の背中を見る。するとポツリと呟くような声が届いた。
「……俺は殆どを団長室で過ごしている分、召集には応じやすい。書類なども門番に渡せ。以上だ」
振り向くこともせず去って行く背に、不思議と暴れる気がなくなった。
* * *
体格の良い男に横抱きされたまま『浮炎歩』で夜のルベライトを駆ける。
恥ずかしい格好よりも今は別の事で頭がいっぱいだ。眉を顰めたまま考え込んでいると頭上から笑う声がし、微笑を向ける男と目が合う。
「アズフィロラ様が気になりますか?」
「気にならないと言えば嘘だが……と言うか、命令とはいえ送ってもらってすまんな」
「いえ、命令以前に女性一人を帰らせることなどできませんよ」
そう微笑む体格の良い男は赤髪より一回り身体も身長も大きく、ベリーショートにした金茶の髪に赤紫の瞳。騎士服のマントは白で、黒の長いストールを巻いている。
イケメンだ……しかし、恥ずかしい台詞を吐いたな。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 私はルベライト騎士団の副団長をしています、ウリュグス・バスカーノです」
「ふ、副団長!?」
レーダーが年上だといっていたが、まさかの副団長にジタバタする。
だが、ピクリとも動かず、観念するように自己紹介をすると優しい笑みを返された。毒気を抜かれたように小さな息をつく。
「……貴様は、私達の会話を聞いていたのか?」
「失礼ながら同じ階の自室にいたもので」
「そうか……ならば貴様も赤髪と同じ意見か?」
国の人間すべてを護るなどほぼ不可能だ。
でもそれは一人の話で、他の騎士団の特性を活かせば良い。という私の考えは甘いのだろうか。そんな愚痴を言うと副団長はしばし黙ったが、風を受けながらも透き通った声で話しはじめた。
「実を言うと、アズフィロラ様も昔は貴女と同じ考えの方でした」
「……は?」
副団長の考えではなく赤髪の話に驚くが、その赤髪が私と同じ考え……でした?
彼によると二十の頃に団長になった赤髪は早速『四宝の扉』を街の者達が自由に行き来できるよう王に進言したそうだ。だが王は耳を傾けず、当時の他団長も誰一人首を縦に振らなかったらしい。
「あの頃は毎日のように別の『四宝の扉』に斬撃や魔法を放ち、危うく団長の座を降ろされるところでした。しかし、そうなっては民を護ることも出来ないため、諦めてルベライトだけを護るようになったんですよ」
冷たい風を受けながらルベライトの街を見下ろす。
木々に溢れた街は明るい灯りが点り、夜でも賑わっているのが見える。そして目前には円柱の建物。外側からははじめて見たが、太い円柱を真ん中に、四方に細い円柱が建っている。本当に“城”か?
細い円柱のひとつの真下にある『赤の扉』の前で下ろしてもらうと礼を言う。笑みを向けていた副団長は背中を向けると独り言のように呟いた。
「今日……アズフィロラ様が怒鳴っているのを聞いて、まだ『四宝の扉』を開放したいのではないかと思いました」
「素直じゃない……からな」
「ええ。殆ど団長室にいるのも軽い案件でもすぐ行けるようにですし、貴女に最後言った台詞も『俺はすぐ行けるから他の三名を呼びに行け』と言っているようなものです」
追いかけっこの時も似たような感じだったな。
そう考えると『書類は門番に渡せ』も、門が開くのにかかるロスを減らすため……確証はないが苦笑いするしかない。同じように笑っていた副団長は『天命の壁』を見つめる。
恐らくその瞳は騎舎を見ているのだろうが、夜風が彼のマントを揺らすと静かな声が聞こえてきた。
「もし……団長がまだ“扉の開放”を望むのならば、私は喜んで剣にも盾にもなるつもりです」
「おいおい、国内で戦争を起こす気か?」
苦笑する私に炎を纏った副団長は宙に浮く。そのまま真下にいる私を見つめると小さく微笑んだ。
「その辺は団長が大人になっているのを願います。そしてヒナタ様にはそのお手伝いをしていただけると助かります」
「……荒療治になるぞ」
「はい、よろしくお願いします」
即答した男は微笑むと一礼した。
そして『浮炎歩』ではない、スピードのある魔法で駆けて行った。冷たい夜風に温かさを残して。
『赤の扉』に入ると、とても静まり返っていた。
『通行宝』があっても期限が一日では使っている人は少ない気がして、自動で閉じた扉を、『赤の扉』を見上げる。
私にとっては普通の扉でも、赤髪にとっては重たい扉なのかもしれない。
他の扉はまだ試していないが、もし私が入れたら彼はまた怒って昔のように扉に挑むのだろうか。それとも若気の至りだったのだろうか。そうだったとしても諦めて数年。どんな想いで“軽い案件”で呼び出される度に彼は扉を潜り、他の扉を見ているのか……考えるとやるせない。
重たい空気とブーツ音を響かせながら渡り廊下を進むと、太い楕円=中央ホールに入る。すると、エレベーター付近に三つの人影があった。それは──。
「んげっ、昨日の女!」
「おや、こんばんは」
「お姉さん……何……してるんですか?」
昼間の召集には来なかった他の団長達だった────。